MIHOちゃん

思い返すとMIHOちゃんとは映画に行ったことがなかった。
BARの止まり木で時にエンエン、それも幾度となく、映画のことを話したのに、一緒に出向いたということはただの1度もなかった。
彼女の好むものとボクが好むものとが絶妙に違っていたというコトもあるんだろうけど、それでも返す返す、もう2度とMIHOちゃんと映画に行くチャンスがやってこないというのは… 嬉しくない。
5月の18日に一緒に焼肉マンボでビールで乾杯し、炭焼きの美味いのを食べて… わずか2ヶ月後の今、葬儀場で別れを告げなきゃいけないというこの現実は、はなはだ忌々しい。
はるか以前、おそらく彼女自身は忘れたかもしれないけれど、やはりBARの席上で、
「もし、お互いの葬儀に出るなら、どんなカッコウで行く?」
という話で笑いたて、
「カジュアルで行こうじゃん。ぜったいに喪服はそぐわないじゃん」
と、そこだけが一致したことをボクはおぼえてた。
そういう次第もあって、ボクは通夜と葬儀を喪服以外で過ごした。
ま〜、1つには持ってる喪服のサイズがボクが痩せちゃったもんだから腰廻りがダブついて、それはそれでカッコウ悪いというのもあったけど、アタマの片隅にあった某夜の記憶が不思議な透明さを帯びて凝固していた。

きっとボクは、このいささかに早過ぎる別れにさいし、
「別れたくない!」
な、気持ちが昂ぶったんだろうとも… 思ってる。
一応は白と黒の衣装を着けたけど、それは断じて喪服じゃない。
黒のジーンズ。
通夜の数時間前にシューズ屋でコンバースを買い、ヒモを結わえた。
でも、新調して靴ヒモを結わえてる自分は、結局はそうやって、「別れ」を演出してもいるのだと悟ると… 暗い悲しみ色の雲がわき出て肩が重くなった。
永劫に彼女を忘れはしないし、きっと常々に、ボクは仲間内でもって彼女のことを口にするであろうし、我が記憶の引き出しの中で『MIHOKO・K』は黄金の冠をつけた存在としてピカピカ光り続けてくれるであろうとも判っちゃいるけど、今はこの衝撃に耐える以外に手立てがない。
衝撃は薄まろうし、つらさもまた確実に遠のくであろうが、たちまち即座に、"おくるコトバ"なんて、ない。
生あるものはいつか必ず滅ぶ、というのが真理じゃあるけれど、早過ぎた…。
きっと彼女自身も、
「でしょ! 早いよね〜!」
綺麗な顔にちょっと苦々しい色を混ぜ、それでも、笑みをふくらませたはずだ。
頬にちょっとエクボが出来ちゃうその笑顔を思うと、ボクも笑いだす。
「しゃ〜ね〜な〜。赤をいっぱい奢りますわい」
ってな気分になってくる。
「とりあえず、おつかれさん」
と、今日はただ、そう言葉にしておこう。