47RONIN

山田風太郎の奇想天外は史実宇宙をかき混ぜ混沌にし、そこからもう1度の再構築でもってダイヤの小片とただの小石を洗い直すみたいな所がなくはなかったけど、この一見ハチャでメチャな赤穂浪士もたぶんにそんな空気を吸ってはく。
ダイヤは云わずと真田広之だし、けっこう日本の役者陣は健闘しているよう見える。
公開前の宣伝の稚拙とボクらの中の赤穂浪士固定観念とがあいまって、この映画は不評でダメ映画の烙印を押された感もあるけど… はたしてそうか?
そのあたりをチョット考えてみる。


キアヌ・リーブスはあいかわらず演技がうまくない。
個々のアクターにパターンというのがあってその最大を10とするなら、キアヌは3か4の僅かなバリエーションしかもっていないよう、見える。
デビューの『ハートブルー』から『スピード』や『マトリックス』も含め、それはいっかんしてる。
けどもそこが永遠のハイエンド・アマチュアといった新鮮の放射点になっていて、逆に強い魅力として映るのだから不思議な存在だ。
ウマヘタというニュアンスでなく極めて純粋に硬くぎこちないといった感じが常にあって、そこに大地から引っこぬいたばかりのダイコンの白い目映さみたいなフレッシュさが醸されて、むろんこれはダイコン役者という意味ではなく、逆に云えば、彼の演技を芸達者なブラッド・ピットやジョニー・デップは真似できないとも思えて、そこが摩訶な存在としてキアヌをキアヌとして立体化していて飽きさせない。誰か別な男に置き換えられないんだ。達者だから優れていると云えないのがアクターという存在の面白いところだと… 思う。 
だから彼の映画をボクは好きなのだし、この『47RONIN』 もその1つということになっちゃうのだろうが、ここで書きたいのはそのコトではない。



昨今まれな事に、この映画は主題がとっても明白だ。
派手なファンタジックなアクションCGの連発ながら、何を描きたいのか、そこがクッキリとしている上で、スタートからエンドまで主題を追う姿勢にブレがない。
まずそこに着目したい。



この映画は史実としての赤穂浪士とは乖離しきっているけど、その核心部は意外なほどに大事にされている。身分による差別、権力構造、忠誠、そして名誉、それに付随する" 型としての"様式美…。
かつてあった(あるいはあったと思いたい)ところの日本の、例えば血判による誓約だとか、"特性"がここではよく描かれて、その点はかの角川映画魔界転生』などと雲泥の開きがある。
自刀のシーンでの辞世の句を記したペーパーを割腹の直前に遺書するところをわざに2度も見せるあたり、この監督は仔細をよくよく学んでる。
派手なCGで加味された異界めくな舞台じゃ〜あるけど、よりいっそ、そのあたりの描写の仔細に刮目すれば、この映画がただのオバカ映画とはとても思えなくなる。ほぼ同時期、吉良上野介役の浅野忠信が準主役した宇宙侵略モノ『BATTLESHIP』などと較べると、構造の違いが歴然で、オバカとは遠いところに『47RONIN』はあるよう、思える。
江戸期、西洋に較べはるかに劣ったとしか了解されなかったJAPANの中に彼ら西洋式な生活慣習にはなかった、あるいは廃れた… 良性な原風景が眩く色づいていると察したところにこの映画の得点はある。
残念なことに日本では不人気で話題にもならなかったから、きっと監督ほか米国の映画関係者はガックリきたろうが、少なくともボクは… 『ラスト・サムライ』同様、ここにまた良き1作が産まれたと有り難たがっている。
何かで表彰されちゃって『名誉』です〜、程度な陳腐で今やゴミ箱に捨てられた概念を、海の向こうの映画が逆に懸命に描こうとしているところが有り難い。
ことごとくその描写はハチャメチャと見えるけど、実はそうでないと申しあげたい。
この映画は『名誉』という概念を人がどう感受していたかを図化しようと試みた野心作とみる。



ビジュアルとしては確かに、城のカタチやら、平安期の公家の装束っぽいものやら、長安城を警護する唐の兵士めく姿やらやら… 大いに混じって混沌に輪がかかり、それで、
「こりゃ違うよ〜」
と絶息しかけるんだけど、はたしてそうか?
実は江戸期においてすらファッションはホントのところは多様であって、人が皆さんそうであったというのではなくって、何かに特化した服装というのもまた多々にあった。

たとえば図示の通り、これは江戸時代の唐辛子売りのカッコ〜だ。
ハリボテの大きな唐辛子模型の中に小袋に分け入れられた唐辛子が入ってる。
こんなカタチの人物が現実には町中を歩いてたワケなのだ。


以下、何枚か、江戸期のモノ売りのカッコウを示す。
いずれも飴売りなんだけども、こういう図版は日本より海外の方でよく認知されているようだ…。
(画像はいずれも『彩色江戸物売図絵』中央文庫刊より)



『47RONIN』の中の服装は時代性も意味性もメチャなゴッタ煮じゃあるけど、米国人が参考にしたかもしれないかつての日本の風俗描写という範疇ではあながち全てが誤りという次第でもなかったりする。
むろん、ファンタジーだから誇張は幾らも出来る。けども、それら奇妙さはこの映画の欠点ではない。

全体の光景がどう描かれようと、映画の核心は「忠義」であり、それに伴う「美学」といった米国人の感覚の中では相当に希薄な"観念"だけども、その上に『名誉』という概念があって、そこは彼らがもっとも理解する、あるいは理解したい感覚なのだろう。
むしろ日本のボクらの方がそこを忘れてる。
HONOR。
名誉。
この一語は英文学ならずと色々なところで現れる。
ボクらは「名誉なこと…」などとは今は口にすらしないけど西洋的文化にあってはこの一語は今もって炯々としてる。
そこに「忠義」がかぶさり、「美学」が重なる。
その両者には突き詰めれば自身の死もかぶさる。三島由紀夫自死はいっそボクらより西洋文化圏に育った人の方が濃く衝撃であったんじゃなかろうか…。
この映画では同一シーンが3度、出る。
田中泯扮する浅野内匠頭が白装束で割腹するシーンと浅野忠信演じる吉良が追い詰められたシーン。そして47人の割腹シーン。
その3つのシーンが均衡に三位一体に置かれることで、死しても大事にしたい何か… という1点に主題が集約されて、そこはかの『ラスト・サムライ』とまったく同じで、方法はまったく違うけども少なくともこの2本の映画の造り手たちはそこを直視した。
だから価値が光る。
いっそ日本映画の方がそこを逃げているような感もある。ただのお涙チョウ〜ダイ的話法やあるいはアクション派手派手のみでもって、核の部分を見逃してる。



むろん、不満がないわけでもない。
ソードと表現された言葉としてのカタナには違和がある。
ソードとナイフが別種に扱われるのと同様にカタナもまた別種、カタナはソードにイコールしない。
天狗の描写にも難がある。
けども、あの赤いニョッキと伸びた鼻には隆起したペニスを直かに連想するものがあるから、米国的感性でもって鼻部分を延ばさなかったのは… ま〜、よく解る。
かつて英国の人形劇『サンダーバード』をNHKが放映するにあたって重要な女性キャラクターをミンミンと改名発音したのと同じ心情だ。
現実の英語での彼女の名はチンチンだ。
そこは余計な誤解を回避したという次第なんだ。
だけどもカタナとソードは大きく違う。「アーサー王伝説」の誉れ高き剣と日本の刀は、違う心情が反映されたものだ。
アーサー王エクスカリバーはそれ自体が価値あるものに過ぎず、大地に突き刺されたそれを抜き取った者なら誰でもがキングになれた。けども、刀の本質はそうでなくって、いっそその所有者の魂(ソール)を写す固有の鏡のような存在で、所有するだけでは意味が光ってこない。所有者自身が己れを鍛えてはじめてまた刀も光り出すという… そこのニュアンスは沼と池のように違う。これはたぶん未だに日本の映画でもうまくは表現出来ていない事柄かもしれないけど…。
エクスカリバーブリテン島統治の象徴のいわば宝剣だけど、日本の刀はあくまでそれを所有する人の心の在処を映す投影機として機能する、パーソナルの延長にある道具だてで王になる資格としての品ではない。けどもヒトフリ一刀ごとに個人の心情が籠もって他では代弁しようもない品という位置づけなのだ。



ともあれ、そういう次第でこの『47RONIN』を眺めると、赤穂浪士をモチーフに、これは予想以上の良作かもしれないと思うようになる。こちらJAPANに住みついて赤穂浪士はけっこう了解していたつもりのコチコチのアタマにちょっと柔軟剤を注入してくれるような… ところがある。
そこを汲めるかどうかでこの映画の評価は決まるし、もう1度、赤穂のあの事件を思い出したりできる。


史実の中の吉良邸討ち入りはボクにはどうも… 好むところが少ない。
吉良上野介1人を仕留めるならまだいいだろうけど、そのために巻き添えになった人(その夜宿泊の茶坊主の子供も含め20数名が死亡)があまりに多すぎて、ボクにはどうも… なのだ。ま〜、それゆえ彼ら47人は切腹して負の連鎖(さらなる復讐)が絶たれたんじゃあろうけど、『47RONIN』ではそこで大石主税君に…●●○○…がされてしまうのは、気持ちはわかるが… 余計だったと思う。




以上、また長々になりましたな。(^_^;
余談ながら、菊地凛子はイイね。
競演"の柴咲コウと較べると… コウちゃんには悪いが、ホップステップジャ〜ンプの助走力が圧倒的に違う。むろんコウちゃんも彼女のベストの演技と思えるけど、どうだろう、それは監督の演出の手の中にとどまってはいないか? その点で菊地凛子はあきらかに監督演出を上まわり何かがはみ出てる。以前に観た『パジフィック・リム』でもその気配があって、このコが発する空気の波動はおそろしい。
彼女ならJAPAN代表としてボンドガールに推薦してもイイな〜、ボクは密かに思ったりする。