墨汁一滴

調べなきゃいけない事があって、およそ1ダースほどの本のリストを作って、某日の午後に丸善の岡山店に出向いたのだけど… 店内で1時間ちょいと粘ってみたけど目的なものが棚になかったでのオドロイタ。
ただの1冊も、ない。
去年の3月に出た"新刊"すらないんだから、「ありゃま」と絶句した。
いずれもメチャに特殊な本じゃない。
一部分はたしかに発行部数が少なめな感もあって、棚にあればイイな〜、くらいに軽く思ってはいたのだけど、ことごとく全滅にはオドロイタ。
それで、帰宅し、アマゾンで発注した。
見事、ことごとく、全部ある。
新品のみならず古本も同時に画面上に出るワケだから、選択幅も広まってオサイフも喜ぶ。
アチャラにコチャラにと発注する場所は違うから送料を要したり、無料であったり、とマチマチで、かつ、1冊ごとに配達されるから、若干の待ちぼうけもあるけれど、本の購入は… もう、ネットでなきゃ駄目なのね… な哀しみをおぼえさせられた。
およそ10年ばかし前に、紀ノ国屋の出来たてのネットshopで本を購入して以来、購入の流れが変わるだろうと予測はしたけど、こたびの全滅はチョットした痛打(ツ〜ダ)だった。

昨日、iPad mini の披露とキンドルの日本語版販売のニュースを見たけど、いずれにもさほど心が動かない。
むしろ、同時に発表されたiMacのスリムさに「ホホ〜ッ」な情感がはたらいたけども、それだけだ…。
iPadは、ボクが最初にマックを買った時におぼえた"喜悦"めいた感慨があって、今やこれのない生活は考えられないのだけども、miniには心が動かない。
当然に、このサイズを必要とする方も多々いるのだろうけど、ボクには今のところ無縁な存在だ。
アップルの発表の映像で気になったのは上級副社長でボクがチョイと好きなシラーさんが、ジョブスのようではないけども痩せてたコトだ…。

ともあれ、そも、iPadでたしかに昔の小説に接しもするけで、本がごとくに、文中の横に赤い線を入れたり余白に感想というかメモを手軽には入れられないから、これで万事オッケ〜とはいかないのだ…。
そんな事よりも、天下の丸善に本がない事の方にショックをおぼえているのだ。
一方で、ボクの住まう近場のブックランドあきば・高島店の店内奥にあるセクションはどうだ…。
そこには郷土史系な本があるんだけども、丸善・岡山店の比ではない、量と厚みがあって、これまた眼を丸くさせられたりもする。
「ありゃ、こんな本、出てたんだ」
な、新鮮な衝撃を与えてくれもする。
そも、岡山に特化した郷土の、それも何かの部分に特化したような本ゆえに、発行の部数とてゼッタイに多くはないハズなのだけども、それがこの高島店の店頭には並んでるんだから、オモチロイ。
本屋さんというのは… もはや何かに特化したカタチでないと、もう駄目な時代なんだろうと思わさせられる。
それをつくづく、こたびは味わい知らされた。
iPadキンドルに関していえば、地方の郷土史系な部数少なき本を販売の場合は、いっそ、印刷物を作るよりも電子化の方がイイのではないかしら… とも濃く思う。
来年には… そんな作業の一端を担う仕事が予定されてもいるのだけども、また一方で、ボクは本というカタチが好きでもある。
薄いモニター上に綺麗に電子化された文字も嫌いじゃないけど、本というカタチがもたらすボリュームというか、重さというか、存在感が… 好きだったりする。
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以上の記述と、少し毛色が違うけど、正岡子規に『墨汁一滴』という秀逸なスケッチ集がある。
この生い立ちを、今回のアマゾンで購入したある本の中ではじめて知って、かなりビックリした。
『墨汁一滴』は、結核で弱っていきつつある子規が自身を鼓舞し、自身に課した"書くという行為"のために編まれた言葉の固まりなのだけど(その頃の子規はもう自力で立つコトが出来ず、ペンも数分くらいしか持てない状態)、それがゆえ、一篇は実に短いのだ。概ねで400文字以内。
日によっては100文字に満たないものもある。
しかも、ハナッから出版を目的の記述じゃない。
なんと、新聞への投書なのだ。読書欄への。
当然に採用されない…。
それにもめげず、彼は毎日、その短文を書いては投書した。
この頃の彼はすでに名のある編集者兼文筆家でもあったのだけども、彼は原稿料めあてではない行為として投書し続ける。
封筒に入れて切手を貼ってポストに入れるのは看病してる妹だけども、これって… 何かに似てると思って、その何かをさぐったら…
ツイッターじゃんか。
幸いかな、この毎日届く短文はやがて採用され、以後、彼がそれを止めるまで"連載"され続けた。
なので後世、ボクらはこの子規のツイッター『墨汁一滴』を読むコトが出来るわけだ。
すごいな、子規は…。アマゾン経由で届いた本の山を見つつ(次いでゆえ、調べものとは関係のない本も購入した)本というカタチの奥深さに、感じ入った今日この頃、だ。