その昔、ロック・バンドのポリスに『Synchronicity』というアルバムがあって、ウッド・ベース奏でつつスティングが歌う、かの「Every Breath You Take」が7曲めだかに入ってる名盤だ。
今もたまに聴くけど、アルバム・タイトルはユングの云う「意味ある偶然の一致」というか、「共時性」と云うか、関係のない事象が同時に起きるのを指す単語ですわねぇ。
彼はこれを『非因果的連関の原理』という一語でまとめちゃって、さらにワケ判んない深みに連れ込まれるのじゃ~あるけど、ポリスのアルバムは歯切れよくってスタイルも恰好よろしかったですな。

で、当方がこたび味わったシンクロニシティは、前に本ブログで書いた『山椒魚戦争』だよ。
岩波文庫を持ってたハズなのに、探しても出て来ず、大昔のボロボロになった角川版を読み返したけども、また新たに買うのもイヤだし……、それで浮気心うずかせ、小学館から出ている単行本をamzonで見いだしたので、え~い、コレ買っちゃえ。
発注したのだった。

で、翌々日にそれが届いたまさに数時間後にですな~、なんと書棚に、探していた岩波版があるのを発見してしまったんですわいな。それも見つけにくい場所じゃなく、わりと眼につく場所……。

「なんで、この場所に?」
「なんで、このタイミングで?」
「アッ!」と「ケッ!」。呆気に取られた。
ちっと前には、トイレに入った途端に電話が鳴るとか、バツの悪いタイミングを『マーフイ-の法則』とかいって、笑い話にしたコトがあったけど、サンショウウオは笑えんなぁ。

訳者も出版時期も違う同じチャペックの『山椒魚戦争』3冊を眼の前にして、
「は~~」
溜息1つ2つ、連続で漏れちゃった。
あなたにだって、そんなヒョンな偶然の重なりって、あるでしょ?
何なのでしょうねぇ……、妙なアンバイ。
ま~、それゆえ精神科医ユングはこれを説明すべく分析心理学の深海に潜っていったワケだけど、メンドくせ~なぁ。
いっそ、岩波版、出てこなきゃよかったのにぃ……、などとも思うのだった。
とはいえ、せっかくの3冊だ。最初のあたりを読み較べ、訳者による相違を見いだせないかしら? 比較しようと努めたりもしちゃって、
「何やってんだ、あたしゃ」
と、余計にケッタイ色な煙に巻かれるんだった。

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夏の入り、好きな句ひとつ、ここに載せ。
吹 井 戸 や ぽ こ り ぽ こ り と 夏 桑 爪(まくわうり)
夏目漱石の句。
天然に湧き出ている井戸にマクワウリが浮いてるだけの情景だけど、おそらく2つ3つであろうウリが水に揺れているアンバイが、実に夏っぽくてイイ感じ。
今はよほどの田舎にでもいかなきゃ吹井戸なんぞ見当たらないだろうけど、さて漱石先生はどこで、ぽこりぽこりを見たのかしら?
ぽこりぽこりがウリを指すのか湧き水を指すのか判然としないけど、逆にその曖昧が俳句の味をキュッと締めて、いずれにせよ、夏のさなかの静かな、でも揺れ動き続けている様子が、静物画としての句じゃ~なくってショート・ムーヴィ的奥行きで、微かな音も聞こえそうな臨場と清涼あり。
明治29年(1896)の句だそうだから、詠んだ場所は判る。
九州は熊本だ。
英語の先生として赴任した彼は熊本に4年いた。
もっとも長く住んだのは内坪井という場所で、その居宅は保存されていて今は観光名所。庭には当時の井戸もあるらしい。
でも、ポコリポコリの井戸じゃない。
住まう町も年月も違う。(漱石先生の熊本での引っ越しは7回にもおよぶ)
長女が生まれた時には内坪井の居宅の井戸水を産湯としたのは事実だし、その旨を句にもしているが、ポコリポコリじゃ~ない。
水道が整備されていない時代だから、井戸はどこにでもあったろうけども、水がコンコン自然に噴き出る井戸というのは、多くないのじゃなかろうか?

山形県の遊佐鳥海(ゆざちょうかい)観光協会は、同地の吹井戸(自噴井戸)を観光資源にしているみたい。
マクワウリを浮かせた吹井戸が熊本のどこかにあったろうコトは推測できるし、それを漱石が食べたコトも想像出来るけれど、当方には遠い地、熊本まで吹井戸の痕跡を探しに行くようなコトはできない。たぶんに、シンクロニシティ的偶発でもない限り、同地に行くこともないだろな~。
チョビっと残念。

明治33年(1900)、英国留学の送別で熊本の富重写真舘で撮影された漱石(右前)。
岩波文庫『漱石俳句集』に集成された句のうち、当方が好感するのは、同じく熊本での作品。
どちらも夏場に詠んだとおぼしき作品。
本 名 は 頓(とん)と わ か ら ず 草 の 花
む つ と し て く ち を 開 か ぬ 桔 梗 か な
自然に眼を向けているものの、自然とは少々距離を置いたような乾いた気分がイイですなぁ。
花に眼をやるも、詳しくその花を知らないままでも、ま〜、いいやぁ、ってな、ウェットな気配がまったくないのが好く、それが還って季節の空気を感じさせられるようで。
