遠い月

昨日の夕刻5時ちょい過ぎ頃。
近所のスーパーから撮った西南の空と三日月。
ボクが住まう場所は概ねで視界のどこかに山があるのだけども、このスーパーがある駐車場の一画は、かろうじて、山が見えない。
新幹線のラインが、その向こう側の夾雑物めくなゴチャゴチャを隠してくれているから、山も見えず、ビジュアルとして、いささかスッキリとした感があって… なので、ちょっと、アリゾナ州ツーソンにある大型複合ショッピングセンターで… といった大陸的視界を垣間見るコトが出来るのだった。
別に大陸的広がりを求めてるワケでもないけど、時に、視界をしめる割合として空の方が広いというのはイイもんだ。

この写真じゃ判りはしないけど、月は薄く細い三日月。
すでに太陽は落ちかけていて、数分後には茜色は消え、グレーっぽい、夜になりきらないけども夜でしかない色合いに周辺が変化しはじめる。
こういう位置であるから、当然に月もすぐ沈む。
しばし、月のない夜を過ごすことになる。

1969年の7月24日。
今から45年前の夏、アポロ11号が地球に帰って来て着水するという瞬間をボクはラヂオの生放送として聞いていたけども、着水の瞬間… だったか、一瞬、
「あ〜、これでお終いっ」
と、実は恐怖を感じてた。
着水した途端、月の未知の何かがくっついてきていて、それが瞬時に全地球に蔓延して、それで地球の生命の全部いっさいが呼吸できなくなる… というようなSF的空想にビビッたわけなのだ。
今となってはお笑い草だけど、瞬時では、ホントにそんな終末を感じはしたのだった。
ま〜、それっくらいに、当時は月なるものの正体は判っちゃいなかったのだ。

だから、アポロ計画では、予算の1/8くらいは、その万が一に備えての検疫防御に費やされてた。
意外と知られちゃいないけど、実にそうなのだ。
アポロ11号から14号までは、飛行士は地球に帰るやただちに隔離された。
キャンピングカーを大改装した移動隔離室(MQF)に、持ち帰った月の石や彼らが月面で使った機材などと一緒に収容され、着水地点からハワイ経由でヒューストンまでその車輌に入れられたまま空輸され、概ね1ヶ月半、家族とも直接には接することの出来ない隔離病棟でもって検査漬けとなったんだ。
この施設はアポロ計画のスタートと共に設けられた。

通称LRL。Luna Receiving Laboratory。
いわば、国立医療センターの集中治療室的な、60年代において最高の医療機関であり資料研究所だった。
(むろん、これは今もあって機能し、近年になって、ここに保管されている月の石から水分が検出されて、月の科学の歴史がガラリと塗り変えられるという良い結果もまた産み出してる)
45年前。月に出向いた飛行士だけでなく、帰還後に彼らと接触した疑いある人達は全員、ここに隔離された。
アポロ11号の時は、その数16人。
帰還した飛行士にインタビューを強硬に試みようとしてコンラッド飛行士の肩だかに触れた女性の記者も含まれる。
隔離といっても小規模じゃない。各人に個室ありの大型施設。


ご覧のような部屋があたえられる。
でも、その個室を含め広い談話室を含め、いっさいはガラスの中。いわばビルそのものが外界で遮断されてる。
面会応談は下写真のような環境で行われた。


上の写真は、カメラ技師のテリー・スレザークさん。アポロ11号が持ち帰ったフイルム缶に触れたさい、黒いチリのようなものが手に付着。それで隔離された。
「早く帰してくれよ〜」
と、ガラス越しに嘆いてる図。
けどイチバンに気の毒なのはその後ろに映ってる2人。この2人はテリーさんが作業していた部屋にいただけなのだけど… このようにガラスの向こうに隔離されちゃった。

そのLRLで何かを検査してる方々。
今の医療知識だと、おそらくこの検疫所では手ぬるいというコトになるんだろうと思う。
じっさい、当時もそれは指摘され、新鋭の医者で作家のマイケル・クライトンはこの施設を批判して、その延長でもって『アンドロメダ病原体』を書く。
これはロワード・ワイズが映画化して、ボクの大好きな、常にベスト10位に入ってる1本なのじゃあるけど、エボラ出血熱の蔓延と渡航者隔離のニュースに接して… それで近所のスーパーからの三日月に、45年前のあのヒンヤリした気分を思い出すのだった。
未知なるものは怖ことを。


今はエボラばかりが話題だけど70年代にはラッサ熱という、やはり出血性の致死率が猛烈なのが生じて、そこで米国は、派遣した医師の安全確保のために、アポロ12号で飛行士たちを隔離したMQF(上に掲載してるグレーの写真参照)をアフリカに運んだ。
本来これはスミソニアン博物館だかで永久保存予定だったんだけど、そうやってアフリカで二次使用されて、しっかり医師たちを守ったんだ。
でも、そのあと… このMQFは行方不明になるんだよ。
この顛末はとても面白いのだけど… 今回は書かないでおこう。