ルパン再登場

近頃、ここ2ヶ月ほどは、ほぼ毎夜、『アルセーヌ・ルパン』を読んでるんだ。
もちろんポプラ社の。ルブラン原作を南洋一郎がボーイズ&ガールズ向きに翻案したバージョン。
ぶりがついてしまったというか、少年時代の追想ではなく、純然とひたすら面白いもんだから、夜が来てベッドに寝っ転がるのが、とにかく待ち遠しいようなアンバイなのだ。
なので、も〜まるで健全な老人みたいな刻限にベッドに潜り込む。


座して読むんじゃなく、あくまでも寝っ転がってがイイのだ。
ゴロンゴロン、するのがイイのだ。
ま〜、たいがい概ね、数ページ読んだところで甘睡にとけてしまって、したがって読書速度はヒジョ〜に遅いけど、いいのだ。それも愉しみの1つ。急ぐことはないじゃないか。

何年か前に観たフランス映画『ルパン』は、主役が… ボクには好感がもてなかったけど、脇の役者さん達が圧倒的に良かアンバイゆえ、今月はじめに呉から帰って、DVDでもう1度見直してみたら、色々なコトをもう忘れてた自分を見いだして、
「おやま〜」
と、ちょっと新鮮を味わえもした。
なんといっても、我がチョイスのベスト10映画の1本と思ってるシドニー・ポラック監督の『ランダム・ハーツ』でヒロインを演じたクリスティン・スコット・トーマスが堂々たる魔女っぷりのカリオストロ伯爵夫人になりきっているんだから、主役のことは不問としよう… てな具合なのだ。

女優の凄みをマノアタリにしたいなら、『ランダム・ハーツ』と『ルパン』を続けて観るがいい。たぶん、男優というか男は… そこまでの変化(へんげ)は出来ない。
撮影に併せて劇的に痩せたり太ってみたりは出来ても、内なる部分と外見が密接した演技というところで男は女に、たぶん、かなわない。
ボクはさほどに映画体験が潤沢じゃないけど、それゆえクリスティン・スコット・トーマスやケイト・ブランシェットにボクは異次元級の何事かをみる。近寄りがたいとかいうのではなく、近寄ろうとすればするだけ遠のくが、けども見た眼には一定の距離しかないよう見えるというアンバイの、親しみの中の永遠の謎めいた感触とでもいうべき、届きそうで届かない、常に微かに焦燥をおぼえさせられるという所あたりの思惑通りでない距離に、とどのつまり惹かれ続ける。

その『ルパン』ではクラリス役のエヴァ・グリーンもいいけど、彼女はダニエル・クレイグの『007 カジノロワイヤル』でも、いささか似通う運命の、暗い影ある女を演じていて、なんだかややパターン化されて見え… 気の毒にも感じてしまったけど、ま〜、そりゃどうでもいいことだ。

このフランス映画は「カリオストロ伯爵夫人」を下敷きにして、ちょいと「奇厳城」のテーストを最後のあたりで加えていると思うけど、ポプラ社版の本では「カリオストロ伯爵夫人」は「魔女とルパン」というタイトルになっている。なかなかストレートでイイんじゃ〜ないすかねっ、ボーイズ&ガールズ向けなんだから。
ちなみに、かの名作「水晶栓」は「古塔の地下牢」という名になってるのを今回はじめて知った。
ま〜、大人テーストで申せば、「水晶栓」が圧倒的にいいですけど。


映像の話を続けると…、原産国たるフランスじゃ、TVシリーズとして2つのアルセーヌ・ルパンがあって、かたや90年代後半(?)のジョルジュ・デクリエール主演の『怪盗紳士アルセーヌ・ルパン』。もう1つは今世紀になってのフランソワ・デュノワイエ主演の『アルセーヌ・ルパン』。この2つが横綱レベルな作品と思われる。
残念なことに前者をボクはまだ観ていないし、後者はDVD化されていない。
されていないけど以前にミステリーチャンネルだかでこれは放映された事があって、幸いかな、その第2シーズンらしき『新アルセーヌ・ルパンの冒険』は全8話、遠方の友達が録画してくれて贈ってくれてたんで、
「ラッキ〜♡」
こたび再見して、いっそうにマイブームなルパンを堪能したのだった。

その8話を観るかぎり、フランソワ・デュノワイエ演じるルパンが、読書中のボクのルパンイメージにかなり近いよう、思える。
警官らに追われて駆けているさなかにも、このデュノワイエの顔は笑っているんだから頼もしい。
追われるもまた楽し。笑顔が常態化しているのがルパンって〜もんだ。
でもって、このTVシリーズは大人向けな味もしっかり含有しているから、なかなか見栄えの良い色っぽいシーンも毎回登場して、さすがは自由恋愛の国フランス… 描写もこってりで嬉しいのだった。



ルパンの魅力は彼が紳士な泥棒というのが1番じゃなくって、1番なのは探偵のようにふるまっているという処がポイントなのだと思うし、実際、読んでいる感覚の"壺"はそこにあるんじゃなかろうか。
かつて70年代前半にTV放映されたロバート・ワーグナー主演の『スパイのライセンス』(第1シーズンでは『プロ・スパイ』というタイトル)は、"泥棒だけどもスパイ探偵"の魅惑を存分に示してくれた上で、吹き替えが「ジェット・ストリーム」の城達也なんだから最高。
しかも、ワーグナーの父親役としてフレッド・アステアが登場し、かつては大泥棒だけどすごく品が良いという役回りを実に楽しげに演じてくれてたんで最高がもう1度炸裂するといった良作だった。

50年代のミュージカルシーンを席巻したアステアの、優雅なタップダンスを常に彷彿させる名演だったと記憶してるもんだから、ボクはこっそりDVD化を待ってるんだけど、『スパイのライセンス』はルパンものの実に正統な踏襲作じゃなかったろうかと、思ったりする。
鼠小僧の例の通り、古今東西、泥棒家業に善意を付加すると、ちょっといい感じな花が咲くという次第なのだ。

というワケで、ポプラ社の一連の表紙の顔とデュノワイエの顔とワーグナーの顔が豪華な重箱みたいな層になって、いっそうにボクを愉しませてくれてる今日この頃なのだった。

※ ポプラ文庫・南洋一郎翻訳版は挿画が違う2種があるけど… だんこ、写真左側の奈良葉二・表紙絵のシリーズが、よろしいな。


ルブラン原作/南洋一郎翻案版はいずれも展開がすこぶる良くって、こちらの予測をたえず上廻るというか、良い形でどんどん裏切ってくれるから… そこもまた嬉し・楽し・頼もしい。
起承転結の、テンとケツの部分において途方もない展開力を発揮してくれるから、急流くだりのスリルも味わえる。
セリフが、とくにルパンの配下の者達がステロタイプなのが残念だけども、これはま〜、少年少女向けに翻案されたものということで… 黙して読めばよし。


そうやって何冊かを読んで漠として感じるのは… ルパンの変装よりはるかに手強い"変装"の名人たちは、女性だということ。
それはボクが、クリスティン・スコット・トーマスやケイト・ブランシェットに感じた何かと共振するような気がする。
古塔の地下牢―怪盗ルパン全集 (ポプラ文庫クラシック)
ルブランは、おそらく、その辺りの"女の消息"を感知していた筈だ。「奇厳城」でのレイモンド嬢の立ち位置の大変化には、まったく舌を巻く。
だから、そこを、女性の大転身の妙技を了解して… 峰不二子というキャラクターを創作したモンキー・パンチもまたすこぶる良い感覚を持っていたな、と思うのだ。
たぶん御両者とも、自ら創成したはずのそれら女性キャラクターに時に翻弄されたろうとも、ボクは考えるんだ。男は多労費やし冒険をしてみても結局いつも同じ所にいるけれど、女はそうではないぞ、より跳躍出来る存在だぞという辺りで…。
「弱き者よ、汝の名は女なり」といったあまりに古風なおバカなコトバがあるし、またそう信じて疑わない人が今もいるけれど、ルパンを読んで、も少し、勉強せ〜よ〜、とは云えるのじゃないかしら。


いみじくも宮崎駿はかの『カリオストロの城』のラストで、クラリスを抱きしめられなかったルパンを描いて、多くの方々はそこに共感したけれど、はたして、それが男の、わけても日本男子的立ち位置の限界なのじゃなかろうか…。
可憐極まりないといった感触でクラリス嬢は描かれたけど、そのまま抱きしめ、そのまま男女の仲になろうとも、仮に数ヶ月後に破綻しようとも、深手を負う事もまた… いっさい呑んで了解してが恋ではなかろうか。
クラリスとて、もちろん破綻時には大いに泣きはするだろうけど、激情が通り過ぎれば、オカキ食べつつテレビ観て、「キャキャ、おっかし〜」と笑い転げたりするんじゃないだろうか。
もしも、アニメーションの脚本をルブラン自身が、あるいはモンキーパンチが書いたら、おそらく、その時、クラリスを抱きしめるルパンを描いたのではなかろうか。それに応えるクラリスを描くのではなかろうか。
ただ清廉なだけの、いわばお人形さんみたいな、成長しない事を前提のような、男側の身勝手な思惑による鋳型から創成したような… クラリスはきっと描けなかったろうと思う。
そも、すでにクラリスの口からして、「わたしのハートを盗んだ泥棒さん」と云わせているのだ。彼女は既に次のステップに移ろうとしているのだ。そこをルパンが自制して、どうする…。
カサブランカ』でのボガードとバーグマンの別れとは、状況が大いに違うんだからね。
もちろん、深読みをして宮崎駿を弁護するなら、そこでクラリスを少女から女へと変貌させることでもたらされる結果として… 峰不二子をもう一人抱えることになるルパン3世の"苦役"を避けたかった… ともいえるかもしれない。

ま〜、なんにせよ、以上のような妄念を浮かせるほどにアルセーヌ・ルパンは間口が広いのだった。