食の光景2つ


1–––––––––––––––

かつて天正元年(445年前です)。信長は畿内で大きな勢力誇示の三好家を攻めた。
そこに坪内某という包丁人がいて、合戦のさなか、信長の家臣・菅谷某に捕まってしまった。
三好家の包丁上手だということを聞いた信長は、試しにと彼に料理を造らせたが、ひどく水っぽく、薄味で、まったく口にあわなかった。
それで信長はこの料理人は不要、処分を命じたが、家臣の市原某が、もう1度チャンスをあたえ、それでも口にあわないようなら切腹させましょうと、なだめた。
翌日にまた料理させてみると、今度の膳はすごく信長をよろこばせた。
大いに破顔した。
味を誉め、一命を助けたばかりか、俸禄(ほうろく)をあたえ、織田家の料理人の1人として召し抱えた。


信長没後、後年になって包丁人は『続老人物語』で、こう回顧した…。

「前日の塩梅(あんばい)は三好家の風なり。翌日の塩梅は第三番のものなり。三好家は長慶(ながよし)より五代、公方家の事をとり仕切り、政りをとり計らいぬれば、何事もいやしみ給う事、ことわりなり。翌日の風味は、野鄙(やひ)なる田舎風にて候えば、信長公の御心に入りたるなり」



要約したが、以上は森末義彰・菊池勇次郎共著の『食物史』に載っているエピソード。
この本は昭和25年頃に初版が出ていらい40年代前半まで版を重ねたり図版多数を入れた改訂版が出たりと賑やかだったけど、その後は文庫化もされずな残念なことになっている。
なので古書を求めるしかないけど値が崩れない所をみると、いまだ一定の需要アリと思える。事実、岡山大学図書館もこれを処分せずながく蔵書としている。
下の図でのお膳立では、初めてこれを見たザビエルが、
「各人個々に、はなはだ清潔なる小さな机を幾つも用いて…」
と「耶蘇会日本通信」に驚嘆した旨を記すとか、他書では見られない記述が豊富。
大テーブルに一同座ってムシャムシャでない、武士の佇まいの精錬と様式にザビエルがビックリした様子もうかがい知れる。



※ 室町時代武家の膳立て。
右側の平(ひら)は、煮物用の平らな蓋付き器。坪は、煮物用の深めの蓋付き椀。
猪口(ちょく)は酢の物や和え物を盛る。台引は、羊羹や伊達巻など甘いもの用。



※ 同時代に描かれた包丁刀と真魚箸(まなばし)を使って鯉をさばく庖丁人の図。調理の腕前を披露する解体ショーはこの時期にはじまっているようだ。


ともあれ、天下人となった信長の舌を、この坪内某コック氏は侮蔑を巧妙に混ぜて語って、オモシロイ。
信長は揚々炯々活き活きと生きた人だったろうが、坪内さんもなかなかのもんだ。
けども、その味覚指向の部分では、
「確かに!」
と、ボクは納得はしない。
京都的薄味はんなりを最上と思ったことはない。信長同様にモノ足りない。
季節のそれとは了解するけど、
「やはりお魚はハモよのぅ〜」
とはチッとも思わない。
が、だからといって、鯖こそイチバンとも広言はしない。
しないけど、田舎者の舌であるのを恥たりもしない。



『食物史』を読んで感じいったのは、今でこそ平たくなっちまったけど、かつては地域チイキでの味覚、時代の流れの中での味覚、が活き活きとしていた…、という事実だろうか。
物流システムはあんがい早くから整いつつだけど、保冷車があるワケでなく鮮度高きのまま運べないんだから当然だし、それが地域性を濃く反映した必然な食をもたらした。
宣教師が頻繁にやって来て各地の大名が洗礼名を名のった頃はその地域においては牛肉もケッコウ消費されだして、食文化も変革されつつあった…。
それが徳川政権のキリシタン弾圧で一転、火が消されるように廃れてった。ちょうど今の子供がクジラ肉に興味を示さないのと同様に、牛肉の味わいは忘れられてった…。


信長の基点となる岐阜界隈の食生活を知らないけど、我がコトとしては県北の山間地・津山での食と、引っ越してきたこの県南とじゃ、少なくとも昭和40年代頃はえらく違ってた。
シャコというのを初めて知り、それがバケツいっぱい買っても数百円の廉価にも驚いたし、不気味な形におののいて、当初は食べられもしなかった…。


たぶん、もっともハイライト、スポットを浴びるべく違いは、お正月の雑煮だろう。
個々人に尋ねると、きまって、
「ウチは普通です」
そういう答えが返ってくる。
が、実態を聴くや、
アッと驚くタメゴロウ
何じゃソレ? な雑煮が多い。
地域、お家…、などな諸事情がそこに見事に反映しているんだぞ。
このことを示唆してくれたのは某BARのママちゃまだ。
彼女はいっとき、けっこう丹念にその情報を収集していたもんだモンダのモンドセレクション
『お雑煮 その多彩な味覚風土』
とか、
『岡山の雑煮 味覚風土記
てなタイトルで1冊の本に出来るはず…。
今は雑煮を扱う本も複数あるようだけど、でも、レシピ集ではつまらならないんだ。



※ 子供時代のボクが津山で食べていたお雑煮はクジラ本皮が入って、濃厚な脂っぽさでありました。(父方の実家からの伝来で母はこれをホントは嫌ってた… ようだけど)


お雑煮とは、幼少時から毎年繰り返し味わうその家特有なものゆえ、
「旨そうだからウチでもやっか」
とは、ならないモノなのだぞ。
ま〜、そこが問題。ネが深い。
皆さん、ネが深いとは思ってなかろ〜けど、容易に変えられるもんじゃない、元旦イチバン最初の食事というのは。
雑煮お椀の背景に隠し味としての固有のヒストリーがあるんだね。またその味に親しんだがゆえの人間形成という大きな影響パワーもある。
我がマザ〜がイヤイヤ造ってた脂こってりな雑煮も、子はそんなこた〜関係なく大いに親しんで…、これぞ雑煮!と思い決めたように。(県北からこちらに越してきたさい、この風習は絶えちゃったけど)



※ 長興寺所蔵の掛け軸(部分)


信長の舌を侮蔑したコックさんは、しかし彼に仕えた間は、信長の舌に沿って調理味付けをしたワケで…、ま〜、いわば彼は自身の生い立ち的嗜好を殺して振る舞っていたというコトになるけど、それをチャンとやってたというコトは彼はプロフェッショナルな一流コックであったとはいえる。
また、そこを見抜いてコックに起用した信長の先見も一流だ。
もしも信長が長期政権を維持して影響力を発揮したなら、京都の公家たちも右にならえ…、京風の味覚は転換を余儀なくされたはず。信長好みの濃味へと、新たな京風が醸されたかもしれない。いや、きっとそうだろう。信長の気風気性とその強圧を思えば、頑固な京都人をして忖度してった…、はず。
そうとなれば今頃の京都の料理番組なんぞじゃ、
「この濃ゆさ! う〜ん、さすが京都ゥ、日本文化はやれ恐ゥト〜」
てなコトになってたろう。



※ 室町時代の絵巻に描かれた一人で食事する武士之図。ここでは省いたけど彼の前には3人の女性が控え給仕世話をしてる。ザビエルが驚嘆した小さな机(お膳)は、今もボクらには普通なもんだけど、少なくとも当時の西洋人にはビックリなオシャレでクールなものだったろう。その一点で彼はタジタジしちゃったに違いない。


2–––––––––––––––

近頃ここ半年ほど、夕飯時には、iPadAmazon Primeをひらき、松重豊の『孤独のグルメ』を流し観つつ食事するのを常套とする。
ポークカレーにパイナップルをのっけたのををいただきつつ、五郎ちゃんが中華鉄板焼きなんぞをいただくのを、眺めつつ。
既に第1シーズンから第6までほぼ全話を観ているけど、毎夜ランダムに1話か2話をリピートする。



何を見てるかといえば、五郎ちゃんが食事している背景で食べている方々。
たぶんこの方々は、ロケ地界隈で徴収されたエキストラ、地方演劇とかの方々であろう。時にセリフのある方も。
「ごちそうさま」
とか、
「幾らですか」
とか…。
で、この方々が食事するのを見るに、正直…、ずいぶんムラがある。
うまく演じてる人と、演技がモロに判る人が、ほぼ毎回数名はいる。
そこを見さだめ、
「あ、こいつ…、ヘタな芝居してやんのっ」
見つけては悪態つくのが、愉しいのだっちゃ。
1口食べるごとに首を頷かせるヤカラとか、鍋に何度もハシをいれちゃ〜相方と話し込んでるベタな芝居で、けっきょく1度もオマエさん口に運んでないじゃんかな…、若いネ〜サンとか。
逆に、時に、まったくモクモクと喰ってるのもいて、それはゼッタイ的に主役の松重演じる五郎ちゃんを邪魔しない。背景に溶け込んで実に自然だ。だから…、これは妙なことだけど観てるこっちは彼(彼女)を意識しない。
そういう、意識せず眺められる人物を見つけると、がぜん、こちらの食事も美味しくなる。



我がコトとして考えてごらんよ、ヒトハシごとに美味いと首ふったり頷いたりするかい? 摘んだゴハンをまた茶碗に戻すかい?
ま〜、そこのウマヘタを見極めるのが、いま…、愉しいのだね、我が夕飯は。
むろん、その悪態は侮蔑ではござんせんよ。もっと精進して良い役者にね〜、っとエールをおくってるワケだ。
カメラを前に食事し続けるのはアンガイ難しいというか、かなり難易度が高い。その1点で松重豊は旨いね、まったく。
でもマチガイなく、その背後でゴハン食べてる役者さんはその技量が問われるの。
五郎ちゃんの音を同時録音しているワケだから、お味噌汁すすりあげる音を拾うには背景に音がないのが望ましい。なので、時に声を出さずに、でも喋ってるように見せるクチパクもある…。それはメッポウ難しいハズ。
だからある意味、主役以上の演技力が望まれる…。



ご存知、名作の誉れ高きな『ショーシャンクの空に』は刑務所内の話で、頻繁に受刑者の食事シーンが描かれてるけど、主役背後の受刑者は皆さん、実に上手。けっして目立たず、けどもキッチリ場に溶けて食事していらっしゃる。役者の層が圧倒的に厚いな〜とつくづく実感させられる。
というワケなんで、毎夜マイヨ〜、画面注視しつつ晩ゴハン食べてるワタクシ的コドクなグルメ〜。
ご・ち・そ・う・さ・ま・で・し・た



※ テレビ東京はこんなフィギュア売ってたのね…。ワックスまたなべ製か、フム。マックスわたなべが正しいか…。

※ フンっ。ま〜いいや。うちではジョブスのフィギュアがリンゴを手にしてら。ちなみにグルメというコトバは…、まったく好きでない。


余談:え〜、ポークカレーの辛口を作ったバヤイ、パイナップルを後乗せすると、ずいぶんに美味しくなりますし、さらにほんの少しお醤油をたらしますと、も〜ねッ、ここはパリじゃないと実感シミジミのミシュランもんで、それにお味噌汁を添えると、卵スープやオニオンスープがカッタルクなります。
ま〜、この食事、味覚を修羅物として思えば、『味修羅吽』と書いた方がいいかもですが。