MINIが誕生して今年で60年。
英国やこの国でも、いくつか比較的大掛かりな記念イベントが開催されているようで、慶賀というほかない。
私的感想を申せば、BMW-MINIに変わった時点で「楽しい車」としてのMINIのヒストリーは終焉し、今そこいらを駆けてるMINIは名を踏襲したものの現代仕様な「普通の車」とみえて、ほぼ関心ナシなのだけど、ともあれ登場して60年という歳月が刻まれたのは感慨深い。
この9月8日には県北は蒜山高原でもMINIを中心にした英国車大集合のイベントが予定され、先日には蒜山在住の某MINI乗り君にも誘われたけど、90年代には足繁く鈴鹿サーキットやら英田のレース場やらに出向き、出店したりもし、大いにハッスルしたものの、さすがに年齢がかさむとねぇ、ま~、いまさらという感じも濃くってご辞退申し上げた次第。
MINIを設計したアレック・イシゴニス。
彼は、F!などのレーシングカーと同じコンセプトを導入。一体化されたモノコックボディの前後に独立したサブフレームを取り付け、そこに全部の機構部分を置くというカタチでMINIを作った。というかレーシングカーがこれを真似ていったというのが正しいか……、その構造ゆえに剛性が高いのだ。おまけに小廻りが圧倒的だから、MINIを一躍有名にした急なカーブがいっぱいのモンテカルロ・ラリー3連覇はいわば必然の勝利だったのかもしれない。
MINIで忘れられないのはMOKEだな。
MINI MOKE(ミニ・モーク)。
登場は1964年。設計はMINIと同じくアレック・イシゴニス。
英国陸軍での多用途車両を想定し、エンジン廻りやシャーシはMINIそのままで外装を大幅にチェンジした。
米軍のジープのような役割を期待されたワケだが、軍で試用するに、
「おもしろ過ぎる……」
とのことで不採用。MINIベースだから車高も低く、まして4輪駆動でもないから、軍隊としては使えないという判断だったろう。
ちなみに、MOKEはロバという意味ね。
英国海軍は空母の艦上車両としてかなり真剣に検討したらしきだけど、戦闘機を引っ張るようなパワーは望めないんで断念した。
結局、コンパクトなサイズとカタチゆえアチャラコチャラのゴルフ場のカートとか、リゾート的専用空間で活かせる車ということになっていく。特にオーストラリアでは砂上を駆けるビーチバギーとして人気の車となった。
『プリズナーNO.6』の舞台たる”村”で使われたのが、このミニ・モーク。
ホワイトカラーのボデイ(TVシリーズの撮影開始と同じ1967年に販売されたMINI MOKE MarkⅡ)にクリーム・ストライプな幌屋根。劇中では村のタクシーとして役があたえられ、選挙では選挙カーとしても使われ、その小ぶりなスタイルゆえ印象が深かった。
劇中では、リアカーとして寝台を引く救急車仕様も登場した。
撮影ロケ地(後述)で販売されていたキャビネ・サイズの生写真
ミニ・モークはかわいらしいというかチャーミングというか、どこかユーモラスでもあるし、キビキビと駆け廻るもんだから頼もしくもあった。
しかし、それが何らかの理由で拉致監禁されている村の住人達の、唯一の”足”なのである。
(正しくは、ミニ・モークと同じカラーリングの自転車と1人乗り電動カートもあり)
その硬軟なギャップある設定が憎いほどに活きていたのがこの番組だ。
ホントは重い題材なのに、奇妙にポップな匂いをたてる番組(全17話)としての『プリズナーNO.6』の背景を大きく支えてた。
もちろん最大のポイントはポートメイリオンという実在のリゾートホテル(かなり広大です)をそっくりそのまま使い、そこに点在する家屋に”性格”を与えた上で多数のエキストラを動員し、その上で、家屋外観からは想定しえない大掛かりでモダンな室内セットを組んでいたのがこの番組のツボだったろうけど、村を疾走する車両はミニ・モークだけ、ボンネットに村のロゴ(自転車のマーク)をあしらった白いミニ・モークだけというのが高得点なのだった。
で、村から脱出を試みようとする者たちは皆、あの謎の大きな風船玉に追っかけられ、呑み込まれ、捕まって、一見は自由に振る舞えても、それはあくまで ”あたえられた”、ものでしかないという、”拘束された自由”、いわば為政者NO.2の手のひらの中の自由であるコトを味わい知らされるのだった。
でもって、そのNO.2もまたNO.2でしかなく、ではNO.1は誰か? 何か? という中心核に向けて全17話は進行するのだった。
この番組を思うたび、あたまの中にミニ・モークの排気音が響く。我がミニと同じ音なのでまったく馴染んじゃってる音でもあるのだけど、それはどうでもよくって、ともあれモークという単語が聴こえたら必ず『プリズナーNO.6』が念頭に浮いて早や何10年という次第。
「Be See You.」※
劇中毎回必ず出てくるアイサツ言葉と共に、いっこうに色あせしない不思議存在が、この番組なのだった。
村の中の自由は常に、
「じゃ、また……」
ってな村内限定での再会をお約束するっきゃ~ない一語に要約されるというアンバイに、誰もが置かれているであろう実生活の自由の在処についての、これは寓話なのだというコトも判ってくるのだったが、今もってこの番組ほど自在に番組そのものを構成させたTVドラマはあんまりないというコトにも驚きの念が消えないんだった。
第14話『悪夢のような』では、なんとタイトルすら出て来ず、いきなり西部劇がはじまり、主役が序盤では出てこないままドラマが進行し、最後の最後で
「あっ!」
なんだから、も~~、やられちゃったよ。
DVDやらでなく、当時、NHKで放送され、接したさいは、
「チャンネルまちがえた?!」
ずいぶん慌てたもんだ。
なるほど今の眼で観れば、スクリーンサイズは4:3だし、描写も時代を感じさせて経年劣化な部分もある。コンピュータのカタチ、人工知能のとらえ方など顕らかにもはや古びてしまった所もある。
けれどサビはサビでしかなく、拭ってしまえばいまだ斬新の光輝をきらめかせる。ミニ・モークの登場を含め、まばゆい宝石であり続けてくれている。
番組の立案企画者であり主役だったパトリック・マクグーハンが晩年に執筆していたというリメーク脚本を元に、リドリー・スコットが新たな劇場版の映画を計画しているというハナシがあるけど、さ~さ~、それはどんな具合なものになるんだろう? 少なくとも60年代テーストのミニ・モークなんぞはそれには加わっていないだろうと予測するんだけど、ね。
※ Be See You. の日本語字幕では、使われるシーンによって、「じゃ~」、「さようなら」、「では明日っ」といった具合で翻訳時にニュアンスがあまり配慮されなかったようで、これはかなり残念だ。
ヒトの顔にホクロがあって、それが往々にしてその人物の特定になるように、『プリズナーNO.6』でのそのホクロたるが、「Be See You.」じゃなかろうかと思ってる。
だから「じゃ、また……」とかの1つに統一すべきだったろう思うわけだし、マクグーハンは意図的にこれを使って”不自由”を顕わしていたと確信してるんだ。
『Model Cars』(30号 1996 ネコ・パブリッシング刊) 筆者執筆の特集記事。模型としてのミニ・モークと『プリズナーNO.6』を大きく取り上げたおそらく初めての記事だったろう思う。それから10数年経って、岡山の某BARで真夜中、この記事を読んで本を今も持っているという人と遭遇してビックラこいたコトがある。ま~、先方もまさか岡山に執筆者がいようとは思ってもいずで……、イスから転げ落ちてたけど。
TVC-15のキット(1/24)のプリズナー仕様の完成品。製作は請地利一氏。上記の記事に使用。
主人公NO.6の家の着色済み模型。ホテル・ポートメイリオンで販売されていたもの。
NO.2の家の模型。これも同所で販売されていたもの。
実際のポートメイリオンの家。
『Model Cars』に載せるために少量製作した1/43スケールのプリズナー仕様のミニチュア・カー。