9月1日のバター


9月になった。
もう蝉の声がない。
真夜中の庭では鈴虫が鳴き、東南の夜空にはオリオンが出てる。
9月1日はいつもきまって、もの寂しい感と区切りめいた悦ばしいような感とが巧妙に重なって、上昇と下降を同時に味わうような気がしていけない。
「ひと夏の想い出」なんて〜いうけれど、エンディングとビギニングが交錯するセンチメンタルが9月1日に集約されるような気がしないでもない。


しかしまた一方で、そのような詩情はおいて、9月ともなれば、
「バターが扱いやすくなるなぁ〜」
希望と期待が白黄色に色づきもするのだ、個人的には。


ウチのキッチンは、構造上クーラーの冷風も届かず、ウチの中でイチバンに暑い…。
なのでバターは常に冷蔵庫にあって、使用時に取り出すワケだけども、これが硬いのなんの。
包丁で使用分を切り出すという、ていたらく。バターナイフなんて〜のは、ママゴトにも使えない。
そのたんびに使った包丁を洗わなきゃ〜いけないし、ったく、オシャレでないし、そも横着者でもあるんで…、使うちょっと前に冷蔵庫から出せばいいだけとは云うけど、それだけのダンドリも面倒。
切り分けて置くと直きに風味が落ちるし…。
そんなんだからツイツイ、バターを塗った食パンを食べたいけんど〜、面倒なんでカップ麺でいいや…、みたいな容易の鎌首が屹立する。扱い容易なマーガリでイイや〜、みたいな浮気心も火照る。



※ かつてMOMOちゃんが贈ってくれたノルウェイ産陶器のバターケース。なんだか知らぬうち愛用の逸品…。夏場は冷蔵庫の中にいて外気に触れさすやたちまち白い肌全体に薄っすら汗をかく。


一方、聞くところによれば近頃、欧州ではバターの価格高騰、かつ品不足が深刻化してるとか…。
どれくらい深刻かというと、「真の脅威」という一語が明滅するくらいだそう。


かつて90年代頃、心疾患や死亡リスク上昇の元凶にバターは位置づけられてたけど、近年、医学知識が更新されて、実際はさほどじゃ〜ないというコトになっちゃった。むしろマーガリンこそが危ない…、というように変化したんだから、ま〜、ええ加減なもんだねぇ。
欧州ではそれでバター需要が増加。
2010年では1人あたり消費が3.58Kgだったのが、2015年には3.81Kgに増加とのこと。(ま〜、そうでなくともたっぷり摂取してるワケだけど)
加えて近年、中国での消費が強烈に伸び、欧州(EU)とニュージーランドでのバター生産の40パーセント近くをかっさらってく、らしい。

EU加盟の欧州諸国の乳製品、その販売先の大口客はロシアだった。
けども2014年の、同国のクリミア半島の強制併合をめぐって、制裁報復として欧州は同国への食品移送を禁じたから、途端、多くの酪農家が打撃を受けた。
たとえば英国では大規模酪農家が1000以上、それで廃業に追い込まれた。
しかしその少し後に、今度は中国でのベラボ〜な量でのバター消費ブームだ…。
生産しようにも酪農家が減少してタチウチ出来ない。


で、先に記した通り、欧州でもまたバター需要が高まった。
それで、不足の上に不足が重なって値段があがる。
そうすると、それをいっぱい使う、たとえばクロワッサンとかタルトとかの原材料費が高騰し、結果、クロワッサンも値上がる。
さっぱりヨロシクない…、ということのようなのだ。

最初に書いたけど、欧州での消費は1人あたり3.81Kg。
日本でイチバン流通してるのは200gのパッケージと思うけど、それで換算するとヨーロッパじゃ、お1人サマ年間でそれを19ケ消費する、というコトだ。
ワオッ!
家族単位じゃないよ、お1人サマでこれだよ。
というコトは4人家族なら、76ケだ…。
ウホッ!

ボクの場合は…、雪印だか、よつ葉だか、出来ますれば廉価な時に1ケ買って、チビチビちょびっとづつ使って、それで3ヶ月くらいはコト足りるというアンバイ。
ものすご〜く貧乏な感じがしないではないが、そんなんだから年間消費量は200g入りで4ケ…、あるかないか程度。
たった800g。あるいはそれ以下。
ヨーロピアンな方々にくらべ、実に5分の1。
羞ずかしいようなアンバイ。
いや、そもそも恥をおぼえるようなコトではないけども、しか〜し、その消費量の差には、衝撃をおぼえるワケだ。
「あんたら…、そんなにバター使ってるんかァ」
実に素朴にビックリ。
密かに羨望もしているワケながら、加えて、チーズの消費量もまったく違うだろうし…、パリでメトロに乗ったらイチバンに匂ってくる乳っぽいのは、そういう事情ゆえだね。


ま〜、逆に、これはピーター・バラカンが書いてたけど、はじめて日本にやってきて山手線に乗ったさい、車内に立ち籠めた異臭に当惑したらしいよ。
お味噌の匂い…、らしい。
彼がやって来た70年代と今とじゃ、おそらく味噌の消費量は落ちてるとは思うけど、ま〜それでも、ボクらの体臭のかなりのパーセンテージは味噌で構成されているのは、今も同じだろうね。
まちがいなく欧州の方々よりはるかにイッパイたくさん、ボクらはお味噌を使ってる。
これはしかし…、誇っていい。
ただ、何に対して誇るの? という命題もありますがぁ…、フランス人がバターで構成されてるなら、
「わたしらぁ〜は味噌構成だぁ〜い」
ここは自信を持って堂々としていたい、な。モジモジしちゃ〜いけない。
しかも、そのお味噌汁にバターを浮かせると、美味いの何の…。
多くのフランス人もベルギー人もデンマークの人も…、この味噌とバターの旨味共演の豊潤を知らないままに死んでくんだからね、気の毒というか、お伝え申しあげたいというか、こっそり優越に胸はってるというか…。
ま〜ま〜、そんな思いも浮上する9月の1日。
包丁でなくバターナイフが使えるシーズン、もうまもなく。


※ もう…、20年越えて食べてないトラピスト。微妙にパッケージ・デザインが変わってるような気がする。

※ フランスはセィブルのグラスフェッド・バター。
日本での価格は250g×2で、3800円+α。無塩だけど、ぅ〜〜ん、このネダンゆえ生涯…
無縁だねぇ。