台風で老人が死ぬ


ここ岡山での台風11号。久々の直撃的強風と雨。
16日から17日へと深夜零時を廻った直後、ほんとにたまたま、ブラインドをチョビっとめくって外を見た直後、実家庭の中央にある、ま〜、ランドマークみたいに背が高い(10m越え)棕櫚が、強風で揺さぶられたと思った刹那、ま〜るでマンガのような勢いでもって庭中央から右側へ瞬時に倒壊したのだった。
巨木はゆっくり倒れるイメージがあるけど、棕櫚は、
「あっ!」
という間であった。
むろん、大きな破壊音がした。



すぐに外に出てみたものの、風と雨だし暗いし、手の施しようがない。
で。明るくなりつつある朝の4時半。
母屋2階から見下ろすと、我が作業場たる通称アトリエ別称モノオキのスレート屋根が壊れてる。
倒壊した棕櫚の一撃をくらったわけだ。
棕櫚は車庫と作業場の狭間に転倒し、3つに折れ、1/2は隣家の勝手口を塞いでる。



隣家は幸いかな空き家になって早や10年なので、すぐに手を差し伸べる必要はない。
でも、作業場の屋根は、いかん。
雨がジャバジャバだ。


そうすると、たちまちに応急処置をしなきゃ〜イカンと思うのが、人間だ。
それでアマガッパに長靴で脚立を出し、拡げ、屋根に登って… とりあえずの雨対策をやった。
いや、も〜、この危ないことアブナイこと。
経年で少し苔があるようなスレート屋根は、ツルツルすべる。


「なるほど! これか〜!」
台風のニュースでほぼ必ず聞く「修理ないし防護しようとして老人が亡くなる」というやつ。
たまたま死なずに屋根から降りて、このようなコトを書いているのは運が良かっただけ… かも知れない。
ボクも充分に老人なのだから、な。
台風による死亡は何故か老人ばかり… と思ってたけど、おそらく、若者も屋根や塀や窓ガラスに、壊れたか壊れる前に取り付いてはいるはずだ。
でも、ま〜、若いから、危険的状況からの生還率が高いというワケなのだ、おそらく。
その点でやはり老人は劣る。
よって、危なさの度合いが高まる。
無理をしないのがイノイチバンと心得よ、だ。



と、それにしてもランドマーク的に目立って、実はこっそり自慢でもあった棕櫚の倒壊は… 悲しい。
これは我が父が、ボクが小学六年の頃に植え、その時には30センチほどの小さなものだった。
それがア〜タ、50年以上、スックスックと伸びに伸びて今や2階の屋根を見下ろす高みに成長して今日まで生きてらっしゃったのだ。
父はもうとっくに亡くなり… 実家に生息の最古の樹木がこれであった。
このブログで庭のコトを書いてる記事の写真にアンガイよく登場していたやつだ。
青空を背景にボクはこの棕櫚をよく写真に撮った。いわば庭の王であった。



なので、感慨がバターみたいにあつい。
最後の倒壊シーンを目の当たりにしたタイミングも、また不思議をおぼえる。
たまたまめくったブラインドの向こうでの… 悲しい惨劇。
けれどまた、ボクのこの一瞥を誰が促したのであろうか… とも考える。
神サンがそう仕向けてくれたかと、思うのは何だか品がない。
むしろいっそ、棕櫚そのものが、
「よっちゃ〜ん!」
か、どうかは判らないけど、声なき声での別れを叫んだかと思いたい。
50数年。棕櫚もまた老いたるものであった。
風に身まかられ、庭の王は去った。