徹夜が2日

昨日と今日、丸2日。
徹夜で仕事した。
これは、その徹夜の朝に書いてる次第で、頭はかなりボケちゃってる。
10月に県知事やらマラソンの有森さんなどを迎えての某医療団体の大きなイベントがあり、その会場で流されるVTRの編集をやってるのだけど、これが難物だ。
8月からこのプロジェクトに加わり、自身が取材収録したDVを含め、渡された資料DVが膨大ながら、最終的にはわずか9分の作品に仕上げなくちゃいかん。
10数時間のモノを9分に圧縮して、いっさいのメッセージをそこに入れなくちゃいかん。
ここ数年、模型とは別口でDVの編集という仕事をやってるのだけど、今回ほどキツイのはない。
関っていたジャズフェスがちょうど済んだタイミングでもって、この編集は出来ちゃうなと思って予定を組んでたんだけど、フタを開けると、頭の中はまだジャズフェスの余韻というか残滓というか… 熱狂めいた気分が何層も何層も蔓延していて、とてものコト、医療の、そのビデオ編集に頭が切り替わらないのだ。
自身でもって編集したかったジャズフェスのステージDVの編集も他者に預けて挑んだものの、フタをあけるとこのていたらくだ。
「やっば〜〜〜!」
と、2晩ホド前は苦笑したものの、時間が過って行くに連れ、だんだんと追い詰められるような恐怖をおぼえるようになった。
仕事にノレず、焦燥にかられるワケだ。
そこで月を眺めたり、かぐや(セレーネ)の今の軌道を調べたりして、ジャスフェスでの熱中症を癒し、ごっそり気分を変えようと務めるのだけど、そうすると、かぐやの動向がそれはそれでオモチロイので、ついつい夢中になってたりもして、ハタと気づくと数時間をそれに費やしてたりもして… そこでまたぞろ熱いような暗鬱な焦燥にかられて、
「ヒ〜〜ッ」
てな叫びを上げるのだった。
で。やむなくも徹夜となる。
ホントに頭のいい人は、その辺りの切り替えがうまいらしい。
ビシリと切り替えられるから頭がイイのだとも解される。
我が友のオ〜君なんぞを観察していると、まさにこれは頭の良い見本だと感心する。
某日、某病院にて、ジャズフェスの打ち合せをしたコトがある。
オ〜君が医師で身動きがならず、彼の仕事先での打ち合せとなったのだが、その打ち合せのさなかにスッと部屋を出ていくと患者と対応して、また戻ってくる。
まったく偶然に、その時に目撃したのだが、オ〜君は治療室にて、おば〜さんの右手を縫っていた。
で、それを終えると、ま〜るで何事もなかったように、ま〜るでトイレに席をたったといった風情でもって戻ってきて、またジャズフェスの打ち合せに神経を注ぐのである。
カメレオンが場所に即応して体色を変えるように、頭がよい人というのは、きっと即座に脳細胞が配列を変えるのじゃないかしら… と訝しむ。
いかんせん、こんな卓越の切り替えはボクには出来ない… のだ。
すっごいな〜〜、オ〜君はと、羨望に裏打ちされた感嘆符を頭の突っ先に掲げるばかりで、羨ましいけど、真似も出来ない。
ともかくも切り替えが不自由なのだ、ボクは。
脳細胞はなかなか変化しないのだ。
なワケで、フ〜フ〜、ヒ〜ヒ〜と喘ぎつつ悶えつつ、切り替えも出来ぬままに、それでも何とか9分の作品にと2日も徹夜して、出来たのが13分38秒だ。
まだ長い。
数日置いて、この13分38秒を眺めれば、おそらく、もう少し、短く刈り込むコトは出来ようとの予測はあるものの、今はそれが出来ない。
めいっぱい、なのだ…。
というワケで、今夜もまた励むコトになるのかと内心ではソワソワと落ち着かないでいる。
とりあえずはマックに映像のレンダリングをさせて、眠るとする。
おっ! なかなか日記的な記述じゃないかと思いつつ。