いまさらコナン

先々週あたりから毎日2〜3話、『未来少年コナン』を観る。
実は今まで観たことがなかった… のだけど、昨日、エピローグまでたどり着いて大団円。
ぁあ、面白かった。
と云うか、頼もしかったな〜。
監督は、憎むよりは、いっそ相手のフトコロに入ろうと努めて訴える。
なるほどなァ… 『カリオストロ』も『ラピュタ』も『ナウシカ』も『もののけ姫』も『ハウル』も… 以後の宮崎駿作品は、本作の部分であり拡大であり解説なのだな… と確信した。
「共に生きよう」
が、もう1978年の時点で描かれていたワケだ。



第2話で、"おじい"の墓に、コナンが花を沿えるシーンが好い、ネ。
彼は花を折らず、土ごと、たむける。
植えるんだ。
ほぼ数秒のシーンだけど、宮崎作品の核となるポイントと思う。

その"おじい"と、後半登場の別人だけどコナンが"おじい"と慕う人物が、我が敬愛の人にソックリなのは、実に楽しかった。
顔といい、トボケ味といい、真摯味といい… 画面に登場するたび、
「ぁ、マ〜ちゃん」
つい破顔して、なぜか… わらび餅を思いだしてた。




国内の政治や経済の流れに、うんざりとガッカリとかなりの不安をおぼえる今日この頃だけど、眼を広角にしてみるに…。


2重国籍のテロに関係したと思われる人物からフランス国籍を剥奪するという憲法改正案に、同国のクリスチャーヌ・トビラ法相が反対をとなえて、スパッと辞任したのは1月の末頃だったけど、さすがだな〜、感嘆した。
政治的公平さ加減を政治家自身が判断するという愚挙に気づかぬ… 放送局に圧かけるどこかの権力志向大臣とは、ヒトアジフタアジ違う心意気をみせてくれた。



昨年2015年4月のパラオ島、ついで今年1月末のフィリピンでの、天皇と皇后の戦没者と犠牲者への供花(くげ)も、印象深かった。
わけてもパラオでの長い黙禱は、真摯な情に裏打たれた祈念があって、心うたれた。
けっして政治に口出せない不自由な立場ながらも、両陛下はおそらく、今の流れをイチバンに不安に感じている、トップランナーだろうと察した。



FBIの要請を受けて、テロ容疑者が残したiPhoneのロック機能を外すべく特別なソフトウェアの開発命令を出したニューヨーク連邦地裁に対して、アップルのティム・クックが、「従えない」と反撥の意志を鮮明にしたのも、さすがだ。
願われたのではなく命令されての、抵抗は容易でない。



意思を曲げず突っ張れる人や企業も、まだまだいる。
勇気の在処を考えさせられて… 励まされもする。


GWEGの2015年度末の統計によると、全世界規模で、前年より風力発電が17%も増して、とうとう原発のそれを抜き、電力供給のトップに登ったそうな。
当然の流れだろう。
かのフクシマがみせたのは、地球の流動するプレート上にいる生き物のあやうさなのだったし、そこを基点に組み立て直せば、薄氷の上での原発がいかに脆いもんかは… 自明なのだから。
意外や、中国の風力発電能力アップが著しい。現状では米国を抜いて先進トップにいる。
中国は、陰陽差が大きく、近頃は陰な部位がめだって、なにかと厄介に思うけども… 宮崎駿的に揺るぎなく、
「共に生きよう」
の心持ちは忘れまい。


なるほど、宮崎作品では登場キャラクターの98%は善良で、心底な悪人は2%くらいなもんか… という次第で孟子性善説的史観に近似するけど、「共に生きよう」は言葉を替えれば、
「信じよう」
でもあるワケだし、当然に、
「信じてもらう」
でもあろう。
そのためにどうするか… が肝要だ。
コナン君は、そこが面白い。
彼は努力などツユと意識しないんだからな。
彼の辞書に"努力"はなく、ごくナチュラルに"あたりまえ"のコトとして、声を出し、行動する。
さらに加えるなら、保身もない。
だからやがて、バラクーダ号の船長やらモンスリー嬢を氷解させるんだネ。
信ずるに価いする行動と言葉こそが、ポイントだ。
だから無論、コナンとは反対方向での盲信のあげくの行動という… 危ない面もある。



その諸刃を含めて、学校で歴史の年号をおぼえさせられるより、コナンに学ぶことの方が、よほど大きいや。
ごく個人的には、
「バカね〜」
誰かに、ことあるたびそう云われつつも、そのニュアンスが次第に変わってって、気づくとそこにLOVEを見るというメにあってみたいし、な。