ゲリラ雨


近頃、いっとき、"ゲリラ雨"といわれる非常に激しく降っちゃう雨があるのは、皆さん、ご承知の通りでしょうがね… なんだか熱帯の国に似通ってきましたな〜とノンキをいってる場合ではない。
この前。といってももう一ヶ月はラク〜に過ぎちゃったけども、早朝に、その"ゲリラ雨"があった。
この"ゲリラ雨"という表現にボクは幾分かオモシロミのなさを思っていて、もっとこましな単語はないのかと真摯に考えてもいるんだけど… いい感じなピッタシな語句を発明できない。
激雨-ゲキウ、とか。
怒濤雨-ドトウウ、とか。
狂妄雨-キョウモウウ、とかを編んでみたものの、よろしくはない。
出来ますれば日本の和文としての情感でもって"ゲリラ雨"のことを口にしたいと思うのだけど、なかなか難しい。
一ヶ月ほど前の早朝に体験したそれは、あきらかに"どしゃ降り"を越えていて、あれよあれよという間もない勢いの降雨だった。
激勢雨-ゲキセイウ。
とも違うな…。
激流雨-ゲキリュウウ。
といった方がいい按配かな。
早朝六時半くらいの音を1デジベルとしていうと、この雨の音は、
「ドザザザザザザ〜」
ってな感じな7デシベルくらいなものだった。静寂の市街にふいに大音量を巻く街宣車みたいなもんだ。
雨音ではあるけれど、それは異音として聞こえ、室内にいても耳の音というより身体に感ずるような音だった。
話す声を1か2オクターブばかり高めねば相手に声が届かないように思える勢いのある音であったから、直ぐに窓辺に寄ったらば、大粒の、線の野太いのがこれでもかと云わんばかりに落ちていて、隣家の黒い屋根が白んで見えるのだった。
白んだだけでなく、実際、それは油煙がごとくに水蒸気となって、モワ〜ッと屋根全体を白くさせてもいた。
多量の降雨にちょっと遠方はシャワー越しの視界みたいになって、霞んで見えないのでもあった。
その隣家の左側に、町内のゴミステーションがあって、それは用水路の上に建てられてる。
用水路はボクがまだ子供の頃にはチャンとした川のカタチを持ってたんだけど、昭和が50年代から60年代へ移ろい、平成になって早や20年という今日この頃には、もはや川の面影のない、ただの用水路にされてしまって実に気の毒、実に哀しい姿を晒しているワケなんだが、その、いつもは汚水が薄く流れてるだけの水路が、あれあれ見る見る内に淡い茶になって水かさを増してった。
パニック映画によく見られる、暗い影のような、壁のような大波が市街に向けてドド〜ッと押し寄せてくる、あのフイな峻烈表現に近い。
で、我が輩はニタリと北叟笑む。
「こら〜、何だかオモチロそうだぞ」
と、長靴はいて外に出る。
傘をさすと、傘に重圧がかかってるとハッキリ判るくらいに降ってやがる。
重雨-ジュウウ。
傘が重いと感じるし、傘にしがみつくように身を細めたくなるひどい降り方だ。
道路に出ると、道路は急激な勢いに負けて水を排する事が出来ず、浅い川のような按配になりつつある。
しばし、それを眺めてると、長靴がどんどん深みに入っていく。
こちらは動いてはいないのだけど、路上の水かさが増してくのだ。
見る見る内に増してくる。
「おほ〜、こらま〜、オモイロイわ」
と、も一度、喜色を浮かせ、ゴミステーションのところに歩みよると、その下の用水路はもう満杯になっていて、ヒタヒタとゴミステーションの床を侵食にかかっているのだったから、また… 嬉しくなった。
その朝は、実は町内の、資源ゴミの回収日なのだった。
だから、早朝とはいえ、ご町内の当番さんが複数、そのステーション脇に出ていらっしゃる。
ステーション内に水が押し寄せて来たので、ご町内の方々は急遽臨時にゴミをそこから出し、すぐ隣りの空き地(駐車場だ)にヨイサヨイサと資源ゴミを移動させたり、降雨の中、ゴミを持ってくる方々を、
「こっちに置いてよ」
と案内したりして忙しい感じなのだけど、こちとら、物見遊山… 諸氏の困り顔と激雨の対比をこっそり楽しんでいるのだった。
数分と経たぬ内にゴミステーションの床面が水没。
道も水没して、水路も何もかもが真っ平らだ。
「いや〜、まいったなこりゃ」
と、困り顔を装って、ゴミ当番さんを見てみると、おしなべて、男性陣の眼が笑ってる。
老いも若きも、どこか、この雨の唐突を密かやかに愉しんでいる気配がある。ナンギなことになったという顔は作っているけれど、体内のオトコノコの部分が発火して疼いていらっしゃると、そう見受けられる。嵐めくモノを悦んでしまうヘキは、どうも男子一般にあるようで、そのことを多くは口にこそしないけど、ボクはま〜… 口にする。このエンジョイ感覚が女子一般にはあんまりないようで、ひで〜雨だ〜、と浮かれてると、たいがい、シラ〜〜ッとした冷笑を浴びることになる。この辺りの感覚の違いを稲垣足穂は「A感覚とV感覚」という一語でもって見事に喝破されてたと思うが…。
話を戻す。
オトコノコが悦ぶという意味でこの雨は、唐突笑雨-トウトツショウウ、なのかもしれないが、それでは解説として不足だし、情感が醸されない。内包するAを説明してもBやらCを意味しない。
なんかいい語句はないもんか…。
40分と経たぬ内に雨は小降りになり、同時に、水も退き始める。
ゲームオーバー。
小降りになるのを待っていたかのように、ワラワラ通勤の車が湧いてくる。退きはじめたばかりの、遠浅の川のような路上をゆっくり、水陸両用車みたいに進んでく。
この雨をどう命名しようか… 決めかねるままに日常が戻ってきて、お愉しみはジ・エンドだ。
資源ゴミとして供出された新聞紙の大束がズブ濡れになっている。
「すげ〜重いぞ、それは」
と、回収業者を気の毒がりつつ部屋へ戻った。
数時間が経って正午の頃には、いつも通りの夏の日差しが照って、数ヶ所に幾分かの水たまりはあれども、道路は乾き、水路は水が退き、早朝のお騒がせの気配はもうどこにもない。
俄激雨-ニワカノゲキウ、とか、侵襲豪雨-シンシュウゴウウ、とか… 命名出来なかったのがもどかしい。