就眠前、四夜連続で「小町草紙」を読み耽る。
たて続けに複数回読み返すのは、我が事ながらめずらしい。
ま~、一つには、古文ゆえにナンギで、青信号なれど字面(ジヅラ)追いにくく、即座にアンヨが前に出なかったというのもあるのだけど、昔の文体ゆえの韻と多層の掛詞、その流麗に酔わされた。
十数年ほど前にも一度、やはり繰り返し読んだことをおぼえちゃいるが、そのときより今回の方が濃く味わえたのは、自分まもた高齢者サイドに突入しちゃってるがゆえに、身に沁みてひたぶるにうら悲し……、という消息ゆえにだろう。
「小町草紙」は『御伽草紙』の一篇として室町時代に創られた。
「一寸法師」やら「鉢かつぎ」やら「酒呑童子」やらと違い、ファンタジーめいた色彩もなく、つまらないといえばつまらなくもない。なんせ、老いがテーマ。
なので、読むさいの年齢で、話への没入感がかなり違ってくるわけなのだ。
が、そうであってもこれに魅了されるのは、まず映画や漫画には置き換えられない性質が濃厚で、読むことでしか得られない何事かの含有率がメチャに高いからだろう。
登場人物は小野小町(おののこまち)と在原業平(ありはらのなりひら)のみ。
巻頭で、
そもそも清和の頃 内裏に小町といふ 色好みの遊女あり ~~省略~~ 歌を詠むことすぐれたり
と、紹介される小町は絶世の美女で誉れ高き歌人ながら千人の男遍歴をかさね、その恋のたびに和歌の秀作を生んではいるが、年老いて、
今は安積山(あさかやま)のあさましき身となり
と、容赦なく描写される。
併せて、和歌の持つ素晴らしさも描写され、
八雲立つ八雲八重垣つまごめに八重垣つくるその八重垣を
『古今集』序文に紹介される素戔嗚尊(すさのをのみこと)が詠んだとされる歌をはじめ、小町の歌をも随所にちりばめられ、格調がやおら高い。
その高名な歌人・小町も老いて宮廷にいられず、野に出て、行く宛もなく、ついには貧窮して、
ここやかしこの門に立ちて 袖ひろげ
「ものをたび給へ」
声をあげて立ちゐたり
見る人ごとに 「古の小町がなれる姿を見よや」とありければ 集まりこぞりてささやきける
物乞いして門(かど)に立っている小町を、「いにしえの小町の変わり果てた姿」と人々は寄り集まっては声をひそめて噂しあう……、という有様なのだから、その挿絵のインパクトと共に、凋落っぷりがすさまじい。
そんな困窮極まった小町の元にある夜、在原業平らしき人物がやって来る。そこで小町は過ぎ去った愛欲の日々を赤裸に回想する。情人とのやりとりで活用のお手紙の数々を手短かに、けれど延々披露する。
花に結びし文もあり 朝顔のたそがれ時の文もあり よそ目を包む文もあり 涙落としたる文もあり 岩洩る水の文もあり 怨みを葛の葉の文もあり 七夕の逢ふ瀬の中の文もあり …………
そうやって二頁ほど連綿と回想した後、それらはすべて過去のもの、今や老いはて、もはやすがるものは南無西方極楽世界、仏さまにしかないと吐露すれば、在原らしき人物もやはり千人の女を遊んだが、その中でよかったのは、
第一染殿の妃 第二には紀有常がむすめ 第三には斎宮の女御なり
そのほか伊勢物語に書きつけし 筆の跡に見えぬべし
実名あげてのランク付け的告白と懺悔を繰り出し、
みずからも 狂言綺語の理をふり捨てて 大悲を頼み申すべし
仏の心にお頼みしましょうというような意味のことを云って、そのままス~ッと小町の前で消える。
小町は動揺し、それでボロボロの庵を出てアチャコチャを彷徨いだす。彷徨いつつも、未練にすがるように歌を詠む。
山野を彷徨い、やがて小野という場所で小町は、のたれ死ぬ。
一方、在原は奇妙な予感がし、小野方面に出向くが、そこで顔かたちの綺麗な女にあう。
女は、
暮れごとに秋風吹けばあさなあさな
とささやく。
在原業平はそれで、
をのれとは言はじ薄(すすき)の一むら
と詠み返す。
女の姿はもうない。在原が草むらを探ると白骨があるきり。
この連歌の意味がわからず、わけても「あさなあさな」が不明(たぶん、そよそよとかユラユラみたいなもんだろうけど)、当方は何度となく立ち止まった次第ながら、ま~、話の主眼は、仏法に基づいて死者の冥福を祈るということに尽きるのじゃあろう。
その仏教的史観より、後期高齢者となった小野小町の哀れな姿と、そのような姿になってなおも歌を詠んでいる彼女の心魂に、奇妙なほどに揺さぶられるのだった。
なので、四夜連続で「小町草紙」に接した。
一つには、百歳にあと三歳で手が届くマイ・マザ~をば老老介護している次第ゆえ、
「老いとは何ぞや?」
な、クエスチョンが常々にあるんで、そこを埋めるべくというか、老いの話に同化してみたくなった……、というような理屈づけも出来るんだろうけど、溌剌ヤングが活躍の話よりも、時に、ジジババの物語に接するのもイイもんだ。シミジミ味わいつつ沁み沁みしてくる小野小町の寂寥をシンミリ味わうのだっった。
歌を核にしているので、映画や漫画に置き換えられない味わい有りアリ。
歌の秀才であろうと令色衰えた小町は宮廷から捨てられ、一方の在原は貴人ゆえに高齢になってもチャンとした身なりで身分保障されているらしき対比も透けて見え、そのあたりも、ま~、おもしろくも在り。
でも読み返すたび、こっそり密かに、千人の男と関係した女、千人の女と関係した男……、というようなくだりに珍妙な憧れめいた慕情を抱いていたりもする自分が、ちっと、哀れかも、と自虐する。
せめて百一匹ワンちゃん大行進っくらいは、励んでおくべきだったかもや?
などとバカな夢想しつつ、夜毎そのまま本抱え、グ~グ~グ~。
一つ家に 遊女もないまま おおいびき なのだった