ドラゴン・タトゥーの女

数ヶ月前に、某ダイニング・バーのママが涼やかで綺麗な笑みを浮かべて、
「これをば見よ」
と、貸してくれたDVDをやっと観た。
なかなかに忙(せわ)しくって、2時間ほどの映画を観られる時間を捻出できなかったというか… ボクは映画はゼッタイ的に濃く集中し、"その気になって"、接したいタチゆえ、自分の中の電圧が、映画と合致するタイミングを見計らってたんで、何週も経っちまったのだ…。
観ようという気がなかなかに湧いてこなかったのは、1つには、主役のダニエル・クレイグのせいだった。
何年か前、この人が007になっての第1作を映画館で観て、ボクは、なにやらシンボ〜たまらず、途中で外に出たことがある。
『ボクの007じゃないや』
な、感想なのだった。
全裸で縛られて兇猛めく笑うシーンで、だ。
なので、きっと、鑑賞した全世界の方々の中にも、似通う反応があるだろうと、大袈裟に考えもしたんだけど… そうじゃなかった。映画は大ヒットなのだった。
これぞ007の本命。
とまで云われ… 気づくともう3作めに突入してるんだから、ボクの感じ方は、どうやら、実にまったくマイノリティ〜なのだった。
そんな次第があったもんだから、以後、彼、ダニエルさんの映画は敬遠していたワケだ。
そしてもう1つは、監督だ。
デヴィッド・フィンチャー
「エイリアン3」で幻滅させられた上… 彼が、ウィル・スミスを主役(当然にネモ船長だろう)にディズニーの「海底二万里」のリメーク版を作るという話が数年前にあって、これにボクは強く反撥をおぼえてた。
「なんでウィル・スミスなの????」
ボクは、実をいうと、ウィルが好きじゃない。
あのドロ〜ンとした目つきがイヤで、その上に品性が薄い気配を常におぼえてしまい… 生理的に、好みでないのだった。
ワイルド・ワイルド・ウエスト」が彼でなかったら…。
「インディペンデンス・デー」が彼でなかったら…。
常にウィルが出た映画に接するたびに、そんな気分を沸かせてた。
なので、我が最大のヒーローたる(大袈裟)ネモを演じるというのは、とてものこと許せない。
だから、いまだ撮影に入ったという話は聞かないけども、いささかの警戒を抱いていたワケなのだ。
されど、敬愛する人が、お奨めだと貸してくれたのだし、常々に彼女の映画観賞眼には、
「おや?」
「ほほ〜」
な、鮮烈さとボクの中にある何かと合致するトコロが大な感じがあったんで、ダニエル・クレイグが主役とはいえ、デヴィッドが監督とはいえ、興をおぼえたのだ。
で、やっと。
ある夜、自分の中の電圧の頃合いがイイ具合な感じになったと思え、ここぞとばかり。
観た。
………
結論。
「いいじゃん! すごくイイじゃん」
なのだった。
自分でも、苦笑するしかないけど、イイのだった。
この映画の中のダニエルさんは、ボクが感じた007の、あの、奇妙にマゾ的な、それゆえボクが反撥した被虐性をやはり濃厚に放っているのだけども、この映画ではそれがすごく活きてたのだ。
かの007同様、ここでも彼の全裸が登場し、太く、逞しい、両の腿が顕わになる。
女性の方から求められるというカタチでのセックス・シーン。
それも2カ所、ある。
いや、正しく申せば、3カ所だ。
これで、気づいた。
この監督は、男と女、そのカタチをよく理解してらっしゃる。
わけても、男のカタチを実によく判ってらっしゃる。
日本の、たとえば、「日本沈没」やら「隠し砦の三悪人」のリメークを撮った監督さんの、あまりに男を知らない、女を知らない… ゆえにまったくお話しにならない映画作りとは360度ベクトルが違う、"人間を観る視点の正しさ"に裏付けられた映画の編み方に、
「あっちゃ〜〜」
いささか、驚愕させられてしまったのだった。
くわえて、この映画では、ダニエルさんのマゾ性に裏打ちされた諸々な眼の演技、表情の中の沈潜と喜悦とが実〜〜にうまく噛み合っていて、
「ありゃりゃ〜」
な、衝撃をボクにあたえてくれたのだ。
たぶんにそれは、演技のそれでなく、ダニエル・クレイグという役者にハナッからある特性のような気がするのだけども、映画の題材、監督と役者との呼吸ともうまくからんで、彼の潜めたマゾ性が実にうまく、映画のトーン、映画の基調部分で花咲いてると感じられたのだ。
画面の中の彼には、被虐性の根幹から出てくる滋味と、それから発する逆向きの嗜虐性とが巧妙に噛み合って、観ていて、幾度か、
「ぉよっ」
と、眼をひらかさせられた。
映画「ドラゴン・タトゥーの女」は、しごく当然に、ヒロイン役たるルーニー・マーラが素晴らしいし、彼女の演技たるや壮絶を極めてマチガイなく他の数多の女優さんの追従を許さないレベルで燃焼していると思われ、これがこの映画の絶対的最大な要めなんだけども… ボクには、マゾ的本性を縦横に垣間見せるダニエルの演技、その存在に、密かに、圧倒をされたのだった。
それで… ウィル・スミスはごめんだけども、この監督とダニエル・クレイグが出る「海底二万里」なら… 観たいな… と、ついつい素直に… 思ってしまったのだった。今までの心持ちを転換させられたのだった。
加えるに、監督の小道具の扱いが秀逸で、たとえば主役2人が使ってるMacの扱い、画面、外部ハードディスク(LaCie社の外付けだ)の存在等、実にさりげなくもウマイのだった。
ダニエル扮する主人公がMacの基本ソフトたるiPhotoで事件の写真を究明しているのに対して、リスペット(だっけ?)はテッテイ的にカスタマイズされたMacで写真を究明する。この違いが2人の年齢や感性や趣味性をクッキリさせて、観ていて、不思議な安定感と頼もしさをおぼえさせられる。
リアリティが濃いのだ。
で、ダニエルさんに演じてもらいたのは、ネッド・ランド。
かの銛打ちだ。
特撮を売りな映画ではなく、ネモ船長と拮抗対峙するネッド・ランドという人物の、表層ではなく、その内にあるものを描いてくれるかも… という期待だ。
この監督と役者の組み合わせなら、
「いけてるじゃ〜ん!」
と、口にできる「海底二万里」における新たなネッド像が刻めるのではないかと… 感じたのだ。
むろん、最大の主役たるネモを誰にするかも、問題だけどさ。
………………

余談だけども、ダニエルさんは英国での女性を対象にしたあるアンケートによれば、「セックスしたい男性のナンバーワン」なのだそうだ。
なんか、そこに… 男と女の、難しくって解きがたい"愛のカタチ"の方程式の解答の1つがあるように… ボクには思える。
"されたい"ではなく、"したい"という所ね…。
パッシブとアクティブ。この境界に何かありそうだ。

………………

ウィル・スミスをボクは嫌いつつ、なぜか、彼の主演映画のDVDをけっこう持っている。嫌いつつ、惹かれる所があるんだろうと思う。あんがいと「アイ・ロボット」を好きだったりする。近作の「MIB3」はアポロ宇宙船やらサターンロケットのマニアなら、「ウフフ」と愉しめる映画と思っていたりもする。