スキャナー・ダークリー

『スキャナー・ダークリー』という映画は踏み絵のような作品で、なんだか、いきなり試される。
ボクはダメだった。
巻頭5分ほどで観るのを断念し、
「何じゃ、こりゃ〜」
憤慨に近いガックリをおぼえたもんだった。

フィリップ・K・ディック原作。
主演はキアヌ・リーブス。『アイアンマン』のロバート・ダウニーJr.やウィノナ・ライダーが脇をかためる。
ボク好みの方々ばかり。
けどもこれはアニメーションなのだった。
キアヌ達が実演したフィルムを絵に起こしなおし、全編これアニメ1色なのだった。
その予備知識がまったくない状態で観たもんだから、
「アッチャ〜」
不意打ち喰らってギャフンとなったんだ。


けども数ヶ月を経て、諦め半分以上でもう1度このDVDに接してみたら、アレアラ不思議。
砂が水を吸うみたいにボクは親和され溶けていって、終いにゃ、
「メチャ、いいじゃん!」
半ば感嘆してるのだった。

近未来の話。なのでSF。
合成ドラッグがテーマ。
人格崩壊が描かれる。
好んで観たいテーマじゃない。
けども、最初の踏み絵状の域を脱して接してみるに、描かれる主題はまさにアニメーション化によってこそ真髄が見えるという、よくよく考えられた方法なのだと判ってきて、
「うまいじゃんか!」
もう1度即座にゴハンのおかわりみたいに観てしまうのだった。

キアヌ演じるアニメのキアヌは「物質D」なる合成ドラッグの製造元を探っている捜査官なのだけど、潜入捜査の過程で彼もまたジャンキー・ワールドに落ちていく。
アリスがけったいなティー・パーティの席で翻弄され、あげくに馴染んでいくように、アニメのキアヌもまた同様の道を辿りだす。
不思議の国のアリス』の帽子屋的な位置で、ロバート・ダウニーJr.が怪演する。
もちろん、それもいっさいがポップ風味のアニメーションだけども… アニメになった分、彼の動きが誇張され文字通りに戯画されて、滑稽でケッタイでワケが判らずでツイツイ笑ってしまえる。
彼が買ってきたマウンテンバイクのギア数をめぐる登場者らの会話のねじれっぷりに、苦笑を越した途方のない笑いが浮いてしまう。

この映画では、深刻が増すと滑稽もが増加して、だからシーンのあちこちで頬がゆるみ、深刻がおかしみと同化して、いよいよドラッグ的異世界をのぞき見てるという感じになって、そこはかの『未来世紀ブラジル』の不条理な黒いおかしみに通じたりもする。
原作はディックの実生活をよくよく反映したもののようで、薬物依存であった彼と、彼の自宅に住みつくやはりジャンキー達の奇妙な連帯と友愛めくな情がまぶしてあって、そこをこの映画はよく拾っているんで面白い。
いわゆる社会生活に順応出来ない弱き者たちが、その弱さを個々が隠しつつ、あるいはそうとは気づかず、知らず、同じ場所で同じ境遇の者として生活を共とする。
そこのリアリティが先にあげたマウンテンバイクをめぐるオシャベリとアクションなどにうまく描かれ、これが半端でない。

でも、そのシチュエーションを鵜呑みにしたい反面、ボクは多少に違和をおぼえる。
2015年ゲンザイの麻薬の実態をニュースで見ているゆえ、合法ドラッグだのの影響下でトンじまって凶暴兇猛な人の動向を思うと、70年代にディックが描いた弱者としてのジャンキー同士の連帯といった"コミューン的な友好"は、はたして今、あるんかしら? そんなものは個人の営みとしての人格崩壊とそれがもたらす弊害ばかりの今となっちゃ通用しないんじゃ〜ないか…、ドラマに出来る素材ではもはや麻薬はなくなってるんじゃないか… などと、フッと、かの殺伐たる70年代もがまだ人が肩を寄せ合える余力があった時代だったのかもと、懐かしい色合いの古色な感を湧き上がらせたりする。
ヤッてるクスリが70年代とは今は違い過ぎてしまって、ディックのSFですらが退色するほどのようなのだ。
なので、映画の舞台は近未来となっちゃ〜いるけど、それは原作が書かれた70年代やや前半から換算した近未来、せいぜい80年代半ば頃が舞台と思ってもイイのじゃないか。
むしろその方が、グッドかどうかは判別しかねるけど、オールディスなSF映画と位置づけられて安定がいい。

ま〜、以上はおいといて、それはそれとして、よくぞこのような風変わりな映画にキアヌやロバートやウィノナは"出演"してくれたな〜と感心する。
だって、演じて出来上がったフィルムは素材となるだけで、映画はその身体の輪郭線を抽出し色を塗った"ベツモノ"なのだから、普通なら俳優としてそこに不満や不安があろうというもんだ。
それを楽々のりこえ、自身の声をあて、アニメになることを了解で演じたんだから喝采しなきゃいけない。
さらにいえば、映画というのが共同作業の賜物という自明を、あらためて思い出させてもくれる。キアヌらをトレースし"再描写"したアニメーター達もまたもう1人のキアヌやウィノナだろう。

この映画はSFだから『ブレードランナー』に登場した装置に似通う幾つか出てきて、いかにもそれはディック原作ゆえにと判るような類型なのもまた面白い。けどもかといって、いかにもSFでございます〜な作りじゃ〜ないのがこの映画の大きな特徴の1つで、一見はごくごく普通な日常を描いたホームドラマのよう。オマケに劇中において殺人など… 一件もおきないんだから、そこもまた誉めたいところだ。
登場人物いずれも悪人じゃ〜なく、ただの小市民で、だからこそのホームドラマ・テーストなのだし、けどもまた一方でそれゆえに、その小さくて温和な方々を対象に販売される巨大資本のオクスリという構図が際立ってこようというもんだ。
販売者側のいかにも共和党を支持しそうな典型的な水色ビジネススーツに銀髪に白い歯といったステレオタイプな描き方もいい。
公開後、何の賞も授かってないようだけど、ボクには賞に価いする作品と今は思える。
少なくとも、まったく良い意味での『ビックリしたで賞』はマチガイない。