いまさらながら一寸法師


風が吹くと桶屋が儲かる、の古事じゃ〜ないけれど、雨が降ると本が寄ってくる。
外へ出るのが億劫なのと、植草甚一の名言"雨降りだからミステリーでも読もうか"が、DNAの螺旋構造みたいに舞々と絡んで、気分が本とリンクするのだった。


二夜連続の雨。
この前から一夜一篇と決めてチョビチョビっと読み進める『宇治拾遺物語』に加え、『御伽草子』もめくる。

その一篇。
一寸法師




だいたい… 60を過ぎて、「一寸法師」を読むというのは、進行なのか退行なのか、よくは判らないのだけど、幼少時に聞いたか読んだか以来なので、懐かしくあり、けれど、まったくの新発見というか再発見には違いない感触を得たもんだから… チョット書いておこうと思う。


こたび、はじめてオリジナルを読むと、一寸法師という男の中に、かなりイヤラシイ上昇志向があるのに気づかさせられて、
「あんらま〜」
と、ビックリした次第なのだ。
己のが欲のためには、彼は手段を選ばない。
ベチャっといえば、ずるいのだ。


彼は育ててくれた翁(おきな)と媼(おうな)に、成長しない息子であるがゆえ、捨てられる。
ちなみに彼は、媼41歳の時の初めての子である。
手塚治虫が『鉄腕アトム』の生い立ちのモチーフとしたのは、たぶん、この「一寸法師」だったろう…。



小学館 手塚治虫全集より


むろん、アトムの場合は産みの親の天馬博士に捨てられるのじゃあるけど、一寸法師は、親の気分を察して、自分から出て行こうと決意した。
そこは、大きく違う。
アトムは流されるままに流浪してお茶の水博士に拾われるけど、一寸法師は捨てられる前に自ら川を流れることを決断する。
その意志力が、おそらく、一寸法師のその後の生き方を支配する。
着の身着のままに彼は家を出たのではない。
媼に、旅立ちの仕度をしっかりヤッてもらうのだ。



誰もが知る通り、小さな彼は、針を剣として持ち、麦の穂を鞘にし、お椀を舟にして、川を下る。
(その剣も鞘も舟も、皆な、媼に用意してもらってるんだな、これが)
やがて、都につく。
都の繁華と絢爛に魅惑され、
「やっぱ、田舎より都会じゃ〜ん」
で、やがてあるお屋敷に務め、そこの娘に惚れる。


時に娘は13歳。
一寸法師はその1つか2つ年上。
青春ですな。


この娘をどうやって自分のものにするか…。
彼は考える。
で。
寝ている彼女の唇の横にゴハン粒を幾つもくっつける。
そうしておいて、彼女の父親たる屋敷の主に、
「ボクが貯めていたお米を娘が盗んで食べた…」
訴える。
主には本妻とお妾が複数いて、その娘はめかけたオンナの一人に産ませた子ゆえ、
「盗み喰いするような、卑しいムスメなど要らぬ。追い出せ」
という事になって、一寸法師に、
「おまえ、捨ててこい」
命じる。



それで娘を小船にのせ、一寸法師は都から下っていく。
娘は、身に覚えなき嫌疑でもって、ワケもわからん内に流され、ただもう号泣するばかり。
でも傍らに一寸法師がいる。
彼女は、彼を頼るしかないではないか。
世間を知らず、アレも知らずコレも知らず、生き抜くには眼前で舟を漕いでるこの小さい男しか、頼りは皆目ゼロなのニャ。
身も心も、彼に委ねなきゃ〜、どうしようもないじゃないか…。
きたないぞ一寸法師


でも、なんせ一寸法師だ、背丈が小さい。
一寸、というのは、おおよそ、3センチ。
いっそ、ゴキブリやコウロギの方がでっかい程度のミクロボーイなのだから、13歳未成年少女とはいえ、身長3センチの男と性的行為は望めない…。
その身長から察するにナニは… 2ミリに満たない微少なもんだろう。
そりゃ、エス・イー・エックスは無理だわ。
う〜ん、こまったニャ。


しかし、こういう悪党には時に運が味方する。
娘と流れているさなか、うまく2匹の鬼と遭遇。
(厳密にいえば、3センチの男が娘を乗せた小船をどうやって漕いでいたろうか… とは思うけどね)
ともあれ、鬼はこの二人を食べちゃうつもりで、まずは一寸法師をつまみあげる。
けどもだ… 鬼めらは、獲って喰ったつもりの一寸法師が、口に入れるや、すぐに目玉から脱出するという事を繰り返すんで、ビックリびびって、
「気色悪いわ〜」
一寸法師と娘を放り捨てる。
そのさい、打ち出の小槌も忘れて逃げてった。



板本『御伽草子』 書林 大阪心斎橋順町 渋川清右衛門 版より


そこで一寸法師は巧妙に小槌をふって、彼女とピッタシなサイズに身長を伸ばす。
それでメデタクもかしこくも、性的関係を結ぶ。


以上がオリジナルの要約だ。
ずるい… でしょ、この人。
奸計というか計略というか、彼女に選択の余地もなにもない状況を作り出し…、それで彼女を我が者にするんだから、ヒドイもんだ。
鬼との遭遇もプラスにしちまう強運もあいまう。


けど、また一方、3センチの男の気持ちを思えば、なにやら、それしか方法がなかったかもな… 同情は禁じ得ないのだ。
普通、誰がこの男をフツウな男として意識しようか…。
なので、いっそ辣腕な逞しさを、こっそり憶えないワケでもないのだ。自らを川に流した意思力がここでもまた働いたと… ボクは思うのだ。
手法の善悪よりも、対処法としてベストは何かを、この小さい人は思考したらしい。
で、以前、「ものくさ太郎」のことを書いたさい、太郎がかなりなセクハラでもって好きな娘に接したかを紹介したけど、なんだか御両者、同じようなアンバイでこと女性に関しては強欲を発動しちまったようなのだ…。
地位も名誉も、まして身長すらない男にとって、ふるまえる最良は、娘へのその奸計以外… なかったのであろう。


けども、やはり、これはレッドカードでしょう。
はるか室町の時代の事とはいえ… これは他者の迷惑は考えに入っていない身勝手の最たるものだ。


が、一寸法師は鬼と対峙したさい、ただの一度も剣(針)を使わなかったのは、これは誉めてよい。
ボクが子供の頃に読んだものでは、剣でもって果敢に闘う姿が登場していたもんだけど、オリジナルは、剣は麦の穂の鞘におさまったまま一度も使われないんだ。
要は、彼は鬼の口から入り、眼から出るを繰り返し、鬼をして、
「嫌な感じだな〜」
の気分にさせ、武力を用いず、闘争に勝ったワケなのだ。
3センチの身長ゆえ出来たワザといえなくもないし、打ち出の小槌でもって1m68cmくらいな大きさになってしまっては、もはやそのワザは有り得ないのだけども、血を流すコトなく決着をつけた手腕は… やはり誉めていい。


原作オリジナルでは、この鬼との顛末を知った天皇が彼を雇用し、彼は姫との間に子供を3人つくり、子孫はのちのちまで反映したそうである。



彼のずるさは… その後、彼の中に温存していたろうか? それとも、それはただもう彼女(当時13歳)欲しさゆえの一度きりの苦肉策だったか…。
そこを考えると、ちょっと面白い。
しかしまた一方、「ものくさ太郎」ご同様、結末を読むと、彼一寸法師もまた、ただの普通の凡庸な男に成り下がったという感じは、拭えない。
特異性をなくした途端、ボクにはどうでもいい、立身出世で"成功した"人物になっちまうのだ。
もちろんこの評価は不当に違いない。
一寸法師にいつまでも一寸のままであって欲しいというワケでもあるから、いわば彼に「チャンスを掴むな」と云ってるに等しい。
きっとこの思いは… ボクが一寸法師にある種の嫉妬をおぼえているからであろう。
朦朧とかすんでいるけど、子供の頃ボクは、桃太郎や浦島太郎ではなく、一寸法師になりたかったよう… 思うんだ。
一寸法師が大きくなりたかったように、ボクは3センチ大の人物になりたかったようなのだ。その特異な、誰にも備わっていないサイズにこそ憧れたようなのだ。
無邪気なハナシだね。
当然、今は昔のお話。今はそんなサイズを望むべくもない。