週末ダラダラ

 ウィルス騒動のさなかで植樹したリスボン・レモンは、葉が萎れるような兆候もなく、根下ろし初期段階としてホボ順調のように、見える。

 すぐそばに、抜き取ったユスラウメの木の根っこ部分をあえて置き、日々、両者をチラリと眺めてる。

 ユスラウメのその太さにまでレモンが成長するには、モモクリ3年以上の歳月がかかるはずだから10年先の夢物語じゃあるけれど、ドリームでないリアルをまのあたりに出来るのは小さな幸であるには、違いない。

 植樹して2週間ほどだけど、打算、忖度、遠慮……、そういったチマチマな世情と関係ない1ケの生命力の育ちに、ただもう眼を細めるようにして接していられるのは、喜びだ。

 温かくなるに連れて香りが立って、クロアゲハとかの蝶なんぞが葉を齧りに詰めよってくるらしいから、そこの回避策など難儀も含めてのお愉しみって~ワケだわさ。

 

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          左がレモン。ミニ垣根の右が抜き取ったユスラウメ

 70年代から80年代にかけての洋楽を聴くに、

Dream Come True

 歌詞の中にけっこう頻繁に「夢はかなう」な一語が出てきて感慨深い。

 近年はそう単純にこの一語を出せない切羽な詰まりがあって、未来のバラ色めく展望が開けない気分がこの使用を抑制しているとも思え、「歌は世に連れ……」を思い起こされる次第ながら、弘田三枝子だかザ・ピーナッツに『レモンのキッス』という曲があるのを思い出した。

 たしか弘田には、

 月の光よ 今宵レモンの海に

 恋しい面影 浮かべて見せとくれ

  という出だしではじまる曲があったハズなんだけど、今、曲名がアタマに浮かない。

 レモンというのは歌にしやすいのかな?

 同じスっぱ系なのに、ハッサクやブンタンは歌われないなぁ。

 船のデッキであのコにキッスしたら

 ぁぁ ぁは~ん 

 ハッサク香って ク~ラク

 センチュウハッサク ク~ラク

 てな歌、……聴きたくないか?

 な・い・ね。

 

 週末、呑みに出ようかどうしようかと躊躇のあげく、部屋にたれこめる。

 きっとそういうヒトが多いだろう、今は。

 でもって政府対応のトンチンカンなニュースにさらにゲンナリと。昨日のニュースでは、検査実施を増やさない日本政府にシビレをきらし、さすがの米国も在日の自国民にむけて、「日本を出なさい」との勧告を出したとか……。

 

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                    ネットで拾った画像

 

 グラスに氷とファイネスト。チェィサーに麦焼酎の野菜シューズ割り。交互に啜りながら、Blu-rayのメイキング映像集だけを眺める。

 ふだんこの手の付録はあまり観ないから妙に新鮮。

 

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007スペクター』の巻頭、ダニエルがビルの端っこを歩き、ビルからビルをまたいでいく冷や冷やシーンは 大掛かりな合成だと思ってたら、ま~、ホントに演ってたのね。驚いた。

キングスマン:ゴールデン・サークル』はウィルス感染とそれを消滅させる新薬製造をめぐる話ながら、エルトン・ジョンの奇っ怪な演技に加え、前作同様ブラックなコメディっぷりがたっぷりでお気に入りだったけど、メイキングを眺めるに監督の真摯っぷりが鮮烈。

 70年代のモンティ・パイソンの頃から英国風ブラック・ジョークのグロテクスぎみな感触にはたえずコッソリ、

「?」

 ボクちゃんにゃ判らんなぁ~、の「それってやり過ぎなんじゃ~ない」感が拭えないのだったけど、少なくともメイキングを観るかぎり、そのやり過ぎに向けて実に大まじめに取り組んでいるらしきがクッキリで……、さ~さ~、いよいよ英国仕込みの黒味ジョークが判らない。

 常々に、靴を脱がない土足文化というコトを考えてたけど、ブラックなジョークも、なんか、そんな所から……、笑いの毛細根そのものの育ち環境が違ってるような、気がしていけない。

 

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 芥川龍之介は『かちかち山』の文末を、

 童話時代の明け方に、−−−− 獣性の獣性を亡ぼす争ひに、歓喜する人間を象徴しようとするのであらう、日輪は、さうして、その下にさく象嵌(ざうがん)のやうな桜の花は。

 と、結んで同作を実にエレガントにまとめあげてたけど、その「獣性」の中のユーモアというものにもう少し接近したいと思うものの、これがなかなか難しい。

 靴を履いたままで己れのベッドに寝っ転がるコトが出来ない以上、日本的獣性にとどまることしか出来ないワケで、シューズ履いたままベッドインは野蛮にしか見えず、そのあたりの感性から来るであろうユーモアもまたうまく解せない。

 ま~、その解せないところが面白くもありで、前作『キングマンシークレットサービス』での末尾、悪人どものアタマが続々に吹っ飛んでカラフルなキノコ雲がこれまた次々に沸きあがるシーンの妙味は……、強硬に婉曲するなら芥川の云う「象嵌のやうな桜の花」のようでもあるが、決定的なところで何かが違う。

 

 ってな事いってるうちに夜が更ける。

 「ふける」って語は、耽る、酖る、蒸ける、老ける……、けっこう用法有りだけど、意味するところ、いずれも”進行形”なのが、お・も・し・ろ・い。

ちがった言葉 ~言葉と歩く日記~

 5〜6日ほど前に河野太郎の、

「なぜカタカナで言うのか」

クラスター・集団感染、オーバーシュート・感染爆発、ロックダウン・都市封鎖ではダメなのか」

 が、話題になったけど、確かにその通り。人物には好感しないけど、この発言にかんしては二重丸。もっと強く云っていい。

 馴染みない英語より日本語の直球がダントツに判りよいし、危機を皮膚で感じられる。

 母語であることがこの場合、優先される言葉と想う。

 

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 昔々、中学1年だか2年の時、はじめて足がつった。どっちのアンヨだったか忘れたけど、ともあれ、ギュ~っと締まってくる激痛に呻き、

「これが、あれか~ぁ!」 

 即座に了解した。

 こぶらがえり

 この5文字は高校生になっても活き活きに生きた。

 コブラ返り、とはよくつけた名だと感心もした。かま首もたげた凶悪なスネークの首と胴体が我がアンヨのふくらはぎと結ばれて、まさに皮膚的だった。

 

 それが大間違いのコンコンチキと判ったのは20歳を過ぎてからではなかったか?

 コブラなんかじゃ~ない。

 こむらがえり

 が正しい。

「あらま~」

 驚くと共にかなり羞恥をおぼえもした。

 その羞恥はその時のシュ~チでなく、過去の己のが身への羞ずかしさだったから、妙なアンバイに恥辱めいた。

 だどもオラ~、そこから先を調べるこたぁ、しなかった。

 調べたんは、それから20……、もう40も半ばになってからのことだった。

 

」と書いて「こむら」と読む。ふくらはぎのコトをいう古語なのだった。

 よって毒蛇のそれとはまったく無関係だし、外来語でもなんでもなかった。

 そこでまた羞恥した。

 知らんこと多いなぁ、とグッタリし、焼けたアスフェルトの上を迂闊に進もうとしたスネークみたいにクネクネ身をよじらせた。

 

 こういうマチガイは誰にでもある。

 カマイタチというのが、イタチの一種だと思いこみ、「日本の動物園にはいないね~」と本気でかつて云ったヒトもいる。

 

 三十路を、老婆を指す単語と思い決めてたヤツもいる。

 ミソジという音と、女性を指すらしき使用方に、味噌臭いような濃い生活臭で疲弊しきった老女のコトだと、このヒト(大学時代のK君だけど)は勝手に信じ込んでたワケで、正しいのを教えた時にゃ、

「嘘つくなっ」

 と、怒ってた。

 その後、彼がチャンと調べて、自身の大間違いに気づいてくれたかどうかは、知らない。卒業いらい会ってもいないし、安否情報の取得のすべもない。

 味噌路ババァを抱えたまま死んじゃってるかもしれないし、三十路のいいのに出会い、ウフッ♡、ラブリ~エブリ~な生活エンジョイをやってるんかも知れない。

 

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 多和田葉子がエッセー『言葉と歩く日記』で、こむらがえりに言及しているのには、かなり驚いた。

 これほどの言葉の探究者、発想を八艘飛びで跳躍できるヒトが、ボク同様にこむらがえって、その「腓」を岩波の古語辞典ひいて初めて知ったさいの気分を綴ってらっしゃる。

 が、しかしそこは文学の先鋭者、実に巧みにその事実と感想を記され、さらに別ページでは「感想」という単語にクエスチョンを投げかける。

 その辺りの掘り下げ深度をまのあたりにして、奇妙なほどに嫉妬が沸きあがり、それでまたボクは羞恥をおぼえてた。

 

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                岩波書店の「古語辞典・補訂版」より

 

 サライ.jp の「暮らし」項目で教育学博士の晏生茉衣(アンジョマリイ)女史が「クラスター(cluster)」という単語を解説しているのを読んで、そのこまやかな解説は解説として実にありがたかったけど、

 

感染者集団としての「クラスター」は、一気に私たちの日常用語になった感があります。

 

 との、平坦な観察による「感」には感心しなかった。

 その単語をウィルス騒動のさなか最初に耳にしておぼえたのは、「一気にワケわかんなくなったぞ~」という混乱と困惑であって、

「非日常な用語のさいたるモノ。ややこしいのが進行してるのに、さらにややこしくするなよ~」

 との「感」なのだったし、ましてそれを日常語にしなきゃ~いけない性質なんてどこにもない違和だったもんだから、言葉によるこの侵食にも感染爆発的な危なっかしさをおぼえるんだった。

 

 違っちゃった言葉事例として、先の多和田さんの本ではお住まいのベルリンの町にオープンしたドイツ人経営の寿司屋のメニューを紹介されてた。

 

 VORSPEISE 前菜

 HOSO MAKI ニッポン放送 

 NIGIRI     寿司

 

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      多和田葉子『言葉と歩く日記』岩波新書 83ページの画像

 同氏はこのケッタイな「ニッポン放送」について頭をひねって、推察する。

 

 このメニューは、寿司屋さんが自分でデザインしたのか、それともグラフィック・デザイナーに頼んだのか知らないが、つくった人は日本語が全くできない。それでもオンラインの辞書を使えば、装飾用に日本の文字を見つけられるだろうと想って、「Sushi」と入力すると、「寿司」が出たのではないか。それから、「Temaki」と入れると、「手巻き」が出た。ここまでは良かった。次に「細巻き」の「細 Hoso」をローマ字で入れると、「放送」という漢字が出て、その例として「ニッポン放送」が出てきた。それをそのままコピー・アンド・ペーストしてしまったのではないか。

 

 以上の顛末はまだ続くのだけど、大いに笑いつつ読み、やがて眉間にシワ寄せ、ボクちゃんも気をつけよう……、半知半解を戒めるんだった。

ユスラウメとレモン ~ Hello, Goodbye ~

 数日前この岡山市でも感染者が登場で、ワールドワイドな時流の只中にここも入っちゃったアンバイ。まだしばらくは右往左往のドタバタが続くと覚悟もするのだったけど、公平公正な施策の速度アップと報道が続くよう願うばかり。

 公共を最優先の、ある種の社会主義的発想でのアレコレな政策なり示唆を出せるかどうかで、大袈裟にいえばジンルイに明るいヒゥーチャーな兆しが見えるような気もしないではないけど、オリンピックも延期したので、

「心ひとつで、皆んで乗り切ろう」

 みたいな精神主義的掛け声は願い下げ。

 

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 ながく親しんだユスラウメを、抜いた。

 土を掘り起こし根を断って、木を土から抜いた。

 ながく親しんだゆえに感傷がなくはない。

 根は太く、踏ん張るがごとく土中の四方に伸びていた。

 

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 最盛期にはバケツ数個分、5キロを越える実りもあって、数年間毎年、ジャムにして楽しんだりもした。(味はたいしたコトはない)

 煮立て、アクをとり、さらにフツフツ煮やし、裏ごしていくと、5キロもあったのが僅か1/4だか1/5の量になって、減少幅に「ぁぁあ」と驚きもした。

 瓶を買ってきてラベルを創ったりもして、愉しんだ。

 

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                   かつて記したユスラウメの記事。あれこれそれ

 

 けど、この数年は「ふくろみ病」が完治せずで、開花も次第に少なくなっていた。

 昨年はごく僅かに実りはしたが直に落下した。

 

 花の下につく実が文字通りの袋状に奇形する「ふくろみ病」は、アマチュアにはけっこうハードルが高い。

 スモモやユスラウメに特有した細菌がもたらす病いで、菌は土中で越冬するから始末が悪い。石灰と硫黄を混合させた薬剤散布が効くらしいが、ほとんど一般には売ってない。

 おまけに、この薬剤は他の樹木を傷めるらしく、散布はユスラウメ全体をビニールなどで覆っての作業となるようだ。

 それをしなかった。

 そのまま放置した。

 ちゃんと世話してやれなかったのを、悔やむしかない。

 

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               冬姿のユスラウメ

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 枝や根にノコを入れると、脆くなっていることにも気づかされた。

 病いに侵食され、年々に衰えていたのだろう。

 南無……

 

 ひっこ抜いた幹は、しばらく庭に置いておく。そうやって日々、眼にしつつ、次第に感傷が抜けていくのを待とう。

 大量の白い小さな花がついた姿。その花が失せて実がつき、やがていっぱいの実りになった時のふくよかさ。収穫の醍醐味。

 夏の、ものすごいような枝の伸びっぷりと葉の勢い。

 冬の、葉のないガイコツのような枝の寒々しさ。

 いずれもが眼に焼きついている。これは消えない。

 

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 ユスラウメを抜いた後、腐葉土やらやらを土に入れて混ぜ、数日放置。

 しばし土を養う。

 

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 で。

 ユスラウメの跡地に、一考二考と悩んだ末、レモンを植えることにした。

 最近はトゲのない品種もある。

 なにより常緑だ。ユスラウメの冬の姿を思うと、この一点は魅力的。

 残念ながら近場のガーデニング・ショップには、トゲのある品種しかない。

 そこで通販。

 富山県富山市の北山ナーセリーという園芸ショップに、発注。

 直かに眼で見られない不安もあったけど、届いたものは悪くなかった。栽培方法を記したプリントも添えられていた。

 

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 リスボンという種類のレモン。むろん育てたことはない。

 リスボンとはあのリスボンか? リスの坊っちゃん悦ぶレモンではないはず。ポルトガルが原産地だそうだから、ああ~、そういうことか。

 サンキストレモンはリスボンレモンと同じだそうな。カリフォルニアの内陸地域で作ってるリスボンのブランド名が「サンキスト」なんだというコトを、こたび初めて知った。

 ベチャ~っと云えば、どこにでもあるレモンというわけだ。

 けど、我が庭じゃ初めてだ。

 First experience 、初体験の酸っぱさだ、ウフ。

 

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 プリントには植樹後は2年ほどは実らないと、ある。

 かまいません。

 風に弱いというから支柱で支え、植えた。

 いまは、根づいてくれるのを願うばかり。

 ユスラウメがくれた喜びと同じく、レモンの育ちに期待。

 ながい交際になるのを求む。

 

 イタリアでは、ウイルス感染で危篤となって臨終の患者に、祝福を与える聖職者の死亡が相次ぐという。ミラノ近くのベルガモ教区だけでもう10人を超えるという。AFP

 無残で黒い光景ながら、それでも聖職者は死の床についた患者に寄りそう。もちろん防護服を着てマスクでだろうけど。

「明日、世界が滅ぼうと、今日、リンゴを植える」

 レモンを植えつつ、そんな言葉を想いだす。

 

 

お彼岸

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 ウィルス大騒動をよそに季節はめぐる。

 お彼岸だ。

 坊さんがやって来た。

 この3月やら盆やら暮れにやって来て仏壇前でブツブツ唱えてナンボか持って帰るお寺さんというのは、とても悪しく云えば、巨大化した寄生生物種という感もなくはないけど、そう云っちゃ~ミもフタもない。

 ウィルスやバイキンとは違う。

 

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 有り難く思わなきゃ~いけない。有り難いと思う「徳」が「得」にもなり、「損」ばかりさせられるウィルスとは違う。

 坊さん来たりてやっと、父の墓参りというのを、「やらなきゃいけないこと」として再確認かつ実行しているというようなトコロもあるし、3月の来訪は、

「ぁあ、春が近いワ」 

 な、句読点1つうって行替えな気分も促してくれる。

 くわえて、法衣をまとったヒトが家の中にいるという非日常っぽいカタチも、ま~、嫌いでない。茶をすすって束の間おしゃべりし、裾を閃かせ、アタフタ次の檀家に出向いてくのを送り出して、

「ホッ」

 とするのも悪くない。

 


 奇しくも坊さんが来た日はマイ・マザ~のバースデーの前日だから、都合良い。

 弟夫妻やらその子供たちも集い、マザ~96回めだか97回めだかの祝いの席を設けることも出来た。『次いでに』という次第ではあるけど、昔人と生者、両方に眼をはせた。

 

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          近頃のケーキは数字ロウソクってのがあるんね

 

 お彼岸は先祖供養と同時に、6つの「徳目」、持戒・忍辱・精進・禅定・布施・智慧六波羅蜜を自身のこととして修業に励む期間ということらしいけど、そういう基本はほぼ無視しちゃって過ごしてるんだから、当方はエエ加減な檀家ということになっちまうが、ま~、そんなもんでしょう。

 六波羅蜜という単語の意味するところとて、よくは判っちゃ~いないし、忍辱と書いてニンニンと読むのは何にゃん? とは思うものの調べてみようという興味も、ま~、う・す・い。

 

 ウィルス大騒動はやがて小さくなるのは確実(時期不明)だけど、急遽に成立させた「改正新型インフルエンザ等対策特別措置法」はいつまでも残る。

 人の自由を制約でき、情報も操作できる法律ゆえ、使われようによってはエライめに遭いそうな気がしないではなく、これは「得」とはいいがたい。

 ウィルスよりこっちが、ふ・あ・ん。

 

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 運慶の四男、康勝作の「空也上人立像」。京都・六波羅蜜寺蔵。

 口から出てる6つが六波羅蜜を示すという説もあるようだけど、「南・無・阿・弥・陀・仏」の6つの音が像となっているというのが、ま~、解釈として正しいような。

 この6語を懸命に唱え続けることで六波羅蜜の6つの徳目もまた得られようというコトだろう……、たぶん。

 康勝という仏師の気魄がすさまじ過ぎて好みの像じゃないけども、音を具象させ、その6つを仏というカタチに抽象させた転換のワザには感心する。

 ある種の批難を受けるであろう造型と判っていつつ、そうせざるを得なかった気分がストレートで、それがまた逆に悲壮な感をも醸してるようで、結果、こちらの好みでない気分をいっそう引き立てているのだけども、途中止めせず最後まで彫り込んで仕上げた康勝の”独断”の執念には称賛だ。

 

 某国首相の”独断”や、康勝のそれのように、独断にも二面がある次第ながら、いずれも「その結果」というのが終いに出てくるわけで、いま現在のウィルス騒動はどういう「結果」となるのやら。

 ナ・ム・ア・ミ・ダン・ブゥ~ッ

 4~5回唱えて……、飽いちゃった。

 

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 墓に参り、雑草やらをチョイと抜いて掃除の真似事をし、持参のリンゴをお供えし、数分後にまたバッグにしまう。

 この墓所はそばにカラスの団地ありで、イタズラ激しく食べ物を喰い散らす。

 よって墓所の管理法人から、食べ物は持ち帰ってください、との通達が出て既に久しいのだ。なので概ね皆さん言い付けを良く守ってらっしゃる。

 うちも準じ、同じ墓所にある我が良き大先輩のお墓にも詣でるものの、リンゴはサッと置き、サッとしまって持ち帰り。

 カラスのおかげでケッコ~、お得。

 もっとも、墓の中の我が父や大先輩にゃ、

「なんでぇ~なんでぇ~」

 絵にかいたモチよりはるかにガックリかもん、な。

 みんなカラスがわるいのよ。ゆるしてちょ〜だい。

 

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倉敷のギャラリーでネコをみる

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 ひさびさ倉敷。

 ギャラリー「十露」で友人の作品を観る。

 かつてはアニメーションのキャラクターを彼独自の視線と卓越技巧でもって「フィギュア模型」としてではなく「フィギュア・アート」にまで昇華させ、モデル・グラフィックス誌上とかでも特集が組まれるほど話題になったけど、いかんせん版権の壁がある。アニメーションの会社とてキャラクターの独自解釈なりは未知領域。結果、あいまいに敬遠される。

 そんな悩ましきを経て、今はパブやキャットをモチーフにした造型焼き物作家。

 PUGLAND。こちらに情報あり

 

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 サイズは小さきものだけど、まったく見事。

 いま本人宅には犬もネコもいないけど、確実に彼ら彼女らのチャーミーなところをとらえてる。

 コンピュターとマシンによる3Dモデルでは吹き込めない指先の入魂が際立つ。ただ可愛いというようなつまらないのは造らない。モチーフとなった犬もネコも個々が屹立し、何だか長く生きた末の知恵みたいなのを眼にやどしてる。

 だから1つ1つをイヌだのネコとの種族では云えないような感が湧いて、万が一、ひとつを手にいれたら、あえてそれに名前をつけてやらねば……、と妙な気がおきる。

 

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               関節が可動しポーズを決められる仕様 photo by PUGLAND 2020

 

 磁器にウッド、若干の縫製、素材幅も拡がり、鮮烈で繊細。しかも進化を続けて、こたびの展示では蝶をモチーフにした驚きな作品も有り。

 蝶というカタチのはかなさと、それゆえの脆い優美までが刻まれて、実に、す・ば・ら・し・い。

 

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           羽はちゃんと2枚に分離してる  photo by PUGLAND 2020

 

 むろん、こうなると日常に使う小物というジャンルではなく、眼を悦ばせる、よりアート嗜好な小物ということになるけど、そこもまた良し。

 

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 上と下の写真。台座は磁器で蝶はヒノキだか……。そのウッド部分にアロマ液を沁ませて香りをも愉しもうというカタチ。ちなみに蝶の高さはわずか5センチほど。けど小さな中にディティールが詰まってる。木製台座部の螺髪状の造型に密かに唖然とさせられた。根気と集中と丹念さがなきゃ~、これは造れない。

 

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我が宅にあるPUGLANDの小品。実に小さいが存在感がでかい。ただ愛らしい小物でなく、対象となる生き物のはかなさへのいとおしさにくるまれた造りと塗装と焼き具合の妙味が素晴らしい。

このコにはカネオモリコと名付けてる。 金御守子……、ベタな名だけどぅ。

 

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 美観地区は、県内屈指の観光地ゆえウィルス騒動の影響が露骨。

 ガラ〜ンと空しい音がするほど。

 

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 若干の欧米人らしきは見るものの、久々の”鎖国”状態ゆえ、通り過ぎる人のコトバに異国語がない。

 密度高きな繁華より、この少なめが好ましいよう思いもするけど、福山からやって来た知友とも合流し、オトコ3人で昼食。

 いつもなら外にヒトが並んでいる店もガラ~ン、アッという間に着座出来、逆に拍子抜け。

  食べつつ、しばし造型に関する談義。

 

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                  みやけ亭で

 

 シングルモルトな連中ゆえ、共通点も多いけど、噛み合ってるんだか噛み合ってないのだかよく判らんカークにマッコイにスポックの『スタートレック』みたいな、友愛に基づく不一致もまた愉しい。

 むしろ個々のキャラクター発揮こそ面白く、た・の・も・し・い。

 市川崑の晩年作に言及しての、感性と老いの談義も可笑しく哀しく、当然にそれは自分らの未来の姿でもあるとの認識でヒリヒリしつつ、話しては笑う。

 そう、まだ老いた感性のことを笑えるのだ……。

 

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 倉敷川沿いの珈琲館に場所換え。ここも客数少なし。濃いめなモカ飲みつつ、鼎談継続。

 Pugland君から『エミリーローズ』なる映画を推薦される。

 このシトが推薦するのだから、まず間違いない。奇妙に歪んだ異界と正常と思われている世界、いわば遠近両用メガネの境あたりの不思議像が見える作品に違いない……、DVD買ってみようかな。

 

 ま~、しかし当然にウィルスの話が出てきますわな~。

「どぅしたらエエもんかねぇ」

 と、帰り道に福山在住が云い、そっから先はコトバが続かない。思考停止に陥るのは自明。ほとんど実態が判らず実感も伴わないのだからシャ~ない。

 県内でウィルスが出ていないせいもあってか、だから倉敷行きの普通列車内では、マスク着用者は半分くらいで、あんがいノンビリした光景をマノアタリにし、「あらまっ」と感嘆もする。メッタと電車に乗らないので、逆にこの弛緩したような光景が眼に焼きつく。

 

 米国の研究チームが、

「このニュータイプなウィルスはヒトの体内に入らず大気中にある場合は3時間ほどは生存出来、プラスチックの表面などに付着の場合は3日はいきる」

 というコトを発表してたけど、さぁ~、それが判ったからといって、どぅしていいか判らない。

 浮遊するなり、そこいらのタンスの隅にうずくまってるかもしれないのがホタルみたいに光るなり、点滅してくれてりゃ、こっちとて吸い込まないよう、身体に付着させないよう、かなり明確に努力できるけど、そうでないから困ったもんだ。

 でも、3時間くらい宿主なしで生きる、というのがホントなら、これは「知る」という意味では大きなニュースだろね。

 かつて昔々のアフリカじゃ、ヒトを襲撃する超おそろしい大きな魔物がいることに戦々恐々でビビッてたけど、それに「ライオン」という名を与えた途端に、やはりビビるべきものじゃあるけど、ただのでっかい獣という風に認識が更新されたように。

 

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 えびす商店街の一画に出来てたトイレ。なかなか気がきいたカタチとハイチで、こういうのは岡山市にない。というか、商店街ってあんがいとパブリックなトイレはないもんね。

 あえて眼をひくよう設置されてるのがチョイ好感。ひっそり置くよりドド~ンと見せてしまう逆転発想や良し。個室は4つあって明るくクリーン、広さも結構あり。

 ただし車椅子の方などにはステップをあがる構造ゆえ不向き。もちろん、そこは倉敷市とて考えてのことだろう。障害ある方も笑むようなのを、この先さらに別途で造るはずと思いたい。

 

 

 

ガリラヤの海の嵐

 ウィルスそのものより、ニンゲン側の拙(まず)さ、怖さ、滑稽に、

「なんだかな~」

 ぐったり続きなここ数週。あえてそれらに触れず、身近なモノに眼をむける。

 空間というかスペース、について。

 

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 先日夕刻の西空。

 レンブラントの描く光と影の含みみたいな、光線具合がちょっと良かった。

 彼が今の時代の日本でアウトドアを描くなら、やはり電線は描かざるをえなかったろう。実に不細工で景観への配慮などチビリともない、このラインの束が今の姿というか、今を示す特徴の1つなんだから、これを描かないことには画家の存亡に関わる。

 

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 とはいえ誰がそんな電線絵画を買ってくれるのか? かわないカワナイ。

「ぁ、無駄な空想しちゃった」

 首をすくめて、こちとらクスクス笑うのだった。

 レンブラントを想起したのは、1990年にボストンの美術館から盗まれ、未だに発見されていない『ガリラヤの海の嵐』という作品があったからだ。

 

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            1633年の作品 彼が描いた唯一の地上ではない絵

 

 激しい波に苦労している帆舟の幾つものロープが、上の写真の電線のようでもあって、それで2つのイメージがつながってしまったんだ。

 この絵は、横幅が160cmで高さが128cmもあったというから。かなりデカイ。

 流布されている画像を見るに、かなり暗い映像のものが多く、上に載せてるもののようには明るくはない。

 たぶんこの画像は明度だか彩度をあげてるような気がしないではないのだけど、何せ写真は盗まれる以前、1990年以前に撮られたものしかないワケで、実物の明暗度がどうであるかは定かでない……。

 レンブラント作品の多くはかなり暗い色調の中に沈んでいるから、本来はこの絵も暗っぽい日没間際の見えるようで見えないような描写だろうとは予測するけど、このように彩度をアップさせて提示することで、初めて、画家が丹念にディティールを描き込んでいることも判るワケで、そのことでレンブラント・ファン・レインの力量が圧倒的なものであったと、逆にしれる。

 

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たぶんおそらく、この画像の方が実際の絵の色調に近い? が、盗まれてもう30年。具体的に検証できない

 

 盗難にあったイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館はボストン美術館のすぐ近くにあって、入口こそ近代っぽい造りながら敷地内は中世イアリアの大豪邸をモチーフにしての建造で、中庭が実に美しいらしい。

 同館では、いまも本作のために、展示されていた場所に同寸のカラの額縁をかけ、絵の帰還を願ってる。

 その空のスペースは、腹立たしい災禍を示すわけじゃあるけれど、無駄なスペースじゃない。そこにあるべきものを示唆し続けてる。

 

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           イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館

 

 一方、盗んだヤカラは、売るに売れず、捨てるに捨てられず……、なのじゃあるまいか。

 丸めて保管してるのかも知れないけど、盗人の住まいだかの一画でそれは大きな意味でのスペースを取ってるはず。

 トットと返した方がいい。その空間を救済のためにも。

 ちなみに盗難は同作だけでなく、フェルメール作品も含め13作品もが、その時ごっそりやられてる。

 この事件に関してはマサチューセッツ州警察(ボストンは首都)やFBIの大捜査に関わらず犯人不明という次第で、米国では幾つかTVドラマになったり、ドキュメンタリー的映画『消えたフェルメールを探して』というのも作られたようだけど、残念ながら未見。これはDVDで市販されてるのだけど絶版だから中古市場に出るのを待つしかない。

 我が心の内には、その待ち時間としてのスペースや、有り。

 

ガリラヤの海の嵐』は、ガリラヤ湖という淡水の大きな湖をイエス使徒らが渡ってるさなか嵐がやってきて、往生した使徒らの前でイエスが奇跡をおこして嵐を静めるという、ま~、神さんの子は自然をも制御するというような、マルコの福音書第4章での話を絵にしてるようだけど、神の子は今はいないっぽいから……、嵐としてのコロナウィルス騒動をも静めてくれない。

 残念。

 

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           ガリラヤ湖。この写真はコチラからお借りした

 

 閻魔の大王さんなら、ウィルスと現政権、どっちが悪質かって~なお裁きじゃ、いささか面白い判決を下すような気がしないでもないけど、よく考えりゃ、閻魔は該当者が死亡してはじめてご登場だから、これもま~、現世じゃ役にたたんのぅ……、というわけで、ぁあ、また無駄な空想しちゃった。

 

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                  成相寺京都府宮津市)の閻魔像

 

 ともあれ、カラの額に絵が戻ってきますよう……、ここはやはり祈るっきゃ~ないか。

 祈願出来る対象という意味では、一神教多神教とわず神さんは機能してるなぁ。

 

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 マックス・フォン・シドーが亡くなったそうだ。90歳。

エクソシスト』で老神父を演じた時はまだ44歳……。大阪南の映画館で当時観たさいは、そんなに若い人とはまったく知らなかった。以後いろいろな映画で愉しませてくれた。彼が出てくるとその映画に必ず重みが生じてた。ラッセル・クロウの『ロビン・フッド』でのウォルター卿に扮した彼がとりわけに。

 合掌。

 

 

 

 

 

 

病院はしご

 昨日は雨降りのさなか、眼科へ。

 術後1ヶ月経っての検診、という次第。

 例によって待合室は受診者でいっぱい。この眼科にゃスタッフも20人くらいいて、人気を物語ってもいるのだけど、ウィルス騒動のさなかゆえ、この密集っぽさは好感しない。待合室で事前点眼をスタッフから受ける人もある。

 待ち時間およそ1時間弱。

「経過良好です~」

 で、診察1分。

 ぅ~~ん。

 

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 そのあと、別場所、別の医院にゴ~。

 マイ・マザ~殿の定期薬をば1ヶ月分ばかり処方してもらう。

 こちらは眼科ほどに人はいないけど、病院のハシゴって、面白くもない。

 けど、どちらの医院にも共通なのは、医院にしっかり馴染み、受付でしっかりタメグチ云って笑い、日常の生活パターンの中に病院通いを組み込んでる方もいるという事実。

 通いがうっとうしいものでなくて、あったりまえの日常というワケね。

ジェネラル・ルージュの凱旋』という映画で不定哀訴の外来者を担当の主人公に、「グチ外来の医者と救急医療にたずさわる医者とでは大違い……」と堺雅人演じる救急医療センター長がグチるシーンがあったけど、ま~、そんな感じも含め、病院に行くのを、文字通りな"生き甲斐"というか、楽しみにしている方もいるワケなんだから、世の中おもしろいと云っちゃえば失礼だけども、

「なるほどねぇ」

 とは感心する。

 

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 ま~、誰にだって楽しみは、あるさ。

 かくいうワタクシだって、近頃は、ファミチキ買って、これをば食パンにのせ、さらにイチゴ2粒ばかりをのっけて練りカラシ塗り、上から食パンでおさえ、バクッと頬張る前に指でジワジワとイチゴを潰して馴染ませ、やっとパクリ。ビールで流し込む。

 そんな痴戯っぽいお食事に密かな萌えを感じちゃってたり、する。

 べつだんファミリーマート製でなくっても、いい。

 ヤマザキ・ディリーのやら、セブンイレブンのやら、ローソンのやら、でもいいのだけど、歩いて数分のところに店があるんで、利用頻度が高いだけ。

 こだわってるワケもない。

 ワケもないけど、そのお手軽でもって楽しみが充足されるんだから、ワタクシの楽しみって……、とても底浅い

 カラシとイチゴが口の中で互いに、何じゃ〜オマエはとケンカするのが、面白い。そこをファミチキがマ〜マ〜、ま〜ま〜となだめてるって感触がお・い・し・い。

 

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 一斉休校がはじまって早や数日。

 うちの近所にゃ小学生が10人くらい生息し、休みともなればよく外に出て遊び、うち複数はチャンと挨拶も出来る子らなのだけど、いっこうに姿を見ない。

 皆な、鳥カゴの中の小鳥みたいに家の中に置かれてるんだろか? それとも疎開してんのか?

 疎開ったって~、どこも同じく感染が危惧されてるんだから、意味ないけど。

 子供らの声が街路に聞こえない奇妙。

 たぶん次第に緊張が溶ろけて、ダイジョブだろうってなコトになって、やがて子供たちはゾロゾロ街路に出て来るだろうけど、逆説的な、

ハーメルンの笛吹

 みたいな状況に今は困惑しきりだろう。

 

 

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 しかしイチバンに困ってるのは、大人だわさ。

 ライブハウスを含め、個人商店や飲食店は大変だよ。

 密集集団による感染は忌避はしたいし、といって何ぞあったら、とやかく云われるし。

 ライブハウスに自粛要請はないけど、花見は自粛して欲しいというのは……、どうなの? (結局は国として何ぞのさいの商業的経費補填を回避してるんだね〜)

 香港のように全世帯に1万香港ドルを特例支給というようなこともない。台湾ではもう2月初旬には休校処置を終え、次段階での対応をやっている。そんな素早さもない我が国では……、他国との違いも含め、どう踏ん張っていいのやら、かなり困る

 判らないコトだらけなのが、とにかくも厄介。

 極微なウィルスがニンゲンという巨体を今は土俵のキワに追い込んでるワケで、ある意味、すごい……。

 

 けど、それもイットキでしょうよ。

 ちょい昔、ナチスがパリを占領し、優越にホホを紅潮させてカフェに居座り、我が世の春来たりとふるまったものの、やがてシッペ返されてションボリ萎んでったみたいになるのを、期待。

 

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