バットウォッチ 〜柱時計はいつ登場?〜


ほんの40〜50年ほど昔の居間だか寝間だかのどこかには、ほぼ確実に、柱時計がぶら下がっていて、これが、
「コチコチコチコチ…」
と、朝も昼も夜も音をたてていたもんだ。
「チッチッチッチッ…」
ではなくって、
「コチコチコチコチ…」
か、
「コッチコッチコッチ…」
な、ゆるいが明晰クッキリな刻みよう。
音は1秒に1回程度、コッチだかコチっ… と鳴ってたのかもしれない。
自宅ではさほど気にならないが、たまに親戚の家なんぞに泊まると、その音が妙に気になったもんだ。
昼はな〜んとも思わないけど、灯りを落とされた夜具の中では、寝苦しいというか寝にくいというか、コチコチ音に不気味な感じが募ってきて、いっそう寝つかないというアンバイなのだった。
ま〜、たぶん、ボクがそんな音のリズムと闇に鋭敏すぎる美しい少年だったからだろうけど… 今どきは柱というか壁に時計があっても音はしないから… それはそれで逆につまらないとも思うようなったのは… 年をとったせいかしら?



それで最近、ちょっとそのような音を懐かしんで、柱時計じゃないけどアンティックを1つ、枕元に置いている。
およそ40年ほど前の"バッドウォッチ"。
これがあんがい、乾いた音をたてる。手の平に乗っかるサイズだけど音は身柄に較べて厚かましいくらい大きい。
「コチコチコチコチ…」
と、いうより、
「チュッチュチュチュ…」
と、聞こえる。
折りたたみの構造だからケースが反響板の役をする。
ネジを巻いてやると2日くらい動作するが、1晩で7分ほど時間が早廻る。
まこと不正確。
でも支障なし。
7分ほど差し引きゃいいだけだ。



40数年の歳月をものともせず、ネジ巻けば音をたてて始動する、この逞しさは、電池式デジタルには真似できない素敵じゃなかろうか。
でも、こういった長寿な時計なり機械というのは、今や過去の遺物…  それゆえアンティックなんだけど… そこはどうだろう?
よろしくないですな〜。
こりゃまだ現役だし、何より少年の頃の暗闇の中のリズムを思い出させてくれるじゃないか…。
「コッチコッチ…」なり「チュッチュ…」は、時間という妙なものをより意識させてくれて、今考えるに、子供の頃におぼえた恐怖感というのは、その「コッチコッチ…」が、もはや取り返しのつかない一方通行を暗示した、音による"生の在処と行方"を示しているからだったんじゃなかろうか…。
と、またそのようなリクツを思い浮かべるのがイケナイのかもしれない。
やはり… 時計より早くコッチの方が早く年をとっているようで、な。



ちょっと興をおぼえたんで1927年版のシアーズ・ローバックの、電話帳より分厚いカタログを眺めると、およそ10ページに渡って腕時計や懐中時計が多々掲載されてるけど、これ意外や、柱時計やその類い、室内用は売ってない…。
1927年(昭和2年)の米国には住居用は存在しないんだ。
ということは、日本もまた、そうだったに違いない。
柱に時計はないのだ。




いやもちろん、大型の、壁に取り付けるというか壁や屋根に埋め込みタイプなものはそれ以前からあって、たとえば、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の重要なモチーフもそんなタイプの時計が仕込まれた教会だったし、この岡山の明治の娯楽施設「亜公園」内の塔・集成閣を大改造して造った「戦捷記念図書館」は1906年明治39年)に建てられ、やはり、屋根にはでっかい時計が埋められてた…。
でも、そういうデッカイのは1つの地域の中の象徴的場所にあるきりで、家庭内にはなかったのだね。



そも、その「戦捷記念図書館」(現在の岡山県立図書館のスタートがこれね)もプラン上では丸屋根の東西南北4箇所に時計を配置しようとしたらしいけども、特注のストレートガラスやら時計のムーブメントは非常に高額… ゆえに結局は時計設置は1ケのみで残り3箇所の同じデザインスペースは時計盤が置かれる部分をウッドで覆うということになったようで、いわばこの手のものは高嶺の花だった。


じゃ、そういったタイプのものが家庭内に入ったのはいつ頃か?
オーソン・ウェルズ扮するところの映画『第三の男』の悪党ハリー・ライムの、
「スイス500年の平和と民主主義は何をもたらした? 鳩時計さ」
は1948年(昭和23年)が舞台だから、少なくとも第2次大戦終了の頃には世界的規模で柱に時計があることを暗示してくれてる。
映画『スローターハウス5』では、空爆されて壊滅したドイツの小都ドレスデンの廃墟から、これは柱時計ではないけど、居間用の豪奢な大型据え置タイプの時計を米軍人が盗みだそうとするシーンもある。
そうすると、柱時計や据え置式が"発明"されるのは、1927年以後〜1940年代後半の… およそ13年ほどの間のどこかの時期… ということになる。そこではじめて破裂的に波及ヒットしたということになるんじゃなかろうか。
● 柱が静かだった時代。
○ 柱が音をたてる時代。
世界の室内事情がその13年の狭い時期で大きく変化したんだ、な。
ふむふむ。時代考証は面白い。
というか… そういった時代の、たとえば昭和のごく初期頃の室内模型を造るさいには… 迂闊に柱時計なんぞを置いちゃうとウソになるという危ない瀬戸際13年があるワケなのだ。



ちなみにヴェルヌの『海底二万里』は1869年(明治2年)作だけども、その挿絵、ネモ船長の部屋の壁には、気圧計、湿度計、暴風雨予報器、羅針盤、六分儀などと一緒に、どう見ても時計と思わしき、懐中時計を大きくしたようなのが描かれてる。
それら一切が電気仕掛けで動いている、ということが小説中最初に明かされる驚愕の名シーン。
本文に時計そのものの記述はないけど… 諸々の壁の計器は時間(すなわち時計)と密接に関係している。
ヴェルヌはここでもまた未来的な暗示を、いみじくも、柱時計の登場を予想しているわけさ。