ヘンゼルのみ太る

 

 ふってわいた元首相の暗殺。

 参議院選挙への影響も大きかろう。

 いずれ、“歴史”という記述の中では、かつての二・二六とか五・一五と同じく、七・〇八事件とか0708事件といった造語があたえられ、いっそう暗い時代への突入となった日、というようなコトになりはしないだろうか? より愚かな模倣者が現れはしないだろうか? それゆえに治安強化が進み、気づくと、自由の範疇がより狭められ、息苦しいような世の中になっていくような、ダーク・サイドのフタがあいた日と……、ならないことを願う。

 

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 さてと……。

 誰もが知る『ヘンゼルとグレーテル』。

 悪い魔女の罠に落ち、お菓子の家に幽閉されてセッセッと甘いモン食べさせられ、太った時点で魔女に食べられそうになるが、しかし……、というオカシな話だけど、けども、あんがい誤解されているムキもある。

 実際は、兄のヘンゼルのみがお菓子を食べさせられ、妹グレーテルは甘いモンはあたえられず、魔女の下女として働かされたのだった。

 なので、若くして糖尿病一直線の波瀾を味わったのはヘンゼルのみで、グレーテルは魔女の世話とシュガーハウスに閉じ込められた兄ヘンゼルの世話を押しつけられ、ろくな食事をとらせてもらえないのだった。初版1812年刊)では「ザリガニの殻だけしかあたえられなかった」とある。

 

 それで、チビッと不思議に思うのだけど、魔女はグレーテルをどう処遇したかったのだろうか?

 ヘンゼルをうまく食べたアカツキに、次にはグレーテルも食べちゃうつもりだったのか、あるいは、そのまま下女として働かせ続けていたかったのか……、さぁ、どっちだろ?

 いや、あるいは、子を持たない魔女としては、グレーテルを自分の後継にすべく、どっかの時点でグレーテルを指導し、ホウキにまたがらせ飛行訓練させるとか、2代目魔女としての養育を考えていたのかも知れず、モロモロ考えるに、このグリム童話は、可能性の芽が摘まれてしまうか、あるいは新たな人生として魔女として生きるコトも可能かも…… というようなハナシだった……、と、歪んだ解釈も出来る感じがしないでもない。

 

     

1909年の第7版の表紙をそのまま使ったE.フンパーディンクのオペラ『ヘンゼルとグレーテル』の楽譜集

 

 グリム兄弟は初出版以後、再販のたびに文言を変えたり加えたりで、現在ひろく流布されている最終決定稿たる第7版のストーリー展開では、グレーテルは自分も食べられそうになり、パン焼きのカマドに魔女を騙し入れ、フタをしめて焼き殺し、メデタシめでたしという次第だけど、さぁ、ここもモンダイだ。

 拉致監禁して4週間にわたり、経費費やしてヘンゼルを肥え太らせ、その出費を含めた辛抱の末に“美味しくなった”少年を喰らお〜というグルメ嗜好の魔女が、辛抱出来なくなって痩せたグレーテルを前菜として食べようという思いに、はたして、いたるか?

 くわえて、過去あれこれ色々な子供を騙しては監禁し喰らってきた悪事大ベテラン、奇妙な食道楽の魔女たるが、簡単に幼いグレーテルにしてやられるというのが、解せないのだった。

 そりゃま~、信長ほどの抜かりないヒトであっても、我が世の春来たりと増長し油断し、少数の護衛のみで本能寺でノホホンとし、京都や堺の名だたる茶人を前に自分が集めた茶器を自慢した、その翌朝早々、彼にとっては、将棋でたとえるなら桂馬ぐらいなポジションに置いていた光秀に、マンマとしてやられたという実例もあるワケだから、幼い少女に人生大ベテランの魔女がやられるというのも確かにあり得る展開だろうけど、可能性としては希有な、

「そんなアホなぁ~」

 モノガタリ的転回の急峻に、

「そんな単純にコトが運ぶかなぁ」 

 逆説的に、チビっと、ガッカリなような……、気がしていけない。

 

 さらにくわえて、兄ヘンゼルのことも、気にはなる。

 なるほど、彼は魔女と出会う前、森でさまよったさい、パン屑を少しずつ歩いた場所に置いて、ミチシルベとする鋭利な知恵を持っているのだったけど、いざお菓子の家に幽閉されるや、彼が太ったかどうか確認しようとする魔女に向け、肥えた自分の指じゃ~なく、なんかの痩せた骨だかを拾い、

「まだ太ってないよ~」

 眼の悪い魔女を騙しもしたけど、結局は、妹に救出されるまではお菓子の家の中で、甘いモンをセッセと食べ続けていたというのが実体であって、お菓子の家から自ら脱出しようとはして……、いないんだった。

 手元にあったなんかの骨で、自分がまだ痩せてます~、と魔女に見せたのも、裏返せば、

「もっと、お菓子食べさせてよっ」

 との欲求だったかもしれないじゃ~ないだろか……、南無三。

 

      

 英国の玩具屋さんで売ってる「ヘンゼルとグレーテル」のTOY。書き割り舞台みたいなボックス仕様で人物を動かして遊べるようなっているんだけど定価は25UKポンド、日本円だと4000円もする……。高過ぎぃ~。

 

 物語の中盤からラストに至る、魔女とグレーテルの女の戦いのハラハラ展開に、そんな次第でヘンゼルは加わらず、文中に出てはこないけど、結局、彼は与えられた甘~いお菓子、すなわちは住まっているお菓子の家を囓ったり舐めたりすすったりして消費する日々を刻々と過ごしているに過ぎなくって、まさに、糖尿病に向かってまっしぐらでしかないショボイ存在なんだった。

 

 なので、『ヘンゼルとグレーテル』という兄弟平等なタイトルよりは、

『結局ヤクだたなかった兄』

 って~な、偏差値的差異ある兄と妹の関係を示したタイトルの方がオモロカないか、ピタっとこないか? そう訝しんだりも出来るのだった。

 兄の方はこの事件後、若年ながらインスリン注射を必要とする身に堕ち、妹の方はといえば悪しき魔女を退治したコトで自信を深め、チョイっと天狗になって……、やがて兄ヘンゼルを、

「甘い菓子で騙されたバカ兄ちゃん」

 疎ましいと思ったりしなかっただろうか? 本事件によって結果、兄と妹の間に深~い溝が出来、やがてグレーテルは愚れてる子供らを誘い、半グレ集団の女リーダーになっちゃうとか……、空想的に感想というか想像し、ま〜、結果としては、この秀逸な作品をいっそう、愉しむんだった。

 


 余談ながら、“魔女”という存在に拮抗する“魔男”って~の、いないねぇ。魔法のホウキで飛べるのは、魔女のみで……、「魔男の宅急便」はやって来ない。

 ま~、「間男」ってのは世界的にアチャコチャに出没し、日陰的な境遇にメッチャ苦労しつつも、

「アンタの亭主よりオレの方がええやろ」

 と日々研鑽、己のが身の性的魅力の増量増進を怠らないところは、勤勉な努力家と云えなくもなく、そこいらの怠惰に日々をうっちゃる男よりは……、すするお茶とて茶柱立ってる確率がビッグな感、ありありだけども、ともあれ、魔女も間男も一種のテロリストじゃあるんだろうけど、「最後は破綻」というトコロで一致。

 気の毒な感じがしないでもない……。

 

 

地底の太陽

 

 太陽の塔のハナシ、3回目。

 今回は、「地底の太陽」。

 実際のそれは、横幅が12メートルを越えた大きなモノだったけど、70万国博覧会が閉幕後、行方不明……。

 そんなデッカイのを、どうして、どうやって、紛失させたのか、今もってミステリ~。この不祥事にさいし誰も責任をとらない、とらせないタイシツが、すでに70年代にもう地場固めてるのも滑稽。

 ともあれ、この失われた「地底の太陽」を復元する企画が数年前にうまれ、その作業で海洋堂も参加(こういった造形物は建築会社の感性じゃ不向き)し、ほぼ元のカタチで今は観覧できるようになったのは、よ・ろ・こ・ば・し・い。

 下写真はその海洋堂が市販した模型。秀逸な逸品。岡本太郎の造型の神髄をよく再現していると思える、

 

 

 しかし、この模型は、置き場に困る。左右に伸びた炎(?)が危なっかしく、かつ、サイズもそれなりに大きい。

 なにより、この「地底の太陽」は、模型を手にして初めて気づいたのだけど、意外なほど、物体として……、弱い

 海洋堂の造型が悪いのじゃなく、岡本太郎が生んだカタチそのものに、これは起因する。

 奇妙な顔と左右に炎を配した鮮烈な姿ながらも、「どこに置いてもエになる」わけでなく、逆に、エにならない

 結局のところ、この像は『背景』を必要とするんだ、な。

 すなわち、背負うモノがなきゃ~、成立しないんだ。

 

 この像が、EXPO70の「太陽の塔プロジェクト」にとって大事なポイントであったことは間違いない。塔はこれを「礎石」として立っていたと、云ってもいい。

 3つの顔を持つ太陽の塔そのものは何も背負ってはいないけど、この地底の太陽のみは「宿命的な背景」を背負う。

 背景とはすなわち、地底の熱を意味するところの赤色だ。その赤色背景がないと、地底の太陽というカタチの意味が、薄れる。

 

 

 岡本太郎の展示構想を種々の本の記述で顧みるに、地底展示ではアメーバ的微生物の発生から始め、やがて太陽の塔内の生命の樹木にと連なる生命賛歌のようなカタチで、なので、原初の生命誕生に関しては、地熱の暗示が必需であって、それを岡本は「地底の太陽」というカタチで表現してみせたと……、思われる。

 ま~、ホントは海の存在こそが要めなのじゃあろうけど、岡本はあえてそこに触れず、天体としての地球内部の熱エネルギーにマトをしぼって、生命の根源を表現したと思う。

 

 

 じっさい1970年の展示では、写真の通り、背景に赤色を背負ってる。(この赤色の壁の後ろに塔の基底部があって、生命の樹への昇降口があった)

 ならば模型でも、そのあたりのニュアンスを汲んだカタチでのディスプレーが望ましい。

 というか、それ以外、この像のアート的指向に意味が、もてない。風が吹かないんだ。

 

 平野暁臣岡本太郎記念館館長)は「地底の太陽は神々の森の呪術師」と解説するが、たしかにその一面も濃厚にあろうけど……太陽の塔内の生命の樹との関連を思えば、灼熱の地球内部、地熱が意味されていたのじゃなかろうか。そうでなくば生命の樹はなりたたない。

 現在の再生された地底の太陽背景はスクリーン投影を前提にブルー系に配色されているけど、たぶんホントは赤色が望ましい……、とも思うけど、ま~、これはコレ、それはソレ。紆余曲折のケンケンガクガクな議論の末に20世紀じゃなく21世紀的アプローチとして、お決めになったのだろう。

 

 ともあれ手元にある模型がモンダイだ……。なんとかしたい。

 という次第あって、簡略化したカタチでもってこの1/43スケールの模型が鎮座できる背景をば、造る。

 画材のうさぎ屋で、表面がややざらついた赤系統のケント紙を物色し、黒のスチレンボードも買い、岡本太郎記念財団にある当時の展示検討用模型の写真を眺め、その忠実再現は意味がないんで、イメージとしての、“地底展示”を基盤としたディスプレーを造る。

 

             当時の展示検討用模型の部分 岡本太郎記念財団蔵 ↑

 

 

 演劇的背景を造って像を設置。模型の値段より3倍ほど高額になったけど業者さんにアクリルケースを造ってもらい、背景と模型を封印。

 

 

 スケールはまったく違う模型なのだけど……太陽の塔の模型下に配置、あえて暗い環境に置き、ま~、これで「自分用展示模型」の工作終了。

 

 LEDで顔部分を照らす工夫をしてもよかったかな。ま〜っ、とりあえずは……、地表の「太陽の塔」と地下の暗い環境での「地底の太陽」との目視出来る結合を味わって、このカタチで、自分の気持ちがどう転ぶかを……、観察。

 

 

 

サボテンだらけ

 

 飛鳥時代に入る直前、7世紀頃のモノと推定される中区賞田の唐人塚古墳。その界隈、20年ほど前までは、大きな石棺がおさまった巨石構造物として、在処がやや遠方からでも見えていたけど、近年に宅地化が進んで、存在が隠れ、薄れてしまっている。

 容赦ない宅地化と、行政によるこの墳墓保存の熱意のなさを、いささか残念に思ってはいたのだったけど、つい最近は、古墳のすぐそばすぐ手前に、熱帯性のサボテンなどを専門にした植物園が出来ている。

 企業経営じゃなく個人のものらしい。迷宮植物園と冠をつけた「バルタザール」という園名は……、17世紀のバロック建築家バルタザール・ノイマンが由来か? いや、あるいは、芥川龍之介の名訳でしられるA・フランスの『バルタザアル』から頂戴したのか、建立者(経営者)の“シュミ”が反映している感がなくもない。

 

 

 やや大きめの温室とパン焼工房が置かれ、いずれも白色。真新しい白が陽光に映えて瀟洒ではあるけど、古墳すぐそばという立地を思うと、やや異界めいた感もなきにしもあらず。

 某知人のご亭主殿は、この植物園について一言、「お金持ちの道楽」と切ってしまわれたけど、この国では珍しくって稀少らしきなサボテン系の種々を眺めると、

「道楽というか趣味というか、確かにその延長かもしれないけど、手入れと管理がメッチャ大変だろなぁ」

 こっそり感心もするんだった。

 

 スタッフだか奥さんだか、らしき方がアレコレ解説してくれ、

「とにかく湿気を嫌うんです」

 とのこと。

 なるほど、日本よりはるかに高温ながらメキシコ方面じゃ乾燥しきって汗は汗として流れず、たちまち蒸発という次第だけども、ここじゃ、そうはいかない。出向いた日も6月とは思えぬ暑さ。温室内もヒ~ト気味、たちまち額や首筋に汗が噴き出る。

 高温多湿の環境下での栽培のしんどさは、たぶん相当なものだろう。

 

 名を聞いたけど忘れた。これに触手のような長い枝が1つ付いて開花し、やがて……

 丸っこいカタチのままに落下し、風に吹かれて転げ、種をアチャコチャに堕としていく。西部劇の主人公の背景で埃っぽい風と共に転がってるヤツの、これは親戚かな?

 

 デザイナーが介入しているらしき体裁のいい同植物園のパンフレット。その一部分。ややピンと来ないキャッチコピーの難解さに、デザイン空回りの感もあるけど……。

   

 祇園用水が眼の前。アユモドキの保護地域でもあるから、界隈は、ま~、もうこれ以上は宅地化は進まないとも思うが……、どうだろ?

 

 いかんせん、針のような硬いトゲトゲ植物を当方好まないし、パン工房のパンのプライスが思ったものじゃ~なかったんで、買わず、早々に退散したけど、高温多湿な日本で種々アレコレのサボテン達を活かすのは、とにかく大変だろ~なぁ……、けど、趣味人には「大変こそが昂悦」みたいなトコロもあるんで、ヘンに心配しても意味がないな、きっと。

 道楽であれ趣味であれ、無料での公開だし、古墳を含めてその環境を思うと、やはり、普通の住宅になるよりは、こういう“施設”の方が景観批評の点数も甘くなるような、感じ。造られたからにはながく続いて欲しい。

 

 

 ところで……、これはボクだけのかな? サボテンみたいなトゲトゲなヤツを眼前にすると、なんだか無性に触ってみたくなる。

 で、

「痛ってッ」

 顔をしかめる。

 判りきったコトを、何故したがるんだろ?

 

 

 

おごるセンダンおどろくワタシ

 

 スィートアリッサムが小さな花をいっぱいつけて、小庭の一画、やや賑やか。

 和名では、庭薺と書いて「にわなずな」というらしいが、可憐さと名から来る印象がなんだかマッチしないような気が、しないでもない。

 英語のSweet Alyssumも、ピンとこない。

 Alyssumのモトの意味は「狂ったのを治す」というようなコトらしく、この花を狂犬病の治療に使っていたので、そんな名がついているそうだけど、スィートとつなげているので、なんだか微妙にヘンテコリンな感じが、これまた……、しないでもない。

 

 

 けど、そんなことよりも、花の名をおぼえられないのが、いけない。

 今はこうしてアリッサムとか書けるけど、ふだん、たいがい、名を思いだせない。近頃はヒトの名すらチョイチョィ忘れる方なんだから、ま~、しかたないけど。

 その昔、ディズニーのアニメーションに『101匹わんちゃん大行進』というのがあって、売れない作曲家がかっていたワンちゃんの行動で、ワンちゃんに伴侶、さらに作曲家にも伴侶が出来、さらに99匹もの子犬が一緒に住まうことになるというハッピ~な映画があったけど、99匹もの子犬の名前をおぼえるのは、さぞや大変だろう……、というか、はたしておぼえられるものなのか、かなり疑ッ問~ん。

 

       

 

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 今月8日に、庭中央で勝手に育ったセンダンの木を、大幅大胆、枝を切り、葉をカットして、坊主アタマのスッキリみたいな感じに剪定したのだけど……。

                  6月8日の剪定直後の写真

          ↓↓↓↓↓↓

                     昨日撮った写真

 

 剪定してまだ2週間とちょっとというのに、残した枝からワジャワジャ、葉が茂っている。

 下の方の枝はいっさいカットしたので、葉はおよそ2メートルを越える高さの所でモジャってる。

 そのため一見、涼やかな木陰が出来たような感もあるけど、しかし……、センダンの成長の早さにはホント、おどろく。

 自分の頭髪と比較するのもナンだけど、チッとばかし羨ましいというか、

「ワガハイの髪の毛ぇ~も、センダンみたいにスックスク伸びないかなぁ」

 有り得ない夢想を浮かせたりも、する。

 むろん次の瞬間には、そんな夢見心地を苦々しく思いつつ、あわせてセンダンのおごった葉っぱどもに鋭利な視線をそよがせて、

「いいになるなよ」

 すごんだりもするんだけど、ともあれ、センダンの成長の著しさには、完敗。

 7月8月と、さらに伸びちゃうのであろうな……。いっそ、その元気に乾杯だ。

 

 

 

 

 

 

声の狩人

 

 この前、久しぶりに店舗いならぶイオン岡山の中をブ~ラブラ歩いてみますに、マスク専門店が、あるのね……。時勢を思えば、ま~、そんな店も不思議じゃないけど、一方でようやく、マスクの呪縛から解放されるような流れが生じつつあるようで、それはそれでチビリ歓迎だ。

 誰かが書いてたけど、マスク着用がほぼ義務化された時でさえ感染増大が止まらなかったというコトは、結局はマスクをしていようが、いまいが、伝染る時にはうつってしまうという事実が逆にあぶり出されただけであって、効能ゼロではないにしろ、マスクは感染防止に大きく貢献する品物じゃ~ない……、というコトなのだろう。

 

       

戦前のマスクの広告。昭和の初期は黒いマスク。素材は革か布のどちらか。白いのは少なく、珍しかったそうな……

 とはいえ、だからといって、マスク着けずに外出は出来ない、ね〜。要は、気持ち、のモンダイなのだな。抑止力が薄いと知りつつも、気持ちがマスクばなれ、しないんだ。

 なので、30年くらい先の歴史書には、「マスクに翻弄された時代」と書かれるかもしれない。 

 

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戦争犯罪」という単語を容易に聴く今日この頃……、だからというワケでもないけど、アドルフ・アイヒマン関連の映画を数本、続けて観る。

 複数のそれら映画で、やっと、戦後ドイツの空気の一部を味わって、

「あらまっ」

 不明を恥じたり、した。

 戦後ただちにドイツ国民がオール反省モードに入ったワケじゃ~断じてなかった次第を、複数の映画があぶり出してくれ、

「あらま~っ」

 連続アラマ~を発し続けた次第。史実としての時系列をいままで意識していなかったゆえ、時に、ハシゴを一段踏み外したみたいなショックも、おぼえた。

 

 ヒトラーの側近諸氏に対する「ニュルンベルク裁判」によって死刑を含めた重刑の数々が決定してから、さらにイスラエルでの「アイヒマン裁判」までの間の5~6年、ドイツではどのような空気が流れていたか……、そのあたりの実情を知らされ、

「ニンゲン、やっかいなもんじゃねぇ」

 小嘆息させられもした。

 兵士になって戦わざるをえなくなった1市民の、その戦争責任、とりわけ犯罪とみなされる行為についての抽出と立証といった法的モロモロな施行とその制約なども含め、1本ごと、映画をたいらげてくウチ、

「ウムムム~……」

 嘆息でなく、言葉でなく、呻きしか出せない気分に浸ったりもするのだった。

シンドラーのリスト』を観終えて、もう2度とこの映画はみたくないと思ったような生々しい直線的な重さはないけれど、戦後ドイツの中に温存しているイヤラシイ部分とそこを何とかしたいと迫害にめげずガンバッタ人物らの姿は、垣間見えた。

「もう済んだこっちゃ~ないか、蒸し返すなよ」

 との見解と、

「いんや、なにも済んじゃ~ない」

 との境界の狭間で揺れてぶれる、侵略戦争があったゆえのアレやらコレやら。

 

 

 以下、観た映画の邦題(多くの邦題が陳腐でヨロシクないけど)。自分の記録用に列挙。アタマのABCは印象の濃さ。映画評ではないデス。

 

C ■ ミケランジェロの暗号 2013

A ■ ハンナ・アーレント  2013

A ■ 検事フリッツ・バウアー ナチスを追い詰めた男 2016

A ■ アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男 2016

A ■ 顔のないヒトラーたち  2016

B ■ アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告白 2017

C ■ コレクター 暴かれたナチスの真実 2017

C ■ コリーニ事件 2019

B ■ キーパー ある兵士の奇跡  2020

A ■ 否定と肯定 2021

 

 2010年半ばにこういう映画が多く創られているのは、当時やおら、ナチズムに傾倒する若者がドイツを含めたヨーロッパ圏で台頭したことへの、その不穏と不安が、レッド・アラートのように点燈したゆえなのだろう……。

  再鑑賞の価値ありと思えたのは、2013年の『ハンナ・アーレント』と2016年の3本など。『ハンナ・アーレント』は封切り時にシネマクレールで観たけど、その時はピンと来なかった。でも今回の再見で印象変化。

「顔のないヒトラーたち』は、この作品のみが、アイヒマン拘束のために、アウシュヴィッツでおぞましい生体実験を行っていた医師ヨーゼフ・メンゲルをあえて取り逃がし……、その捕縛優先順位がゆえの政治的駆け引きのさなか、メンゲルは逃げ延び、逃亡先のブラジルで生涯をまっとうするといった、むず痒い箇所にも触れていた。

“正義の行使”とて平坦でないワケで、その平らでない状況を『否定と肯定』では1996年に実際にあった英国での裁判を再現して、グイグイ見せてくれた。

 

 いずれの作品もドキュメンタリー的に史実を確実に追ったわけでなく、ドラマとしての創作がふくまれてはいるけど、その部分が、足長の音符と短い音符が当初は絡まずだったけど、徐々に双方が覚悟し納得し、やがて和音的な一種の落ち着きが煌めいてくるみたいな……、良性な何かを引き出す触媒として機能し、成功しているようにも思えた。

        

 実際のハンナ・アーレント(上写真)は、映画同様に常にシガレットを離さないヒトだったらしいが、本作観つつ、彼女がそれに火をつけるたび、こちらも吸いスイ吸いで観てしまった。

 けど、タバコの味より、アイヒマン裁判を直に見ての、かの感想文『エルサレムアイヒマン-悪の陳腐さについての報告』を発表した途端、誹謗と中傷と批判を一身に浴びた彼女の、けれども、へこまない心情、その強さ、勇気の抽出量……、などなど大きく羨望させられた。

 

      



 ちなみに、女史と同じ傍聴席で裁判を見聞したヒトに、開高健がいる。

 開高もまた同様、感想を記している。

 けど当時、こちら日本ではさほど話題にはならなかったようだ。

 戦争と政治のルポタージュを彼は当時幾つも書いているけど、書けど誰も踊らない状況にガックシ肩落とし、かつ自身がまのあたりにした数多の紛争の酷烈にジワジワ疲弊し、やがてヒトのいない荒涼の中での、釣りというホビーに身を傾かせ、“釣果としてのフィッシュを通して自分と世界を語る” という方向に足を向けた感がなくもないけど、イスラエルでの裁判目撃は彼にとってもヘビ~極まりない現実だったろう。

 開高は、「裁判ではなく劇だった……」と書き、その上で、アイヒマンを死刑にすべきではなかったとも綴り、文の結尾で、彼の文章では希有なことだけど、叫ぶような生々しい声をあげている。

 アンナ・アーレントが得た感触と同じく、ごくごく普通で平凡な男としか見えないニンゲンの中にある、おぞましい事実に、開高もまたひどく衝撃させられたには、違いない。たぶん……。

 

 

月の祭

 

 過日。グロス大塚まさじのライブ。

 もう5日経ってるけど、良い余韻が尾を引いている。5日経ってるから、もう書かなくていいかとも思ったけど、久しく味わってない良性な香気のようなもんが残り香めく漂うてるんで、自分宛のメモリーとして記しておく。

 

 まさじ氏のナマの歌声を最後に聴いたのは表町のキングサーモンだったから、かれこれ7~8年ぶり? いや、もっと前、10年以上の久々か? 

 お席には同じく久々の、顔幾つか。すぐ後ろの席にはこの前の禁酒会館でメチャいい感じだったIzumiちゃん。

 ふだんフォーク系の音楽は聴かないし、大塚まさじのCDも実は持ってはいない。

 けど、「月の祭」は良い曲だ。

 ナマで久々味わって、そうシミジミ。

 

 

 街で見上げる月と、里山っぽい田舎で見上げる月とでは、受ける印象、「風韻」が違う。

 氏の歌には月がけっこう出てくるけど、がぜんに後者のそれ。

 月は満ちたり欠けたりして、言葉では追いつけない性質の“魔法”をかけてくる。

 それゆえにヒトは昔っから月に魅せられている次第だけど、山里の上空では魔法効力がより高くなるような感じが、強い。

 たぶんに大塚まさじは、そのあたりの消息を歌に編み込んでいるのだろう。

 街からずいぶん距離があって、グーグルマップのストリート・ビュー記録の車さえ来ない、丹波篠山の限界集落にあえて住んでらっしゃるのも、深閑とした地表上空の、その月がもたらす魅惑ゆえのコトなんだろう……。

 難波界隈で70年代はシティ・ボーイのある意味で先端にいた人物が、月を含めた天体の運行に身をゆだね、急ぐでなく、ユルユル、スロ〜に生きる方法に辿り着いているらしき、その胸中の澄み具合などを、勝手に想像しつつライブに浸った。

 

故沢田としきが布に描いた「月の祭」。この絵を背景に唱われた「月の祭」はやはりダントツに良かアンバイ。照明のために月が太陽っぽく映ってしまってるけど、実際は柔らかい感触のサバ色の月が描かれてますですよ。

 

 ライブを一緒に堪能したwakameちゃんより差し入れの、ショウガ煮レバー。帰宅して速攻で、カラアゲと共に一部をチョウダイ。残りは翌日の晩のおかずとして食べちゃった (^_^;)

 

 ぁぁ、それにしても大塚氏のコテコテ関西弁での話術の巧み。それと歌とのコラボレーション妙味。吉本系のそれじゃなく、品良い関西落語を想起させられるみたいな旨味をたっぷり味わった。

 なワケで、コロナ禍でのここ2年ホドの閉塞が薄れ、頬が緩んでニッタリ。

 ライブは一期一会な旨味凝縮の筆頭に置いて良い音楽シ〜ンだけど、5日前のは、ここ数年に体感した中でもピカチュ〜の輝きだったと、思える。

 ジャスだのロックだのフォークだのの、つまんないジャンル分けはもはや差別でしかない……、とも痛感した5日前の、音楽な夜だった。

 

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 数日前、「はやぶさ2」が持ち帰った小惑星リュウグウの微少な砂や石に多量の水があるとの分析結果が報告されて、地球の海の生成に、こういった小惑星が大きく関係しているとの説を実証可能にする根拠の1つとして提示されたようで、

おっ!

 久々に「グッド・ニュース」の感触を味わえた。

 暗いニュースより明るい報道が、イイに決まってる。

かぐや」を思い出しもした。「かぐや」は初めてハイビジョン・カメラが導入され、14もの各種計測機器満載の探査機で、翁(おきな)と媼(おうな)の2機の子衛星も搭載したゴ~ジャス仕様、米国のアポロ・プロジェクト以後では最大規模の月探査だった。

 

 もう12年前のハナシになるけど、2010年3月に明石天文科学館が50周年のリニューアル・オープン。

 新造される空間「宇宙開拓室」に設置される10数点の展示模型の、その監修に前年より携わり、「かぐや」は金属の大型模型で展示というコトで、その模型を作る専門会社さん(全国のミュージアム関係ではあまりに高名なディスプレー会社  -  70年万国博覧会のさいに必要あって作られた会社)のための参考模型として、ペーパーモデルで同機を造って提出したりもした。

 模型を作るための模型ってヘンな感じだけど、カタチを掌握してもらうにはイチバンにイイ方法なんだ。

 

    

        かぐや本体を大きく上廻る太陽光パネルを可動できるよう工夫した……

 

 で、監修の仕事も終え、リニューアル・オープンして3ヶ月めに、同館から展示模型の話をしてチョ~ダイという依頼があって、200人ほどだったかしら、集まってくださった明石の「星の友の会」の方々の前でトークしたけど、ちょうどその頃合いで「はやぶさ」の劇的帰還がニュースの筆頭になっていて、「かぐや」はやや退色ぎみ……。

 同館でも急ごしらえで大型プラズマ・ディスプレーを設置し、JAXA提供の「はやぶさ」の映像資料を展開して、皆さんの注目のマト。

「ぁれれ、アポロやかぐやが目立たなくなったわいねぇ」

 チョイとばつが悪いというか、トンビにアブラゲさらわれたみたいな感もなくはなかったけど、ま~、それゆえ逆に「かぐや」のことが自分の中では印象されもした。

はやぶさ」も「はやぶさ2」も宇宙から地球への帰還という劇的展開があり、「かぐや」はその華やかさの影に入ってしまったわけだけど、ま~、致し方ないね。

 けど、「かぐや」はかぐやで劇的ではあったんだ、ぞ。

 打ち上げられ運営されたのは、2007年から2009年までだったけど、そのファイナルは、月面衝突だ。

 あえて月に落下させ、衝突させることで、月の、いわば骨密度を計測するという大任だった。

 月は地球と構造が違い、ギュ~ギュ~に岩石やらが詰まっていないらしく、なので衝撃をあたえると、中身空洞のお寺の鐘のように、ボゥ~ンンンンン……、いつまでも長く共振するようなのだ。

 月の内部に大きな洞穴が幾つもあるのか、全体で締まりがヨロシクないのか、ともあれ、大地の密度が濃くないんだな。

 実はこれは問題で、今後将来、とっても重い宇宙船なんぞが着陸したさい、その自重で大地が崩れ、船が“沈む”可能性だってアルわけだ……。

 その探求のために「かぐや」は犠牲というか、衝突し、貴重なデータを産んで、果てた。

 地球生まれながら、かの『竹取物語』のかぐや姫同様、’’月に還った’’ワケで、2つの「はやぶさ」みたいなハッピーエンドでない、形としてはアンハッピーだけども、やはりハッピーに属するみたいな、絶妙な悲喜劇抱き合わせの感触の余韻を、僕はそれで……、好いた方。

 探査のその成果よりも、月に向けてのイメージとして、本ブログのタイトルじゃ~ないけれど、「月のひつじ」やら「月のウサギ」といった詩情が、好きっぽいタチ。

 なので、この前の大塚まさじの歌に月がでるたび、

「ム~~ン、ウフフ」

 ひそかに北叟笑んでも、いたのでした。

      製作検討用に作った模型。分離しているのが子衛星の「翁-おきな」に「媼-おうな」

 

謎の樹木

 

 数年前、庭の中央にあったユスラウメが、フクロミ病という桃系の樹木のみが感染するらしいヤッカイなのにかかり、以後、それなりの対応をして様子をみたものの、結局、根治させるコトが出来ず、あきらめて、木を抜いた。

 ユスラウメに申し訳ない気分が逆巻いたけど、どうしようもなく、敗北を味わう以外なかった。

 

 

 で、抜いてるさい気がついたんだけど、いつのまにやら傍らで、何かが勝手に伸びていた……。上写真の赤丸部分の白っぽい棒状がそれ。

 何じゃろな?

 鳥が糞をし、それに混ざった種だか何だかが定着したらしきなのだけど、どんなモノが育つのかチョイっと興味もあって、放置して早や……、2年になる。

 

                  2020年5月14日撮影

             2022年5月の様子。巧みに枝を茂らせ上空に伸びてる

 

 やたら育ちが早いのだ。

 冬場は落葉し、つまんないガイコツ姿になるけど、4月の半ば頃より芽をふき、枝を広げ、たちまち葉を茂らせる。

 幹も太り、樹高も高い。当初の草のような感触は失せて木になりつつある。

 草だと思ったモノが木へと変貌していくのを間近に見たのはコレが初めてかな。草と木の領域違いを初めて知らされた。

 

 

 なんせ小庭のど真ん中という立地。廻りの、苗木で植えてまだ数年のレモンやブルーベリーや、その他なんやかんやが一切、この謎の樹木の傘に入っちゃって、

「陽当たり、悪いよ~」

 お嘆きのようなのである。

 

 それでやっと、この“ふってわいた”樹木の名を知るべく、晩ご飯時に、iPadで「植木ペディア」を開き、落葉樹の項目・ア行から順次順番にしらみつぶし、1つ1つ、名を追ったのだった。

 で、3日だか4日め、

「あっ、コレじゃ~ん!」

 見つけたんだ、正体を。

 

 センダン、だ。

 栴檀、と書く。

 ことわざに、「栴檀は双葉より芳し」というのがあるけど、そのセンダンだ。

 もっとも、これは、良い香りのするビャクダンのことで、ウチの庭に勝手に育ちつつあるのとは違うみたい。

 同じ系列なのだけど、文字通りのダン違い、良い香りなし。

 一昨年あたりから、夏になると、やたらセミが取りついて、ミ~ンミンミン、賑やかになってたけど、そのコトも記されてる。

 セミが好むらしい。

 

 

 で、読みすすめて、たまげた。

 成長が著しく、放っておけば樹高30メートルを越える大木になるという。

 庭木には適さない、とも書いてある。

 

   

                 樹木ペディアに載る写真

 アヘアヘ……。

 30メートルともなれば、幹だってメッチャ太いだろう……。

 小庭が全部、センダン1本に占有されちまう。個人的野望色が強いプーチンウクライナ侵攻に、似ていなくもない。

 しかし、彼と違うのは、これはあくまでも鳥が種子だかを運んで来て、それで定着しようとしているワケなんだから、むげにするのも何だしね……、一気に切り倒し、根を引っこ抜くのも、気がひける。

 どうしたもんかしら。

 庭木に適さないけど、枝葉が涼しげな緑陰をつくるから、西洋式公園では時として使われてもいるらしい。下にベンチなんぞ置いて涼める場所にするらしい。

 なるほど、でっかい公園であるなら、日陰をつくるセンダンは植樹選択の候補じゃあろう。

 けどウチは、チッとそうでない。

 そんな次第あって、上に伸びず横に拡がらずを考慮し、大幅大胆に剪定。

 ノコでゴリゴリ、ハサミでチョキチョキ。

 

  

 

 

 この夏はこの状態で、様子見というコトで、しのいでみよう……。

 結論の先送りとも云えるけど、いきおい抹殺はなかろうとも思って。