ネモの食卓 〜タマゴ焼き〜


めがまうす510氏が、ノウチラス号内の握り寿司の記事にコメントをくださっていて、氏いわく、
「タマゴ焼きをオーダーしたい」
とのコトなのだった。
これにボクはしばし愉しい空想の時間を与えられて、口元がほころんだ。
海底二万里」をお読みになった方は承知とは思うが、ノウチラス号は陸との触れあいやら今の日本で流行りコトバになってるだけで何もホントは結んじゃいない「絆」みたいなものを極力に回避して、自給自足な"閉じた海底での宇宙生活"を実践しようという話だ。(ちょっとベチャ〜っと言い過ぎのキライがあるけど)
なので、陸との交渉がないので、鶏の卵は常備しない。
よって、船内での握り寿司に卵焼きというメニューは、通常では有り得ない。
でも、めがまうす510氏は、卵焼きの握りが欲しいのである。
これはイイ。
この発想がボクになかったから、ホント、しばらく笑い、しばらく考え、でもって、また北叟笑んだりもした。
もしもボクがネモ船長たれば、ボクは鶏を、それも複数を乗船させ、一室あたえ、朝になったら産んだ卵を回収するというコトをやればイイとも思うし、ついでに、七面鳥も飼ってりゃ、クリスマスのディナーもニッコリじゃんか♪ と思ったりもする。
むろん、このプランはめがまうす510氏の「卵焼き欲しい」を聞かなかったら、まさに発想のない、いわゆる『想定外の事象だった』みたいなコトになっちまっていたのだけども、もう聞いちゃったからアトに戻れない。
確かに、タマゴ… 食卓に要るぞ。
慣れ親しんだタマゴ焼きなのだ。そりゃ、要るよな〜。
鶏の代用に、海亀やら海鳥やらの卵をどこぞの無人島でシッケイするのは容易とも思えるけど、ヴェルヌの時代ではないんで、今や自然保護の観念がボクのような人間の脳内にもあるから、それが稀少なモノという気分がある。数個取っても、それは"盗った"な感じで、いつまでも罪悪感が尾を引きそうだ。
ならば、やはり、ヒョンな時間に目覚められて「コッカドゥ〜ドゥドュルドゥ〜」とか鳴かれる不安を新たに抱えつつも、船内の一室を鶏たちにあたえ、基本としてドアは閉めず、いわば放し飼いタマゴの育成に努める… といった努力も要るかと思う。
海底生活も楽じゃない。
かのネモ船長のように、仇としての敵艦があるワケでもなく、何ぞへの復讐心もなく、ましてや母をたずねて3千里しなくともいいから、ボクらがノウチラス号を作って乗るとすれば、意味としては、海洋探査的遊覧というカタチで7つの海を行くっきゃない。

ただし、この遊覧では出来るだけ陸との接触を断つという前提がなければダメなのであって、そうしないと、遊覧だけであるならクィーンエリザベス号やらと大差ない。
人嫌いな衝動を内に秘めての遊覧というカタチでないと、なんかノウチラス号の核心が固まらない。
この辺りに、"楽しみつつ生きる"、とは何ぞやな命題がユラ〜リと浮きそうだ。
思えば、海では殻つきなタマゴというのは実はあんまりナイのだった。
海亀やら海鳥くらいしか… 思いつかない。
寿司ネタとしてのタマゴは基本として鶏の卵焼きなのだから、海亀のそれとは味覚が違うと… 思える。
ボクは食べたコトがない。
絶版になって久しいかの名著「すし物語」の筆者は、「通はタマゴ焼きを注文して、その店の格を計る」みたいなコトを書いていらっしゃる。
溶き具合、焼き具合、甘味さの大小加減、シャリとの相性、温かさ具合、色合い… そういった諸々を足し算引き算してカウンター越しにいる板前さんの力量を知ろうというのだから、なかなか、握り寿司を愛する人は、うるさい。
別の料理本では、たしか、「だし巻きは誤魔化し! 寿司屋の価値はタマゴ焼きで知れ」みたいなコトも書かれていたと思う。
ことほど斯様に、寿司における卵焼きはハードル高きな逸品というワケで、ノウチラス号内での食卓でも、その辺り、心してかからなきゃイカン。
海面に漂う漂流者を助けて食事させたら、
「なんじゃ、この卵焼きは? なっとらん!」
クレームつけられ、ええ〜いクソったれ、
「気にいらないなら海にお帰りっ」
デッキに引きだして海に放り出しちまう可能性もある…。
そういう短気をおこす年齢ではもうないから、可能性は薄いけども…、ネッド・ランドのごときガサツな野郎に遭遇したら、ネモ同様にやはりイライラは募らせるに違いない。
山盛りのイクラを全部すり潰し、表層の皮膜を何度もこしては取り除き、溶けた部分のみで卵焼きとする… という手法が使えるなら、色々な魚のタマゴでチャレンジは出来そうだ。
でも、あのプチプチな食感あっての魚卵ゆえ、これは本来の味覚を損なうような気もする。あくまでも、鶏のそれの擬似ということになるんじゃなかろうかとも思うのだが、天才のコックなり板前の手にかかれば魔法がかかるやも知れずで… この辺りでボクは、めがまうす510氏がくれた愉しい空想に浸れるのだった。
「おっ、こりゃ、うまい!」
と、鶏のタマゴ焼きでないタマゴ焼きでうなってみたい。
「いったい、この原材料は?」
と、ワクワクして板前さん(ノウチラス号在住の)に問うてみたいのだ。