新見にて

じき5月になろうという時候ながら、新見市の夜は寒い。
陽が落ちてしまうと吐く息が白くなる。
新見駅のすぐ眼の前を、市を二分する形で川が流れているから、夜景としてのその川面のきらめきが寒さを余計に増長するようでもある。
まだ夜の8時だというのに、しかも駅前だというのに、人も車も姿がない。
けれど、川沿いの小路を行けば、小料理の看板をかかげる小さな店が幾つもある。
どの店も看板がささやかで、「いらっしゃいいらっしゃ〜い」な貪欲がない。
喧燥がない。
音もなく光を発するホタルのようで、なんだか心地好い。
駅前の路頭には人がいずとも、きっと、そういった小さな店のドアなり暖簾をくぐれば、暖かい湯気と人の影が酒精の香りと共に漂っているであろうと思われるけれど、くどいようだがホントに人の影がない。
酔客がヨタヨタと歩いてるといった気配もない。
だからか、なんだか清廉な感じが強まって逆にワクワクとする。
行政機関としての新見市と新見の商工会を中心にして、「新見市情報化研究会」という会があり、そこの起案でもって、いま新見市は全世帯が光ファイバー網で結ばれている・・。
100万人を擁する大都ではなく、山間の小さな市ではあるのだが、先進のITを導入しようという気運は高い。
市町村合併という"おしつけ"でもって区域そのものはとても広いけれども、これといった産業もなく、人口は減少傾向にある。
そんな小さな市が、より住みやすい環境を模索して先進のITを導入しようとする・・。その一つが光ファイバー網の設置というコトになるのだけど、さて、それを今後どのように活用するかという命題がために、こたび、ちょっと呼ばれ、会議に出て、懇親会に出て、二次会に出て、三次会でケタケタと笑うというコトを・・つい昨日、やってきたワケだ。
新見市は、市長を筆頭に商工会の面々も実に気持ちがよい人達であったから、空気がとてもチャーミングなものとして眼に映える。
大きな企業の社長は一人とてない。いずれの方々も地元の小さき企業のオーナーで、されど、「わが社が、わが社が」とウリ込もうとかコビろうとかいった気配が微塵もなくって、新見というその小さな市を愛するがゆえに、
「どうすればイイのだろう」
「あ〜すればイイのとちがうか」
皆な、全員が真剣なのであった。
外気に反し、集う人の心は熱いのであった。
でも、夜の街は静かで、人の姿はない。
懇親会の会場であるホテルを出、二次会の韓国料理の店に案内される道中にも、人と会うコトがない。
それがかえって気持ちがよく、魂の中の煮えた部分と夜の冷気と静かさとが奇妙に混合して攪拌され、旅情としてのそれではなく、
「なんか〜・・ この街になら住んでみて〜な〜」
な肌触りにジンワリと侵食されるのだった。
けれど、この街にホントに住むとなれば、まずもって仕事がないワケゆえ、たちまちに困るコトとなる。ここに生れた若い人が、この市を離れて他の市町村なり他県なりへと流出するワケがそこにある次第だ。
それを食い止める方策はないものか?
ITという技術はそれをおぎなう方便となりはしないか?
市街から外れた過疎の老人ばかりの集落の方々に、どのようにして充実の医療を寄与できるか・・ などなどなど、懸命に足りない頭でもって考えてみたものの、二次会、三次会と渡っていく内に朦朧としちゃって、本題も本筋も忘れて牛筋くわえ、
「こりゃ、美味ェ、千屋牛かい?」
お箸をスティックに、並んだお皿をチャカポカ叩いて笑う内に日付が変るのだった。