ウィルス大騒動をよそに季節はめぐる。
お彼岸だ。
坊さんがやって来た。
この3月やら盆やら暮れにやって来て仏壇前でブツブツ唱えてナンボか持って帰るお寺さんというのは、とても悪しく云えば、巨大化した寄生生物種という感もなくはないけど、そう云っちゃ~ミもフタもない。
ウィルスやバイキンとは違う。
有り難く思わなきゃ~いけない。有り難いと思う「徳」が「得」にもなり、「損」ばかりさせられるウィルスとは違う。
坊さん来たりてやっと、父の墓参りというのを、「やらなきゃいけないこと」として再確認かつ実行しているというようなトコロもあるし、3月の来訪は、
「ぁあ、春が近いワ」
な、句読点1つうって行替えな気分も促してくれる。
くわえて、法衣をまとったヒトが家の中にいるという非日常っぽいカタチも、ま~、嫌いでない。茶をすすって束の間おしゃべりし、裾を閃かせ、アタフタ次の檀家に出向いてくのを送り出して、
「ホッ」
とするのも悪くない。
奇しくも坊さんが来た日はマイ・マザ~のバースデーの前日だから、都合良い。
弟夫妻やらその子供たちも集い、マザ~96回めだか97回めだかの祝いの席を設けることも出来た。『次いでに』という次第ではあるけど、昔人と生者、両方に眼をはせた。
近頃のケーキは数字ロウソクってのがあるんね
お彼岸は先祖供養と同時に、6つの「徳目」、持戒・忍辱・精進・禅定・布施・智慧の六波羅蜜を自身のこととして修業に励む期間ということらしいけど、そういう基本はほぼ無視しちゃって過ごしてるんだから、当方はエエ加減な檀家ということになっちまうが、ま~、そんなもんでしょう。
六波羅蜜という単語の意味するところとて、よくは判っちゃ~いないし、忍辱と書いてニンニンと読むのは何にゃん? とは思うものの調べてみようという興味も、ま~、う・す・い。
ウィルス大騒動はやがて小さくなるのは確実(時期不明)だけど、急遽に成立させた「改正新型インフルエンザ等対策特別措置法」はいつまでも残る。
人の自由を制約でき、情報も操作できる法律ゆえ、使われようによってはエライめに遭いそうな気がしないではなく、これは「得」とはいいがたい。
ウィルスよりこっちが、ふ・あ・ん。
口から出てる6つが六波羅蜜を示すという説もあるようだけど、「南・無・阿・弥・陀・仏」の6つの音が像となっているというのが、ま~、解釈として正しいような。
この6語を懸命に唱え続けることで六波羅蜜の6つの徳目もまた得られようというコトだろう……、たぶん。
康勝という仏師の気魄がすさまじ過ぎて好みの像じゃないけども、音を具象させ、その6つを仏というカタチに抽象させた転換のワザには感心する。
ある種の批難を受けるであろう造型と判っていつつ、そうせざるを得なかった気分がストレートで、それがまた逆に悲壮な感をも醸してるようで、結果、こちらの好みでない気分をいっそう引き立てているのだけども、途中止めせず最後まで彫り込んで仕上げた康勝の”独断”の執念には称賛だ。
某国首相の”独断”や、康勝のそれのように、独断にも二面がある次第ながら、いずれも「その結果」というのが終いに出てくるわけで、いま現在のウィルス騒動はどういう「結果」となるのやら。
ナ・ム・ア・ミ・ダン・ブゥ~ッ
4~5回唱えて……、飽いちゃった。
墓に参り、雑草やらをチョイと抜いて掃除の真似事をし、持参のリンゴをお供えし、数分後にまたバッグにしまう。
この墓所はそばにカラスの団地ありで、イタズラ激しく食べ物を喰い散らす。
よって墓所の管理法人から、食べ物は持ち帰ってください、との通達が出て既に久しいのだ。なので概ね皆さん言い付けを良く守ってらっしゃる。
うちも準じ、同じ墓所にある我が良き大先輩のお墓にも詣でるものの、リンゴはサッと置き、サッとしまって持ち帰り。
カラスのおかげでケッコ~、お得。
もっとも、墓の中の我が父や大先輩にゃ、
「なんでぇ~なんでぇ~」
絵にかいたモチよりはるかにガックリかもん、な。
みんなカラスがわるいのよ。ゆるしてちょ〜だい。