鹿の肉


某所にて、夜になりきった時間、久しぶりに鹿肉を食べた。
雪になる予想が覆り、同時刻、外ではチョメチョメと冷たい雨が降り出している。
前回食べたのは、同じ場所で、たぶん、もう2年くらい前だったろうか…。
なぜか、鹿肉と聞かされるやボクは、昔の東映のアニメーション映画が念頭に浮く。
今回もまたそうだった。
具体的にどの作品だというワケでなく、おそらくは「安寿と厨子王」あたりなのであろうけど、ボンヤリながら、かつて観た映画の中、煌びな鎧装束っぽい人物が馬上にあって、その彼が山にはいって弓を放つ… その対象となってるのが鹿だった… と、その程度の曖昧モコちゃんな記憶でしかないのだけども、子供ながら、その鹿は食料になるというのは理解して、だから、バンビめいたかわいらしさとそれが屠(ほふ)られる痛みとが混合しつつも、たぶんにそれは美味しいんだろうな〜、な感想をズ〜〜ッと抱いてた。
だから、現実に、眼前に鹿肉が出てくると、上記の反応が起きる。
ボクは食通ではないから、それがカバの肉よ、と云われたら素直に信じちゃって、
「ホッホ〜」
てな感嘆めく吐息をつくだろうし、キリンのモモ肉と云われたら、やはり、
ホ〜、これがね〜」
モグモグ噛んで、ニッタリ笑ったりする程度なもんなのだけども、アンガイ、舌は2年ほど前の記憶を保ってる。
前回と同じ煮込みゆえでもあろうけど、特有な滋味をおぼえている。
柔らかで淡麗でくどくない。
岡山県北で猟されて間もなく、冷凍のそれではない。
なので、
「おっ。久しぶりじゃんか…」
またニッタリ笑う。
とはいえ、これはあくまでも、ソレが鹿でござるを聞いていないと… おそらくは反応出来ない性質なもののような感じもある。
ギュ〜でもポークでもチキンでもシシでもない味なので、「おや? ん?」な反応は即座にあろうけど、鹿ですな… な即応はたぶん、出来はしない。
その程度の味覚探知機能に過ぎないんだ…。
常々にボクは、
「ナマコを最初に食べた人は人類史に載るべきだ〜」
な感想を抱いてるんだけども、映画「2001年宇宙の旅」の食の光景が、なぜか、それと同時にいつも立ち上がる…。
劇中、船内のフードが温められているのは、キア・デュリア分するボウマン船長が、熱そうに食器を扱ってる秀逸な描写で明かなんだけども… たとえ熱々に温められようと、あんなペースト状な食事(写真を参照)で、地球から木星までの数ヶ月の朝昼晩を過ごさないといけないというのは… いただけない。
かのシーンでは2人の飛行士が食べているのが別のモノである事も判り、少なくとも、好みのモノを食べられるという設定ではあるんだけども、やはり、これで朝昼晩は… 飽きがくる。
ナマコは要らないけども、なんか固形物を、それも食材のオリジナルのカタチを残したものを欲して、ホントのところは悶々となるんではなかろうかと… いつも思うんだ。

で。鹿のお肉。
雨になった火曜の夜の鹿の肉。
ワインで煮込まれ、トマトソースにからめてある。
ギュ〜のこくみでもなく、チキンの淡みでももなく、ポークのそれでもなく、これはコレ、やはり、鹿。
かすかな甘みと程良い噛み応え。
「2001年…」の宇宙船ディスカバリー号内の食事に例えるなら、旅の3週めの木曜あたりの夕飯に、これが出てきたくらいなアンバイのアクセントたれば、オモシロイかとも思う。
日本では、雄鹿、牝鹿、子鹿、といずれもシカが単語の後ろにあるけれど、英語ではややこれが複雑だ。
一般にボクらは鹿イコールでディア(deer)と学び、実際「ディア・ハンター」といった映画も観るのではあるけれど、イングリッシュでのディアは総体としての鹿の呼称であるらしく、雄鹿はstag、牝鹿はdoe、子鹿はfawn、とそれぞれまったく単語が違ってる。
なんでかは… 知らん。
さらにいえば、鹿の肉は、これは雄雌の区分けなく、venisonというらしい。
英語圏にあってこれほどに言葉があたえられているという事は、かつては、よほどに鹿とその肉が重宝されていたという事なのだろうか… 
今の日本では鹿肉-vensionはメッタと口に出来ない肉だけども、ともあれ、旨いことは確かだと、思う。

※ 調理してくれたKに感謝。食材を入手してくれた女医のAちゃんに感謝。
※ 2001年の1月7日に、ボクは「2001年…」にプール飛行士役で出演のゲィリー・ロックウッドにお会いしてサインを頂戴したコトがある。むろん… それはボクの宝の1つで、今もデスクサイドの壁面に置かれてる。
※ 食後、雨の中をズブ濡れになって帰ったおかげか… ボクは風邪をひいたようだ。