嵐が丘


夢の中で音楽を聴いた記憶がない。口ずさんだ記憶もない。

けども先日の… 夢… の途中でハタッと目覚め、何やら念頭に音楽が鳴ってる。

ある楽曲の一節が高らかに鳴ってる。

それが夢の中のものだったのか、ハタッと目覚めた途端に沸いちゃったものなのか、その辺りが皆目わからない。

見ていた夢を速効で思い返そうとすると、夢はたちまちカタチをなくして、思い出そうとすればするホドに輪郭が溶けてストーリーも薄れちゃう。

なので、この頭にあるメロディと夢の関係がつかめない。

目覚めた途端に音楽が頭の中で鳴り出すというのもケッタイなワケなのだけど、さてさて… その音楽、
「何だっけ? これ?」

なのだった。

断固マチガイなく、かつて聴いた曲。

でも、誰の何だったか思い出せない…。

横たわったまま、夢への探索は楽曲への探索に変わる。

チャンと口ずさめる。

けど、曲の名も演奏者の名も出てこない。


数日前の白昼の温かさ。

午後にご近所のプラッツに買い物に出向いたら、早やTシャツ1枚の若い女性を目撃して、
「へ〜〜」

敏感に空気を取り入れてらっしゃる〜、と感心した。

こちらは厚手のジャンバーに毛糸の帽子。

けど、確かに… そのイデタチじゃ暑かった。

それほどに気温がゆるんだ上に、なんだか遠くの視界がボケている。

黄砂だね。

おかしなもんだな〜。

またぞろ、感心した。

同日、北海道じゃまたぞろ猛吹雪。

死者こそ出なかったものの、玉突き衝突やらが相次いだそうな。
地球儀であれ、グーグル・マップであり、我が国を俯瞰として眺めてみると、もう実に小っこくてチッコクテ、ほんの指の先で全土が覆えるくらいなんだから、この岡山と北海道の距離なんか、1センチに満たない。

なので、なんで北海道が吹雪で岡山がアホみたいに陽気なのか、この仕分けというか、格差が、よく判らない。

マップの、地図の上での1センチなのだから、これは何万分の1という縮尺なんだからとは判っちゃいるけど、地球という球体の中の日本という場所はやはりチッコイ、としか感じられない。

同じお天気、同じ陽気であってもイイじゃんかと、だから、考えてしまう。

でも、現実は、この通り。

北海道と岡山は別な気候なのだ。

そこに、何やら、新鮮なような、驚きを感じる。


ちょいと前、車で関東方面に出向いて、滋賀に入り、関ヶ原の手前、栗東だかのサービスエリアに停車してコーヒーを買いに下車し、でもって、車に戻ろうとしたら、どえらく雪が降り出して、それはもうホントにアッという間に積もっちゃったという経験をして、ビックラこいたコトがある。
夜明けになるちょっと前だ。

写真は同行の柔道家が横殴りの雪にナンギするの図。雪はゼロな状態から僅か4分くらいで… こうなった。


かねてより、冬にドライブするたび、あの界隈の急変っぷりには馴染んでいたつもりだったけど、瞬時瞬発の猛雪というのは経験がなかったから、
「す、すごい…」

アッケにとられてしまったもんだった。

積もってしまえば高速道路は通行止めになるから、あわてて発車し、とにかく、雪の害なき場所まで移動しようと、なんだか急き立てられたもんだ。

事実、視界不良のさなかを逃げるように駆けてたら、後方、大津から関ヶ原インターにかけてが交通止めになったと道路情報が伝えてきた。

あの時、発車させてなかったら、今頃は栗東で半日以上は足止めとなってたワケなのだ。


日本というのは、チッコイのかそれとも大きいのか… 少なくとも気候の変化という点では、これはかなりコマメというか、トコロ変われば色合いも、かなり違うのだった。

ボクは岡山は県北・津山市の出身者なので、冬は雪があるのを"感触の基本"とする。

だから、岡山市の、雪のない環境に今もって実は馴染めないでいる。

雪のない冬が淋しくてタマンナイ。

死者が出た北海道の豪雪を思えば、それは痛ましくって申し訳もないのだけど、

「せめて一冬の一夜、10cmくらいは積もったりしようよ〜」

ないモノねだりな願望が、毎年、風船みたいにプ〜〜ッとふくれる。


それで例によってフッとまた思うんだけど、たとえば火星…。

おしなべて大気稀薄で温度はコレコレって学んじゃいるけど、やはり、気候は部分でかなりな相異があるんだろ、ね〜、きっと。

北海道と岡山くらいの距離を移動したら、やはり、それはそれで火星でだって、何がしかの違いがあるんじゃなかろ〜か。



で、前記の目覚めた時の音楽なんだけど… 思い出そうとして思い出せなかったのに、およそ1日が経って、何気に、シガレットをポワ〜〜っとくゆらせている狭間に、閃くように、前触れもなく咄嗟に、思い出しちゃったのだから、嬉しい。

途端に、階段を転げ落ちるような勢いで、その曲の自分の中のメモリーが発動されちゃう。
「なんだ、坂本龍一のアレじゃん!」
嵐が丘のサントラじゃん!!」

なのだ。

すると、即座に懐かしさが加味される。

これはCDを持ってた!

映画は観ちゃいないけど、サントラは買ったんだ、その昔に…。

たしか、広島に彼のコンサートを観にいって、そこで買ったっけかな…。

坂本さんはステージ上で、どこぞの誰かにメールするというパフォーマンスをやったな… インターネットという環境が時代として動き出した頃のことだ…。

あの夜はお好み焼きに牡蠣にと、タラフク喰っちゃったよな…。

"みっちゃん"という店だっけ…。

諸々を思い出す。

なので、棚に並ぶCDの背中をさぐって… 
「あった!」

埃りをはらい、Macに入れ、iTunesに入れ、お久しぶりに、聴いた。
黒く暗い夜がかすかに明けてくけれども、完全には明るくなんない… みたいなイメージが濃く喚起される主旋律。

映画「嵐が丘」の内容とはまったく無関係にボクの頭の中では、そう聞こえる。

むろん、「嵐が丘」は悲恋を題にして明るくってウキウキなもんじゃないからダークな色相はアタリなんだけども…。

黒という色が懸命に多色に変じようとするけどグレー色にとどまり、また黒に向かうような… そんなダーキーな、でもどこか乾いてる感触。

アルバムを通してこの旋律は随所に現れ、小さな暗鬱な物語をつむぐように、ヴァイオリンでもって繰り返し繰り返し奏でられる。

そして、最後にオーケストラの中央でもってピアノで…。


けど、なんで… これが目覚めに現れたんだろ?

それが謎。

脈略なく関連もなく、ただフイっと頭に出てきた不思議。

北海道と岡山の距離同様に… なにやら脳内の広大さを思わずにはいられない。

もっとも… ボクの場合…、天井裏のネズミにかじられた電線がショートしちゃって思わぬ音楽が鳴りだしたみたいな… 可能性もあるけど、ね。
ちなみに、「嵐が丘」には雪が降るのかしら?


さてと今日で2年。

手ひどい衝撃を受けて、これじゃイカンぞと気づいたハズではあるのに… 昨今の何ら変わろうとしない国の形の… 悪さ、いびつさ。

心重くなる。

ドイツのようにとは云わないけども、転換の大きなチャンスを逃したとボクは哀しむ。

何をもって"幸福"を感じるか… なのに。