学芸会みたいに

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 この前の土曜、ダブルブッキング。

 城下公会堂での太田徹哉トリオのライブと、我が講演がらみの打ち上げケン忘年会が重なっちまった。

 身体が1つしかないのは不便なり。

 という次第で、ライブ会場の椅子並べやらの下拵えのヘルプをし、リハーサルをば眺める。

  やがて陽が暮れ、ドアの向こうではチラチラと開場待ちの人の姿。

 本来なら方々を迎える役なのじゃ~あるけれど、刻限になって場を辞し、別場所へとスッ飛んでった。

 

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 で、その打ち上げケン忘年会は、「学芸会仕様」。

 某居酒屋借り切って、楽器を抱え、全員でチャカポコ唄ってしまお~、というお楽しみモード全開な催し。

 いわば内輪のライブ。シークレット・ギグというほどではないけど、ま~そんなカタチ。

 なが~い付き合いながら、共に唄ったり歌声を聴いたコトもなかった方々との、それゆえの「学芸会仕様」。

「え? あのヒトが、その歌を? へぇ~!」

 学習発表会的なノリやらサップライズも含め、意外なほどに楽しいコトになってった。

 途中より、誰も知らないオッチャンが混ざったりもして、これには大いに弛緩したけど笑って受け入れた。

 

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 この1年というか、近来、チ~~とも楽しい世の中でないのはご承知の通り。

 今年の漢字に選ばれた『災』を拡大解釈すれば、政治も経済もヒトの心も……、保守を通り越した無様な保身やら強圧やらやら、『災』はまことに適切なチョイスとも思えるけど、良いコトと悪しきコトのバランスがとっくに崩れちゃって、さっぱりわやのしんチャンなのだから、

「たのち~ねぇ」

 なんて浮かれてる場合でもない。

 かといって暗い顔でブツクサ不満たれてるだけじゃ余計マッ暗け。喜怒哀楽4文字の、最初と最後の漢字2文字をば、喰える時にむさぼっておこう。

 などと書くと、何だか1920年代の、いわゆる大正デモクラシーとしての若者文化の勃興と溌剌と、その後の真っ暗ケな時代の到来みたいで好ましくないけど……、悠々闊歩したモダンボーイズにモダンガールズが、流されるまま、ハタと気がつくと軍服にモンペにと姿を変えてった怖さは忘れずにおこう。

 

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 1927年(昭和2年)のモガ・スタイル。右の女史の着物と髪型最高。歩幅が大きく見えるのも好もしい。たぶん、この時、彼女は急いでたんだろう。この女史とお付き合いするなら男子とて相当に覚悟したスタイリッシュ・ボーイズでないとイケネ〜。

 でも、この超絶にカッコいい彼女—— 20歳代半ばなら間違いなく明治の後年に産まれた人だ ——とて否応もない時代の流れのさなか、やがておよそ10年ほど後には、モンペ姿となって駅や街頭に招集され、徴兵された男子を見送り、「お国のため」とか連呼していたハズ……。

 気がついたらもう手遅れ、というのが怖いんだ。

 

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 1930年(昭和5年)のバスクリンの広告。イラストは高畠華宵。極度な欧化じゃあるけれど、個々人の自我や自由がまだこの時点では謳われていたという証し。

 大正中期から昭和初期にかけての1920年代、その10年ほどの間は、爛熟の、いわば、“楽しい学芸会“の時代だったような感がする。

 

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 その時期のオモチャ屋さんで売ってたのが、写真の石膏製のフェース像。

 およそ40年ほど前、熊谷信夫氏と丹波篠山とか草津とか近畿圏外周の田舎町の玩具屋を周り、倉庫に眠ってた古いオモチャを買い集めてた時に見出したもの。

 氏はその数年後に、『ブリキのおもちゃ』を刊行し、ノスタルジックなTOYSに脚光を浴びせる導火線とした。

 この小像がどういう用途であったか不明ながら、たとえば理髪店あたりの飾りとして売られ、壁なんぞに吊ってたんだろうとは思われるが、さほどに売れなかったんじゃないかしら? とも思って早や40年。伝統的な枠にとらわれない感覚としてのモダニズムが、オモチャ屋さんの店頭にまで風俗を映す鏡として伸びてたワケだ、かつてイットキは。

 でもま~、売れなかったことが幸い。これは我が部屋でひっそり生息し、永劫のスマイルを続けてる。

 

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縦置き / 横置き

 年末が接近するとアチャコチャから聞こえるチャリティの声。「歳末助け合い」という呼び方は今も活きてるんかしら?

 

 ルネスホールにて「クリスマスチャリティコンサート」。

 広島の三育学院の高校聖歌隊と同校中学部のハンドベルの公演。

 入場収入は、チベット口唇口蓋裂治療にあたるNPOADRA Japan に贈られるそうな。

 こういったイベントにあんまり縁がなかったけど、誘われて着座。

 自分が知らない音楽シーンも経験してみるか……、といった感じにて。

 

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 で。

 途中休憩だか終演後だか、

「心が洗われました」

 ロビーでそんな声を幾つか聞いた。

 いや、もちろん、演奏は良かったし十分に味わったんじゃあるけれど……、ひねくれな気分が湧かないわけでもなかった。

 チャリティの意義に異議なしだけど、澄明な聖歌を聴いたといって……、そう簡単に心が洗えるものかしら? ともヒッソリ感じるんだった。

 それで……、

「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの

 を思い出しもするんだった。

 

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 さぁて。

 あと10日ほどでクリスマスだけど、毎度、連想するのは丸っこいケーキ。連想というより、町中至るところスーパーやらコンビニやらの店頭ポスターにチラシと否応もなく眼にはいってくるんだから、刷り込み現象に近い”クリスマス・ケーキ”。

 で、そのケーキですが~、ホールケーキを切り分け、小皿に移すさい、たいがいはその形が崩れないようガンバッて小皿に立たせるのが、ボクには普通のコトであったけど、米国映画を観る限りでは、ど~もそうでない……、というのが今回の主題。

 

 米国じゃ、ベチャ~っと横にしちゃってる。

 70年代に『ゴッド・ファーザー PART2』のパーティ・シーンでそれに気づき、ちょっとした違和を覚えたもんだったけど、最近観たジョニー・ディップ主演の『トランセンデンス』でもやはり、切り分けたのは横倒しなのだった。

 造られたケーキの形を維持する縦置きか、あるいは横倒しか、これはどちらが正しいのか? というようなコトは問題じゃない。

 そのいずれかが普通のコトとなっている違いが、ま~、ボクにはちょっとオモシロイだけの話。

 

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※ 『ゴッド・ファーザー PART2』より。ケーキは横たわらせるの図。

 

 当然ながら、横たわらせる方が食べやすい。

 けどカタチとしては切断面を見せることになり、上側のデコレーション部分はそれで主役の座から堕ちる。明らかに見た眼は悪い。

 要は、切り分けた瞬間よりデコレーション・モードはお終い、そこから先は甘いフードとなるワケなんだかの、その合理的な分離みたいな感性の動きがオモシロイ。

 ボクなんぞは縦置きを好み、ついつい、最後までそのデコレーショナルなカタチをば保ってやろうと食べつつ腐心してるワケで。

 

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※ 『トランセンデンス』の1シーン。これも横置きです。

 

 ひょっとして欧米では、小皿に移してしまえば、今度はその断面をば"愉しもう“という趣向なのかしら、ね。

 と~~はいえ、もう近頃はケーキを欲しがる気分は薄いけど……。

 子供の頃はクリスマス・ケーキって大変ハッピ~な気になっちゃっう御馳走で、惜しんで少し食べ残し明日も愉しむ……、何て~ことだったけど、衰退しましたなぁ。当時はバターケーキしかなかったですけどね。

 

 しかし、ちょいと不思議に思うけど、キリスト生誕祝いは重々に解ったけど、お釈迦さんの生誕って……、あんがい祝われないよね。お寺さんで甘茶が出るという程度で、街頭にツリーが飾られることもないし、ましてやケーキなんぞは。

 日本の仏教界はその辺りの広報が今ひとつというか、そこに重点を置いてないのかしら? クリスマスが接近するたび毎年、なんだか仏教だの神道の神社とかをボクは思っちまう。

 

 

マジかなミステリーツアー

 土佐の高知へツアーした。

 お仲間総勢7名予定だったけど1名が風邪でダウン。6人にて1台のハイブリッド・ワゴンでゴ~。

 ボクを含めミュージシャンはいない。けども気分の数パーセントを、あえてバンド仲間との旅と思うことにしたら……、ちょっと光景が違ってみえ、オモチロイ。

 

 この夏だったか、エアロスミスがまだ売れてない頃に彼らが使ってたツアー・バス(バンだけど)がどこかの山奥だかのゴミ捨場で見つかったというニュースがあった。

 この前観た「ボヘミアン・ラプソディー」でも、4人がツアーで使ってたバンを売っぱらうというシーンがあった。

 バンドにとってツアーは大事。というか日常。

 演奏時間なんてしれてらぁ、大半の時間は車での移動に費やされたはず。

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 映画『マジカル・ミステリー・ツアー』はビートル4名のツアー中の妄想を点描めいた”絵”にしたに過ぎないし、だからこそワケ判んなくてハチャメチャに面白いのだし、ポールのウイングスの頃の「バンド・オン・ザ・ラン」とてもツアーが歌われてるワケじゃないけど、ツアー込みのバンドを念頭にした歌だったには、違いない。

 レイ・チャールズの生涯を描いてアカデミー賞をとった『レイ』でも、彼のミュージシャンとしての前半生は、そのツーリストとしての、いわばステーション・トゥ・ステーションの繰り返しであったことが描かれてたよね。

 

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 バンドにとってツアーとその道中は、実に大きなインパクトあるものだったろうと思うし、そういう旅から旅とは、どんなものだろう? 常々にそのさいの彼らミュージシャンの気分の振幅が気になる。

 バンドの旅は、「漂白の旅」でも「自己発見の旅」でもあろうはずがない。

 旅の先にお宝も発見もなく、ツアーは、バンドを見せるためなんだから、お宝はバンドそのものだと思えば、旅の様相はガラリ逆転している。

 見に行くんじゃなく、自分らで運転して見せに行く旅というのは、そこいらのツアーと根本が違う……。

 

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 こたびの土佐行きツアー道中は、こっそり1人で、そんなバンドの移動を念頭に浮かせつつじゃあったけど、向かう先で演奏しなきゃいけないワケでなく、時間の制約があるワケでなく、ま~、楽勝だぁ、憂鬱なんかカケラもないからシミュレーションにもなりゃしないし、ただも~、ひたすらに、行き当たりばったりで、た・の・し・い、のだった。

 

 久々の高知界隈は多少に景観が変わってた。新たな道の駅が出来ていたりもする。

 けど、海を見下ろす丘の上の黒潮本陣はあいかわらず。

 超がつくほど苦手だったカツオのたたき。けども唯一ボクが食べられるのは、この場所でのワラ焼きの加減具合とその清涼な空気が下味だ。

 

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 こたびのツアーでドライバー役に終始してくれたkosakaちゃんと、故マ~ちゃん、Eッちゃんがそこを是正してくれたのは、も~ダイブンと前。

 この時期は下りガツオ。トロ鰹ともいうらしいが、久しぶりゆえ余計うまかっチャン。アッという間にペロリ。

 

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 食べつつ、『マジカル・ミステリー・ツアー』の中、ジョン・レノンがケタケタ笑いつつメチャなことになるスパゲティの大テンコモリのシーンを思い出しもした。

 眼下の洋上には白波が立っていなく、なんだか瀬戸内の海みたい。

 荒ぶる海の土佐でない。妙に穏やかで、逆説的にもの足りない。

 

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 黒潮本陣近くの久礼(くれ)市場には、「津波避難所」が出来ていた。

 そのために周辺の景観が変わってしまっているけれど、これはこれで1つのランドマークと思わねば仕方ないだろう。旧来の防波堤じゃ役を担えないことが明白になった以上……。

 しかし、これまた逆説的に、遠路ここを訪ねたヒトには、この塔屋もまた、新たな久礼市場のカタチとして観光化されもするのだろう。

 

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 しかし、このスロープ構成の塔屋に久礼町民すべてを収容出来るんかしら? まして市場町より海により近い場所だ……、心理的に、いざとなったさい、海のすぐそばのこの塔に向けてヒトは逃げ出すだろうか? 心理的にはその逆の方向ではないかしら? 余計な心配もチラリ。

 

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 愛媛と高知の県境に大規模なカルスト台地があることは、あんがい知られていない。

 標高1300mか1400mだかで、秋吉台のそれより雄大な景観の広がりを満喫できる、いわば隠れた観光ポイント。

 ひさしぶりに登頂。

 

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 ところがま~、 暖房ヌクヌクな車のドアを開けるや、ドアは勝手にバ~ンと全開放。とんでもない強風で自動ドアの高速オープン。

 それも凍てつくような風……。

 草木は凍って、雪を見るよう。

 景観の大パノラマを愉しむどころじゃなかったのは、下写真の通り。身体が風で飛ばされそうで終始足を踏ん張ってなきゃイケネ。

 

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 凍った強風に、

「ギャッ!」

 悲鳴をあげ続け、下車したのは4分ほどか……。

 瞬間風速は30m近くあったんじゃなかろうか。

 

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 山を降り、山間の国道をしばらく駆け、山あいの高岡郡越知町の横山食品の直売所で芋ケンピ購入。

 1Kgも入って500円と消費税。

 この直売所でなきゃ買えない大袋とプライス。

 

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 店のスタッフも界隈のおばちゃんらしきで、地域に根をしっかり下ろしたこんな会社って、いいね。

 

 帰路、高速を坂出で降りて高松方面まで駆け、高松は植松町の「カモメ」なるレストランというか食堂というか、緑樹で覆われてイッケン何屋さんだか判らない外観の店にて夕食。

 余計な看板やノボリなど一切なしが、いい。

 kosakaちゃんお薦めの店で、もはや夜のとばり、どこをどう駆けて辿りついたか定かでないが、ま~、そこはミステリー・ツアーの醍醐味。

 メニューは眼移ろいするほどに定食がズラリ。

 そこでとんかつ定食をばチョイス。

 厚み4.5cm~5cm。お肉柔らか。熱々。コロモはカラリ。

 

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 メニューに書かれてないけどゴハンも特徴あり。一口食べたY女史が、

「あ、ムギ飯」

 と指摘した。讃岐モチ麦というものらしい。

 で、とんかつ定食。

 ボリュームに反比例で880円。いいのか、そんなネダンで……、嬉しい悲鳴。

 

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オムライスは3種の味? 茶碗にスープがミステリー。

 

 食とアルコールで豊満。車の揺れも心地よく、途中で雪が舞ったのも知らず、瀬戸大橋を過ぎて岡山にまで戻って来たのも判らず、ウトウトロと半睡のことシキリ。

 

 

サンマーメン

 まったく食通でないんで、フード関連のアレコレを知らない。

 サンマーメンという名を知ったのは、今年になってから。

 プライムビデオで『孤独のグルメ』を観ていて、初めて知った。

 けど、この麺は壁のメニュー張り紙と五郎ちゃんの独白に出てくるだけで、食べるシーンはないのだった。

 なので、それがどのようなモノであるかは判らずだった。

 

 しかし一方、近頃数ヶ月、日曜ともなれば近所のスーパーでもって、とある冷凍食品をば1ケ買っちゃ~、たいらげていたのだった。

 あんかけ野菜豊富で、はんなり醤油味。トロミ適度。

 これがアンガイうまい。ボリュームもある。

 

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 日曜のみ買うのは冷凍食品オール半額デー、だからだ。

 通常は3割引き。3割と5割はホッケの開きくらい大きいッショ。

 それで日曜昼食は5割価格の、その一品なのだった。

 缶ビールとこの熱々のリピートでもって、昼食が完結するのだから、おおらかというか安上がりというか、何だかよくワカランけど、それでもって満足度合いがコキュ~ンと高まるんだから、ま~、それでイイのだ。

 で、久しくもそのパッケージに小さな文字で書かれてる単語を、ボクは見逃してたんだ。

 見りゃ……

「生碼麺」

 と、書いてある。

 

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 先週の日曜だかに気づいて、

「あっ!」

「わっ!」

 嬉々混ざった感嘆符を2つ程ついてしまったのだった。

 いや、それまではこの冷凍食品の名なんてチッとも興味なくって、ただも~、他の冷凍麺に比べてボクと相性イイじゃん、それだけで日曜ごと買い求めを繰り返したものの、名は、せいぜいがパッケージにでかく書かれた「横浜あんかけ」を見る程度で、菜は喰っても名は食わずで、どうでもよかったのだった。

 それが、チョイ興味を持ってたサンマーメンであるというコトにやっと気づいて、

……ったくも~♥」

 自身の無知は棚上げで羞恥せず、ただ顔をほころばせたのだった。

 

 それで今更に調べてみるに、な~るほど発祥の地である横浜界隈じゃ~カップ麺として幾つか発売されてるコトを知ったワケだけど、この岡山では、少なくもワガハイが出向く何軒かのスーパーにゃ、それは扱ってないのだった。

 が、扱っていたとしても、冷凍食品よりは劣るだろうな予測もつく。

 食べ較べるホドのモノでもないし、もはやこの冷凍食品に満足しちゃってるんだから、これはこれでイイのだ。

 

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 サンマーメンは、およそ60年ほど前に横浜の中華屋さんがマカナイの一品として創ったという。

 生馬麺、あるいは、生碼麺、と漢字で書く。

 読みは広東語に属するというから、始めた店はきっと広東料理の店だったに違いね~。

 生はサン、馬(碼)はマー。

 新鮮野菜をシャッキリした食感として味わうという意味で、生「サン」、上にのせるという意味合いで馬または碼の字「マー」があてられているらしい。

 フ~~ン、と知ったかぶりしつつも、とはいえ、オリジナル求めて横浜くんだりにまで行きたくなるようなタチでない。

 けどもだ、『かながわサンマー麺の会』のHPをば見るに、モヤシの存在は欠かせないと書いてある。

 我が日曜の冷凍食品にもそれは入ってる。

 入ってるけど、増量もまたイイだろう。生(サン)を強調するのも手であろう。

 

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 同時にモヤシも買い、湯がいて、あんかけスープに搦めちゃえば、何やらいっそ~旨くなるんじゃなかろうか……、日曜午後の自分時間の満足をば、さらに数パーセントほどアップしちぇるかもだ。

 善は急げ 麺伸び前にDo it Now

 これを我が標語として掲げ、チョイ作ってみたです、よ。

 

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 しかし、『かながわサンマー麺の会』も書いてるけど、あくまであんかけが要め。

 ただモヤシ増量では、「もやしラーメン」になっちまう。

 そこの加減がマー馬~、むじゅかしい。

 

 

 

 

 

新聞記事はありがたい

 明治に造られた岡山警察署。

 でもって、ながく久しく忘れられたその煉瓦の遺構。

 この数年、講演などのたびにチラチラと遺構の話をし、こたび、それを甚九郎稲荷に移動させてどうにか保存のめどを立てたわけだけど、30日金曜の朝刊で山陽新聞がヤヤ大きく取り上げてくれた。

 ありがたい、ですね~。

 地元の新聞だから眼にされる方も多く、そこがま~、とても重宝というか、ありがたいのですゥ。

 早朝から複数な知友から、

「また載ってますね~、シンブン」

 ってな連絡を速攻で頂戴するし、ならばと、ごくごく少数の懇意にこちらから厚かましくも、「読んでちょ」連絡したりもした。

 

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 たまさか昨日金曜は夕刻より大学関連のとある映像コンテンツを創る委員会の打ち合わせと忘年会だったけど、忘年会場の店の女将やらの眼にもとまっていたようで、ちょっとくすぐったい嬉しさを味わったりもした。

 たださすがにこの年齢ともなると、自分が露出するコトよりもやはり、遺構移動の件を、新聞というカタチでもって伝えてもらえたコトがとても嬉しい。

 このメディアは人物を紹介するさい、ほぼ必ず年齢も記載するから、そんな個人情報の部類を名と併記されるのは、こんな年増になったゆえ、どこか哀しいような気分も味わわさせられるから、それで、自分が記事の中にいるお喜び感覚よりも、記事となった遺構に関してに着目してもらいて~、という気色が断然に濃ゆい。

 

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  ともかくも、市の文化担当者さんもその存在を知らなかった気配濃厚な明治の煉瓦組みを、一部とはいえ保存のために移設出来たコトが、なにより嬉しい。

 先の11/17の講演でも巻頭でチラリ告げたけど、RSK山陽放送さん、岡山神社さん、天神町界隈の理解ある町内会の方々……、そういった多くの方の「注視」がなくば、この移設は出来なかったワケで、ボクはその”火付け”の役を担っただけ。

 加えて、大事なポイントは、現状はとりあえず甚九郎稲荷境内に運んで設置したというに過ぎないこと。

 なが~い眼でもっての「保存と展示」は、これから考えなきゃいけない。新聞記事はその途上を紹介してくれたという次第。

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 今、ボクの手元には、移動工事のさいに生じた煉瓦の砕片が幾つか、ある。

 これは、カケラになったがゆえ煉瓦の中身が露出したモノで、明治半ばでの煉瓦の国産化がいかに難しいものだったかをよく示す貴重な破片なんだ。

 触ると判るのだけど、指に赤い土がつく。爪をたててやると赤い土が容易に剥離もする。

 

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 要は、ナマ焼けなんだ。お肉でいえばミディアムレアというヤツね。

 煉瓦は固めた土を焼いて造るワケだけど、その火加減具合が技法としてまだ確立出来ていなくって、表面はコンガリだけど、内部まで高温にさらされずで、よって中がナマなんだ。

 なので、100年以上も前のモノとは思えないフレッシュな色合いが露呈してるというワケだ。

 おそらく、これは岡山産の煉瓦だろう、とボクは見ている。

 明治の半ば頃、今の備前市に三石耐火煉瓦という会社が出来たのは1892年。亜公園が出来た年でもある。

 西欧からの技術導入ながらスタートからシャッキリした製品は、おそらく至難であったろうに思う。

 その至難っぷりを示す”遺品”なんだよ、これは。だから当然に、脆い……。

 そんな状態の煉瓦でありながら、明治38年頃から昭和20年の空襲まで警察署の建物土台としてガンバリ続け、さらに今年の10/31の移動工事まで誰からも忘れられたようなアンバイながら、通算112年(!)、風雨や直射光に苦しみつつもカタチを維持してきたんだから、新聞に載っかった真の主役こそは、この煉瓦。その集積物としての遺構そのものなのだった。

 その上に、この煉瓦達は表層が黒く焼け焦げてる。

 昭和20年の空襲の、その猛火の痕跡なんだ。

 なので、時代を顧みるモノとして、この煉瓦は2重に貴重なんだ。

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↑ キーストーン(左の三角屋根の煉瓦)配置の典型的西洋式煉瓦積み。白くなっているのは経年のホコリなどで生じた白カビと思われる。
 

  我が手元の煉瓦砕片を含め、良い保存と恒久な展示については、これからの課題だ。

 あちゃらこちゃらで、も少し、その方策についての下ごしらえをしなきゃいけない。幸いかな岡山神社のk氏やノートルダム清心女子大のU先生ら理解ある方々がいる。心強い。1人の足踏みはたいしたコトないけど、先日観たクィーンの映画の、「We Will Rock You」の通り、皆んなで一斉に足を鳴らせば、なかなかのハーモニーになるのを知ってるんで、ね。

 

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↑ 移設の工事現場にて瓦礫を見つめるK氏

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 ↑ 甚九郎稲荷に移設した煉瓦遺構の一部。左側(写真にちょっと写ってるもの)の御影石がこの煉瓦積みを支えていた土台石。都合上、分離して置いてます。

 

ボヘミアン・ラプソディ

 正直をいうと、クイーンというバンドは好きでなかった。

 彼らのデビューは1973年、ボクが大学生の頃。

 好きでないどころか、ブリティッシュ・ロックの中でイチバンに嫌いというホドのポジションに置いたもんだった。

 何が嫌いかといえば、も~、イチもニもなく、そのルックスだ。

 すでにD・ボウイもB・フェリーも髪を短くし、あらたなスタイルでもってロック・シーンの色合いを変えつつあるというのに、メチャンコ長い髪だし、衣装もダサイ。デビュー数年後にはフレディは髪は短いがランニング・シャツでのマッチョ・アピール。脇の下を晒すし……、カッコ悪いたらありゃ~しないのだった。

 なんせこちとら、幼少時よりランニング・シャツが大嫌い。母親が買ってきて着せようとするのを泣きながらジタバタ大暴れで拒絶したっちゅうくらいにイヤなのだった。

 

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 だから当然、そのような衣装のロック・バンドは眼のヤリバがない。やたら女の子のフアンが多いという背景も相まって、音楽の良し悪し以前のモンダイだ。

 なので食わず嫌いのままにクイーンを聴かず、遠ざけた。ボクの中にクイーンの居場所なんか、チッともないのだった。

 緩急自在な構成曲調での、やや高い歌声としてのバンドとしては、当時のボクはスパークスを聴いていた。

 ロンとラッセルのメイル兄弟だ。

 このバンドはまずジャケットが圧倒的に秀逸だったし、兄ロンの見てくれがケッタイだ。ポマードで撫でつけたヘアにヒットラーも笑うであろうチョビひげでもってホワイトカラーのシャツに黒いタイを結び、ごく無表情にキーボードに向かうのがマコトあっぱれ、ビジュアルもサウンドもとても美味しく感じたもんだった。

 

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 唯一買ったクイーンのLPは、1980年の映画『フラッシュゴードン』のサントラだった。

 映画中のセリフや効果音も入ったままの映画音楽としての文字通りな”サウンド・トラック”だ。

 ご承知の通り、この映画はダメ映画の典型じゃ~あるけど、そのダメさ加減がボクはあんがいと好きだったりもするし、公開と同時に「ダメじゃ~ん」な嘲笑に晒されてもいたから、その同情ともあいまって、エールを贈るような気分で、ま~。買っちゃったワケなんだ。

 いやしかし、アンガイと良いのだよ、このアルバムは。

フラッシュ・ゴードン(リミテッド・エディション)

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 マックス・フォン・シドー扮したケッタイなチャイナひげのミン皇帝の高笑いにかぶさってジョン・ディーコンのベースがデンデンデンデンと入ってきて数秒続き、ふいに、

「フラッシュ! アッハ~~!♫」

 昇り調子なコーラスが炸裂する展開の小気味よさは、映画以上にこのサントラの方が映画的だったりもした。

 

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 それから歳月が流れ、こたび伝記映画が登場し……、こちらワタクシめも、も~昔のようなトンガッた気分はない。もちろん今もランニング・シャツは大ッ嫌いだけど、バンドには、久々におつきあいしてみようという野蛮も出てきたワケなのだ。

 この映画に好感を持った人は、多い。

 すでに2回観て、さらに福山のIMAX仕様のシアターにまで足を運んだという某ビューティフルな女史もいる。

 彼女いわく、

「やがてD・ボウイの伝記映画も撮られるでしょうね」

 とのことながら、

「でもボウイを演じる役者って、いないでしょ」

 付け加えて苦笑するのだった。 

 同感。

ボヘミアン・ラプソディ』は予告編を見るだけでも、フレディ・マーキュリーブライアン・メイがかなり良く出来てる(役者が偉いね)んでズイブンに感心しちゃったけど、ボウイのあの美形は……、難しいでしょ。

 

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  てなワケで、イオンシネマ岡山で『ボヘミアン・ラプソディ』、観る。

 部分で史実と違うという声もあるけど、イイのだ。

 オペラ的展開のロックが曲として、どう編まれてったか、どうそれを彼ら自身が呑み込んでったかを眺めればいいワケで、フレディの性愛嗜好の詳細なんぞはまた別の切り口の何かでもって感じりゃ~いい。展開の速度と流れの緩急がクイーンの音楽映画だという一点に向けて突き進むのを、堪能すればいいのだ。

 中盤までに登場の曲はいずれも美味しくなりそうな所で次シーンに変わって、それで見てる内に次第シダイに欲求不満を上昇させてって、その挙げ句で、ライブエイドだ。英国会場のウェンブリー・サッカースタジアムを丸ごと、みっしり、むっちり、これでもかと見せてくれるという昇華構造。

 これは納得だった。

 

 ああ、それにしてもライブエイド。

 今更に、このチャリティーコンサートは思った以上の規模であったなぁとつくづく思う。それゆえの弊害や問題もあったと記憶するし、この辺りからチャリティーを方便にしたTVショーが生まれ出てきてハナにつくようにもなったけど、そんなことはクイーンを含め、ミュージシャンの責任じゃ~ないや。

 

 2軒ばかしハシゴして遅い時間に帰宅。

 YouTubeで当時の映像にあたってみると、こたびのライブエイド・シーンの再現度がハンパなく、実にうまく造られているのを”再見”させられるのだった。


Queen - Live at LIVE AID 1985/07/13 [Best Version]

 

 ところで、日本では、この手のアーチストの伝記的映画って産まれてこないなァ。

 没後数年と経たぬ内に、ベニー・グッドマンジャニス・ジョプリンジョニー・キャッシュジム・モリスン、などなどと続々と映画になる状況に、ない。アップルのジョブスが亡くなるや、ほぼ即座で伝記映画が企画されちゃうのとは様相が違う。

 そうでないなら、とっくの昔に『お嬢』とかなタイトルで美空ひばりの伝記映画が出来てるハズ。『夜霧よ』ってなタイトルで裕次郎が、『今夜の夜汽車で』ってな、あるいは『ノーノー・ボーイ』とかなタイトルでかまやつひろしとて映画になるハズ。

 そういうのが登場しないのは、何故だろ?

 かつて司馬遼太郎は何かの講演で、

「明治以後の歴史は描きにくい」

  と前置きし、

「まだ死体が温か過ぎるんですよ」

 そう申されたことがある。

 似た役者がいるいないではなく、観客動員が期待出来る出来ないかでもなく、その辺りの死生観、死者への感覚が欧米と違うのだろう。

 さらには、描こうとする方が亡くなっていなくとも、描き出せる環境が―――クイーン違いじゃあるけど、ダイアナ妃が亡くなった直後のエリザベス女王を描いた映画『クィーン』での、今も健在なその女王の描写なんぞは―――この国とは土壌が違い過ぎてクラック~ラ、目眩がしちゃう。

クィーン [DVD]

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  まっ、ともあれ、なが~い歳月を経て、本映画でもってというのもシャクだけど……、ボクのクイーン嫌いはかなり「規制緩和」しましたな、ルックス以外、サウンド面で大幅に。

ディケンズの肖像

 大阪での万国博覧会が決定し、喜んでる方も多々あろうけど、

「よしゃ~いいのに」

 開催確定の報に、東京オリンピックが確定したさいと同様、とてもガッカリな気分を体内に充満させたのだった。

 『いのち輝く未来社会のデザイン』というテーマ・フレーズが、なんとも陳腐で空虚だし、確定と同時に発した大阪府知事の、

「万博とIR(カジノを中心に置いたリゾート)でベイエリアを開発し、東京五輪後の日本経済を牽引する」

 という発言も、結局は銭儲けかい……、てな感想が湧くだけで、砂場に落としたアメ玉をしゃぶらされるようで、ジャリジャリ不快、とても空疎。

 テーマなんて実は口実。『祭り事』をでっち上げ、たえず何かヤラなきゃ何も進められない貧寒が目立つ。というか、頑張って進めましょう、と張り切り出すエネルギーの方向性が、変。

 そも、万国博覧会を発明し、その発祥地として長く頑張ってたフランスですらが、もはや19世紀的万博の時代じゃ~ないと自国開催から撤退したというに、まだ大時代的な幻想にしがみついて、立候補していたロシアとアゼルバイジャンに勝った~と喜んでるのが、どうにもね。

格好悪くってイケナイんだ。

 

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 ひょんなコトからディケンズ肖像画南アフリカで見つかった、というニュースをCNNで読んで、

「へ~っ、何でまた南アフリカで?」

 数秒立ち止まるような不思議をおぼえた。

 その掌サイズの小さな絵は1843年に画家マーガレット・ギリースが描き、後年、所在不明となって、マーガレット自身も晩年までズ~ッと探していたらしい。

 ディケンズ31歳。ちょうど『クリスマス・キャロル』を書いてた頃の肖像。彼の肖像画は晩年の頃の、険しげな表情の絵が数点あるのみだから、だから貴重極まりない

 それが、英国じゃ~なく南アフリカの、とある家の処分のさなか、ヒョッコリ出て来たというのだから、何だか物語的だ。

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 近頃はもうチャールズ・ディケンズを熱心に読むヒトはこの国では少ないとも思うし、自分とて熱心に読んだおぼえがない。

 長編ときたらホントに長~く、4~5冊の分冊というアンバイだから、読むのを途中でやめちゃうコトも多。

 ディケンズ原作の映画は幾つもあって、その幾つかを DVDで観てるけど、それとてあくまでもお勉強程度な関心での視聴。

 けども、欧米でそうやって繰り返し映画化されるというコトは、西洋ではディケンズは今も重要な文化ポジションにあるという次第なのだろう。

 直接に原作としなくとも、たとえばイーストウッド監督の不思議な味ある映画『ヒアアフター』を観ると、そこの影響力というか浸透力が垣間見える。

 この映画ではマット・ディモン演じる主人公の霊能力者が熱心なディケンズ・フアンであることが前面に置かれてたし、ロンドンのディケンズ博物館を嬉々として訪ねるディモンのシーンなどもあって、おやおやっほほ~ッ、と興をひかされ、顧みれば、このSF的アプローチで多層な人々を描いた『ヒアアフター』は、構成、シリアス、ユーモア、帰結へとの展開を含め、意外やもっとも正統なディケンズ的香気に長けた映画といってよいよう、思えもする。

 長編『ニコラス・ニクルビー』に登場の双子を意識してか、この映画でも双子の少年が重要な役回りとして配置されていたり、ジグソーのピースのように配分された人物達すべてが心に傷ある、いわば弱者で、かつ”ごく普通な大衆”視点として置かれ……、それを見ると、程良く勘ぐればクリント・イーストウッドディケンズに捧げるオマージュと解しても、いいような感触チラリ。

 彼の映像作品では、ボクはダントツでこの『ヒアアフター』が好きだけど、その根っこにディケンズがあるかも知れないと考えると、またちょっと観たくもなる。 

ヒア アフター [DVD]

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 ディケンズ原作の映画としてはミュージカル仕立てな『オリバー・ツイスト』とジョージ・C・スコット主演の『クリスマス・キャロル』が圧倒的に高名だけど、DVD鑑賞という枠でいえば、かつてBBCが作ったTV版の『デビット・コパーフィールド』がダントツにお薦めだ。

 画面は4:3サイズの TVサイズだけど、ま~、これは作られた年代ゆえ仕方ない(1999年作品)。

 この作品、あんがい知られていない。

 なんちゅ~ても、かのハリー・ポッターダニエル・ラドクリフ君がハリー・ポッターとなる以前に主演してるんで若さがさらにウナギ登りでツルリンコ、かわゆいったらアリャしない。

 それに加え、ハリー・ポッター・シリーズでハリーの良き理解者だったミネルバ先生役のマギー・スミスが『デビット・コパーフィールド』では彼の叔母役なんだから、これは数年後に撮られるコトになる『ハリー・ポッター』シリーズの幕開けみたいなもんだ……

デビッド・コパーフィールド〈トールケース〉 [DVD]

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 で、ディケンズそのものを読むなら、ボクならその複数冊に分かれた大長編よりも、短編をおしたい。

 かなり怖いホラーあり、しばし笑える滑稽あり、と1冊でたっぷり堪能できるディケンズ・ワールド。

 こたび発見された肖像画クリリンとしたディケンズの眼の光輝を思えば、

「そっか~。この顔でアレやソレを書いたんかぁ~」

 妙に感心するコトしばし。

ディケンズ短篇集 (岩波文庫 赤 228-7)

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 たまさか今月末頃には新作として『クリスマス・キャロル』の誕生秘話を描いた映画『Merry Christmas! ロンドンに奇跡を起こした男』が上映されるらしい。

 (原題は『The Man Who Invented Christmas』)

 邦題の安っぽさは最悪で、日本の配給会社というのは観客の感性を信じていないというか、親切が過ぎて大迷惑というかだけど、けどけど、やはりあちゃらでは、ディケンズは大きな存在なのだニャ、という次第。

 ユーライア・ヒープとかミコーバーとか、登場人物の個人名も秀逸で、70年代にゃ、その名のロックバンドもあったね〜。

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