たま大明神

 桑田町の岡山シティホテルでランチ。

 スポーツだかの親善でやってきて同ホテルに宿泊してるのか、背にCHINAのロゴが入った揃いユニホーム10数名の小学生らの食事時間と重なり、その行儀の悪さに辟易しつつ、セッセと皿換え品変え、食べに食べる。

 バイキング形式の食事はどうしてだか、そ~なっちゃう。岡山木村屋が経営参加しているからパン類豊富。でもパンは食べずにやたら、おかずをすくって平らげる。

 満腹。

 

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 おなかごなしにと柳川方面へとヨタヨタ10数分歩き、交差点かどに新たに出来たビルの4階へのぼる。

 そこに和歌山のたま神社から分祀の、”たま大明神”がある。

 昨年の10月末頃に出来上がり、今年2月末頃から誰でも参拝できるようオープンにされた。

 初めて詣でる。

 真新しいノボリが風にハタハタ。

 

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 神社という形態は八百万ヤオヨロズの神を含有するくらいだから、容器として許容幅がひろい。厳格な宗教概念を振り廻さずとも、一定の”規格”を持てば、お社が建つ。そこをテコにすれば、語弊がある云い方だけど、遠回しながら商業的な利用も出来る。

 かつて明治の時代に建立された甚九郎稲荷もその流れにのって建立されたものだったワケだし、神さんを方便にしつつ、「集える場所」の提供であり、「ここから何か始める」の場でもあって、曖昧だけど、これは悪くはない。

 むしろ、その曖昧部分に新造神社の醍醐味があると思えば、た・の・し・め・る。

 ビルの4階テラス部分に配置されたというのもイマドキ風。路面電車が見下ろせる。と云うか、路面電車が見える位置でないとこの神社は機能しないハズ。

 

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           たま神社(たま大明神)からの眺め

 これを造った両備グループの小嶋社長は、

「柳川交差点は交通の要所。和歌山で電車の安全運行を見守っている『たま』を分霊し、岡山の交通安全にも御利益をもたらしてもらおうと企画した」

 といい、

「ネコ好きをはじめ、それ以外のペット愛好家の方もどんどん参拝してほしい。イベントへの活用も考えたい」産経新聞2018.10.13記事)

 ともいってるから、手法としては甚九郎稲荷と同じだ。

 甚九郎稲荷は佐久間甚九郎という架空人物を創案し、その物語を編み込むことで神社としての梁を硬くし、たま神社(たま大明神)は猫のたまちゃんを大明神にもちあげることでストーリーの第1章を幕開けた。

 

 甚九郎稲荷は、岡山城内堀の埋め立て工事がはじまった頃、北之橋(通称・甚九郎橋)のそばにあった祠が撤去されるというコトで、それを同町上之町の光藤亀吉たち若い衆がエッチラホッチラと移転させて小規模な神社として設置したのがスタートだ。

 埋め立て工事は明治14年に開始され数年の期間を要したから、移設建立もおそらくその頃だったろう。現在の同社前の道向かい、入口からみてやや右側あたりに、かつては地域の用場(集会場所)があり、稲荷はその一画に設けられ、火除けの神さん、というフレーズがつけられた。今の串揚げの「山留」の手前の駐車場あたりかな……、この駐車場も来年頃にはマンションに姿を変えるみたいだけど。

 

 明治25年、稲荷のそばに亜公園が出来ると、人は集って同園にたむろった。

 前年の3月に開通した山陽鐡道岡山駅のホームからも、この大娯楽施設たる亜公園中央の集成閣(7階建て)はよく見えた。

 なんせ娯楽施設なのだから、ディズニーランドと同様だ。明治の岡山でも灯りに群れ舞うように人は亜公園に吸い寄せられ、生まれて初めて味わう7階建ての高みに足をすくませたし、入場料というカタチも初めて味わって、

「何で? 何も買っとらんのに……」

 ちょっと意味が判らなかったりした。

 だから、すぐそばながら、亜公園に較べて甚九郎稲荷はさほど脚光を浴びなかった。

 

 亜公園には豪奢な天満宮もあり、これは岡山神社内の天満宮に向かって礼するようなカタチで設置されている。拝殿の横には巨大な「硯り岩」がたっていて、お習字の上達など願うというカタチになっているのは、天満宮とはすなわち学問の神たる菅原道真を祀ってあるからだし、亜公園が建った天神山ははるか昔に太宰府に流される道真が休憩した場所との伝承があって、かつては祠もあった。その祠は江戸時代に岡山神社に移動され、それが同社北側にある天満宮だ。

 だから亜公園と岡山神社はその2つの天満宮でもって結ばれ、共振していたワケだ。

 

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     亜公園内の天満宮 復元模型  神殿は岡山神社に正面が向く配置で建てられた

 13年後の明治38年、亜公園を岡山県が買収。その跡地に岡山警察署、図書館、県会議事堂を造ることになる。

(亜公園は5年で閉園したと書いてる本があったりするが、確かに5年めの時に経営者片山儀太郎を直撃する大きな事件があったものの、閉園時期の記述は、これは昭和の半ば、郷土史家の岡長平の記憶違いが1人歩きしたものだから信用してはいけない)

 最初に着工されたのが岡山警察署で、場所は天満宮のある位置。それで天満宮の処遇が問題になった。神を祀ってるんだからおろそかに出来ない。それで甚九郎稲荷と合祀することにした。

 たまさか、亜公園すぐそばに県所有の土地がある。そこを上之町に無償で貸出すカタチにし、甚九郎稲荷を移動、併せて亜公園内天満宮もそこに移動させ、合体した。

 本殿や拝殿は天満宮のものを移築。鳥居にあたる門柱も天満宮から運んだ。

 元の甚九郎稲荷からは不思議な形の手水鉢や備前焼の獅子が運ばれた。

(この狛犬に関してはまだ不明点が多いけど、筆者は亜公園由来のものではなく初期甚九郎稲荷のコマイヌだと考える)

 当時の格付けは「無格社」であるから宮司は在住しない。岡山神社がそれを代行して今に至る。こうして現在の場所に、現在の配置でもって、甚九郎稲荷は第2期のカタチをスタートさせた。

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            この拝殿や本殿を甚九郎稲荷と合祀させた

 亜公園をなくした上之町や天神町では、なんせ商店が大半だから、町の活性を呼ぶ起爆剤が欲しい。となれば、中心となる施設は甚九郎稲荷をもって他にない。

 そこで皆さん知恵を出し合った。

 祭を創成することにした。

 今に続く7月の祭だ。

 そのために、1つのストーリーが編まれる。

 中村兵衛という作家に『史跡甚九郎稲荷』という小説を書いてもらい、新聞に連載後(中国日報に連載)、大正3年、大坂の出版社から本として刊行。県外者にも興味をひかせた。

 

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 伝承的ストーリーでもって稲荷の来歴を組み立て、稲荷の起源を示しみせた後で、さ~、祭だ。

 境内で行われる類例のない空くじなしの福引。各商店の店先の飾りつけ(ダシ)の数々……。町内あげての総力戦たるイベント創成だった。

 これが大ヒットとなる。

 訪ねみれば、稲荷境内だけでなく、上之町のほぼ全商店が何らかのカタチで店内を飾りつけ、ここぞとばかりにそれを見せてくれるんだから、存分に楽しめるワケだ。しかも稲荷でクジを引けば必ず何かを貰えるんだからお得でお徳、美味しさ2重のイタレリ尽くせりだ。

 年数が経つ内、話題が拡散、評判が評判を呼んで、今からは想像もつかないけど、どえらい規模の祭事になって県外からも人が寄せるほどだった……。

 天満屋デパートが表町に出来て人の流れが変わるに連れ、その勢いは次第に薄れるのだけど、少なくとも大正から昭和初期にかけての甚九郎稲荷は、界隈の活気のコアとなる場所なのだった。

 成功の秘訣は、小説『史跡甚九郎稲荷』が、背中に貼ったホッカイロの温もりみたいに影でジンワリ効いたからとも思える。いわば小説が情報戦略の先導者として踊ってくれたわけだ。

 

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      2017年7月25日撮影:甚九郎稲荷のお祭り 現在の家屋は戦後のもの

 ま~、そういうヒストリーを思えば、こたびの「たま大明神」も柳川周辺の躍動の1つの波動として、この先、おもしろいカタチの波を見せてくれるような感がなくもないし、タマちゃん嫌いじゃ~ないんで……、亡くなって久しいけど、大明神としてのポジションでもって大いにニャ~ニャ~してもらいたいな……、ともボクは念じるのだった。

 明治の時代と違い、祭の創成などしなくとも、たま大明神を設置したというニュースそのものだけでも両備グループにはご利益ありでしょうし。

 

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 案内看板はまだ何もない。1階のスーパー横手のビルの自動ドアを入ってエレベーターで4階にあがれば、現状は神社空間を独占出来る閑散っぷり。ま~、それもまた良し。

 しかし思うに、これをビル4階に設けた両備グループはある種の責任を担うことになる。タマちゃんを神さんにしちゃって岡山に運んで来た以上、この神さんの居場所をもはやおろそかには出来ないワケで……、むろん、そこの覚悟あってのコトだとは思うけど、またそれゆえ、何だか密かに応援したい次第でもあって、週末のみ営業のタマちゃんグッズの販売などあれば……、より面白かろうとも期待を持って眺めてる。

 ビル1階のスーパーに、すでにその萌芽があって……、『猫珈』という、ネコ図柄のかわいいパッケージの、カフェイン分がないコーヒーを売ってたりする。

 

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           現状、境内で”買える”唯一の販売物