Forever England

先日、Eちゃんから小包が届いた。
Eちゃんというのは、ボクの数少ない稀少なオンナ友達なのだけど、
「さて? 何じゃろな?」
開封してみるに、本が2冊入ってた。


うち、1冊がこれ。
英国はロンドン郊外ビーコンズフィールドにある屋外鉄道模型ディオラマの写真集。



ハードカバーで豪奢。
とても綺麗な装丁。
しかも、鉄道模型ディオラマを材にしつつ、鉄道も、全体も、ない。
あるのは、その大ディオラマの中の極小な人物模型たちのアップのみ。
その一点にのみ特化・集中した写真集。
この"眼"が素晴らしい。
それでしばし、眺めいって時を忘れた。



日本は"オタクの国"と称して久しいけども、はたしてそれは何か? はたしてそうか?
この写真集はその真相を突く良書である… と、ボクは眺めた。
説明・解説はいっさいなし。
小さな小さな人形たちの、そのアップ、その表情でのみ構成するという、こういう徹底は、日本のオタク文化ではまだ生じない。
そも、こういう本は産まれない。
説明・解説をしたがるのが… 日本のオタク系列の癖だ…。
しかし英国には、このような本がある…。
これは蒙を啓かさせられる。



こういうのを見つけ、ボクに送ってくれる人の繊細が、嬉しい。
ちなみに彼女は、まもなく誕生日だ。
おめでたい。
駆けつけ、祝いとして頬ッペにチュ〜♡したいけど、そうもいかない。
「そんな祝いは不要じゃ」
との声が雷鳴めく轟くのが眼にみえる。
けども、しかし、この本を見つけ、わざわざに贈ってくれた気持ちに、礼したい気分というのは実に濃厚ホッコリなポタージュみたいに濃ゅ〜いのだ。
なので、ま〜、その返礼として本文を書いている。


ビーコンズフィールドにあるこの大ディオラマは、日本人の観光ツアーでは組み込まれていないけど、英国人にとっては観光スポットの1つで、今も年間15万人くらいが訪れる。
作られたのは1927年。昭和2年だ。
会計士でとても裕福だったらしきロナルド・コリンガムが自宅の庭に模型の線路を敷いた。
ロナルドの屋敷は広く、池もあればテニスコートもある。
週末ともなればハイソサエティーの紳士淑女が集ってパーティが催される。
そのパーティの余興として、彼は庭にミニチュア線路を敷いたようだ。
けども余興で終わらなかった…。



元よりナマリとスズのミニチュアやら鉄道模型が盛ん、いわばホビー大国としての当時の英国なのだから、余興は持続し、さらに加熱した。(ちなみにプラモデルというのも英国発祥だ)
界隈に住まう模型少年たちや模型大人たちが、庭の鉄路の拡張に協力しだした。
線路の横に家が建ち、フィギュアが作られて置かれ、池に島が造られ、そこにまで鉄路が延びてった。
こうして数年後には、「ビーコンズフィールド鉄道」は大掛かりな屋外大ディオラマになってった…。



これが日本なら… おそらく10数年も経てば、オーナーも飽きるだろうし、誰も見向きしない一時の熱狂と片付けられるハズなのだけど、英国のこれはロナルドが亡くなった後もその奥方が、夫の残したものとして大事に守った。
なんせ屋外なのだから、風雨に刻々さらされ、数年でボロボロに劣化するハズなんだけど、この奥方が、そして近隣の模型大人たちが、管理の手を弛めない。


結果、1992年になって、20世紀初頭における英国の人のカタチを示す貴重な模型であるというコトになって、"文化財"の指定を受けることになった。
日本だと… そうはならんでしょう。
ホビーの根の深さと太さが尋常でなく、ホビーもまた文化として確固たるものという点で、オタク文化なんて〜いう表層のざわつきは稚拙な幼年期のものでしかない… と、そう思わせられもする。


この大ディオラマの全体を知りたいなら、youtubeに素晴らしい動画がある。
鉄道模型にカメラを組み込んで、模型の視点で庭園を眺めることが出来る。
庭で植物なりを育てたことがある方なら、このディオラマの管理が如何に大変であるかを想像も出来る。



ともあれ、良い本を贈ってもらえた。
精緻精妙が模型の髄じゃ〜ない。模型で何を見せようとするか… このポイントを久方に再認識させられた。
感謝感激。



池のほとりで隠れてタバコに点火する少年のミニチュア。
ボクはデヴイッド・ボウイと名付けた。