リスボンに誘われて 久々

 

 4年半ぶりに『リスボンに誘われて』を観る。

 先日に『ダンケルク』やらを買ったので、ノーラン作品のおさらいをしようと『プレステージデヴィッド・ボウイがいいね)、『バットマン ビギンズ』、『ダークナイト』を連続で観、ジョーカーの狡猾にさすがに疲れたもんだから、関係のない軽いものをと思って『ダイハード3』をば眺めて一息いれた。

 何度鑑賞してもジェレミー・アイアンズの悪漢ぶりは、頼もしい。この悪漢なくして『ダイハード3』は成立しない。

 てなわけで彼に会いたくなって『リスボンに誘われて』を。

 いっとき消えてたけど幸いかな、amazon primeでまた視聴出来る。

 そんな次第で『ダンケルク』に辿りついていないけど、いいのだ。映画は逃げやしない。

 

 で、『リスボンに誘われて』。

 全てにおいて評価アップ。

 4年半前は77点あたりだったけど、こたび再見は96点。

 前回のことはコチラに書いてるけど、さてもの96点、高得点過ぎかもしれないが、観るさいのこちらの気分も反映しているんだから、しかたない。『ダイハード3』でのアイアンズの憎ったらしさを味わった後で眺める、特徴らしきがない高校教師のアイアンズが逆にメチャにクールに映えて、しかたない。

 

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 100部限定で作られたポルトガルの医師の、伝記的な本。

 その本を自殺未遂の若い女からひょんなアンバイで手にし、魅了され、ひょんな事から乗ってしまった夜行。

 スイスからポルトガルリスボンへ。

 原題は、Night Train to Lisbon

 いっそ、素っ気ない。

 けっして「リスボンに誘われ」たわけじゃない。日本の映画配給会社はタイトルに情緒的な過剰を加えるのは、もう止めた方がいい。例え情緒に流れやすい国とはいえ、過剰は過剰。

 

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 リスボンに着いた主人公は、本に登場する実在の人物を訪ねる……。

 本に感化され、本の内容をより知るべく、謎を解いてくような展開へとなる。

 ともあれ、役者が皆な、とてもいい。過剰な演技がないのもいい。

 4年半前のさいは、老いてなおシャープに尖ったシャーロット・ランプリングに眼を奪われたけど、こたびは、リスボンの眼鏡技師役のマルティナ・ゲデックが素晴らしく眼に映えた。

 なので彼女とアイアンズ演じる古典を教えてる国語教師との最後のシーンが、とても気がかりになる。

 3点減点はこの最後のシーンゆえ。

 なぜ彼女が誘うのか? なぜアイアンズは困惑の色をみせるのか?

 授業中の生徒を放ったらかしでスイスを出て、再三の校長からの電話をも半ば無視したアイアンズの、退屈な男だと自認している高校教師の、いわば大きな冒険と勇断の終結として、そこで跳躍をみせた方が良いのに……、と思えてしかたなかった。

 誘うのはアイアンズの方だろう、というわけだ。

 でも一方、そうしちゃうとより「情緒的」なただの中年ラブ・ストーリーになっちゃうような気がしないでもなく、けっこう、そこはブレた。

 まっ、こちらの、そのブレゆえの3点減点。

 だからこの3点は''得点’”という、ニュアンス。おそらく監督ビレ・アウグストの判断は正しい。

 後のマイナス1点は、物語の中央にある1冊の本に対し、あまりに都合よく人が出会うこと。

 が、これとて、意外やそういう偶然めく必然というのは日常的に生じもする。なので絶対のマイナスでもない。

 

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 魅力の大半は、今や爺じいになってる方々。かつて70年代前半でのポルトガルという苛烈な政治風土(秘密警察PIDEが存在し政権批判者を弾圧。ちょうど70年日本万国博覧会をやってた頃だよ)の中で青春を生きた人達の、その人生模様。そして今。

 さらには、初老付近にさしかかったアイアンズと眼鏡技師の二人の今。

 シガレット。

 ワイン。

 これら生活周辺物が物語に加担し、味の幅をえらく広げてる。とりわけタバコ。

 ま~これはしかたないのだ。だって物語の中核は70年代だ。タバコは日常の中の大きな分母となるファクターだったんだから、未見の方もそこは煙たがらずに接したがいい。

 それから、ワイン。

 初めてアイアンズと眼鏡技師が夜に会い、オープンテラスでグラス傾け食事するシーン。眼の前の彼女を直視できないアイアンズの見事な演技と、一方、その食事の会話でもってアイアンズを直視するようになる彼女の演技の絶妙……。そこは観て味わうべきな重要なポイントで赤ワインが場と間を保たせてる。

 いわばプラス極とマイナス極の間の電球の光としての赤だ。このシーンで両者の形が鮮明になる。(グラスワインじゃなくボトル1本をオーダーしているのもよい)

 さらにもう1つ、別の場面でもワインが良い灯火となってるところがあって、そこも見栄えあり。

 

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 進行上、70年代を演じる役者と今を演じる役者が2人いるわけじゃ~あるけど、両者共々に良くって、それも味わいが深い。

 で、人の愛情が描かれていつつ、プラスして「信頼」という横糸が編まれていること。ここが要め。

 苦渋の別れ、苦痛の決断、諸々あって友に誤解もされようが「相手を信頼」という糸が太く描かれ、それがほころびていないこと……。

 そのほころびていない糸をたぐる役としてのアイアンズ。

 派手な演出はない。進行形の大きな事件といえば、眼鏡技師の叔父はかつてピアノが得意だった青年ながら、反体制派として活動し、秘密警察に両指を叩き壊されているのだけど、トム・コートネイ演じるこの人物が今は老人施設にいて、タバコを吸いたいが吸わせてもらえない境遇にある。密かにアイアンズ演じるライムントが彼にタバコを差し入れて、次第に打ち解け、そこから70年代の過去が蘇ってくるという展開ぐらい。

 けども、そこも要め。

 

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 このタバコ事件で眼鏡技師は主人公に怒るけど、それを契機に2人の心の交流がはじまって……、先のオープンテラスのレストランへとつながる。

 この初デートみたいなのは映画が2/3進んだあたり。

 主人公が本で知った70年代の愛と、主人公自身の愛、あるいは「信頼の深み」、この2つがここでからまりあっていく。

 

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 見終えたさい、登場者全員に我が輩からの賞として不二家のミルキー1粒ずつ進呈したっていい、と思ったな。

 一瞬グリコを1粒と思ったけど、グリコ滋味よりミルキーの甘味がいいな、この賞は。

 甘味の奥に、通過した時間の郷愁もからまって、1粒300メートル駆け出すグリコよりは、ミルキーが似合うと即断した。違うと思うならイッペン、観てみっ。

 

 この作品はDVD化されてるけど、ブルーレイは出てないみたい。

 主人公はリスボン市街の狭くて急斜面で曲がった道路端の小さいホテルに滞在し、眼鏡技師はこの劇中、そこに赤のベンツ(たぶんBクラス-ステーションワゴンで複数回、主人公を送ってやる。そのボディ色の赤が鮮烈ゆえ、ブルーレイがないのが残念。

 

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 ホテルの主人は暇だからいつも路上そばに腰掛けを出し、そこで新聞を読んでる。2人の送迎をいつも眺めてる。で、ある時はじめて、赤ベンツから降りるアイアンズに一言、声がける。

 本筋とは直かに関係のない短いシーンじゃあるけど、同様シーンを繰り返して見せた後でのその一言が、実に気がきいていて、映画に深みある艶をあたえてることに気づかされる。

 なのでブルーレイ画質で観てみたいワケ。

 あと、もう1つは音楽だねぇ。 

 ラストシーンからエンドロールになってかかる曲がメチャに素晴らしい。

 ピアノとチェロが主旋律を奏で、静かでふくよかな余韻をいつまでも残してくれる。エンドロールを眼をつむって聴き味わえる程の映画って、少ないねぇ。シガレットを好まない方には申し訳ないが……、この一曲は食後での美味い一服みたいな感もあり。