春の彼岸。坊さん来たりて経を読む。
マイ・マザ~没して初の彼岸。
なが~い別居、不仲だったファ~ザ~とマザ~が、いま、1つの墓に祀られているのも妙だけど、没して4ヶ月、早いような遅いような……。
遺影として仏間に置いた写真は最晩年のではなく、彼女が60代頃のもの……。
その写真が仏間に鎮座して日々眼に入るようになって以来、不思議なもんで、ベッドに寝たきりの彼女の老いた姿より、元気で小言ばかり口にしていたマザ~の闊達っぷりの方が偲ばれる。
たかが1枚の写真だけど、そこから喚起されるコトの方が大きくなって、亡くなる直後のマザ~よりも、その30~40年前の方のイメージが勝ちぎみに変じていて、いささか奇妙。
置いた写真1枚で、心の動きって変わるもんなのだね。
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弟より連絡。
子供の1人が発熱が続き、よもやと思い検査受けたら、あんのじょうコロナ陽性……。
軽症らしいが、家族全員、しばし蟄居生活とのコト。
3/16時点での岡山県での感染者総数は56999人。死者219人。(岡山県ホームページに記載)
死者数の膨大に、いまさらに、
「ありゃ!」
と息をのまされる。
その災いの火の粉が、年始以来会ってないけど我が身内にもかかったワケで、ひどく心配はしないけど、顔はくもる。
不思議なのは、同居家族への検査が実施されないコト。これには、感染した娘を市民病院に連れてった弟も、
「いいのかな、そんなんで?」
訝しんでた。
本人のみでなく同居者もチェックしてアタリマエのように思うけど……、同居ながらイッケン無自覚症状ならば何もしないって、ひょっとして、感染者数のカウントを極力に低くするための国の方策?
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中古CD屋で「Space Theater - Program of Space Pavillion at EXPO’70」を見つける。
かねてより聴きたかったもの。絶版になって久しい。
1970年の大阪万博・鉄鋼館のために武満徹が作った曲が収録されてる。
鉄鋼館には、スペースホールと名付けられたシアター(外部から完全遮断された音のための空間)があって、サウンド環境として1008個のスピーカーが設置されていた。
武満はその1008個を最大限に活かす“音楽”を作ったわけだ。
環境前衛音楽の1つの極み。連動しつつも、スピーカー個々は個別の音を出す。
残念なことに本CDでは2本のスピーカー対応(CD時代になっての初期のもの)でしかなく、曲としては聴けても、身体中がくるまれる音響としての特性はゼロなのが、残念極まりない。
ま~、けれど本作を聴いて、映画『未知の遭遇』でのジョン・ウィリアムズの、不協和音を巧みに織り交ぜたヴァイオリンの緩急差ある音楽が、
「あっ、これが原点か!」
と判って、ニッコリ笑みたりはできた。
ウィリアムズは盗んだワケでなく、まして武満徹を消費したのでもない。学んで応用、昇華してのトライだったろうと愚察し……、武満の大きさを今さらに了解して、またニッタリする。70年万博は、以外な所で現代に直通し、息吹いているのだった。
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昨夜、久しぶりにMO:GLA。
豪華なメンバーでのライブ。
小沼ようすけ、SHIHO、TOKU……、ジャズフェスで大きなインパクトを穿ってくれた、馴染んだミュージシャン達を、これまた久々、まのあたりにし、「皆さん元気なようで」と安堵しつつ、かつての幾重ものシーンを思い出したりする。
コロナウイルスの波のような襲来に翻弄されっぱなしのこの2年ほどだけど、裏方として自分がかつて体感した良き諸々までは浸食されない。
コロナめも、過去を消去する程のチカラはないワケじゃね。
3年前の10月13日にiPhoneで撮影。楽屋裏でのSHIHOさん。