朗読 〜耳で聴く〜

先日。ある朗読会に出向いて耳を傾ける。
年に2度くらいの割合で開催されて、早や14回目。
茶店が借り切られ、コーヒーとケーキもついてくる。


今回はちょっと時間が捻出できず、2部構成の後半部だけを聴くことになったけど、座るところがもうないという盛況。
毎度ながら若い人は少数。
ボクより年齢アップが多数。
初老会の亜種のよう。けれど毎度出向くうち、客席で会う顔ぶれの輪郭が判ってくる。
なんだか演劇人が多い。

今は一見ただの水ぶくれたジジやババと映るけど、かつてはこの岡山で流行りモノを着て闊歩し芝居に音楽にと口やかましくさえずって時流の先端にいた人達らしいと察せられる。むろん現役の人もいるし、今回朗読した2人はつい数ヶ月前にはある芝居に出ていたり演出する立場にいたりする。
そういう関連であるから、身体こそ動かないけど、リーディングはやや芝居がかる。


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本を人前で読む。あるいは、それを聴く。
こういうのは日常的にあるワケじゃない。
しかしながらヨーロッパや米国では、アンガイと一般的であるらしい。

たとえば、クリント・イーストウッド監督の『ヒアアフター』では、これはブック・フェアの場ではあるけれど、作家が著作の一部を朗読するというシーンが登場する。同会場ではディケンズの古典を読んでいるシーンもあって、ディケンズのフアンという設定の主役マット・ディモンは炯々として耳をそばだてる。
ショーン・コネリー扮する作家と黒人高校生の交流を綴った、静かだけども印象に残る映画『小説家を見つけたら』にも、朗読が登場する。
この映画では、007だった頃のコネリーの若い写真がある本に登場して、ちょっとニッタリも出来るし、国語教師が『アマデウス』のサリエリ、『薔薇の名前』で憎たらしい異端審問官を演じたF・M・エイブラハムなのもヨロシイし、マット・ディモンがカメオ出演でイイ感じ… と、これは余談。
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ボクは鈍感なので、この映画を、もちろん時期を隔ててだけど、4回観て、4回ともども新たな小さな発見をした。大筋のところでの大きな宝石めく主題は最初っから了解したけども、その周辺の小ぶりな宝石の存在に気づいていなくって、だから、4回ともども楽しんだ。
ラストの、ウクレレ1本で唄われる「オーバー・ザ・レインボー」と「ホワット・ア・ワンダフル・ワールド」の合体歌は、ボクの映画体験の中での音楽の、ベスト10の1つかもしれない。

BSだかで偶然に見たけど、パリの観光案内というか、地場に住む人を撮った番組に登場した若い女性が営んでいる本屋さんの紹介シーンでは、頻繁に朗読会が行われているのを主眼にとらえてたっけ。意外や若い人が聴きにつめかけ、魔窟めいた入り組んだ本棚の下やアーチを描いて階上に伸びた金属の階段の下や中途にしゃがんで、ジッと聴いてらっしゃった。



最初、朗読を聴くというのは苦手だった。
実は今も多少その感があって、読まれる本の内容で多少の差異はあるけど、実際、話のスタート頃は退屈だ。
さほど眼で愉しめるワケでなし、ただ聞くというカタチをどうしたらいいかしら? とモジモジする。
腕をくんでみたり、眼を閉じてみたり、足をブラブラさせてみたりと、安定ドコロを模索するみたいなアンバイがしばし続く。
でも、聴くうち、次第に引き込まれるのがオモシロイ。
これは毎回おきる反応で、耳が否応もなく話を聴いているワケだ。
ん? どうなるのかな? ってなもんだ。


けども、最近少し… この芝居がかったリーディングに別の要素があったら、ボクにはオモシロイじゃないかな… とも思い出している。
なんだか、古い日本語を聴いてみたい、のだ。
今回、聴きつつ、その感が強まった。
古いというのは、今の言葉ではなく、かといって彼方昔の漢文漢詩のそれではなく、ほんのちょっと前のものだけど、もうボクらが日常では使わなくなってしまった言葉。
たとえば、オノ・ヨーコさんがテレビの中でインタビューに答えているといったシーンを見聞すると、彼女の言葉がボクらの日本語じゃないのに気づかされる。
それは彼女が日本を出ていった頃の話言葉。1960年代初期頃の日本語だ。
言葉の全般が丁寧で柔らかい。
もうボクらがまったく使わなくなった単語がそれに混ざる。
だからか、今にはない響きがある。淡く膨らむような、単語と接続詞とがセンテンスごとに溶け合って小さな珠になっては消えていくような。
それを美しいと取るかどうかは聴く耳次第じゃあるけど、少なくともボクには心地良いと届く。
なんだか、そういった、自分が普段聞く日本語ではない軸の上にのって、その言葉世界に浮かんでみたいと… 思ったりする。
スピーチじゃなくって、あくまでもリーディングなのだから、題材となる本の選択は必至だし、書かれた時期も限定されるし、何より、言葉がどう編まれているかが大事なんだけど。


で、一考。
例えば… 岡山は笠岡出身で37歳の若さで明治30年に没した森田思軒が翻訳したものはどうだろ?
モリタ・シケン。
彼が訳した文。
こんな出だし。


__________ 一千八百六十年三月九日の夜、びてんの黒雲(こくうん)は低くたれて海をあつし、あんあんもうもう、しせきの外をべんずべからざる中にありて、だんばんどとうをかすめつつ東方にひほんし去る一隻の小船(せうせん)あり。じじせんぜんとして横過(わうくわ)する電光のためにその形を照らし いでださる。


朗読を前提で難しい漢字はあえて平仮名にした。部分をもう少し。
(声に出して読んでくだされ)


_____船の上には三個の少年、一個は十五歳、他の二個はおのおの十四歳なるが、十三歳なる黒人の子と共に、おのおの必死の力をあはせて、舵輪(かじわ)に取りつきおり。


________一個「ブリアン、船には異常なきや」

ブリアンは徐(しづ)かに身を起こして、再びかじわに手をかけながら、「しかり、ゴルドン」と答えて、さらに第三個に向かひて、「しかと手をかけよ、ドノバン、阻喪(そさう)するなかれ。餘等(よら)は餘等の一身のほかに、さらに思はざるべからざる者あるを、忘るべからず」、また黒人の子をかえりみて、「モコー、なんじは怪我せざりしか」。

黒人の子、「いな、主公(しゅこう)ブリアン」。



これは、ごぞんじジュール・ヴェルヌの『十五少年』。明治29年刊の森田バージョン。
見事あっぱれな語彙運び… これをば声を大にして… てのはどうかな〜。
オノ・ヨーコさんのが柔らかな珠なら、こちらは甲殻な立方体がドットとして集積して塔のように構成された感じ。
あのね、正直なところ、漢字が難しいのよ。
あえてブリアンとか書いたけど、原本は「武安」だからね、ドノバンは「杜番」で、あんあんもうもうしせきは「闇々濛々咫尺」、じじせんぜんは「時々閃然」と… とにかく漢字が難しい。
読もうとすると、1行ごとに知らない旧漢字に出くわすの。
なので、これをそのままスラスラ読んでもらいたい… せめてどこか一章だけでもさ。読めぬ漢字を読んでくれという思いもチラリ。


思えば日本には講談という芸能があるんだけど、ここはまずは朗読として森田版のヴェルヌだな。
現代とは違う言葉の紡ぎ。

その魅力をば、眼の黙読じゃなく耳で響きを味わいたい。
森田思軒の翻訳に明治の子らは強く感化されたろうと思うし、それが次世代の新たな翻訳者を育んだであろうから… その辺りの気分も味わいたいな。
だから出来たら… 畳みの部屋がよい。
壁の古時計のコッチコッチコッチのメトロノームめく音をリズムに。



※ ヴェルヌの『2年間の休暇』は明治29年、森田の翻訳で雑誌「少年世界」に『冒険奇談十五少年』のタイトルで連載され、同年12月に『十五少年』となって単行本に。
これは現在では岩波文庫で読める。もちろん難しい漢字もそのままに。(ボクが持っているのは1988年版)

※ 冒険、という語はこの森田さんが「十五少年」ではじめて使った造語。それまでの日本にはこの言葉はないワケ…。
※ ボクら世代には馴染みある『15少年漂流記』というタイトルは、森田の娘の夫が名付け親。この初版は昭和26年(1951)で、内容をやや簡略化した子供向けの新翻訳だった。