月の愉悦

ついこの前、皆既月食があったものの日本の多くの場所は雨天で、残念ながら月食をば見られなかったというコトがありましたな。
この岡山もそうだった。曇りノチ雨。ちょうど某会議のさいちゅうでもあり、会議が終わった頃に窓の外を見たら、暗天は雲に覆われて月はどこにもなかった。
20代の前半の頃、ほぼ満月の月食をはじめから終りまで見たコトがある。
その頃は、自室のベッドが窓際にあって、窓を開ければ、寝ころんだまま月が拝めたのだ。
その夜のコトはよくおぼえている。
稲垣足穂を読みながら、月を眺めたんだ。
月食というコトであえて選んだ一篇だった。
『黄漠奇聞』。
この鮮烈な一篇をなんどボクは読んだろう。その時でさえ何回めかの再読だったけれど、現実の"月の異変"をまのあたりにしながらの再読は、ヒシヒシと怖さめいた無形の異形が忍び寄ってくるような、足穂流に表記するなら「とびきりの気配の関数」を体感するという次第であった。
その夜の月は煌々として絢爛な光輝に満ちていたけれど、食がはじまるや、次第に酸化して錆びていくよう色合いになった。
にぶく、しぶく。
黄金色は柿のような色になり、それがさらに濃く深い色となった。
克明だけれども光輝がない。光輝はないけれど裡里とした存在があった。
そうなってくると、表層のそれではない内面の魅惑のようなものを月はジワジワと放射しはじめて、そこに普段にはないもう一つの顔といった感じなものを見せ出して、ちょっと怖いのだった。
それが『黄漠奇聞』の中で語られる眼には見えぬ気配の消息と精妙に合致して、怖さは増長する。
そうなるのではないかと期待してのコトであったけれど、しみじみと、背を這い上がる悪寒のような怖さは想定を超えたものであったから、まるで月が放射する深閑とした冷気に満ちた毒気にあてられたように感じて、慌てて窓を閉じてみたりもした。

いま、手元に今年のおかやまJAZZフェスティバルのチラシが一枚あるのだが、その左側に山下洋輔さんのお顔がデカッ、とある。
その顔の左部分は照明でやや黄色がかった光輝を見せているんだけど、そこから暗色がちな色合いとなる。
この色の対比に、20年以上前の月食を思い出したので、ここに記している。
山下さんの顔に月を連想しているんだから、山下さんには実に失礼な話である。
このチラシの写真を見た最初の時から実は月食のそれを連想していたのだけど、書く機会がなかった。
山下さんのお顔に冷気めく消息があるというのではない。ただ、相似として月のそれを連想したまでだ。
月に顔、といえば、誰しもが連想するのはメリエスの「月世界旅行」だと思う。
あの痛々しげな"顔"はメリエス氏本人が演じてもいる。
月世界旅行」は法外なまでに形而上学的な傑作だったと思える。むろん、メリエス氏はその洒脱な感覚をフイルム上に定着させ、全世界にそれを売ってハイパー億万長者となるコトを夢見たワケで、むしろ形而下的なお人であったろうとも思う。
だが、撮影中にひそかに複製が流出し、あげく、それを米国で違法かつ大々的に興行して大儲けしたヤカラがいる。
このため、メリエス氏にはお金が入らなかった・・。大きな市場である米国にこの映画を持ち込んでみると、なんと米国では自身の作品(それも不完全な)が堂々と上映されていて大ヒット中なのである。メリエス氏は怒った。でも、その頃に著作権というモノは存在しなかった・・。パリに大掛かりなスタジオを設け、大勢のスタッフと役者を雇用して必死に編んだ映画「月世界旅行」だったが、メリエス氏は一銭と儲けるコトなく破産した。
一方、この他人の作品をいっぱい複製して、自身が持つ映画館網で上映し、米国で大儲けしたヤカラはさらなる起業家として、スーパー億万長者の道を邁進していくコトとなる。
名を、トーマス・エジソンという。
その「月世界旅行」のイメージを銅版画家の山本容子さんが「Jazzing」という絵本の中で用いていて、ちょっとほほ笑ましい。
作品「FLY ME TO THE MOON」がそれで、基本のモチーフの中に「月世界旅行」のそれを想起する月とロケットがあしらわれていて、月の顔は、むろん、山下洋輔さんではない。
印象として、どこか桂枝雀の顔が思い浮く。もちろん山本さんが描いたのは枝雀ではない。シナトラさんのお顔かもしれない。
ま、どってコトのない話でござい (^_-)
とりとめもなく、連想ゲームのように、月から足穂さん、足穂さんが好きだったメリエスさん、メリエスさんから山下さん、いま果敢にかかわっているおかやまジャズフェスティバルhttp://www.ojf.gr.jp/に、そして山本容子さん作品に・・ と連鎖の輪を結んだまで。
でも、これも月が結ぶエンかしら。
そのエンあってか、この9月の15日に山下さんと山本さんにお会いできるのだ。場所はルネスホール。よいイベントになればと願う。
終演後のプライベートな感触での交流は望めなくなって、それが痛痒として気持ちのフチにひっかかってるけど、イベント成功のキーパーソンとなる働きでもってコトをよしとしたい。メリエスがごとくに、一兵としてがむしゃらに、月下の元で良き働き手として没頭するのみなり。
もっとも・・ この当日はあいにくと雨天かもとの予報あり(笑)