20年前と4年前

秋本節(アキモトタカシ)のライブ。そのサポート。
小スペースでのPAなしのミニなライブながら、それゆえ密度が逆に高まる。
フィルターをいっさい通さないナマの声、音、というのは、おかしな云い方だけども本物だ。
ナマゆえのリアル、というのもおかしいけど、身体への浸透力が実にまったく自然で心地がよいのだった。

ライブが終わって打ち上げて、モンゴルの某氏や、馴染みの某先生などなど、入れ替わり立ち替わり的に、あの人この人が、やって来ては歓談。
新見哲西町の三光正宗の蔵出しがうまい。
一口めは甘みを覚えるものの、フタクチミクチといくたびに、辛みが上昇して、こういう時は何を食べても美味しいし、自ずと話題も開花する。

阪神淡路大震災からもう20年が経つ。
いや… もう、なのか、まだ、なのか… そこは立ち位置によって大きく変わるだろうけど、4年前の東日本大震災を思えば、濃い感触としては、ほとんど時間差のない瞬時の連鎖のようにボクは感じている。
そういうことも話題になる。


秋本には、阪神淡路大震災をモチーフにした歌もある。
神戸住まいのシンガーたる彼は当然にあの朝ひどく揺さぶられた。
幸いか彼宅ではタンスはひっくり返ったものの家人は無事であったようだけども、それでも20年経った今も、やはり彼は揺れを刻まれて、揺さぶられ続けている。
街がどれほど復興しようと、内に刻まれたものは消えないんだ、な。

わずか20年ほどの合間に、この国では自然災害のニュースが、それこそ2日にいっぺんくらいな勢いで報じられて… なんだかそれに馴れてしまってるけど、遠目で眺めると、何とも希有な奇妙な場所じゃ〜ないかしら、ここは。
4年前のまさに今頃、既にメルトダウンしているサイロにバケツで海水を運んでいくヘリコプターの映像をTVのライブとして眺め、こりゃ本当の喜劇じゃないか… あるいはホラーじゃないかと、眼の前がクラクラしたもんだし、それで当然の反応として、もはや2度とこの国では原発は不可能とその時は皆な思った筈なのに、こうして4年が経つうち、あれは一過性のもの、経済優先でまいりましょう… と、希望が回復したフリが横行している今日この頃。


地震と大津波の災禍と、それによって生じた原発の災禍は、同列に置くことじゃない。
同じ悲劇ながら、天災と人災の差は大きい。概ね20年が経過すれば天災の場合カタチの上では復興が眼に見えるけども、原発の崩壊はそうでない。
『積極的平和主義』とは、現在の政権がやってる「政局的平和主義」じゃなく、かくも地震多発の国土を安泰とするには原発ではないエネルギー政策でないとダメだと、そう舵をとる事だとボクは思う。
ま〜、そういうコトを含めた諸々をおしゃべりしてる内に夜が更ける。こういう時には1日24時間というのはいかにも短く、自転速度のながい他惑星での例えば1日40時間とかいったユッタリを羨ましく思う。
ま〜ま〜もっとも、金星のように1日がメチャにながくって1年の経過より1日の方がながい(金星の1日は243日で1年は225日)という… ワケわかんないのは困る。

というワケで、1956年作の『金星人地球を征服』に登場の金星人。
地球征服を目論んでやって来たものの洞窟でグズグズしてる内に村の人に発見され… ガスバーナーであえなく退治されるという、映画史上最高に恐い顔をしてるけど弱い宇宙人。
通称は、金星ガニ。
グズグズしてたのは、彼が住まってた金星の1日があまりにながいゆえにか…。
というコトは、彼にしてみればグズグズしてたワケではなくってただ金星時間で行動しちゃったのが征服失敗の原因というコトになるんかな?
このオモチャをみるたび、ボクはカニ鍋をつつきたいと夢を膨らます。