ヘンゼルのみ太る

 

 ふってわいた元首相の暗殺。

 参議院選挙への影響も大きかろう。

 いずれ、“歴史”という記述の中では、かつての二・二六とか五・一五と同じく、七・〇八事件とか0708事件といった造語があたえられ、いっそう暗い時代への突入となった日、というようなコトになりはしないだろうか? より愚かな模倣者が現れはしないだろうか? それゆえに治安強化が進み、気づくと、自由の範疇がより狭められ、息苦しいような世の中になっていくような、ダーク・サイドのフタがあいた日と……、ならないことを願う。

 

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 さてと……。

 誰もが知る『ヘンゼルとグレーテル』。

 悪い魔女の罠に落ち、お菓子の家に幽閉されてセッセッと甘いモン食べさせられ、太った時点で魔女に食べられそうになるが、しかし……、というオカシな話だけど、けども、あんがい誤解されているムキもある。

 実際は、兄のヘンゼルのみがお菓子を食べさせられ、妹グレーテルは甘いモンはあたえられず、魔女の下女として働かされたのだった。

 なので、若くして糖尿病一直線の波瀾を味わったのはヘンゼルのみで、グレーテルは魔女の世話とシュガーハウスに閉じ込められた兄ヘンゼルの世話を押しつけられ、ろくな食事をとらせてもらえないのだった。初版1812年刊)では「ザリガニの殻だけしかあたえられなかった」とある。

 

 それで、チビッと不思議に思うのだけど、魔女はグレーテルをどう処遇したかったのだろうか?

 ヘンゼルをうまく食べたアカツキに、次にはグレーテルも食べちゃうつもりだったのか、あるいは、そのまま下女として働かせ続けていたかったのか……、さぁ、どっちだろ?

 いや、あるいは、子を持たない魔女としては、グレーテルを自分の後継にすべく、どっかの時点でグレーテルを指導し、ホウキにまたがらせ飛行訓練させるとか、2代目魔女としての養育を考えていたのかも知れず、モロモロ考えるに、このグリム童話は、可能性の芽が摘まれてしまうか、あるいは新たな人生として魔女として生きるコトも可能かも…… というようなハナシだった……、と、歪んだ解釈も出来る感じがしないでもない。

 

     

1909年の第7版の表紙をそのまま使ったE.フンパーディンクのオペラ『ヘンゼルとグレーテル』の楽譜集

 

 グリム兄弟は初出版以後、再販のたびに文言を変えたり加えたりで、現在ひろく流布されている最終決定稿たる第7版のストーリー展開では、グレーテルは自分も食べられそうになり、パン焼きのカマドに魔女を騙し入れ、フタをしめて焼き殺し、メデタシめでたしという次第だけど、さぁ、ここもモンダイだ。

 拉致監禁して4週間にわたり、経費費やしてヘンゼルを肥え太らせ、その出費を含めた辛抱の末に“美味しくなった”少年を喰らお〜というグルメ嗜好の魔女が、辛抱出来なくなって痩せたグレーテルを前菜として食べようという思いに、はたして、いたるか?

 くわえて、過去あれこれ色々な子供を騙しては監禁し喰らってきた悪事大ベテラン、奇妙な食道楽の魔女たるが、簡単に幼いグレーテルにしてやられるというのが、解せないのだった。

 そりゃま~、信長ほどの抜かりないヒトであっても、我が世の春来たりと増長し油断し、少数の護衛のみで本能寺でノホホンとし、京都や堺の名だたる茶人を前に自分が集めた茶器を自慢した、その翌朝早々、彼にとっては、将棋でたとえるなら桂馬ぐらいなポジションに置いていた光秀に、マンマとしてやられたという実例もあるワケだから、幼い少女に人生大ベテランの魔女がやられるというのも確かにあり得る展開だろうけど、可能性としては希有な、

「そんなアホなぁ~」

 モノガタリ的転回の急峻に、

「そんな単純にコトが運ぶかなぁ」 

 逆説的に、チビっと、ガッカリなような……、気がしていけない。

 

 さらにくわえて、兄ヘンゼルのことも、気にはなる。

 なるほど、彼は魔女と出会う前、森でさまよったさい、パン屑を少しずつ歩いた場所に置いて、ミチシルベとする鋭利な知恵を持っているのだったけど、いざお菓子の家に幽閉されるや、彼が太ったかどうか確認しようとする魔女に向け、肥えた自分の指じゃ~なく、なんかの痩せた骨だかを拾い、

「まだ太ってないよ~」

 眼の悪い魔女を騙しもしたけど、結局は、妹に救出されるまではお菓子の家の中で、甘いモンをセッセと食べ続けていたというのが実体であって、お菓子の家から自ら脱出しようとはして……、いないんだった。

 手元にあったなんかの骨で、自分がまだ痩せてます~、と魔女に見せたのも、裏返せば、

「もっと、お菓子食べさせてよっ」

 との欲求だったかもしれないじゃ~ないだろか……、南無三。

 

      

 英国の玩具屋さんで売ってる「ヘンゼルとグレーテル」のTOY。書き割り舞台みたいなボックス仕様で人物を動かして遊べるようなっているんだけど定価は25UKポンド、日本円だと4000円もする……。高過ぎぃ~。

 

 物語の中盤からラストに至る、魔女とグレーテルの女の戦いのハラハラ展開に、そんな次第でヘンゼルは加わらず、文中に出てはこないけど、結局、彼は与えられた甘~いお菓子、すなわちは住まっているお菓子の家を囓ったり舐めたりすすったりして消費する日々を刻々と過ごしているに過ぎなくって、まさに、糖尿病に向かってまっしぐらでしかないショボイ存在なんだった。

 

 なので、『ヘンゼルとグレーテル』という兄弟平等なタイトルよりは、

『結局ヤクだたなかった兄』

 って~な、偏差値的差異ある兄と妹の関係を示したタイトルの方がオモロカないか、ピタっとこないか? そう訝しんだりも出来るのだった。

 兄の方はこの事件後、若年ながらインスリン注射を必要とする身に堕ち、妹の方はといえば悪しき魔女を退治したコトで自信を深め、チョイっと天狗になって……、やがて兄ヘンゼルを、

「甘い菓子で騙されたバカ兄ちゃん」

 疎ましいと思ったりしなかっただろうか? 本事件によって結果、兄と妹の間に深~い溝が出来、やがてグレーテルは愚れてる子供らを誘い、半グレ集団の女リーダーになっちゃうとか……、空想的に感想というか想像し、ま〜、結果としては、この秀逸な作品をいっそう、愉しむんだった。

 


 余談ながら、“魔女”という存在に拮抗する“魔男”って~の、いないねぇ。魔法のホウキで飛べるのは、魔女のみで……、「魔男の宅急便」はやって来ない。

 ま~、「間男」ってのは世界的にアチャコチャに出没し、日陰的な境遇にメッチャ苦労しつつも、

「アンタの亭主よりオレの方がええやろ」

 と日々研鑽、己のが身の性的魅力の増量増進を怠らないところは、勤勉な努力家と云えなくもなく、そこいらの怠惰に日々をうっちゃる男よりは……、すするお茶とて茶柱立ってる確率がビッグな感、ありありだけども、ともあれ、魔女も間男も一種のテロリストじゃあるんだろうけど、「最後は破綻」というトコロで一致。

 気の毒な感じがしないでもない……。