だいたい、たいがい、おおむね、この世の中、自分が思った通りにゃコトが進まない。
中にはカッカッと大笑いな快勝楽勝快進撃もあるけれど、「やったぁ!」と「あじゃぱ~」の分量を天秤にかけると、「あじゃぱ~」が多い。
5日前に記した「コメットを室内へ」もそうさ。
1 庭池の水漏れを治そうとしてセメント塗り塗り
結果 - まだ漏れてまする……。思ってた場所と違う所に穴ありか?
2 イジメたコメットといじめられたコメットを1つ水槽に入れ、どうせまたヒドイことになろうかと、水槽内を二分する仕切り板みたいなのを密かに手作りしていたものの……
結果 - 過去のイジメ・イジメられはなかったように仲良く混泳してごじゃる
2の場合は、結果オ~ライでいえば申し分ないコトなんじゃあろうし、仲よきことは良きことかなハッハッハ~、でハッピー安堵したけど、むしろ拍子抜けたというか、セパレーターを準備するなどしたこちらの気構えが、なにやら空中消失させられたみたいな、不満に近い、妙な心持ちになるんだった。
1の場合は、パンクした自転車のタイヤ・チューブをお水につけて、プクプクが生じた箇所をばヤッツケりゃ済むというワケでない。穴空き箇所が特定できないんだから、これは気分よくない……、思った通りにコトが進んでないワケなんで。
ま~、そこをポジティブに考え、少なくとも、穴空き候補の1つは埋めたワケだから~、また後日に別穴をば探しゃ~イイやん、どうせ来年春までは池に魚はいないんだからヨ~。気分を転換するっきゃ~ない。
しかしまた同時に、そうやって気分換えしなきゃ~イカンところが、いかん。
気分換えにもそれなりのエネルギーというかカロリーというかが、消費されるわけで。
わずらわしい、ねぇ~。
ぁあ、でも、そのわずらわしい気分やらが堆積してニンゲンの骨格を造ってるんだろうし、やはり明るい方向に向いてソレを思えば、こういうのを含めて「人生は愉しきかな」なんて一語で括った方が結果は得じゃろね。ヘッ。
で、今ヒョイっと、流れ星の煌めきみたいに1つ、思いが飛んでったんで書いておくけど、庭池を構成してる石というか岩のどれかが……、実は劣化してる可能性もナイことはないんじゃなかろうか。
うちの庭池は拾ってきたり貰ったものやらで寄せ集めた石で構成しただけの代物だ。どれが砂岩だか花崗岩だかよく判じないけども、その内のどれかが骨密度が低くなった老人みたいに、もろくなってるんじゃなかろうか?
それが水を吸うというか、水を逃がしてるというか……、いや、もしそうであるなら、答えを得たようで何やら喜ばしいじゃないか。水位が下る現象を説明出来るワケだ。
が~、そうであれば、どうすりゃイイのよ、という新たなモンダイも出てきちゃう。どの岩が老化していて水を喰ってるんだか特定できない。いっそ全部まとめてセメント塗ったくってしまえ~、というような乱暴なことになるし、セメントの池なんてツマランし。
ま~、現状で困るわけもなし。減った水は足せばいいだけの、ハ・ナ・シ。
むしろいっそ、こういう事になると、池の囲いとなって50年ほど経った岩の数々の、その生誕から現在までのなが~~い時間を考えたりもする。
いずれの石も数千年数万年あるいは数億年をかけて塊ったものだろうと思えば、石というのはとんでもなく長寿な存在とあらためて知れる。
なので。その余生として庭池の一部と化して過ごしているのは、はたして幸か不幸か、
「思い通りにゃイカンもんだわい」
と、石とて呟いてる気がしないでもないけど、はたして今が石にとっての余生なのかどうかは、疑問あるところだろう。なるほど今はコンクリートとセメントで固定されて逃げ出せないけど、
「いやいや、まだまだこれから……」
いずれまた自由を勝ち取って1000年先のどこかの地表で日差しを浴びる意思を、石は持ってるかも知れないしぃ。
余談次いでだけど、庭池で1年過ごしたコメットと水槽内でヌクヌク良い環境で育ったコメットは当然に水槽内でのヤツがでっかくなってると思ってたけど、違ってた。
庭池の自然環境に生息してたヤツらの方が2倍、でっけ~の。
エサ量も水槽の方が多かったはずだけど……、これはどうしたこっちゃ?
遊泳出来る空間が大きい方が、すなわち運動量を発揮できる場所の方が、背丈を伸ばせるに都合良いというコトかしらん。ちょいと意外。
ならば、岡山・後楽園の鯉を全部クビにして、金魚をあの広大な空間に放してやりゃ~、数年で全長40cm越えな超デッケ~のになるんかしら?
いや確かね、NHKだかのネコの番組でオランダかどこかの池に金魚がいて、やたらデッカイの。マジかよってくらいに。それをネコが狙ってるというのを観たような気がする。
日本庭園といえば鯉が相場じゃあるけど、巨大金魚が何千匹もいるお庭って~のも、ま~、悪くないな