腕時計 ~デジボーグ~

きっと多くの人がそうなんだろうけど、気がつくと、まるで本棚やら床の隅のホコリの玉みたいに、腕時計が複数たまってしまってる… というアンバイなのじゃないでしょうかね?
すでにネジも巻かれず、電池も替えずで、コチリとも動かないけど、かつていつか、腕に巻いたことのある時計たち。
あるでしょ?
ボクにもある。
高額なもの、安い物、もらったもの、何かのオマケだったもの…。
ベルトがビニール系素材のものは、経年でもうベチャベチャになったのもある。
なワケだから、捨てりゃいいのだけど… そうしない。何がしかの思い出があるもんだから、捨てられない。
親父の遺品としての腕時計なんぞは、親父のハートは止まったけども時計は今も動いてるから… なんか不思議なような、科学じゃ計測出来ない性質の情感があって、好みの形じゃないから腕に巻くことはないけど、部屋にある。


ボクは自営業でほとんど終日、部屋にたれこめて作業してるだけなので、日常的に時計を腕に巻く習慣がなくって、ミーティングとかスタッフとしてのライブとかに持ち出すだけなので、そんな時だけに用立てるもんだから、なんか腕に馴染まない。
重みが手首にからまってるようで気になってしかたない。
違和感がいつもいつまでも拭えず、永遠の腕時計初心者だ。
なので、知らず、同じものばっかりを使うようになる。
月に出向いたのと同じシリーズのものは、その事で… とくにそれを愛でようとする求心が腕に働いてしまい、余計に重みを感じてしまって妙に負担になる上にボクの手首には文字盤も大き過ぎ、似通うカタチのフォッシェルのブルー・シリーズ初期のものでもって手に感じる負担を軽減してるつもりで、コンニチに至る。


一方で軽すぎるのも、それはそれで気になるもんで、
「あんた、動いてんの?」
みたいな不安にかられて、用もないのに針の動きを確認したい心理が湧くからヨロシクない。
電池式は音がしないから余計に不穏で、なので、手巻きな、チッチッチッチッ…… 作動音がしてる腕時計がホントはボクには好ましい。
最近、このチッチッチッチッを聴こうと、ある時計を耳に押しあてたら、右はちゃんと聞こえてるけど、左の耳にその音が届かないことに気がついて、
「ゲッ! えっ! マジかよ」
鼓膜に微細な穴が開いてるんじゃないかしら… と、心配になってる。
日常音は支障ないので、即座に耳鼻科へGOな気分はないけど、まったく聞こえない左側のチッチッチッは、いささか気にはなる。



ともあれ、腕時計には、"思い出がくっつく"性質が濃いようである。
その昔、ロジャー・ムーア主演の『007・オクトパシー』が公開された時、同映画に使われたと誇らしげにSEIKOが新聞に一面だか半面のでっかい広告を載せたデジタル時計があって、当時は高い代物だったけど磁石に引かれる鉄砂みたいに、強烈に引かれてしまって、岡山の服部時計店に駆けだしちまったというようなコトもある…。

国内では「デジボーグ」の名で売り出されたけど、時計そのものには「Silver Wave」と明記されてるし、海外じゃ、「G757」と呼ばれるそうで、なんだかワケがわからない。
お前の本名は何なのさ? と今も訝しんでる。
でも、たしかに、ロジャー・ムーアの007じゃ、どアップでこの時計が登場し、活躍をする。
探知機だっけかな? 
そのような機能あるものとして登場して… なかなかカッコ良く描かれているし、事実、このデザインには今もって古さを感じさせない独自な味があって魅惑が減少しない。
幸いかな、所持したものは健在。ゴムベルトの劣化もほとんどない。
むろん、探知機能はないし、透視機能もない。チッチッチッ… の音もないけど、今も時を刻み、ホワイトのタキシード姿の007と服部時計店に向かうジーンズの自分が直列に結ばれる。1つの色彩としてボクの中に定着して久しい。
007 オクトパシー アルティメット・エディション [DVD]


ちょっと前に観た映画『ミッション:8ミニッツ』にスイスのビクトリノックスの時計が頻繁に登場し、基本のところでのテーストがそのデジボーグに似てるな〜と思ったりした。
高額な上に文字盤部分がかなり大きな(スピードマスターよりデカイ)ものなので、ゼッタイに我が手首には似合わないから、衝動で買うということは有り得ないけど… いい感じじゃ〜ん、とは思った。
『ミッション:8ミニッツ』は、この邦題は好きではないけど、秀逸な映画だった。
デビッド・ボウイの息子のダンカン・ジョーンズ作品。この人の作品はまだたった2本だけど、興味のある監督の1人じゃ〜、ある。


映画には遠心力でブン廻すような作品と、求心力でもって内向するというか内にむけて深く掘って行こうとする作品の2種があるけど、ダンカンの2本の作品はその後者。
しっかりとエンターティメントな趣きも駆使されつつ、このストーリーはどうなってんだろ? と、否応もなく映画の解釈についてを選択しなきゃいけない、考えざるをえないから、いわば映画に参加することが出来る。そこが良い。
映画の中の腕時計は、そのあたりのエンターティメントな、
「ん?」
「おっ!」
「あれ〜っ!?」
とかな、観客を惹きつける磁石の1つとしても機能するから、デザインもまた、映画の造り手たちには大きな選択なんだろう。
ダンカンがチョイスしたビクトリノックスもその1つ、と見た。
機構は違うけどデジボーグと同じくアナログ表示とデジタル表示が1つの盤におさまっている上に、スイス・アーミーで名をあげた同社ゆえの軍御用達な感じが、"8分のみの有効時間"を課せられた軍人の、生と死の、二分される"境遇"を示す良きガイドとなっていたと思える。
映像をよくみると、アナログとデジタルの表示にちゃんと8分の隔たりを置いてる。
緊張を醸す良き装置として、これは活きてたと思える。
未見の方は、どうぞ。お奨めの映画だ。
ミッション:8ミニッツ [DVD]



腕時計が時計以外の機能のある装置というかガジェッドとして映像になった最初の例は、何だろか?
ボクの知る範囲では、人形劇『サンダーバード』なんだけど、きっと、その前に何か、あるんだろうね?


サンダーバード』での腕時計は、撮影が60年代前半の英国だから、王室が使ってたJ.W.ベンソンか、スミス製をモチーフにしているのかなと思って再見してみると、オリジナルのようだ。
それも個々人に別の時計を用意してる。クローズアップ用の手首は等身大、すなわち文字盤がオリジナルな実寸の時計を、1つ1つ造ったということだ。
腕時計が何たるかを当時の造り手達はよく判ってるアンバイ。
あくまでも小道具ながら、その個々人の腕にある時計の存在が人形に個性を加味させているんだから、不思議な存在だな〜、腕時計は。
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