パッションフルーツ移動2019

 毎年毎度の行事となったパッションフルーツの、INからOUTへの移動。

 この作業はちょうど1年の真ん中にあたるゆえ、

「ぁ、早いね、もう6月かぁ」

 とか、

「あと6ヶ月でまた餅喰うのかぁ〜ん」

 とか、世界情勢なんぞま〜るで関係ない、私的1年の折返しポイントに立ったのを意識する。 

 

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 株分けで4鉢あるけど今回外に出すのは大きい2鉢。

 穴を堀りネットを張り、鉢ごとそっくり地面に埋めてやる。

 たいした作業じゃないけどそれなりに汗をかく。

 

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 こういう作業は午前中にやっちまい、終えて午後の早いうち、缶ビールをグビ~~ッが大変よろしい。

 かたや環境大変化でパッションフルーツはこれからしばし、元気を失う。

 環境に順応するまでチョットしんどい思いをするであろうコトは、毎年眺めてるんで概ねわかってる。

 半年以上浴びたコトのない直射光に晒され、風に揺すられ、アリがチョコマカと幹を登ってくるくすぐったさ。そういったアウトドア環境に慣れるまでは、葉もうなだれる。

 気の毒な感もチビリとあるけど、しかたない。慣れるまでのシンボ~だ。

 

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 園芸の本やネット情報を眺めるに、庭の草木の水やりに関して、アレコレな見解がのっている。

 あるヒトは、毎日定時にたっぷりお水をあげて下さい、という。

 あるヒトは、出来るだけあたえず放置した方が丈夫な栽培法、という。

 近頃の医療で、たとえば、

糖質制限の食事を心がけましょう」

 強く主張される一方で、

糖質制限の食事は逆効果、失うものが多い」

 正反対の見解が旗をひらめかし、ド素人の病者はどっちを選択していいかわっから~ん……、肩をすくめるようなところがある。

 場合によって、どうとでもいえるといった、選択はあなた次第というていたらくを投げつけられるだけのような気がしないでもないけど、水やりに関しては、ほぼ毎日、夕刻にホースを繰り出している。

 

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 なるほど確かに、新幹線高架下の空き地なんぞでは、誰もお水を与えはしないけどもアレコレな草木が大いに茂って、植物の旺盛な活力を見ないではないけど、一転、庭に眼を向けるや……、放ったらかしにするというのは気がすすまない。逆に、気がかりになってしかたない。

 この「気になってしかたね~」が草木への過保護をうむ要因だろうとも思うけど、水を与えぬより、水をまいたさいのニンゲン様満足の方を、ここは優先だ……

 水やり後に缶ビールをあけてグッパ~~な、のどこしがたまらん。草木同様にこちらも水分補強のつもりでいるワケだ。

 そうやって夏場はビール摂取が増え、熱中症対策おこたりなし……、なワケでもないけど、ビール消費と庭の水やりは絶妙に関連してるコトはまちがいない。

 

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 かつてジュール・ヴェルヌは『地底旅行』で、リーデンブロック教授たち3人の旅人が地底の深くへと降りていくに連れ、水筒の水はとっくに空っぽ、ジンを飲んで喉の乾きを何日も癒やすというような描写をしていたけども、さて? はたしてそれは正しい科学か?

 ジンの携行は了解するにしても、ジンはウォーターでなくアルコール。

 ジンのみでしのぐというのはいささか妙なアンバイ。盛大に酔っ払って探検どころじゃ~あるまい。

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              ドイツのシュヴァルツヴァルト蒸留所製のジン

 

 ハイキング なくっちゃこまる~ 缶ビール あってもなくても ス~昆布

 みたいな行楽じゃない。

 もちろんヴェルヌは、そこはしっかりわきまえてた。

 水筒空っぽ、やがてジンも空っぽの飢餓状況を克明に描き、主人公アクセルが発狂寸前に追い込まれるところをクライマックスの1つに置いて、たっぷりハラハラ、地底の閉塞感をみっちりズキズキ凝縮させた上で、ほとばしる地底の激流を登場させてくれるんだ。

 ただ、さすがはヴェルヌ、すぐに飲ませてくれない。

 熱湯だ。100度の奔流、温泉の源流だ……

 で、そこからピョ~ンとユーモアな記述となって、

「熱湯? な~に、冷えるさ」

「このお湯、鉄分が含まれてますね」

「胃に効くぞ。おっ、ミネラルも豊富じゃな」

 岩波文庫の朝比奈弘治訳をよりくだけた感じで書くとこうなって、暗澹は一転にして安堵と爽快にくるまれる。

 たぶんに数多の読者は、真面目一辺倒の主人公のつまらなさとリーデンブロックの飄々とした姿をみて、笑いを響かせたと思う。

 その辺りの緩急をたっぷり味わわされた後に、いよいよあのでっかいキノコの森が出てくる。

 地底深くの巨大な大植物園……

 大昔、中学生の頃だかに挿絵を初めてみたさいは、しばし見惚れてしまったなぁ。

 

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              エドゥアール・リウーの装画

 庭池にお水をまいてるさなか、チョクチョクと、そのキノコの森を想いだす。小庭に冒険はないけども、まき水に時に小さな虹が現出するのを眺めつつ、ヴェルヌの恩恵をクチャクチャ噛んでいる。

 ジェームス・メイスン主演の『地底探検』(1959)は原作の味をよく咀嚼した上でオリジナル脚本に仕上げた秀作で、大好きな1本じゃ~あるけど、そろそろリメーク版が出たっていい頃だと思うけどねぇ。

 原作には登場しないグラマラスな大人の女ムンムンな夫人(アーレン・ダール)を旅の一行に加えた事で、まさに大人の映画に仕上がってたし……、だけど今はメイスンを越える役者さんがいないような気もするし、さて、強いて起用するなら誰がよろしいかしら? 

 楽しく妄想しつつお水まく。とりわけパッションフルーツにたっぷり。

 

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                   映画『地底探検』より

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                      ジェームス・メイスンとアーレン・ダール。

 アーレンさんは2019年現在も健在のようだ♡ 90歳半ばじゃないかな? しっかり水分補給でこの夏も乗り切っていただきたいですなぁ。

ウィルソン氏の驚異の陳列室

 博物館とか美術館とか、ミュージアムを割合と好む方じゃあるけど、出向くと期待よりガッカリの方が少し多いような気が……、しなくもない。

 自分が求めているものと実際とに少し隙間があるワケだ。

 それは実に絶妙で、展示物のアレやソレとかも大事だけど、ただもう展示方法であるとか、館内混み具合とかで、隙間が伸び縮みする。

 出向いた日の天候を含め、自分の意思と関係ない諸々が重なって、展示されたモノと自分との狭間にベールめいた障害物が置かれるような、それで失望の感触が濃くなっていくといったアンバイ。

 上手でない展示も散見する。展示物をあまりに神々しく見せようとする妙なエネルギーが働き過ぎてると思える展示も、多い。

 展示物とそれが置かれる空間の、空気のアリヨウというか、これは実に感覚的なことでうまくは書き記せないけど、いっそ遊園地の片隅にあったりする小スペースながら何やかやを展示して見せてるものに妙に魅了されたりもする。

 学術的体系に基づかず、ただもう時計やら電話機やら品数のみ集めてみましたみたいな、その混沌と混乱がかえって、好ましく博物館的であったりもする。

 ま~、たぶんに自分がそういう混沌めいた雰囲気を好むヘキがあるんで、自ずと好感が増量されてしまうのだろうけど。

 

 出向いてガッカリな要因にはその場所バショでの館員の対応もある。過剰に警戒してる館員がもっとも腹立たしい。

 高梁の某ミュージアムを見学中、たまたま携帯電話にメールが入り、その場で見ようと操作してたら、女性の学芸員だか館員だかがスッ飛んできて、

「撮影禁止ですっ」

 そう申したもんだ。あえて反論するのもそのヒトに気の毒と思い黙ってやり過ごしたけど、この女性はさらに当方に眼をつけでもしたか、距離は置いているもののコチラの動きについてきて、たえず視線をそよがせ、いかにも監視してます~って空気をつくって、これには煮やされた。

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 豊島にある豊島美術館でも似た経験をした。あの広いドーム空間内に入った直後、同行者と顔を見合わせてヒトコトフタコト小声をこぼした途端、館員がすっ飛んできて、

「静かにしてください」

 ときた。

 同行者がたまたま某ミュージアム学芸員だったのは暗いジョークのようなもんだった。

 決して大声あげたワケでもないのに、その空間では2度も警告を受けた。

 早々に退出。同行者もさすがにプッチン、

「管理、行き過ぎですね~」

 と、頬プリン。

 たちまちに不愉快空間となって、二度と行かない烙印をおした。

 そういう人的被害も含め、展示物に見合う空気がそこにあるか、ないか、も常に問題だ。

 

 そういう次第もあって、なんだか近頃は積極的に足を運ぶというコトから遠のいて、久しい。

 いっそ空想の中でミュージアムを構想しちゃう方が愉しかったりもする。

 

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『ウィルソン氏の驚異の陳列室』という本がある。みすず書房刊)

 とにかくヤッカイな本で、全記述を通してウソかマコトか、その境界が曖昧で霧を喰むようなところがある。

 いささか高尚なハナシっぷりも気がかりだし、かなりの図版をいれているのに、肝心のその展示室の写真はなく、イラストのみで紹介される。

 読み進めているうち、はは~ん、これは実在しないな、イメージとしての博物館を描こうとしてるな……、そう思ったりもする。

 しかし、そうでない。

 同書に出てくる「The Musuem of Jurassic Technology」は実在するし、館長のデヴィッド・ウィルソン氏も健在だ。ジュラシックたって恐竜とは関係ない。ネットで調べりゃ、ここを訪ねた訪問記がいくらでもみつかる。

 暗く狭く小さな館の中にはいささか不思議なモノモノが詰まってる。本当なのか本物なのかも判らない陳列品の数々。幾つかのガラス棚に収まった展示物の前には受話器があって、そこから音声解説を聴けるが、時にそれは非常に長いトークであったり、専門的用語が凝縮して素人にはチンプンカンプンなものだったりもする。ディオラマの手前に設置された覗き窓から見るとディオラマ上に橋がかかるというような展示もあって、その橋の由来詳細がそばに書かれていたりもする。

 お手軽に何かを学ぼうと訪ね寄ったヒトは足をすくわれ、自身の中の知恵と常識が覆る音を聞く……。

 見終えて一巡し、屋上に出ると、館長がお茶とクッキーで歓待してくれるというのが本に出てくるけど、実際、その通りのようでもある。

 いわば、博物館って何? との問いが掲げられているようなもんで、日本のアーチスト篠田太郎とウィルソン氏の対談が、この小さなミュージアムの巨大な価値を示唆してる。

 

 真実と噂、迷信と科学とがない交ぜになったような展示作品は、現代社会がこれまでに捨て去ってきた森羅万象の捉え方を思い出させてくれます。それは、「人間のこれからの行動を考え直すことに繋がっていくのではないだろうか」、とウィルソン館長はいいます。「何が正解か、ということよりも、このように多種多様な価値観を人々が議論していくことが大事なのです」。

    上記引用はコチラのサイトより

 

 ウソかマコトの見極めじゃなく、いっそ展示されたものへの「驚き」こそが要めと、ウィルソン氏は云う。

 その感覚的見解は正論だ。書籍『ウィルソン氏の驚異の陳列室』もそこが主題だ。

 ヒトは何故にセッセとアートなり珍しいモノなりを収集し、またそれを見たがるか?

 そこには大なり小なりの『驚き』、『驚きたい』が含有してる……。 

 エジプトから古代のアレコレをセッセとパリに運んでルーヴルの礎を築いたナポレオンの念頭には、立派な美術館・博物館を造るという以前に、まずは自分が感じたビックリをパリ市民にもお裾分けしたかったというのが、実情だろう。

 だから、その驚きを声にした途端に2度にわたって、「静かに」と警告してくるような展示管理じゃダメ、なんだ。ましてやそれが現代アートならなおさらに、驚きの声こそが作品への評価たりえるのに、それを殺せというならば、映画館で映画観て笑っちゃイケナイ泣いちゃ困ります……、と規制するに等しい。

 

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 この国に博物館なりミュージアムの名がついた施設が幾つあるのか知らないけど、その内の数パーセントは既に潰れたり閉館したり、してる。

 博物館というのは見方によってはモノの最終の置き場とも思えるけど、博物館とて永劫のものじゃない。

 そういう時、コレクションはどうなったろう? と、気になる。せっかく収集したモノが散逸するのは何とも口惜しい……

 ここに1冊、目録めいた大判の本がある。

 

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 どういう経緯で書棚に収まってるのか忘れた。「サンダーバード」がらみでバンダイ・ビジュアルさんと懇意だった頃、何かの折に何かと一緒に頂戴したもののように思うけど、記憶さだかでない。

 かつてこの国にも、今の中国のように、お金を稼ぎに稼いでモノも買い集めるという時期があったでしょ。

 そのバブル期にゼネコンのフジタがコーンウォール(英国の南西部の町)にあった「マリオン・ミニチュア模型博物館」をそっくり買いあげた。

 収蔵物はいっさいロンドンに移送、新たなミュージアムとしてフジタ財団が運営しはじめた。企業メセナとしての文化貢献を掲げてだ。

 でもバブルな時代はすぐに終わる。

 フジタはひっくり返り、会社再建の出直しだ。「おもちゃ博物館」も処分することになる。

 それでバンダイが、財布のヒモをゆるめた。バンダイはその頃、『ガンダム』の第1期プラモデルの大ブーム。バブル破綻はまったく関係なしの覇者で、売れに売れる勢いにのった抱き合わせ商法が国会で問題視されて警告を受けるほどに活気づいていた。

 で、バンダイさんはフジタの収蔵品1万点のうちの7割を買い取ってあげた。

 でもって、それを日本に持って来ちゃった。買い取られなかった3割がその後どうなったかは知らない……

 

 ともあれそうして7千点の玩具(16世紀~20世紀のもの)が日本に入り、「軽井沢ワールドトイミュージアム」という名でバンダイは博物館をオープンしたのだった。

 

 英国人が玩具たちの国外持ち出しを悲しんだであろうことは想像するまでもない。

 そういうコトもあってか、こたび英国政府は、注釈が書き込まれた1冊の『チャタレー夫人の恋人』の輸出を禁じる措置をとった。(5/14付けのCNNのニュース)

f:id:yoshibey0219:20190608183928j:plain               Express/Hulton Archive/Getty Images

1960年に同書が猥褻かどうかで裁判になったさい、裁判官とその妻が裁判のために読み込んで、アンダーラインを引いたり書き込みを入れたりした1冊で、これがオークションに出たワケだ。

 英国政府はそれが国内に留まるならヨシとし、国外に売られるなら「文化遺産をなくし国益に反する」との見解で国外持ち出しを禁じたという次第。なるほどな~、と合点した。明治になって大量の浮世絵や日本美術が国外に売り飛ばされたのと同様な哀しいことは今も継続中なわけだ。

 

 で、「軽井沢ワールドトイミュージアム」だけど、これは2007年に閉館。英国の玩具たちは以後は栃木に出来た「おもちゃのまちバンダイミュージアム」に移動して現在に至ってる。

「軽井沢ワールドトイミュージアム」の跡地は今はアウトレットの店になってるそうだけど……、本来は英国にあるべきな品々が日本に運ばれ、日本で転々としている様子は必ずしも嬉しいコトでないけど、コトここに至ってはバンダイさんの奮闘を願うしかない。所有した膨大な模型たちの維持管理と個々の模型の歴史的探求にはげんでもらいたい。

 

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 この本は、玩具たちがまだロンドンにあった頃にまとめれらたもの。

 どこか急ごしらえの感じがあって、模型の撮影も今ひとつ、レイアウトも大判本の体裁にそぐわず……、必ずしも良い編集というワケでもないにしろ、かつて英国人が英国人のために収集し展示してきたであろう姿を想い起こすような気分は味わえる。

 フジタのそれではなく、今はないコーンウォールの博物館をこの図録を頼りに闊歩するワケだ。そこでは、模型写真の模型たちがどんな展示ケースに入っていたか、どのような照明だったか、床は煉瓦かウッドか、廊下はどのような構造だったか……、などなどな、その夢想が実はアンガイに面白く愉しい。行かない(行けない)ことで逆に館と展示物とが光沢を帯びてくることもあるんだ。

 

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 夢想ということでは、『今昔物語』巻十五に智光・頼光の話があるけど、何かそれを想起させられないワケでもない。

 どういうハナシかと云いますと、元興寺という寺に学僧がいて、それが智光と頼光。

 智光はアチャラコチャラのお寺を訪ねて経文を読んだりと勉学に励んでる人。

 一方の頼光は、僧房でゴロゴロ、テッテ的に怠け者。

 やがて智光はえらい坊さんになるが、頼光はあいかわらずで老境に至ってもゴロゴロ。

 で、その頼光が死んださい、智光はどれほどの報いが友達であった頼光にふりかかったか知りたいと思ったら、仏のチカラで願いがかなった。

 夢の中、頼光は極楽浄土に住まって幸せな顔をしてゴロゴロ寝てる。背景には柔らかな楽の音。

 智光はビックリした。

 今までたくさん勉強し、極楽浄土のイメージを漠然とは持っていたけど、頼光のいる夢の中の極楽浄土ほどクッキリハッキリのカタチは知らなかった。

 それで頼光に、ボクもここに来たいといったら、

「汝は法文を学び、その義理を悟って知恵あきらかなれども、心散乱して、まだ浄土に生まれる資格なし」 

 冷たく云い返された。

 智光は泣き出した。彼はアチャコチャで見聞を広めたものの、それらを自身のものとして消化しきってはいなかった。

 一方の頼光は終生ゴロゴロ寝転がってはいたが、いつも極楽を夢想し、夢想したいがゆえにゴロゴロを繰り返し、その理想像を頭の中で確固なものにしてた……。

 頼光はちょっと気の毒に思って、阿弥陀如来の元に智光を連れていき、どうしたもんかと尋ねてみた。

 すると阿弥陀さんは、

「それは簡単。この夢の光景を全部おぼえておけばいい」

 と、申される。

「全部なんておぼえられません」 

 智光はいっそう泣く。

 それで阿弥陀さんは智光に極楽浄土のミニチュアを見せ示した。

 夢から醒めた智光は直ぐに絵師を読んで、そのミニチュアを絵に描かせた。

 当然に智光が見たミニチュアが100パーセント描けているワケで、ない。

 以後、彼はもうアチャコチャ訪ねたりもせず、その絵を眺め続け、細部にいたるまでを懸命に思い返したりを繰り返し、やがて往生し、その絵のままの極楽にめでたくも行くことになった。

 おしまい。

 

桂そうば岡山落語会

 過日の午後、『桂そうば岡山落語会』。

 自分にとって年1度の落語を直に”見る”日。

 落語は頻繁に聴いている。かなりの量をCDからiTunesに置き換え、概ね2日に1度くらい、どこかの時間で、1席か2席、誰かの何かを聴くというアンバイ。

 ローテーションとしては五代目志ん生が1番多く、次いで圓生、枝雀と続く。

 気品ある話っぷりとして三代目の桂三木助の『芝浜』か『へっつい幽霊』、ガガガっと迫って来るようなのを聴きたきゃ三笑亭可楽の『妾馬』、すっとぼけたのなら春風亭柳好の『牛ほめ』か『かぼちゃ屋』、枯れた味わいなら彦六と、その時々の気分でコロリン変わる。

 

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 そういう次第でボクにとって落語は耳で聴くものという感が濃く、直に眺めて愉しむというのは2の次になっている。

 けれども、年にただの1度、桂そうばのナマを味わうというのだけは繰り返しているワケだ。

 だからこれのみ、頭の中に舞台上の落語家の姿カタチを空想しなくていい。

 イメージを喚起するのじゃなくありのままのライブを味わうという点で、これはボクにとっては特異点、いやもちろん、ナマのライブこそが落語の醍醐味じゃあるのだけど、そこがいささか倒錯している。

 実は……、フタをあけるまで演目が判らないというのは好きでない。ま~、これは絶妙な感じなので声を大にして好きじゃ~ないというコトを云いたいワケでもなく、場の空気の中に溶け込むまでの自分の体内感覚の問題だ。

 自室で演者と演目を選び、スピーカーから届く声と自分とは擬似的ながらも1対1の関係だけど、ナマの落語会では自分の前や隣りに大勢がいて、方々の頭の動きとか咳払いとかがあって、けっして1対1じゃないところが、でもって聴くべき演目が直前まで不明というのが感じとして絶妙なのだ。

 独占したいとかではなくって、落語ライブにはそれなりの「構え」を要するという次第で、それを含めての年に1度のオモシロ体験。

 

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 さてと、場内はいつも通りの満席。

 こたびは桂そうばと、桂竹千代の2人。いわば関西と関東の味合戦。

 竹千代の講談調まじりの『古事記』は悪くなかったね~、いいねぇ。間の取り方が実にいい。緩急の速度もいい。

 

 桂そうばは枝雀のような天才じゃなく、積み上げの努力でもって芸幅を広げている噺家だと思ってるけど、1年ごとにその伸びが大きくなっているのも、頼もしい。

 彼の、身体というか骨格がでかいのも好感だ。

 落語と体躯はあまり関係ないとは思うけども、このヒトの場合は、その体躯自体が演目をヨイショするようなところもある。なので、もっと太った方がよいのじゃないかしら? とも大きなお世話ながら思ったりもし……。利口すぎて馬鹿になりきれない部分を身体のデカサがそこを補う……、という感じかしら。

 今回初めて人情噺としての『子はかすがい』を演ったけど、人情談は若い噺家じゃカタチにならないのが相場。そういう意味でそうばはもう人情噺が出来る年齢になったんじゃなぁ……、ともシミジミ思う。

 おこがましいけども、応援しているということは、ま~、そういうコトも含む視線をおくるというコトなのだ。といって、後援会に入ろうとかな応援じゃない。あくまで年1度の逢瀬のた・の・し・み、として。

 ま~、願わくば、そうばと竹千代、このカップルをもう1度、あ・じ・わ・い・た・い、な。

 今回はそうばが2席、竹千代が1席ながら、え~~っと……、竹千代に座布団2枚。

 

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 庭池続報。

 アルビノがかった目立つ体色のコメットが庭池から出てくや、おかしいホドに池は静かになった。 

 残った6匹は、1匹の白いのがいなくなった途端、憑依した何かが抜けたようにおとなしい。アルビノを追いかけ廻した凶猛さは消えて、水辺にこちらが近づけば、ゆるやかに群泳しつつ媚びたように寄ってくる。

 1匹を隔離したことによって様相がガラリンと変わったワケだけど、個と集団、共生共存……、むずかしい問題が水の中にもあると思うと、なにやら、

「ハッピ~じゃ~ん♡」

 とは云い難い。

 集団とは和をもってなすけど、和は輪でもあって、輪内に嫌うものは入れずという閉じたカタチでもあって、そこがもどかしい。

 ともあれ、

「わーっ!」

 ってな狂騒で1匹をいたぶり、時に死に至らしめる「落ち」は要らない。

 

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キムチ十景

 

 前回記事で登場の、庭池で阻害され危うく落命するところだった1匹のコメットは、その後、小さな水槽で養生生活をおくってる。

 単身の1部屋住居の窮屈は気の毒じゃあるけど、庭池で他のやつらに追っかけられてストレス爆裂ヘトヘトよりは、ま~、いいだろう。

 実際、早や、回復ぎみな姿を見せ、弱々しさが失せつつある。

 ここでしっかり食事させ、庭池の連中よりチョイと身体を大きくしてやろうとも思う。そうすれば、庭池に戻したさい、その体躯でもって逆に今度はイジメる側に廻れるのじゃないかしら……、とも思ったり。

 コメットは食事量によっては25cmを越えるデカサになったりもするらしい。であるなら、庭池のコメットたちは日に2回、ミニ水槽の1匹には日に5回……、摂取量をば調整してみよう。

 ただ、このコメットは赤色部分がとても少なく白地部分が圧倒的に多い。庭池の中でもその白が光ってシルバーに近く、妙に目立ってた。アルビノは同族から虐められる可能性が高いともいうから、さてこの先、どうやって過ごさせようか、思案進行形……。

 

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  (レイアウトはあくまでサナトリウムとしての暫定。も少し経てばもうチョット工夫しよう)

 

 

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 久しく食べていなかったモノに接すると、急に花が咲くみたいな驚きと新鮮があって忘れがたい。ついクセになる。繰り返してそれを味わいたくなるワケだ。

 自分の舌をバカの1つおぼえと云っちゃ~何だけど、この数週はキムチにはまってしまった。

 本場から届いたとか、「ぼくでんキムチ本舗」の高いやつじゃなく、そこいらのスーパーで売ってるお手頃ネダンのパックのやつです。

 で、せっかくの繰り返しモードに入ったので、いろいろ組み合わせた。以下はその感想というか雑記。

 

 子供の頃はキムチという名は聞かず、「朝鮮漬け」の名が通っていた。けども食べたことはなかったよう思う。

 キムチが日本に根をおろし出すのは意外にも最近、1980年代後半の激辛ブームあたりらしい。気がつくと浸透していたというアンバイ。

 一説では、桃屋1975年(昭和50)に販売をはじめた「桃屋キムチの素」が発火点という。そうであるなら20歳を過ぎてからボクはキムチを初めて食べたということになる。

 おやま~、そんなもんだっけ?

 歴史という眼差しで見るとアンガイに浅いんだね。ま~、アサヅケともいうからな。

 

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 しかし、唐辛子が朝鮮半島には存在せず、その伝来を探っていけば、ポルトガル経由で日本に入っていたのを秀吉の朝鮮出兵でお隣の国に持ち込んだという説が有力筋の1つというのは、おもしろい……

 食品としてではなく戦場での気付薬のような扱いであったり、凍えた大地に草履履きの苦痛緩和に足の指先や踵に塗ったりの薬用として持ち込んだという。

 攻めたことで今もって責められちゃ~いるけど、この伝来話がホントなら、

「あらま~」

 ちょっと立ち止まって感心し、その後のかの国での食品への転化、キムチ創造時の工夫の鬩(せめ)ぎを思わないでもない。

 

■■ キムチとカレーライス part.1

 

 これは論争になる組み合わせだろうし、結論に至らない性質の取っ組み合いになろうコトも判っているのだけど、さて、あなたはこの組み合わせや如何に?

「駄目です」と答えるヒトはキムチをあくまでも漬物として見ている。ラッキョウ福神漬けと同じくに添え物として見てらっしゃる。

 かたや一方、この組み合わせを美味いと判定するヒトはキムチを具材と見てる。

 だから既にして論点がズレちゃってるのだから、取っ組み合っても意味はない。

 こういうズレた争いが昨今いろいろな局面で見られてそこそこメンドウだけど、具材と決めてしまえば量的緩和でもってキムチたっぷりノッけてきむちイイ。

 

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 私の場合、ノッけた後、一口いただくごとに食べる部分のみ混ぜあわせる。

 途端にカレー辛味とキムチ辛味の2層の辛味を同時進行で味わえ、旨味幅はそれに2乗しますな。

 使ったのはEっちゃんからもらったレトルト。アロエの小鉢とブツブツ交換したさいの1品。

 大漁というくらいだからお肉系でない。ないけどケッコウ美味かった。それにキムチを加えたことで、「美味さ」を「旨さ」に取っ換えたワケですな。

 

■■ キムチと永谷園

 

 ご飯に粉末茶漬けとキムチをのせあげ、熱い湯を注いでいただく。

 これは一言で論評できる。

 塩分 と・り・す・ぎ

 しかもキムチの一人勝ち。

 

 

■■ キムチとミルク

 

 なにより語感の相性がいいですが、そんなコトはどうでもいい。

 冷蔵庫でよ~く冷やしたキムチに、沸騰寸前まで追い込んだアッチアチのミルクを注ぐ。

 ミルク冷たいのは意味なし。あくまでアッチアチの白いの。

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 穏やかできめ細かい顔をしたミルクは、あんがい頑強。キムチの白菜に徹底してからんで浸透し、ケンカをふっかけ、そのホット加減にキムチたじたじしつつも応戦につとめる。

 しかし、この応戦が手際よく、死守すべきは死守し、放棄すべくは放棄して、あくまで白旗をかかげない。

 その争いのさなかに分け入るようにしてササッと口に運ぶのがヨロシイ。決着のつけようのない膠着状態を状態のままに味わうのが、ヨロシイ。

 ミルクの熱さが冷たくお澄まししたキムチの酸味と辛味を中和し、キムチはキムチでミルクのミルキ~っぽさを消す。

 問題となるのは、これはオカズか、酒の肴か、オヤツか……、3方向に引き裂かれるようなアンバイながら、結果として、どこにも定着しない悲哀があること。

 だから2年に1度あるかないかでイイ。

 

■■ キムチとトンカツ

 

 ソースの代わりとしてキムチをのせる。

 トンカツの味わいは味わいのままに、キムチはキムチのままに、意外やこれは争わない。

 だから、つまらない。

 食は時に素材通しの争いによって地味が増量するワケで、その点でこの勝負は勝負にならない。ポークチャップのような親和の気配すらない。

 が、豚の側は勝ったと思い決めた節がある。豚勝と言い張る。

 ちなみにトンカツは、お醤油に辛子を混ぜたのにチョットつけて食べると最高にサイコで旨さダントツです……、と思ってるけど、どうです?

 

■■ キムチとカレーライス part.2

 

 3パックほど入って「業務用」とか書かれてる安いレトルト・カレー。具がほとんど見当たらない。その中辛のヤツとキムチ。

 前夜のオカズだったトンカツの残りを添え、苦笑しつつゴージャスを装う。

 

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 トンカツはさておき、このビーフ系組み合わせではレトルトとキムチが互いの辛味を相殺しあい、ちょいと不思議なまろやかな辛味となった。辛味が1本化されたワケだ。しかもマイルドに。

「ほ~、そう来るか」

 意外さに舌が微笑んだ。

 お互いを打ち消し合う協調でもって両者の長所が別次元の滋味に変じているワケだ。辛さ一途ではなく、どこまでもまろやかな風味に変じたのが素晴らしい。ゆるやかな甘みもある。

 ここで両者は妥協せず、あくまでも激しくぶつかったとは思える。粒子加速器でもってビームから衝突エネルギーを得るみたいに、その正面衝突でもってA+B=Cではなく、いきおいDなりFなりが生じるように、両者自身もがビックリの変化。これはやはり素晴らしい。

 塊としての具材がさほど見当たらないのが、この味覚の1本化に向けてへの助成となっているのも好ましい。

 

■■ キムチとご飯

 

 あたりまえ過ぎで誰も話さない。

 しかし、本当はこの組み合わせこそが大いに論じられるべきで、ご飯の美味さを引き出しているのがキムチなのか、キムチはご飯によって引き立てられたか、そこの見極めこそがツボだろうに、いまだ精査されず正しく講じ合わされた形跡がない。

 磯自慢にご飯、梅干しにご飯なら、和のテーストの1語で足りる場合もあるが、キムチはやや違う。

 意外とご飯の熱さ加減は関係なく、キムチの辛味量もさることながら、これにはお腹の減り具合が関数として大きく作用する。それによって刺激幅が変わってくる。旨味の飛翔具合が違ってくる。

 そこの消息を数式で顕せるならイグノート賞の候補になるでしょうよ、きっと。

 けれど、ただもうご飯とキムチというだけの食は……、つまらない。やはりそこにオカズが介在しないとイケナイような気がしないでもない。生物の多様性が地球を芳醇にしたように、ヒトの食も多様なオカズではじめて旨味の輪が拡大するとするなら、キムチはご飯とオカズの真ん中で仁王立ちの「魔界転生」のスイッチめく存在じゃなとも薄々。

 

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■■ キムチと味噌汁

 

 仲が良い。ただし1つ椀の中に共存しない。味噌汁は椀にありキムチは小皿にあって初めて仲の良さがしれる。棲み分けという。

 共々に塩分高めが弱点ながら、その高めの眺望合致は長所たりうる。東洋は辛い味と再考させてもくれ、高血圧な激昂にもきっと直結する。

 

■■ キムチとミシン

 

 食えない。縫えない。

 しかしキムチの本場のお国では、食卓にハサミがあり、白菜キムチなんぞは葉1枚そっくりが出てくるのでチョキチョキして食べるらしい。

 本場のお国に行ったことがないんで真相は知らんけど、少なくとも『孤独のグルメ』で本場のお国に出張したゴロ~ちゃんは、2軒の店でそうしてた。

 

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 食卓にハサミか……、ふ~む、と首かしげる次第ながら本場がそうであるなら、大いに尊重しなきゃいけない。文化事情が違うんだと、ハサミとキムチは切り離しちゃ~いけない。たとえハサミが切り離しの道具であろうと、関係は切っちゃいけない。

 

■■ キムチとボンカレー

 

 カレーとの相性話3つめ。ボクはカレーとキムチの組み合わせがどうやら好きらしい。

 ほぼ普遍的に国内どこでも入手可能の、この取り合わせ。中辛ボンちゃんで試してみますに、いつものことながら松山容子の顔が浮く。

 キムチに顔はないがボンカレーには顔がある。その顔が淡い味付けとなってボンカレーのボディを支えてる。

 それでキムチ劣勢。萎縮しないけどヤヤおとなしい。気兼ねめいた気配を感じる。ちなみに試したのは吉野家のキムチ。

 

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 なるほど、吉野家の配慮がこれで見えた。自社の牛丼を引き立てるがゆえに創られたであろうキムチの位置が、ボンカレーにもまたピタリと来るんだ。

 吉野家のキムチは単品じゃ~辛みがちだけど、組み合わせでもって、気の利く従者と化すわけだ。

 むろんそれはババ抜きトランプに向けてメチャにシッポを振ったアベコッペ犬のような隷属じゃなく、対等の立ち居地にのった上での慎ましさというもん、だろう。

 なので吉野家キムチと大塚ボンカレーの場合は、具材にしてよし、添え物福神漬の位置に置くもよし、フトコロが、ふ・か・い。

 

■■ キムチとスイカ

 

 まだ見合ったことがない。しかしスイカに塩をふりかけて食べるのをベストと思い決めてる当方としては、塩分投下という点ではキムチも合うのじゃないかと密かに思う。

 むろん、ふりかけられないから、スイカの横手に置いて交互に味わうというカタチになるけど、シーズンが来たら、1度やってみようとは思う。

 

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 想像するにキムチのクセがスイカのスナオに勝るような気がするけど、はたしてどうか? 夏本番のこれは楽しみとしよう。

 とはいえ、そうまでしてキムチを食べる必要はないねっ。

 あと数日も経てば、この刺激性の強いのから離れ、はんなりな甘みある「ひしお」あたりを恋慕するんじゃなかろうか。

 

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また1匹いなくなり

 天気が荒れると庭池はアッという間に汚れる。

 過日、数日に渡って嵐みたいな風がピ~プ~ふき、とどめにジョボジョボと雨。

 おとなしい雨ならそうでないけど、風混じりの雨は少量ながらも土砂を池に流し込む。汚れの元になる。

 その上で、今度は快晴というより怪晴な空模様。猛暑な日差しに睡蓮はスイスイ葉を広げるけども、水温が一気に上昇で、これがヨロシクない。

 あったかい泥水と化して、ドンヨリ。

 しゃ~ない……。

 ポリバケツに金魚を避難させ、長靴はいて水替えだ。

 しかし数時間後、カルキが抜けた頃合いに水辺に寄ってみると、バケツの中の金魚が1匹、消えた。

 庭池中央界隈にバケツは浮かせていたから、猫が悪さをするワケがない。

 跳ねて庭池に戻ったかとも思って探ってみたけど、そうでない。

 では、鳥か?

 

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 ったくもう……。

 今年の庭池はどうも不安定。

 しゃ~ない……。

 またぞろに、近場のサカナヤに出向き、コメットを数匹買う。

 買い増す必然はないけれど、いささか口惜しいじゃないか。

 

 けども実は、ビッグマックを猛烈に食べたくなったんだ。

 サカナヤのお隣さんがマグドナルドだ。

 マクドナルドを食べたくなる衝動というのは、年に1度か2度やってくる病いみたいなもんだけど、いざ火がつくと、いてもたってもいられないというジャンキーのそれ同様、麻薬的ジャンクの魅惑と誘惑でいっぱいになっちまう。

 たまさか、その衝動が到来ゆえ……、次いでですがな、おサカナは。

 生き物の命とビッグマックを天秤にかけると、どっちが重いというようなコトは云いっこなし。

 むしろこの場合、両天秤のバランスが取れた振る舞いと思いたい。

 熱帯魚売り場の狭い水槽の中で数十匹ひしめいている中から、数匹とはいえ、やや広い庭池に移動させて、いわば救済したのだという勝手な思い込みと、一般常識的にはこの年齢でマクドナルドを渇望するか? という問いを不毛にさせる「若さだよ山チャ~ン」のアグレッシブなスタンス保持こそ大事、チッとも天秤のバランスは崩れてないじゃんか……、とそう納得しているのだった。

 いわば欲望の二重奏、その成就。

 5月にしては異例のフイの暑さゆえにフィーバーしちゃったか? いや、そうではあるまい。イチバンに悪いのはサカナヤとマクドナルドが隣接してるって~コトだろう。そうでなくば、コメット1匹を失ったゆえにの、コメット数匹とビッグマック2ケのお買い上げ……、には至らない。

 

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 と、締めくくればいいのだが、そうは問屋がおろしてくれなかった。

 サカナを自転車に搭載したまま、カギもかけず駐輪し、

ビッグマック、2つ」

 窓口の女の子に声弾ませたら、

朝マックの時間ですので、ビッグマック扱ってません」

 ガッピ~~ン

朝マックって、何時まで?」

「10時30分までです」

 時計を見るに10時12分……。

 18分も待機するなんて、出来っこない。いかにビックマックを渇望しているとはいえ、そも、待たされるのはビッグに嫌い。ましてやサカナ搭載の無施錠の自転車。

 マクドナルド・イコール・ビッグマックというのが我がマクドナルドへのスタンスだけど、ジッと我慢のお子ちゃまでもなく、されど手ぶらで退出も嫌な爺ィ……。

 結局、朝マック・メニューからチョイスで持ち帰り。

 ちっとも嬉しか~なかった、というのが本音と実態の某朝10時過ぎ。

 ビッグマックを食べていない以上はマクドナルドを食ったことにはならないワケで、それではまるで初デートにワクワクしてたら彼女は来ずに代理で妹がやって来たみたいな、絶妙かつ根本的に断固違~~うガックシなのだった。

 

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 で、買った金魚はといえば、庭池に入れるや、既にいるコメットらが新参をば追いかけ廻すのだ。

 オレらの縄張りだ~、と新入りをいじめるのだ。

 その執拗っさたらナイよ。追いに追ってお腹の辺りを突っつき、逃げるのをさらに追う。

 コメットという種類は柔和そうな見てくれに反し、かなり鼻息が荒い。

 1日経って観察するに、やられてる方は、早やウロコの一部が剥離し、あきらかに弱ってる。このままじゃ殺されてしまう……。

 やむにやまれず、1番の被害者(魚)らしきを救出し、ポリバケツに隔離だ。

 ホントはいじめてるヤツの方を隔離し、闘争本能をまぎらわせてからまた池に戻すのが良いらしいけど、眺めてみるに、どいつが1番の乱暴者なのか判らない。

 新参は新参で自衛のみかといえばそうでなく、古参が攻撃するならコチラもやっちゃうぜ、みたいな勢いで、どいつもこいつもが暴れん坊将軍、立場立ち位置によって被害者と加害者が入れ替わるようでもあるし、同胞愛憐れむ、というような気配は微塵もなし。

 1番の弱者を隔離してやったら、今度は次の弱者ねらって虎視眈々なアンバイ。はたして穏やかに皆さん仲良く群泳って~コトになるのかしら?

 かつてアイザックウォルトン卿は『釣魚大全』で釣師としての自身に向け、

Study , to be Quiet.

  自戒の念こめてそう呟いたけど、庭池の金魚どもにも適用しちゃえと、

「穏やかなることを学べ〜、学べ〜ッ」

 日本語訳リフレーン付きでもって囁きかけてみるのだったけど……、聞かんわな~、たぶん。

 

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土佐光信の絵

 昨年末の講演「岡山木材史」の中で、余談バナシに中世の刃物事情と調理について、桃太郎伝承とからめて触れた。

 主旋律としては、

「おじいさんが芝刈りに出かけた山は、誰の山なのか?」

 という我が問いと共演の大塚氏の答えだったけど、中世初期では刃物は高額な希少品だったし、いわゆる包丁が登場しているワケでもなく、家族の中、小刀が一本あるきりで、それを一家の主が保持し、大事なモノだから常に携帯をし、小笹を切るのも、魚を解体するのも、すべてその1本で主人が行っていたろう……、というハナシをちょっと繰り出した。

 で、その後も折を見ては調べてたのだけど、土佐光信の絵にその痕跡が見られて、いささかの感慨をわかせているのだった。

 

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 土佐光信は室町時代の中頃から戦国時代までを生きた絵師で、8代目将軍足利義政関連の文献によると、絵所預(えどころあずかり・宮廷の作画機関のトップ)50年も務め、最終的には従四位下という位についてるから、官僚的立ち位置で絵筆を取り続けた人と書いてもいい。

 日本画の流派の大きな派閥の1つ土佐派の本流を作った人といわれ、将軍家やら公家と密接な関係を持っていた。

 宮廷画家のトップとして50年も君臨しているのだから、ただの絵師じゃない。

 年譜経歴を眺めるに、かなりの策略家であり、たびたび自己主張を押し通すために他者を蹴散らすようなコトもやっていたようじゃあるけれど、国が南北朝に別れてケンカしている乱世な時代でもあって……、ファイティング・ポーズもまた必需でもあったろうか。

 官職としての絵師の立ち位置確保というか、その権力保持に相当なエネルギーを使っていたようで、そのあたり……、後世のボクには感触として好きになれない次第じゃあるけれど、剣の輝きでなく筆の閃きに自身をのせ続けた継続の強さの中、ともあれ画業は画業、傑作が幾つもある。

 

 眺めると、何枚かの絵で男の調理が描かれている。

 庶民の家庭内じゃなく、宮廷なり武家での調理場面ではあるけれど、見るに、なるほど、やはり包丁はない。小ぶりな刀で魚をさばいてる。

 菜箸を用いて素手では魚に触れず、右手の刀でさばいてく。

 当然にこれは専門職。光信が描く調理師はたいがいどこか炯々としてる。魚さばきの自信が垣間見えるんだ。

 

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            「千僧供の霊験」の一部 頴川美術館(兵庫県)蔵

 

 当時、まだ醤油はない。切り身は生姜酢や煎り酒(いりざけ・酒に梅干や鰹節をいれて煮詰めたもの)でもって味付ける。それで煮たか、あるいは刺身として食べるさいにからめたか……、この時期の食の光景はまだ鮮明になってはいないけど、ともあれ、やや短い刀1本で魚をさばく職人がいて、お給金を頂戴していたというコトはまちがいない。

 刀でさばく役と煮炊きの役は別人が担うという点も、おもしろい。

 鍋を煮る係の男は、たいがい老人っぽいのも特徴だ。下の絵の部分、一見、汚い爺さんだけど、煮物に関しては無類の味付け舌を持った人物であるはずだ。

 この爺さんの表情にもまた自信がうかがえる。

 

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              「如願尼の利生」の部分 東京国立博物館

 女性が調理に関わっていないのも特徴だ。

 庶民を描いた絵には、鍋の煮炊きで女性が作業しているのはあるけれども、刃物を使う調理作業は男性だ。

 刃物イコール男、なのでありますな、この当時。

 ま~、そのことを土佐光信の絵が証してくれてるワケだ。

 

 ですのでね……、この時代の物語らしきかの桃太郎はですね、ご承知の通り、川で拾った桃をおばあさんがカットすると坊やが中から出てくるんだけど……、より正しく「時代考証」をすると、おばあさんは刃物は使わず(使えず)、家長たるおじいさんが桃をカットしていなきゃ~~おかしいのだ。

 

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 1937年に刊行された大日本雄辯會講談社(現在の講談社『桃太郎』は、我が見解で見れば刃物の向きが極めて正しく、これを描いた斎藤五百枝(さいとう いおえ 1881-1966は鋭いな~と思わざるをえない。(本文を執筆した神話学者の村松武雄の指示だった可能性もあるけど、ただやはり、包丁はまだ存在しない。ナタのようなぶっ叩き式のモノはあったけど……)

 

 食物の切り分けというのは、食料の大小の配分を決めることでもあって、室町時代の当時、刃物を持ってる一家の主がそれを担うのがあたりまえで、転じて、「妻は夫に従うべし」というケッタイな生活慣習が今に残滓として伝わっているワケだ。

 いわば、起源の底流には1本の刃物が置かれてるという次第なんだ、な。

 

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 上は土佐光信の絵ではなく、「松崎天神絵巻」 (別府天満宮蔵)から。フイゴ職人宅の調理シーン。やはり家長が小刀で切り分けている。左のショボクレたヤングはフイゴ職人の弟子だそうな。木刀(?)のような刃物もどきで串を削っているよう見える。研いだ小刀はまだ持てないということか?

 中世の女性の生活を研究する保立道久は『中世の愛と従属』(平凡社)でこの絵を取り上げ、黒装束の女性が実はこの家のアルジ的存在と論証(肘をついてる長持ちが重要なんだ)されているけど、ここではその点に触れず、ただ刃物というのが男に属していたモノであった時代がかつてあった、というコトにのみ、以上触れた。

 

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 刃物とは関係ないけど、土佐光信の絵でボクが惹かれたのは下の1枚だ。

 

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              「屋根葺地蔵」の部分 東京国立博物館蔵  

 

 この4人の小僧と手伝い少年1人を眺めるに、土佐光信は瞬間を捉えているのじゃなく、家屋製作の何時間かを1枚の絵に入れ込んでいるよう思えて、これはメチャに、お・も・し・ろ・い。

 屋根の上にしゃがんで竹の骨組みを縛ってる坊主と、下から重しの石を投げ上げている少年とは同じ時間に、いない。

 同じ時間なら、投げ上げた石で上の人物がケガをする。一見は連動した動きに見せるけど、そうでない。

 とすれば、この絵には4人の小坊主がいるけど、実は4人ではなく、2人だった可能性だって、ある。

 2人の作業の様子を1枚の絵で見せちゃうと、4人が同時にいるみたいな時間重ねのオーバーラップを生じさせてるというワケだ。

 と、以上は……、やや小さな図版でこの絵を見たさいの感想だ。

 けどしかし、後に、やや大きな全集本を入手してあらためて眺めるに、少年は投げ上げているのではないと判明した。

 屋根の上の坊主が縄で石を上げているんだ、ね。

 2人の作業は連動していたワケ、ね。

 

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 よって結論。

 美術系の本は文庫サイズで眺めちゃ~いけねぇ。

 情報量が少な過ぎ。断固大きなサイズの本でなくっちゃ~、上記のような”誤読”が生じるんだ。

 

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               でっかい方がいい。

 

 次いでに云うと、右側で子に乳をふくませている女性も、おもしろい。

 一見、老婆だ。

 顔のシワといいオッパイの垂れっぷりといい、若くない。

 年取ってからの子か? それともホントの母親は左の薪を運んでる女性で、代理で、出ないけどオッパイ吸わせて子を馴染ませてるのか? などとついつい注視してしまうくらいインパクトが強い老婆だ。

 いや、実は老女でなく、今の眼にはおばあさんだけど、実は18歳くらいなのかもしれない。すでに16歳で1度出産したけど、それは生後すぐに死んじゃって、苦労を重ね……、などと空想するのも、イイもんだ。

 子をあやしつつ休息しているようでもあるからこの部分にタイトルをつけると「ローバの休日」だ。

 

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 しかしまた、ひょっとすると、中央の石の下の少年の実の母であり、少年は少年にみえてドッコい、実は左の薪を背負った女性と関係しちゃって、出来た子を実母があやしている……、かもしれないと思ってみるのも、イイもんだ。ま~、可能性は薄いけど。

 ともあれなにより、この絵には、奇妙なほどに軽快感があって、ある種の小気味よいリズム音がはねているように感じられてしかたない。

 小僧たちの姿には、家屋を建てる喜びみたいなものが充満しているんだ。

(とある地蔵のために雨除けの屋根を造って、そこを寺にしようとしているという図、です)

 

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 縄綯(な)いをやってる小僧の足と手の動きもいいが、視線を屋根の方に向けているのがダントツにいい。自分の作ってる縄(麻を撚り合わせているに違いない)がまもなく結わえとして使われるという希望的展望がこの視線の先にはあるワケで、土佐光信はただ観察的に描いているだけじゃないのがこれで判る。

 要は気分が描かれてるんだ。

 

 ま~、だいたい男子はモノを造るのが好きなのだし、その過程も愉しむというのはプラモデルに集約される組立の愉悦理論そのものですけど、この絵の小僧たちもまた、きっと、楽しかったに違いないとボクは想像し、一鑑賞者として楽しんだワケだ。

 だから当然に、描いてる途中の土佐光信もきっと、乱世の世渡りのいやらしい知略やら権威にアグラをかいていっそうにそれを固めるといった処世の術などは忘れ、楽しんだに違いないと想ったりもし。

 

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 余談ですが、土佐光信には娘があった。

 千代といい、自身も絵筆をとった。

 彼女はやがて狩野元信の妻になる。

 元信は光信の大和絵テーストではなく唐絵というカタチで、いっそ土佐家の画風とは反撥するスタイルの、いわばライバル関係として勃興していたけど、この結婚でもって、両者両派閥に交流が生じ、やがてその画風の混合成果として、千代の孫である狩野永徳の手で「洛中洛外図」といった傑作が生まれ、その描法は大ブームとなって江戸時代前期頃まで、似通う構図での町と群衆の動きをとらえた絵が続々描かれることになる。

 また、その群衆の中から部分を抽出しクローズアップというカタチでもって後には「浮世絵」が登場もする。

 今の美術界の評価する所では、千代はあくまでも狩野元信に嫁いだ女性という位置に置いてるようだが、絵画改革のキーワードとなる2つの大きな川というか、土佐派と狩野派、2つのでっかいブランドを結んだ重要な女性と思えるのだけど、あるいはその結婚には土佐光信の政治的戦略的魂胆があったかとも思えるし……

 

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          千代が描いたと伝わる源氏物語図扇 東京国立博物館

スペーススーツ

 夏を迎えるこのシーズン、だいぶんとサマー・モードになったとはいえまだ油断出来ないところがあって、昼と夜の気温差を想うと、お出かけ時に着るものをチョイ考えなきゃならないのが、面倒といえばメンドウ。

 白昼はよいとして、昼夜にまがたる外出となれば、Tシャツ枚では不安だし、かといって上着をつけたらつけたで暑かったりも、する。

 一昨日、我が宅に御前酒1本さげて訪ね寄ってくれた県北は蒜山の住人N君は、「朝はまだマイナス気温です~」ニヤリと笑ってた。

 そういう点でいわゆる宇宙服というのは四季が問われない性質なので、お出かけ時に躊躇が、ない。

 

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                フランクリンミントの模型

 

 ま~、あたりまえといえばあたりまえだけど、この服は地球上ではてんで役立たないシロモノの代名詞になるけど、いざ宇宙に出ると超絶にモードシーンのトップに躍り出る。なんといってもスーツなのである。

 かぐや姫とその従者たちは地球上の衣装のままに月に移動しちゃって平気なんだからカッコ良いったらありゃしないし、地球に縛られてはおりません……、大気依存症でない確固たる自信をみせつけてくれもするのだったけど、それのみ例外、多くの場合やはり、宇宙服がないとチョットしんどい外宇宙。上下揃いのスペーススーツは外せない。

 

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竹取物語 貼交屏風(はりまぜびょうぶ)」立教大学図書館蔵。江戸時代に制作された竹取物語絵の一部。月から使者の女官たちがかぐや姫を迎えに来たところ。

 

 宇宙服も研究レベルでは随分に発達し、いずれはボディ密着の、すなわち身体のラインが露骨に出ちゃうけども快適で動きやすいものが登場という予測もあるけど、現状はまだまだ従来通りの、いわば旧スタイルが主流。

 けども旧スタイルとはいえ、カタチとして意外と色褪せしないのは不思議。

 

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ジェミニ計画でのニール・アームストロング(1964撮影)と、同計画での初遊泳中のエド・ホワイト(1965年撮影)

 

 たとえば映画『2001年宇宙の旅』は1968年公開だから、もう51年も前の作品ながら、登場した宇宙服はほぼまったく色落ちせず、今もって現役の新鮮を保ってるのも不思議。ごく最近になってアクション・フィギュアとなって販売されたりもして勢いも落ちない。

 

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 逆に、最近の映画『オデッセイ』で火星に取り残されたマット・ディモンの宇宙服や、『インターステラー』のそれらですらが、『2001……』の延長上のカタチでしかなくって、ほとんど見栄えをおぼえなかったりもするのは、1960年代発の宇宙服スタイルがいかに抜きん出ていたかの証しとも、なろうね。

 もちろん抜きん出てるとはいえ、構造上、ヘルメットはボディ部にガッチリ接続だからヘッド部分は常に真正面しか向かず、着用の人はヘルメットの中でもって頭を動かすしかない。頭を動かせるだけのスペースが必要なデザインでしか、実用に耐えない。

 『インターステラー』ではロシアのスーツをモデルにしたと思われるし、ヘルメットは、頭の動きにあわせて多少は左右上下に可動するというカタチを見せてくれてはいたけど、サイズ的にはどうだろ? ちょっと窮屈っぽかった。

 

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   米国の小さな模型メーカーMARCO’S MINIATURESが販売のロシア宇宙服と米国のそれ。

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            GIジョーのシリーズ。マーキュリーカプセルと飛行士。

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             同じくGIジョーのシリーズ。バズ・オルドリンさん

 

 むろんに、『2001……』の宇宙服が当時のNASAの最新スーツの援用ではあることに間違いはないとしても、何やら普遍不変なるもののカタチが1950年代から60年代に生じて今に至ってるというところからまだまだ抜け出せないでいる「今」という時間を、ちょっと思わないではいられない。

 

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            フランクリン・ミント製 月面車とアポロスーツ

 

 比較するのは気の毒ながらTVシリーズ『謎の円盤UFO1970に登場の宇宙人がつけてた宇宙服なんぞは、はなっから色褪せ甚だしく、リング・チェーンのあしらいに、

「古ッルう~~

 当時ライブでTVを観ながらガックリだったけど、逆にそれは稀有なスペーススーツで、概ねで、実際のそれもSF映画のそれも皆な、ひどくは悪くなかったし、今も遜色減退していないから、ま~、宇宙服というカタチには、流行に左右されず、四季にも時世も関係なく、そういう諸要素が忍び寄れない性質が濃くコーティングされているんだろう。生存環境として馴染まない場所で着用するのだから、個々人のファッション気分なんぞは関係なしの有無を云わさない必然という気配が、宇宙服の描き方として要めなのじゃあろう。

 

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               『謎の円盤UFO』の宇宙人のスーツ

 

 ま~、だから逆にいえば、『謎の円盤UFO』の宇宙人の着衣は、そこに60年代末にパリ発のモード先端であったシャネルの「クラシックフラップバッグ」を筆頭にしたリング系アクセサリーを大胆に取り入れ、さらにこれまた当時大ヒットとなった「サファリ・ルック」なテーストを加味したばかりに、かえってオールドファッションじみた滑稽となったという悲喜劇な味わいとなっちまったと、やや同情的に眺めることもまた可能だろう。

 この衣装デザインはシルヴィア・アンダーソンさん。『サンダーバード』での衣装デザインは大成功だったし、敬愛している女性の1人じゃあるけれど、唯一の彼女の失敗がこのスペーススーツだったと思える。地球外からやって来た者に地球での流行りを取り入れちゃ〜イケナかった。

 

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     シャネルのクラシックフラップバッグ        60年代サファリ・ルック

 

 近頃のニュースで知ったけど、ISS国際宇宙ステーションで2人の女性飛行士による初めての船外作業が企画されたものの、女性にフィットする宇宙服が足りず、結局、企画は泡と消えました~とのこと。

 聞いてなんだかバカバカしいような、貧果な予算事情が透けちゃって悲しかったりもした。

グレート・ギャツビー』の主人公みたいにワードローブに着替えのシルク・シャツがズラリ並ぶはずもない宇宙ステーションながら、1着のゆとりさえない衣装実態に、残念というか、ヤヤ寒さをおぼえるのだった。冠婚葬祭用の夏服って、ゴメン、持ってないのよ〜とは別次元の問題と思えてしかたない。

 下写真。計画断念でメリル・ストリープが怒ったような顔のクリスティーナ女史。

 

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 さてと『2001年宇宙の旅』のスペーススーツ・フィギュア。MAFEX製のノンスケール(概ね1/12かな)フィギュア。

 良く出来ていて感心したけど、黒塗りのバイザーだけじゃつまらないし、価格が倍の2万円くらいになったとしても、これはやはり1/6にスケールアップで、バイザーの内側に人物のヘッドがあるという仕様で販売して欲しいもん、ダ。

 それに、いささか足が長すぎる。もうミリ詰めればよりリアルなものになったろうと、惜しむ。

 しかしこたび、模型たちに触りながら想ったけど、『2001年宇宙の旅』のラストシーンは、宇宙服という点のみでも象徴的だね~。かのスターチャイルドはもはやその宇宙服を必要としない”存在”なんだから。

 ま~、いまさらあらためて云うことでもないけど、たまたま別スケールの模型と写真撮ってて、フッと。

 

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