日の名残り

本にしろDVDにしろ、時に…、買ったことを忘れてるというのがあるでしょ。
日の名残り』が、そうだった。
かなり前、クリストファー・リーヴがなくなって(2004年没)、少し経ってから彼を思い、出演していた映画DVDを3本ばかし買ったのだったけど、その後どういうワケか、忘れてた。
うちの1本『光る眼』のリメークがあまりにひどかったので、どうもそれが気にいらず、他の2本が忌避の…、心理的な巻き添えになったのかもしれない。



が、ともあれ、棚の奥から出てきたDVD『日の名残り』を久しぶりに再見。
まったく実に良く出来ていて、あらためて、というか初めて、大いに感じいった。
ちょっとしたタイムマシン的効果も感じられて、いっそう感慨深くさせられた。10数年前のボクには…、この映画の良さが判らなかったワケだ。


だいたいボクは流行りモノに眼を背けるヘキがあるんで、今時の本屋さんでいうなら、カズオ・イシグロ作品の平積みと、
「これを読め〜」
な雰囲気がいけ好かない
なのでイシグロを避けてるワケでもあるけど、映画『日の名残り』はイシグロのノーヴエル受賞の10年以上前の作品ながら、この原作の良性な部分を実にうまく汲み取って昇華ケン消化した映画とおぼしい。
クリストファー・リーヴが落馬で半身不随となる1年前の作品。
原作と映画は別モノと理解しているつもりながら、この映画を眺めると、やはり原作たるがノーヴェルに価いする作品だったと、あらためて戦慄もした。


国史の1つのキーとなるエリザベス1世を、当時無名だったオーストラリアのケイト・ブランシェットに演じさせた『エリザベス』とその続編たる『エリザベス ゴールデン・エイジ』をインド人監督が見事に昇華させたと同様、『日の名残り』は米国人監督作品。イシグロのオリジナルを脚色したのはユダヤ人のルース・プラワー・ジャブヴァーラ女史(2013年没)。イシグロ同様、英国のブッカー賞を頂戴のいわば物書きの名手だけど、そのイシグロを含め、いわば生粋な英国人以外の方々が造り上げた映画なワケで、そこがとても興味深い。
当然に主役のアンソニ−・ホプキンズとエマ・トンプソンが圧巻。



クリストファー・リーヴは、ナチス政策に加担ぎみの当時の英国貴族階級者への抵抗勢力としての米国人政治家として登場するけど、この映画でのリーヴはアンソニー達主役ともども、存在ピカピカ。



かの『スーパーマン』シリーズの彼、『ある日どこかで』の彼、もまた超絶に素晴らしくあったけど、『日の名残り』での彼もまた、その長身とあいまって、とにかく存在が際立つ。
『スーパーマン』シリーズもそうだったけど、このヒトは、細やかな演技が実にうまくって、大男にありがちなダイコンっぽい気配が微塵とない。おでんがごとく煮てよし、べったら漬けがごとく漬けてよしで、風味の歩幅こそがデッカイ。



なので余計、彼の落馬とその後の活きようとする意志とは裏腹な不運が痛ましい。
彼を献身的に支え続けたワイフのダナが、リーヴの死去後7ヶ月で肺癌を発症し、アッという間に亡くなったのも…、痛ましい。お子さんがまだ10歳頃だったと思う。



車椅子のリーヴと家族と親友だったロビン・ウィリアムズ。(彼も4年前に自死してしまった…)


そんな事実を搦める気は毛頭ないにしろ…、大掛かりなうねりとしての歴史と、そこを生きる個々人。いわば長大と短小の狭間、さらには階級社会の構造。貴族階級に徹底的に沿うカタチでの執事という存在とその誇り…、などなどなど、この映画の見所たるや色彩の3元素をまのあたりにするようで2度も3度もみてやっと、おぼろにコトの本質が垣間見えるような気がするというような、そこいらの映画数10本を束ねたってまだこの1本が勝つような深みがあるとも思えて、つい…、1筆したくなった。
色の3要素を重ねることでホワイトが生じる…、その不思議を垣間見るようなところも、ある。云うまでもなく、そのホワイトから反射光を除けばブラックになる…。
その表裏の狭間で揺れるヒトの心が、この映画の芯だろう。



身分。
誇り。
抑制。
解放。
成就しない恋心。
かみあわない心。
逆にまた…、解っていつつも云いだせない諸々。
個人レベルの世界。
よりグローバルな世界。
戦争と個人。
見識と見解。
愛と情。その交錯。
痛切な愛惜。
ひさびさ、映画に酔った…、といってもよい。さまざまな光の波長が乱舞し混ざりあい、時に混ざらないもどかしさに。


時間を置いて、いつかこっそり…、イシグロの原作を読んでもいいとも思う。
むろん、あのラストシーンでのバスの中からアンソニーに向けての、声として聞こえないエマの叫びのような"セリフ"が何だったんだろう…、というような解説としてイシグロを読みたいワケじゃない。そこは映画を観た自分の感触として"セリフ"を編まなきゃいけない。そのもどかしさもまた映画の醍醐味、でしょ。