ふたたび『点と線』

ずっと… 買おうか、買うまいか… 悩んでいるDVDがある。
悩むというのは大袈裟だけど、amazonのサイトを覗いたりすると、フッと思い出す。
ビートたけし高橋克典が主演のTV映画『松本清張 点と線』のDVD。
なんせコレ、6000円近くもするし… TV放映時の録画を誰かにもらってもいるんで、たちまちゼッタイに要るわけでもない。
けども、これは2度放送され、それぞれ、いささか編集が違っているらしいので、DVD版もまたそうかも… という感もなくはない。
それで、いささか気にとまる。



エキストラとして1日おつきあいしただけ… ながら、後方の通行人とかでなく狭い路面電車内でビートたけし高橋克典と乗り合わせている僅か8名だか9名の1人として撮影されたんだから… 実にまったく個人的な経験と追想としてこれは、ちょっと特筆だ。
といって、そのTV放映にバッツリ出てるのかといえば、これがまったくそうでない。
画面を静止し、コマ送りにして、やっとどうにか、わかる程度なもの。
だから、いないに等しいのだけど、映ってなくとも、確かにそこにボクはいた… というそこだねポイントは。



新宿行きの路面電車内の光景として、このシーンは岡山で撮られた。
物語当時(昭和30年)を彷彿させる車輌を岡山電気軌道が所有していて、これを動かしての撮影だった。
室内広告や行き先表示の看板なども全て小道具が作られ、車内はいかにも東京だ。
車内で人物を撮るカメラと路上から車輌を撮るカメラ複数が同時進行する。
岡山県の文化振興課(正式な名は知らない)が大いに関与し、撮影は極秘ということで行われ、それも県営グラウンドでサッカーか何か、大きな大会があった日にあえてぶつけて、岡山市民の眼をごまかすべく工作されていたらしいのだけど… いざフタをあけ、ボクらエキストラ8名だか9名とたけしと克典さん、それに床に伏せている撮影スタッフ5〜6名が乗った車輌が、路面側電車の姿を捉えるべく設置されたカメラの前を駆けるべく、京橋方面に動き出すや… 沿道は撮影を見ようとする人でいっぱいなのだった。
だから、隠密行動は漏洩… ダンドリ大失敗。
なのだった。



けどもそれでも撮影は敢行され、引きの絵だと沿道の見物者が入ってしまうから、思い切りなアップで撮るというような事になったようだ。
それでたしか3回か4回、ボクらを乗せたまま電車は本社車庫から京橋を渡って最初の大きな曲がり方まで、けっこうな距離を行ったりきたりを繰り返した。
途中でモーターに不具合が発生し、最後は岡山電気軌道の方々が押してどうにか車庫に戻した… とも記憶する。
暑熱ムンムンの夏の撮影。
ボクは"中年の高利貸し"というカタチで着物。他の方は概ね洋装。全員に衣装があり、メークされ、何人かはその場で髪を切られたりして時代の人となる。
どういう次第か、
「あなたはノー・メークでいい」
となって、ボクは着物を着せられ、そのあと、撮影本番まですることはない…。



当時、高橋克典という役者をボクは存じ上げてなくって、たまさか、喫煙所でシガレットをくゆらせている彼に、彼ももまたエキストラと思って、
「よ〜よ〜、今日は暑っち〜の〜」
岡山弁でベチャベチャ話してこちらもシガレット。後でスタッフから、
「高橋さんと仲がいいのですか?」
問われて、面喰らったりしてた。



ともあれ、2007年の8月。どえらく暑く、長い1日だった。
撮影の電車は古い車輌なのだからクーラーなんぞ、ない。
着物が汗を吸い、重くなり、身体にまといつく。
むろん、暑いのはボクだけでない。
それで黒いシャツに黒いジーンズの撮影スタッフが床に伏せ、たけしと克典さんは下から扇風機であおがれ、ボクら8名だか9名は、パキッと折ったら激烈に冷気が生じるスティックをもらって、それを襟の内に入れられりして、
「がんばれ」
と、いわれた。
いや、1番に暑いめにあってるのはそのスタッフ達…。
まちがいなく大変な労力。
放映はわずか3カットほどの、1分に満たないものだったけど、そのシーンの背景には、メーキャップしてくれる人や着付けてくれる人や記録の人やカメラの方やらやら、40人以上いたよう思う。
映画は… すごい。膨大なエネルギーを費やしたはてに編集で数秒のものになる。99.99パーセントは捨てられ、0.01パーセントが、いわば抽出されて用立てられる。



松本清張 点と線』の舞台は昭和30年(1955)。この年日本は第50回めのIOC総会でオリンピック開催に立候補。でもローマに敗れる。
そこでもう1度と昭和34年(1959)に立候補。今度は選出された。5年先の昭和39年(1964年)にオリンピックを開催することになる。
そこで当然にこれは国家総動員のプロジェクトとして動き出す。
ご承知の通りで、首都高速道路東名高速に、そして競技場の創設。国立競技場が生まれる。


さて、そこで今時の… 新国立競技場の問題だ。
この信じがたいほどの愚ろかな選択の顛末と経過を、"点と線"で描いてみたらどうだろう?
ヒラ警官のたけしが劇中で叫ぶ、
「あんな連中を許せないです。どうして見てないふりをするんですか」
警察上層部に叫ぶシーンがことさらにダブッてくる。



我が岡山にある競技場といえば、最近に名称が変わった『シティライトスタジアム』。
収容人員は2万。総工費は91億円だったそうな。
近年作られたばかりの広島の『MAZDA Zoom-Zoomスタジアム』は3万3千人収容可能で建造費が90億。周辺整備を含め110億円。
見栄をはりにはった北京のスタジアムですら600億だったというから、新国立競技場の2600億円は…。
この額面はこの先さらに上回り、さらにはオリンピック用他施設の増強などなど含んでいけば、世界に恥べくな数字が出てこよう。
これがまかり通るわけなんだから、世も末。


政権よりの読売新聞までが、社説でもって「?」と嫌疑しているのだから、こりゃホントにハチャメチャなんだろう。
なんといっても、人物がわかりにくい。
誰がいつどこで決め誰が承認したか… 実にわかりにくい。環境系の専門家すらいない。
そもそも、IOC総会でアベ首相は、
「巨大地震後の日本の復興」
をアピールし、コンパクトな大会を標榜したはず。
なので、『点と線』における"追跡と追求"を持ち出したわけだ。



点と点をむすび線をたどって、この"実行犯たち"を、正しく炙りだして欲しいわけなのだ。結局、誰と誰に責任があるのか? またその責任というものがどれっくらいに軽いものなのか… 線で結んで欲しいなと願うのだ。
そう… なにかあまりに軽すぎるんだ。後世への責任の取り方が。


1つの対比として思うけど… かの日、岡山ロケでのビートたけしは役に集中するため、早朝からジッと立っていた。
この路面電車シーンではセリフはないのだけど、彼は人と離れ、岡山電気軌道本社の受付前で1人、立ったまま、ひどく哀しげな表情を見せて、本番の数時間前から衣装を着けて没入してた。
その成果はわずか1分に満たないシーンの中にありありとある。思い詰めた警官の顔がそこにある。
こたびの新国立競技場建造決定に関わった方々は、その集中に価いする仕事をされたであろうか?
本気でそこに自己を投影して、99.99パーセントをすてる覚悟でもって決定したであろうか?
おそらくそうでは、あるまい。