ありがとう ザ・ピーナッツ


この数ヶ月は親近をおぼえる方々が連続で亡くなって、何やら、嗚呼無情な空白が拡がってくばかりで、どうにも嬉しくない。
劇作家の松本雄吉さんが亡くなってガッチョ〜ンと衝撃を受けてまだヒトツキと経たない内、永六輔さんにザ・ピーナッツ伊藤ユミさん。


ちょうど選挙と重なり… その結果ともあいまって、ことごとく何事か、ベチャっといえば、1つの時代が去っていきつつあるという感があって、いささか茫漠とさせられた。


先の講演で、明治の岡山のハナシをするさい、実は… ザ・ピーナッツに触れようと当初は描いていた。
映画『モスラ』のことをオハナシして、モスラと絹糸の関係についてを紐解こうと企てて相棒とセッションを重ねた末、いささか繁華になるし、それはそれで美味しい内容だから… 別機会にしようというコトにあいなって、だから、ざ・ピーナッツは講演時登場しなかった。
なので、いまさらだけど悔やまれる。


1961年の『モスラ』の原作は、東宝から依頼を受けた当時気鋭の文学作家3人が書き上げた。
福永武彦堀田善衛中村真一郎
とんでもない大作家たち…。





すでに3人は、この新しい怪獣映画にはザ・ピーナッツというデビューしたての女性デュオが起用されることも知っている。
というか、それを前提での原作作りだ。
この原作は映画公開の数ヶ月前、1961年の「別冊週間朝日」1月号に掲載された。
タイトルは『発光妖精とモスラ』。


今も一般的には、モスラのモスは蛾(moth)から採ったのだろうが通説だけど、ボクはそうでないと思ってる。
3人が共同執筆するホンの少し前、1960年の4月に民俗学者宮本常一が「芸術新潮」5月号に『残酷な芸術』を掲載しているのだけど、これは東北地方に祀られている小さな神さまのことを研究した一文だった。
それは、蚕(かいこ)の神さまで、概ね、社はもたず、家庭内に祀られていて、名を「オシラ」という。
白い神。
そして、オシラサマは女性で双神、二対で一組の神さまなのだった。


3人の作家のうち、誰かが宮本の論文を読んだ可能性は、高い。


オシラ → モスラ
双神  → ザ・ピーナッツ
蚕   → 女性の労働の象徴(絹糸の紡ぎだし)
戦前の日本の主産業 → 絹糸の輸出
戦後の状況     → 米国のナイロン開発で絹糸輸出壊滅
米国支配の日本   → 劇中ではネルソンという興行師に振り回される
被爆(核)     → インファント島(に象徴させた日本)
諸々が数珠のように連動してる…。


かの映画でモスラは東京タワーに繭を作るけども、3人の原作では、実は国会議事堂なのだった。
3人が原作に挑む数ヶ月前、安保法改訂に反対する数万の人が議事堂を囲み、やがてその中、カンバミチコさんが命を落とす…。このコトは前にも書いたと思う。


女性の働き・国家というもの・戦争(核)の恐怖・対等でない現実(60年代はまだ羽田空港などには日本の警察と共に米国MPがいて、同国人はほぼフリーパスで入出国できるという理不尽)などなどなど…。
子供向け怪獣映画の原作に、堀田善衛たち3人は、宮本常一の論文をヒントに、以上を糸のように搦めていったのではないか?
モスラの綴りまで指定した。
MOTHRA。
マザーをイメージさせる仕掛けであって、蛾(moth)ではない。
むろん、成長したモスラの羽根の美しさは、まさに絹糸のそれであろうし…、3人がこっそり画策したのは女性への讃歌であり、また同時に当時の米国に隷属する日本社会への批判であったのだろうとボクは思って久しい。
さすがに東宝も、国会議事堂はヤバイと感じ取って、ご承知の東京タワーのシーンにと変更されるんだけどね。


ま〜、そういうハナシを搦めて明治の絹糸のコトを話そうと企てていたワケなのだが、この詳細はまた講演とかでトークするとして… ともあれ、その『モスラ』のザ・ピーナッツが亡くなってしまい、ボクはただ合掌あるのみ。
すでに天国にいるエミさんが、妹を迎え、
「おまえもこっちに来たか」
と、再会しているだろうと思いつつ、昨夜、ヘッドフォーンで久々に彼女らの歌声を聴いた。
この姉妹が素敵なのは、まだまだ若かったであろう1975年にきっぱりと引退し、以後は歌手をやめちゃったこと。
容易に出来るこっちゃ〜ない。