ネコの顔


高知に中土佐町という所がある。
そこに行ってきた。
太平洋に面し、久礼新港という港を中心にしたささやかな町で、お隣は四万十町
青柳祐介氏のまんが「土佐の一本釣」はこの久礼が舞台。海岸に氏の石像もある。
当然、ここはかつおの町だ。
久礼の朝市は、久礼新港のすぐそばの商店街で毎日開催されている市場だ。
正式には大正町市場というらしい。大きな市場ではないけれど、魚はとても安い。
その場で調理もしてくれ、店先のテーブルで食べるコトも出来る。
狭い通りを進むと四つ角にでる。
そこにネコがたくさんいる。
茶や黒やブチのネコがたむろっている。
町中のネコと違い、ここのノラは餓えるコトがない。
日々、市場に顔を出せば、食は保証されているようなものだから、ここのネコどもは、どこか悠々としていて、かつ、おっとりとした風情を持っている。

眼に、陰険さもないし猜疑もない。
漁師町のおかみさん達にビニールホースで水をかけられても、
「冗談よせよ〜」
ってな小さな素振りを見せても、大きく慌ててクモの子を散らして退散というコトがない。
かみさん達もこのネコどもを嫌っている素振りがなく、次々に調理する魚のハラワタやら骨身なんぞをホイホイホイと気前もよく投げあたえる。
一切れをめぐってケンカというコトもない。
なんせ、食卓は豊かなのだ。
アジ、グレ、タイ、ブリ、かつお、マグロ、サビキ、太刀魚、・・ 
眺めるに、おかみさんが放り投げてくれるのを、順番で待っている。
俺にも、俺にも、という飢(かつ)えがない。おっとりと、悠々と順を待っている。
いずれも毛が艶やかで、背が丸い・・ 食材求めて駆け巡るというコトをしないですむから、彼らには時間もたっぷりあるワケで、さて、そうなると、その悠々自適な時刻の過ごし方として、毛繕いにふけったりする。
たらふく食べた後はちょっと移動し、側道脇で悠々と毛繕う。
そして、ちょっとよそ見する。
一元の、ただの観光客たるこちらを視線におさめ、
「どっから来たかね?」
とも云わず、
「魚、買うたか?」
とも問わず、物憂げにまた毛繕う。
どこの町でもノラネコは、薄汚れた、すり切れた感じがあるけれど、この市場のネコどもは毛繕いに余念がないので、ピカピカしている。メスもオスもコもが、綺麗な体毛を輝かせていて泰然自若、一種の自信を備えているから面白い。
が、それでいて、ここのネコどもはけっして市場の本通りにははいって来ない。
通りが少しだけ切れる四つ角に彼らは陣取って、うずくまる。
通りが人間の領域であるコトを知っているようである。
人間の" 商品"に手を出して、手ひどいメに遭ったネコも過去はいたと思うけど、商品から取り外されたハラワタやら骨やらを頂戴出来るワケだから危険を犯すまでもない。
人もネコも、ガツガツしたところがない。
ネコから視線を移し、陳列された海産物を眺める。

見かけない切り身があったので売ってるかみさんに尋ねると、
「うつぼのたたきだよ」
とのコトだった。
アナゴのそれと見紛う色に形ながら、いささかデカイ。
「骨を抜いてるの?」
重ねて問うと、
「漁師のヨメでないと、取れんな〜」
店先のかみさんは自信をもたげておっとり笑う。
強く、買えとは勧めない。
やんわり、
「いかがですかな。美味しいよ」
シワまみれの顔をほろこばせる。
地に根を生やした者に特有の悠々とした気配が、人にも、ネコにもあって、そこが眩しい。
堂々としていて輝かしく、それが羨ましい。
ここぞ地球ぞ!
そんな感触があって、安堵する。
地球外の天体から観光に訪れる宇宙人があるなら、ここにお連れしてもよいな、と思う。
ついでだから告白するが、ボクはたたきが苦手だ。
刺し身はたいそうに好きなのだが、たたきは食べられない。
だから、せっかくのうつぼのそれも、物珍しくはあったけれど、買えなかった・・。