5〜6日ほど前に河野太郎の、
「なぜカタカナで言うのか」
「クラスター・集団感染、オーバーシュート・感染爆発、ロックダウン・都市封鎖ではダメなのか」
が、話題になったけど、確かにその通り。人物には好感しないけど、この発言にかんしては二重丸。もっと強く云っていい。
馴染みない英語より日本語の直球がダントツに判りよいし、危機を皮膚で感じられる。
母語であることがこの場合、優先される言葉と想う。
昔々、中学1年だか2年の時、はじめて足がつった。どっちのアンヨだったか忘れたけど、ともあれ、ギュ~っと締まってくる激痛に呻き、
「これが、あれか~ぁ!」
即座に了解した。
こぶらがえり
この5文字は高校生になっても活き活きに生きた。
コブラ返り、とはよくつけた名だと感心もした。かま首もたげた凶悪なスネークの首と胴体が我がアンヨのふくらはぎと結ばれて、まさに皮膚的だった。
それが大間違いのコンコンチキと判ったのは20歳を過ぎてからではなかったか?
コブラなんかじゃ~ない。
こむらがえり
が正しい。
「あらま~」
驚くと共にかなり羞恥をおぼえもした。
その羞恥はその時のシュ~チでなく、過去の己のが身への羞ずかしさだったから、妙なアンバイに恥辱めいた。
だどもオラ~、そこから先を調べるこたぁ、しなかった。
調べたんは、それから20年……、もう40も半ばになってからのことだった。
「腓」と書いて「こむら」と読む。ふくらはぎのコトをいう古語なのだった。
よって毒蛇のそれとはまったく無関係だし、外来語でもなんでもなかった。
そこでまた羞恥した。
知らんこと多いなぁ、とグッタリし、焼けたアスフェルトの上を迂闊に進もうとしたスネークみたいにクネクネ身をよじらせた。
こういうマチガイは誰にでもある。
カマイタチというのが、イタチの一種だと思いこみ、「日本の動物園にはいないね~」と本気でかつて云ったヒトもいる。
三十路を、老婆を指す単語と思い決めてたヤツもいる。
ミソジという音と、女性を指すらしき使用方に、味噌臭いような濃い生活臭で疲弊しきった老女のコトだと、このヒト(大学時代のK君だけど)は勝手に信じ込んでたワケで、正しいのを教えた時にゃ、
「嘘つくなっ」
と、怒ってた。
その後、彼がチャンと調べて、自身の大間違いに気づいてくれたかどうかは、知らない。卒業いらい会ってもいないし、安否情報の取得のすべもない。
味噌路ババァを抱えたまま死んじゃってるかもしれないし、三十路のいいのに出会い、ウフッ♡、ラブリ~エブリ~な生活エンジョイをやってるんかも知れない。
多和田葉子がエッセー『言葉と歩く日記』で、こむらがえりに言及しているのには、かなり驚いた。
これほどの言葉の探究者、発想を八艘飛びで跳躍できるヒトが、ボク同様にこむらがえって、その「腓」を岩波の古語辞典ひいて初めて知ったさいの気分を綴ってらっしゃる。
が、しかしそこは文学の先鋭者、実に巧みにその事実と感想を記され、さらに別ページでは「感想」という単語にクエスチョンを投げかける。
その辺りの掘り下げ深度をまのあたりにして、奇妙なほどに嫉妬が沸きあがり、それでまたボクは羞恥をおぼえてた。
岩波書店の「古語辞典・補訂版」より
サライ.jp の「暮らし」項目で教育学博士の晏生茉衣(アンジョマリイ)女史が「クラスター(cluster)」という単語を解説しているのを読んで、そのこまやかな解説は解説として実にありがたかったけど、
感染者集団としての「クラスター」は、一気に私たちの日常用語になった感があります。
との、平坦な観察による「感」には感心しなかった。
その単語をウィルス騒動のさなか最初に耳にしておぼえたのは、「一気にワケわかんなくなったぞ~」という混乱と困惑であって、
「非日常な用語のさいたるモノ。ややこしいのが進行してるのに、さらにややこしくするなよ~」
との「感」なのだったし、ましてそれを日常語にしなきゃ~いけない性質なんてどこにもない違和だったもんだから、言葉によるこの侵食にも感染爆発的な危なっかしさをおぼえるんだった。
違っちゃった言葉事例として、先の多和田さんの本ではお住まいのベルリンの町にオープンしたドイツ人経営の寿司屋のメニューを紹介されてた。
VORSPEISE 前菜
HOSO MAKI ニッポン放送
NIGIRI 寿司
同氏はこのケッタイな「ニッポン放送」について頭をひねって、推察する。
このメニューは、寿司屋さんが自分でデザインしたのか、それともグラフィック・デザイナーに頼んだのか知らないが、つくった人は日本語が全くできない。それでもオンラインの辞書を使えば、装飾用に日本の文字を見つけられるだろうと想って、「Sushi」と入力すると、「寿司」が出たのではないか。それから、「Temaki」と入れると、「手巻き」が出た。ここまでは良かった。次に「細巻き」の「細 Hoso」をローマ字で入れると、「放送」という漢字が出て、その例として「ニッポン放送」が出てきた。それをそのままコピー・アンド・ペーストしてしまったのではないか。
以上の顛末はまだ続くのだけど、大いに笑いつつ読み、やがて眉間にシワ寄せ、ボクちゃんも気をつけよう……、半知半解を戒めるんだった。