昼のうどん

 午前中、本を読みつつ、ごくゴクごく近所のタケちゃんより頂戴のバレンタインのショコラをもったいないんでチビチビ囓りつつ、チラリ時計を眺めるに、もう昼過ぎ。

 

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 近頃のランチはやたらと、うどんだ。

 寒いからあったかいのがイイやという単純な理由。

 こったをの造るとかいうのも、なし。

 小腹を満たしつつ暖を取るという感触。

 これで充分に幸福になるんだから、ずいぶん、ボクは安上がりだぁ。

 

 ただ最近、うどん鉢は 買い換えた

 高からず安からずの美濃焼を二種類。

 器を変えると確かにチビリと味も良くなるというか、気分変わって効能あり。

 器がウツワとして意識されて使うべく定着したのは縄文時代だろうけど、この時代はやたらに長いから、西暦換算で何年頃というワケにいかないのが残念。

 けど石皿やら素朴な素焼きの椀(だいぶんと後期だろうけど)だかで、煮た貝を食べつつ汁をすすれる悦びを味わったのは確かじゃなかろうか。

 煮炊きの土器と個人個別の食事用土器を使い分けるような発想が生じて、それを実践したら、どんな風に食生活が変わったか?

 そこを想像するとチョット一緒に食べさせてよ……、って~な気分もわく。

 今と較べて魚貝類はアット〜的に豊富で、いずれも、今の私達の眼から見ると倍以上と思える、大きなサイズ。(アチャコチャに残る貝塚の貝殻を見るとそれが歴然)

 ハマグリがはるか後に高価なモノになるとは皆目意識せず、アサリとて当然に産地偽装の心配もない。

 味噌も七味もないけど、では、どういう味付けだったか? 

 貝はちゃんと砂抜きしたのか? 

 1つ椀の中に何個くらい入ってるのか? 

 貝と一緒に植物系な何かを煮たか? いややはり、弥生時代の定着住まいの文化が生じるまでは、貝はあくまで直に火にくべ、煮立ったのを口ですすりあげ、モシャモシャ喰らってたか? 

 幼い子には母親が貝を噛んで潰して、それを与えたか?

 などなど諸々、空想しつつ……、うどんをすすってる令和時代のこの1週間ほど。

 

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                コロッケもオニギリも食べ、完食……

 余談ながら、若い頃はうどんは 好みでなかった

 マイ・マザ~が造るうどんが食卓にあがるたび、1度たりとも美味いと思えず、 食事がうどんと判った途端にメッチャクチャ、ガックリしてた。それが尾を引いて久しかった。

(故人には申し訳ないが、マザ~は料理は上手でなかったよう思ってる)

 けども、極くまれに家族で四国に旅するコトがあって、宇高連絡船  のデッキで食べられるうどんは、まったく別格。実に美味かった。

 なので、香川の栗林公園に行こうかというようなプランを両親から聞くや、密かに、連絡船のうどんを念頭に浮かせ、ワクワクした。

 麵も汁も、のっかってる天かすの親分みたいななんだか今となってはよく判らないモノも、総じて滋味が天上的、大鵬製薬のCMで流れるラッパのマークの、パッパラパッパ~・パ~パラッラッラ~みたいな晴れ晴れしい、頬っぺも喜ぶ食の歓喜を味わうんだった。

 今に思えばマザ~調理でないうどんとの最初の遭遇が宇高連絡船のそれであり、マザ~のそれに較べるという次第ではなく、別な味覚として舌が反応したというに過ぎないのかもだけど……。

 

 我が両親は当方が中学生の時に別居したから、以後、宇野港から船に乗るような楽しみが消え、うどんと縁が切れ、それからは、自らの意志でうどんを求めるコトは1回もなかったけど、24~25歳の頃、HONDAのシビックを運転し、山口方面に出向いたさいに立ち寄った高速のサービスエリアで、他に食べるものがなくってやむなくに食べたうどんが、

っ」

 というほどに宇高連絡船の味が想起され、絶品、舌が喜んだ。

 以後、うどんという一品は、「まずいモノ」から「うまいモノ」に昇格。

 ま~ま~、そういう次第で、25歳頃にようやく忍術皆伝の免状をもらったようなもの。遅咲き開花というか開化が遅かった。

 一個人としての歴史が浅く、しかも、廉価で雑っかけなファストフード的滋味が極上というようなヘンテコな開化になってるんだけど……、ま~ま~ま~、それで一向に、か・ま・い・ま・せ・ん

 

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 スダチの輪切りをメインに卵にトロロにネギ。これだけで午後のいっときが裕福になる安上がり。ま~、ヤマザキのレーズンパンも添えたけど、お汁まで全部すすっちゃう。

 けっしてかき混ぜず、鰹だしのお汁の味わいと、その中央あたりのスダチの酸味に変じたお味の変化を愉しむ。

 これをワガハイはスダチによるドップラー効果と呼んでるんだけど、全部すすったのは鉢に描かれた古染花鳥を眺めたいという気分あってのコト。

 器を変えるってのは確かにポイント大っきぃね。

 たぶん、その辺りの消息として、ウツワとフードの相乗効果の味覚アップが意識されたのは縄文時代の後期頃じゃ〜ないだろか、と強く思う。

 さすがに火炎土器では食べにくいけどね。

 しかし、食べにくいって思うのは今の感覚だ。当時はマッタクそうは思わなかったって〜のも、ありうるだろう。70年代後期に男の子が総じてロンドンブーツ履いてたのが今となっては“ありえない”レベルの滑稽で信じがたい光景のように。

 実際、何かを煮た、それも何度も似たらしき痕跡がある火炎土器が幾つもアチャコチャで出土しているから、あのややこしいカタチの土器が祭祀専用だったかどうか、怪しいもんだ。

 こういう空想しながらの、うどんって、とりとめもなく、おいしい。「午後の紅茶」よりも、「午後のうどん」の余韻の方が、コクと深みが優るんだワ。

 

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