加喜屋

 

 18日の日曜、過日の講演に基づいた記事を山陽新聞朝刊が載っけてくれた。

 カラーページに出来なかったと編集委員のI氏は詫びるけど、とんでもねっ、掲載こそが有り難い。なんせ40万部に近い発行数。しかも多くの方が一番にゆったり新聞を読む日曜版だ。実に有り難かった。

 

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           新聞紙面。送付してくれたsunaちゃんに感謝

 

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 かねてより調べている明治時代のホテル事情……

 何を知りたいかといえば、当時の料理だ。

 それであれこれ関連本をば見繕い、ページめくってる。

 

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 幕末頃から明治32年に至るまで日本には「外国人居留地」があって、そこは日本であって日本ではない 治外法権 の場。

 今は、現存のそれら西洋館が「明治ロマン」っぽく扱われて久しいけど、当時はそうじゃない。そこで日本人が働くとか恩恵もあれど、独立国家でありながら自国の法律が適用できない場所。ある種の物品に関税をかけられるだけで、貸し出した広大な場所は外国そのもの。西洋人による消防団もあれば警察もある。

 居留地に出入りする若い女性を娼婦と勘違いした日本の警察が逮捕し、けども実は商館に務める女性で、これに商館の雇用者が激怒し、日本側がとっちめられるという事件なんぞも起きる。

 この事件は日本警察(神戸署)の勇み足だけども、ともあれ国の中に別国があるという状況はよろしくない。不平等な条約を結んでしまったコトに後悔しきりの場所でもあった。

 

 ま~、それはそれとして置いといて……、居留地には、西洋人経営の西洋人のためのホテルが多々、営まれている。

 ホテルにはレストランが必ず、ある。

 それはホテルの顔でもあって、格を位置づける最も重要な設備だった。

 基本はフランス料理。

 当然、コックは西洋人。

 そのフランス料理を食材乏しい日本で、どのようにフランス料理として提供していたかという一件を、亜公園がらみで調べている。

 

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 写真は、明治15年頃に撮影の海岸通りの神戸オリエンタルホテル。

 明治3年にプロシア(ドイツ)のG・V・デル・フェリエスが建造。ビリヤードにとどまらず何とボーリング場もある豪奢なホテルだった。横浜グランドホテルで初代料理長を務めたルイ・ベギューがこれを買収し、彼が同じ神戸で運営したオテル・ド・コロニーと合併して神戸オリエンタルホテルという名になる。

 

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 明治40年頃の神戸オリエンタルホテル。新館が建って規模拡大。

 ラドヤード・キップリングノーベル文学賞の作家・『ジャングル・ブック』など執筆)は来日のたびにこのホテルに滞在、ベギューの料理を「キッチンの魔術師」と随筆で絶賛している。

 ベギューは明治20年前後、アルヌーF Arnoux - アイノスともいわれた?)というフランスで評判だったコックを呼び寄せて料理長にし、日本人コックの指導にあたらせたという。

 その指導が神戸の西洋食文化の大きな礎となったと、『司厨士技監』(1979)は記している。

 

 このアルヌーだかアイノス氏が岡山に来たと思われ、それで諸々、調べてる。

 上之町の 加喜屋 という和菓子屋に西洋菓子の造り方を説くべく、西洋人が来岡したらしきはほぼ確か。まだ鉄道がないから、神戸港から三蟠港へやって来たはず。

 加喜屋 は江戸時代の備前岡山藩池田家の 御用菓子司(おんかしつかさ)という老舗中の老舗。

 御後園(後楽園)で殿様出席のもと、数多催された茶会やら踊りの会(城内勤務の女中達の総踊りみたい演芸会)などいっさい、加喜屋の御菓子が使われた。

 明治になって、「御用」としてのステータスは失ったけど、老舗は老舗。当主・林藤吉は甚九郎稲荷(初期)の建立者の1人となり、やがて亜公園とも関わりあう人物。後に岡山市会議員になる。

 

 そのアルヌー(アイノス)かもしれない西洋人から講習を受けた菓子職人の1人は、マシュマロの製法を教わって衝撃を受ける。こんなフワフワ見たこともない。

 で、閃くところあり……、さらにがんばって独自研究、マシュマロと和菓子の融合に成功。加喜屋から独立して下山松壽堂(つるの玉子本舗)を開業する。

 

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                    同社のHPより転載

 

 明治の日本では、ヨーロッパでは通常の野菜、タマネギ・ニンジン・トマト・キャベツ・ジャガイモ・ニンニクなどなど、入手が容易でない。やむなく代用をあてるか缶詰めを輸送して調理するということで、しのぐしかない。

 

 彼らコックが一番に困ったのは、鮮度のいい肉の入手だ。

 わけても牛の肉。

 それを食べる習慣がなく、まして農家にとってはとても大きな労働力である牛を、人が喰うために手放すというような事は「非常識極まりない罰当たり」な事だったから、難儀にナンギした。

 けどもだ……、フランス料理というのはバリエーションの幅がでっかいのだ。

 古くより、ジビエがある。

 Gibierと書く。フランス語だ。

(地元の美味を得るという略語と思ってるヒトがあるけど違う~)

 要は野生の鳥獣、その料理。

 牛肉の入手は大変だったけど、日本にも多々の野鳥がいる。

 岡山から一番に近い外国人居留地は神戸。神戸居留地のホテルでは、鴨やらウズラやらキジを使ったようだけど、コック達が大いに喜んだのが ヤマシギ だ。

 ヨーロッパのと同じのが日本にいる。

 

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                   鳥ペディアより転載
 

 ヤマシギ料理は当時も今も、フランスでは高級なものとして最上位に位置する。

 プロスペル・モンタニエが1938(昭和13に刊行し、今もって驚くべき密な情報量の『ラルース料理百科事典』で、Bêcasse(ベカス。ヤマシギの仏名)を引けば、鳥の仔細な特徴から調理法やウンチクが7ページにも渡って記載がある。

 

Bêcasse â l’armagnac ベガス・ア・ラルマニャック やましぎのアルマニャック風味

Bêcasse au calvados ベガス・オ・カルヴァドス カルヴァドス・ブランデー風味

Bêcasse en casserole ou cocotte ベガス・アン・キャスロール・ウ・ココット キャスロール煮

Bêcasse au chambertin ベガス・オ・シャンベルタン やましぎのシャンベルタン・ワイン煮込み

…………

 

 あるはあるは、調理法は全33種。人気のほどがうかがえる。

 専門店も当時は幾つもあり、パリのル・ベルチェ通りのカフェ・リッシュなどは予約必需の有名店だったようだ。

 そのヤマシギの肉料理を東洋の端っこの島国のホテルで食べられる、というのは有り難い。当時の旅人(西洋人ね)にとってはスノッブ感うずくヨダレものの料理なのだった。

 そも、当時の彼らは観光に来るわけじゃない。物を売りに来たり生糸の仕入れに来て、次いでに浮世絵やら仏教美術品を安値で大量に買い取って母国で高額で売っ払うという商人が大半。何も味噌汁やらハモの淡麗を味わいに来たんじゃない。滞在中も母国同様に、極上な味覚を堪能したいワケで、

「郷に入っては郷に従う」

 なんて~の、しない。

 

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 日本の場合、ヤマシギはその名の通りやや奥深い森や林に生息し、昼は寝て夜に動く。関西方面では京都や丹波篠山界隈で捕れる。渡ってくるのがほとんどだけど定住しちゃってるのも、いる。鳩くらいのサイズ。

 とはいっても、安定した供給が望めるわけもない。

 数量にもばらつきがある。ゆえにジビエなわけで、その料理も当然に高額となる。 (京都界隈では個体数が減少しているので、平成20年より捕獲禁止)

 

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         Oimari「ガストロノミー料理の美味しい記録」より転載

 

 ヤマシギ料理の特徴は、肉だけじゃなく内臓まで使うこと。獲った後に数週、寝かせておくと内蔵はその内容物と共に濃厚な風味になる。肉は赤身で独特な香りと旨味を有する(私、食べたことないけど本にはそうある)。

 西洋人のホテルのレストランで食事出来る日本人は政府や県の高官程度でとても少なかったろうが、内臓込みの調理ゆえ、おそらく当時の日本人には馴染めなかったろうし、今もポピュラーとは言いがたい。

 

 ま~、そんなことやらをチョイチョイ調べ、明治岡山の亜公園とその周辺の食の光景を探索しているわけだ。

 和菓子の加喜屋とヤマシギ料理は直接関係ないけど、大きな円では括れる。

 亜公園という大型複合娯楽施設があった頃、どれくらい西洋の影響が浸透していたか……、ま~、そんな所をば、そういうエンがらみで調べてる。

 

 

 

しじみ汁

 

 終日部屋にたれ込めて書棚のあちゃこちゃから資料本を引っ張りだし、目的な箇所を探してチェックするというような作業を繰り返すだけであっても、お腹はへってくる。

 

 午後。このごろ、しじみ汁を飲むこと多し。

 焼きそばなんぞと一緒に、インスタントなやつを。

 

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 味噌の塩分か、しじみのそれによるのか、しょっぱい感濃厚。

 ホンマに身体にいいのか?

 ま~、そこはどうでもイイ。

 本日はピザとしじみ汁。どちらも手軽なインスタント。湯とオーブンのみで気軽。

 

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 いささか面白みに欠けるのは、「しじみ汁」という名。

 いかにもストレート。語感良いとは、思えない。

 感じ方ゆえ個人差濃厚だから、 きっと、しじみ汁と聞いたり発音のたび、

「ぁあ、いいなぁ」

 と思う人もあろうけど。

 

 いわゆる汁物というのは、多くが名が単調。

 青汁とか……、いいのか、そんな名で。

(ま〜、これは狭義では汁じゃなくジュースの類いだろうけど)

 しかし一方で、「すまし汁」なんて~のはちょっとヒネりがあって気がきいているような気がなくはない。

 が、子供の頃は食卓にすまし汁があがると、たいそうガッカリしたもんだ。

 透明なのがつまらない。何が入ってるか即座にわかり、味噌汁みたいに箸で探り当てる「愉しみ」がないのがいかん。

 ま~、子供はそんなもんだ。

 それがちょっと大きくなって、すまし汁は、かつてその昔は「(あつもの)」と総称され、酒の肴だったというような事を知ると、

「ほ~っ」 

 すまし顔になって感心したりした。

 まだ日本酒が透明でなくって白濁色だった、いわゆる濁り酒の頃のハナシながら、酒が透明でないぶん、その肴としての透明はなかなか気がきいた対比的アクセントだったようには、思える。

 信長が勇躍していた頃の最高の日本酒は、紹興酒みたいな茶色がかったものだった。

 室町時代前後のセレブ階級は舌と共に、その対比を眼でも味わい、やがて懐石やら会席というカテゴリーを産んで、汁物と吸い物、茶席における茶をひきたてる食事と、酒を愉しむためのそれへと、同じ発音ながら2つに区分けしたルール化にも、感心した。

 

 島根の宍道湖界隈のしじみ汁は、かつおのだし汁に醤油が少量というから……、だいぶんと透明かな? 

 味わったことがないんでよくは判らないけど、室町の時代にその調理法があるなら、やはりそれも酒の肴だったわけだろう、ご飯と一緒に食べてたんじゃないのね。

 面倒といえば面倒だけど、即席ではない面倒をチョイスしていた時代っていうのは、まずは自分を律してルールの中に身を置くみたいな所が前面にあって、そこ、おもしろい。自ら鋳型の中に入ってくわけだから。

 

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 早朝4時の小庭の金木犀。花が咲きかけ、辺りに良い匂いをまいている。ちょいと風雅な気分。

 しばし木の下に佇んで、息を吸ったりはいたりで芳香を愉しむ。

 ぁ、関係ないけど、「恋のフーガ」って曲、あったな。筒美京平だっけ。

 ぉ、違う。すぎやまこうへいだ。

 

 

 本屋の夢 ~古本と少女~

 

 他人の夢なんか、どうでもいいハナシじゃあるけど、見たものは見たままに……。

 

 左右の本棚が湾曲した長い回廊めいた書店内。

 どこまで歩いても左右本棚。

 こちらが歩くに連れ、背後でシュシュシュって音がして、本が並び変わってる。

 なんやしら『ゴーストバスターズ』っぽい妙な気配。

 振り返って眺めるに、ボク好みの本がボクを追ってると判る。

 それが次第にこちらを追い越しシュシュシュ。

 左右本棚は上から下まで全部、欲しいけど手に入らなかった本に変わってる。

 で、さ~、こまった。

 いずれも欲しい。が、ポッケに見合うお金がない。

 買えない。

 悶々としちゃってると、書棚の一画がくり貫かれているところがあって、そこに女性がいる。

 彼女はこちらを見てる。

 途端、つげ義春の「古本と少女」が想起され、この女性はボクのために本の中に1万円を挟み込んでくれている……、と判って、妙な羞恥をおぼえる。

 しかも「古本と少女」の場合と違い、彼女はこっちをジ~~~ッと見てる。

 どの本にも1万円挟まれているなら、左右の棚でボクが欲しいのが200冊はあるだろうから、そっか~、200万円かぁ~。つげの漫画は1000円だったけど、時代が違うもんなぁ、夢見つつそう思ってる。

 けども、貴男に気があります……、という視線がやたら痛い。

 くわえて、こちらの移動と共に彼女のいるスペースも移動し、離れない。

 

 めざめて、その女性と交際する自分を空想し、なんだか惜しいことしたなぁ、と思ったりもした。

 延々続くカーブ状の書棚にも妙に感心した。

 リアルに考えると、書店の建物としてのカタチに整合性がなく、

「いったい、どんな構造なんじゃろ?」

 しばらく余韻の中をフラフラほっつき歩くんだった。

 

 なんで、そんな本だらけの夢を見たのか?

 1つには、下記のようなことがあったからか?

 

 2週間ほど前、亜公園建造者の直系の御親族S氏より、本を贈られた。

 昭和39年に刊行され、関係者にのみ配布された木材業に関する地域書。800ページに近い驚きの大部。

 岡山中央図書館に1冊あるけど、そんな非売品という次第もあって貸し出し不可の超稀少本。

 数年前、懇意の同館館長より「研究資料」ということで数日限定で館外持ち出しとコピーを認められ、おかげで亜公園関連の、明治時代の木材流通といった需要な諸々が、この本で判ったという宝みたいな本。

 ごく稀に古書店に出るらしきだが、数万円する。

 

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 そんな本が入った小包が届いたんだから、驚くやら嬉しいやらやら、だった。

 すでに図書館蔵書の閲覧で要点となる箇所はメモし、おおきな参考としていたけど、いざや本物、じっくりとページをめくるに、いくつも新たな発見があって、

「いや~、本当にありがたい」

 感謝の念が油田みたいにわくのだった。

 いや、油田はこの本そのもの。

 贈ってくださったS氏にひたすら感謝あるのみなのだが、御支援下さっていると思うと余計、

「ぐぁんばらなきゃ」

 いささかの緊張をからませ、自分を鼓舞したりもするのだった。

 

 そういうことが、夢の背景にあるのか?

 たぶん、そうだろう。『座右の書』の重み。

 

 しかし、夢の中の女性は誰だろう?

 S氏は男性だし、関連なし。

 彼女がどういう顔で、どんな衣装だったか……、さっぱり覚えていない。でも目元が、反対意見を述べそうな学者排除の、暗鬱感漂う某国新首相に似ていたような気がしないでもない。が、そういう感触は目覚めたあとの「あとづけ」の可能性が高い。都合よく解釈しちゃうねじ曲げ。

 夢は、映画みたいに繰り返し鑑賞し確認できないのが、ペケ。

 

 ちなみにこの夢の中、別シーンで、山頂めいた場所にいて、周辺にムラサキシキブが実をつけていて、眼前の屹立した岩場を雲が見事に登り、反対方向へ今度は下り降りるという、なかなかヴィジュアルとして結構なのを見たけど、なんだろね?  

 ムラサキシキブは小庭で今かなり、実をつけている。こういう鮮烈がアタマの中に残っていて、それで夢に出てくるんかな。

 いや、ならばこの前駅前ですれ違った超美人とかが出て来てもヨサゲだけど、そういうのは一向に出演してくれない。花でなくニンゲン紫式部に出てもらいたいとも思うけど、ま〜、それはそれでチョット面倒かもだ。

 

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 愛媛の石鎚山ではこの10月あたり、極端な温度差でもって朝方とかに雲が滝のように隆起する光景が現出するそうじゃ~あるけど、いかんせん登った事はない。直かにこの「滝雲」を見たことはない。

 だいぶんと前。雨になった午後、Kosakaちゃんだかマ~ちゃんの車に乗っかって、近場を通過したよう記憶するが、思い返すと、霧に煙っていて、なんだか夢のようではあった、な。

 

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 この写真は四国森林管理局のHPより転載。イメージとしてこれに近い感じで国道だか県道を駆けつつ見上げたような……。

 

 

リスボンに誘われて 久々

 

 4年半ぶりに『リスボンに誘われて』を観る。

 先日に『ダンケルク』やらを買ったので、ノーラン作品のおさらいをしようと『プレステージデヴィッド・ボウイがいいね)、『バットマン ビギンズ』、『ダークナイト』を連続で観、ジョーカーの狡猾にさすがに疲れたもんだから、関係のない軽いものをと思って『ダイハード3』をば眺めて一息いれた。

 何度鑑賞してもジェレミー・アイアンズの悪漢ぶりは、頼もしい。この悪漢なくして『ダイハード3』は成立しない。

 てなわけで彼に会いたくなって『リスボンに誘われて』を。

 いっとき消えてたけど幸いかな、amazon primeでまた視聴出来る。

 そんな次第で『ダンケルク』に辿りついていないけど、いいのだ。映画は逃げやしない。

 

 で、『リスボンに誘われて』。

 全てにおいて評価アップ。

 4年半前は77点あたりだったけど、こたび再見は96点。

 前回のことはコチラに書いてるけど、さてもの96点、高得点過ぎかもしれないが、観るさいのこちらの気分も反映しているんだから、しかたない。『ダイハード3』でのアイアンズの憎ったらしさを味わった後で眺める、特徴らしきがない高校教師のアイアンズが逆にメチャにクールに映えて、しかたない。

 

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 100部限定で作られたポルトガルの医師の、伝記的な本。

 その本を自殺未遂の若い女からひょんなアンバイで手にし、魅了され、ひょんな事から乗ってしまった夜行。

 スイスからポルトガルリスボンへ。

 原題は、Night Train to Lisbon

 いっそ、素っ気ない。

 けっして「リスボンに誘われ」たわけじゃない。日本の映画配給会社はタイトルに情緒的な過剰を加えるのは、もう止めた方がいい。例え情緒に流れやすい国とはいえ、過剰は過剰。

 

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 リスボンに着いた主人公は、本に登場する実在の人物を訪ねる……。

 本に感化され、本の内容をより知るべく、謎を解いてくような展開へとなる。

 ともあれ、役者が皆な、とてもいい。過剰な演技がないのもいい。

 4年半前のさいは、老いてなおシャープに尖ったシャーロット・ランプリングに眼を奪われたけど、こたびは、リスボンの眼鏡技師役のマルティナ・ゲデックが素晴らしく眼に映えた。

 なので彼女とアイアンズ演じる古典を教えてる国語教師との最後のシーンが、とても気がかりになる。

 3点減点はこの最後のシーンゆえ。

 なぜ彼女が誘うのか? なぜアイアンズは困惑の色をみせるのか?

 授業中の生徒を放ったらかしでスイスを出て、再三の校長からの電話をも半ば無視したアイアンズの、退屈な男だと自認している高校教師の、いわば大きな冒険と勇断の終結として、そこで跳躍をみせた方が良いのに……、と思えてしかたなかった。

 誘うのはアイアンズの方だろう、というわけだ。

 でも一方、そうしちゃうとより「情緒的」なただの中年ラブ・ストーリーになっちゃうような気がしないでもなく、けっこう、そこはブレた。

 まっ、こちらの、そのブレゆえの3点減点。

 だからこの3点は''得点’”という、ニュアンス。おそらく監督ビレ・アウグストの判断は正しい。

 後のマイナス1点は、物語の中央にある1冊の本に対し、あまりに都合よく人が出会うこと。

 が、これとて、意外やそういう偶然めく必然というのは日常的に生じもする。なので絶対のマイナスでもない。

 

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 魅力の大半は、今や爺じいになってる方々。かつて70年代前半でのポルトガルという苛烈な政治風土(秘密警察PIDEが存在し政権批判者を弾圧。ちょうど70年日本万国博覧会をやってた頃だよ)の中で青春を生きた人達の、その人生模様。そして今。

 さらには、初老付近にさしかかったアイアンズと眼鏡技師の二人の今。

 シガレット。

 ワイン。

 これら生活周辺物が物語に加担し、味の幅をえらく広げてる。とりわけタバコ。

 ま~これはしかたないのだ。だって物語の中核は70年代だ。タバコは日常の中の大きな分母となるファクターだったんだから、未見の方もそこは煙たがらずに接したがいい。

 それから、ワイン。

 初めてアイアンズと眼鏡技師が夜に会い、オープンテラスでグラス傾け食事するシーン。眼の前の彼女を直視できないアイアンズの見事な演技と、一方、その食事の会話でもってアイアンズを直視するようになる彼女の演技の絶妙……。そこは観て味わうべきな重要なポイントで赤ワインが場と間を保たせてる。

 いわばプラス極とマイナス極の間の電球の光としての赤だ。このシーンで両者の形が鮮明になる。(グラスワインじゃなくボトル1本をオーダーしているのもよい)

 さらにもう1つ、別の場面でもワインが良い灯火となってるところがあって、そこも見栄えあり。

 

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 進行上、70年代を演じる役者と今を演じる役者が2人いるわけじゃ~あるけど、両者共々に良くって、それも味わいが深い。

 で、人の愛情が描かれていつつ、プラスして「信頼」という横糸が編まれていること。ここが要め。

 苦渋の別れ、苦痛の決断、諸々あって友に誤解もされようが「相手を信頼」という糸が太く描かれ、それがほころびていないこと……。

 そのほころびていない糸をたぐる役としてのアイアンズ。

 派手な演出はない。進行形の大きな事件といえば、眼鏡技師の叔父はかつてピアノが得意だった青年ながら、反体制派として活動し、秘密警察に両指を叩き壊されているのだけど、トム・コートネイ演じるこの人物が今は老人施設にいて、タバコを吸いたいが吸わせてもらえない境遇にある。密かにアイアンズ演じるライムントが彼にタバコを差し入れて、次第に打ち解け、そこから70年代の過去が蘇ってくるという展開ぐらい。

 けども、そこも要め。

 

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 このタバコ事件で眼鏡技師は主人公に怒るけど、それを契機に2人の心の交流がはじまって……、先のオープンテラスのレストランへとつながる。

 この初デートみたいなのは映画が2/3進んだあたり。

 主人公が本で知った70年代の愛と、主人公自身の愛、あるいは「信頼の深み」、この2つがここでからまりあっていく。

 

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 見終えたさい、登場者全員に我が輩からの賞として不二家のミルキー1粒ずつ進呈したっていい、と思ったな。

 一瞬グリコを1粒と思ったけど、グリコ滋味よりミルキーの甘味がいいな、この賞は。

 甘味の奥に、通過した時間の郷愁もからまって、1粒300メートル駆け出すグリコよりは、ミルキーが似合うと即断した。違うと思うならイッペン、観てみっ。

 

 この作品はDVD化されてるけど、ブルーレイは出てないみたい。

 主人公はリスボン市街の狭くて急斜面で曲がった道路端の小さいホテルに滞在し、眼鏡技師はこの劇中、そこに赤のベンツ(たぶんBクラス-ステーションワゴンで複数回、主人公を送ってやる。そのボディ色の赤が鮮烈ゆえ、ブルーレイがないのが残念。

 

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 ホテルの主人は暇だからいつも路上そばに腰掛けを出し、そこで新聞を読んでる。2人の送迎をいつも眺めてる。で、ある時はじめて、赤ベンツから降りるアイアンズに一言、声がける。

 本筋とは直かに関係のない短いシーンじゃあるけど、同様シーンを繰り返して見せた後でのその一言が、実に気がきいていて、映画に深みある艶をあたえてることに気づかされる。

 なのでブルーレイ画質で観てみたいワケ。

 あと、もう1つは音楽だねぇ。 

 ラストシーンからエンドロールになってかかる曲がメチャに素晴らしい。

 ピアノとチェロが主旋律を奏で、静かでふくよかな余韻をいつまでも残してくれる。エンドロールを眼をつむって聴き味わえる程の映画って、少ないねぇ。シガレットを好まない方には申し訳ないが……、この一曲は食後での美味い一服みたいな感もあり。

 

久々に映画館 『TENET テネット』

 過日、土曜の夕刻。メルパ岡山で『TENET テネット』を観る。

 ウィルス騒動はじまって以来の、ひさしぶり映画館。

「どうもご無沙汰で~」

 という感じで着座。

 けど、客席には私ともう1人の観客のみ。

 たった2人の深閑シアター。

 

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インセプション』の難解風味が好きなもんだから、こたびは、そのテーストに直結し増進しているかも……、と期待していた。

 主演のジョン・デヴィッド・ワシントンは『ブラック・クランズマン』で飄々とした演技を見せてくれ、見終えた後でデンゼル・ワシントンの息子だと知ったわけだけど、『TENET テネット』を眺めたかぎり、親父さんと較べるとまだ明快な魅惑点が出ていないような気がした。

 むろん、悪くはないけど、あの頬ヒゲは好みでない。でも、どうかしたはずみ、声がデンゼルそっくりになるというコトに今回はじめて気がついて、ふ~~ん……、血縁なるものを意識しないでもなかった。

 

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 およそ2時間半。

 予想以上の難解シーンの連打で、1回観た程度では了解できない展開……。

 けどま~、ノーラン監督はとんでもなく凄いチャレンジをやり、映像に定着させて公開しているわけで、この映像をどう解釈するかは、かつてキューブリックの『2001年宇宙の旅』がそうであったように、監督はボールを投げました、受け取りはおまかせという次第。

 映像表現という領域の歩幅をこの作品はチョイっと、記録更新したようには感じたけど、さて……。

 基本としてSF。進行する時間と退行する時間という「2つの時間軸」が同時に画面内に登場するという鮮烈は、かの『インセプション』の延長上というより、そこからさらに先に進んでる監督の歩幅のでかさだろう、これには感心させられた。

 この作品は、理解よりは、どう感じられるかがポイント……、とか云われてるようだけど、理解したがるのがニンゲンだぁ。

 DVDやらが市販されたら、ゆっくり、その辺りは掘ってみたいと思うが、初見の印象では、家族愛に飢餓してるらしきケネス・ブラナー演じる悪漢の、そのよどんだ眼の凄みがイチバンだったな。

 だけど、その人物像がちょっと平坦なような感もチビッと有り。

 巨悪かつサディズムの権化のような男なのに、でもってその周到な嗜虐的指向でワイフを心理的に追いつめていたはずなのに、ワイフの単純な奸計に”騙される甘さ”が、描写としては単調なような……。各種のクセ球を投げるヤッカイな投手かと思いきや、直球しか投げられない野暮な奴へと堕したようで、クライマックスでのその単調の露呈がせっかくのSF仕立ての土台を弱めてるような感ありの初見。

 

 これは IMAX撮影の映画だから当然にIMAX環境のシアターで観るのがベストだろうけど、いかんせん岡山にIMAX系設備、なし。

 体感の度合いでチョイっと損してるけど、ま〜、ないものねだりしたって、しかたない。

 

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 映画館を出て終業まぎわの家電店で『ダンケルク』のブルーレィ購入。

 ノーラン監督作品とはいえ、これが封切りされた頃は戦争映画を観る気がまったくなくって、機会を逸してた。

 ま~、せっかくこうして『TENET テネット』を観たんだ、祝儀みたいな感もからめて。

 で、やや躊躇しつつだったけど、ケネス・ブラナーが主演で監督の『オリエント急行殺人事件』も購入。

 もはやストーリーを知り尽くしたようなアンバイ物じゃあるけど、ま~、こちらはこちらでブラナーへの祝儀っぽく。

 

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 と、それにしても、土曜の夕刻の映画館内に客がただの2人という現実……。

 東京界隈じゃかなりの集客でヒットしているとの話。大都市と小都市の違い?

 むしろ地方の方がウィルス警戒が濃ゆいのか?

 いっそ、この奇妙に湾曲したような現実の方に、SFめいた感じがなくもなかった。

 けども、たった2人の映画館というのは東京界隈じゃ~味わえないだろうとも思うと、ノーラン作品2人占め、「贅沢なノーヒットノーラン」なような気分もなくはなかった。

 もちろん映画館は大変だ。土曜の夕刻に客2人……。

 スカッと爽やかにゃ遠い。

彼岸の失敗

 いつも通りの秋季彼岸。

 すでに坊さんの到来は予告されてたから、けっこ~早朝より準備バンタンなのだった。

 概ねで我が宅へは朝9時半前後にやって来る。

 それを見計らって弟夫妻らもやって来る。

 ちょいと早めにマイ・マザーの朝食のお世話やらも済ませ、抜かりなし、後は待つのみ。

 で、自分の部屋でネットのニュースなんぞを眺め、9時前になったから居間へ出てみると、線香の匂い。

 うん?

 すると、マイ・マザーが自室から、

「お坊さん、来たで。もう帰ったで」

 事もなげに云う。

 

 マイ・マザーの部屋と仏間は隣りあわせゆえ到来を彼女は知ったわけじゃあるけど、足のアンバイが悪いから容易にゃ動けない。

 

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 という次第で、用意した茶も茶菓子もおしぼりも出せず、これまた用意してたお布施も渡せずじまい。

 推察するに僕が自分の部屋にいた僅か15分前後、8時40分あたりから9時前にかけて、坊さんいつもの通り、ささっと上がり込み、ささっと拝んで、

「さて、おばあさましか、おらんな……」

 ささっと帰ってった……、ようなのだ。

 僕の部屋はかなり防音が効き、外の音がほぼ聞こえない。

 くわえてマイ・マザーは耳遠く、おそらくは仏間で坊さんがブツブツ仏と拝んでるさいも、それは聞こえておらず、声がけられて、やっと坊さんの存在に気づいたんじゃあるまいか……。

 この2点が災いした。

 

「なんちゅ~こっちゃ」

 唖然としてるところに弟夫妻や子らがやって来て、

「へっ? もう来て、もう帰ったん?」

「兄ちゃん、アンタ、何しとったん」

 ケツネかキツネにだまされたみたいな顔で苦笑。

 当方も苦笑で、トホホ~、溜息。

 

 こういう場合、翌日だかにお布施をお寺さんに持っていくのが、ま~、常識というもんだろう。

 だども当方、ヒジョ〜シキ。次に来られるさいに渡せばいいやと自己納得。

 ま~、この次はといえば、来春の彼岸時ということになるけど。

 ま~、いいや。

 不要な外出は控えるという最近の傾向をば、ここは適用。

ダイコンと『用心棒』

 

 ダイコンの季節になった。

 密かに悦んでる。

 ひどくダイコンが好きなワケでもないけど、嫌いであろうはずはない。

 なんちゅ~ても、鍋なのだ。

 派手さはないもののダイコンは脇役の重鎮。鍋全体を支える役どころといってイイ。

 だからスーパーの店頭で白いダイコンが積まれてるのを見ると、何やら安堵するような感がなくもないのだ。

 大黒柱がズラ~っとうち揃ってるようで、どこか奈良の大仏殿のどっしりした立柱を眺めるみたいに小気味よく、スーパーそのものまでが、

「しっかりしてんじゃ~ん」

 みたいな錯覚で沁み沁みしちゃうのだった。

 

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 しかし一方、お江戸の時代からヘタな役者を「大根役者」と例えるね。

 ダイコンには迷惑な例えじゃなかろうか。

 ニンジン役者でもなく、サトイモ役者でもなく、なぜにダイコンなのか?

 

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 ヘタッピ~な役者を下ろすのと「ダイコンおろし」の掛け合わせ、ダイコンの白さゆえの「シロウト」との掛け合わせ、あるいは、上手い役者で芝居が「あたった」その反対として食品としての保存性が良いゆえの「あたらない=ダイコン」という説やらやら……、諸説あるようだけど、 ま~、そんなこたぁどうでもいい。

 お江戸の時代の高度なシャレ感覚がもたらした比喩なんだから、今の劣化した我々にゃ~想像の底まで行き着けない。

 シャレの深度はあきらかに江戸時代が今に勝ってる。

 身分制の社会の中での抑圧をシャレで対抗する勇気と英智も濃くあって、言葉の巧みレベルが違う。と云うより、言葉を紡ぐ覚悟の程が違う。

 

「で~こ~て~て~て~」

 は、岡山弁だ。

 我がオンナ友達のEっちゃんなんぞが発音すると、実に良かあんばいで、台所の情景がまざまざに想像出来もする。

 むろんこの場合、彼女はヒトにダイコン炊いておいてくれ、と依頼しているワケざんすが、彼女は台所から出てって、居間に寝っころがって本をめくり、ケケケッと笑ってる。

 ときおり背中が痒いのだろう、畳に背を押しつけ左右上下に動かしたりしてる。でも猫女は読書をやめない……。そういう想像が容易。

 

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「で~こ~おろいて~て~」

 も、岡山弁の変種だ。

「で~こ~おれ〜て~て~」

 と、立派な大人がいう。

 ボクなんざ~子供の頃によく、マザ~に命令され、おろし金でダイコンをすらされたもんだ。

 子供の舌は酸っぱいものは苦手なはずだけど、ポン酢で味わうお鍋の、この擦ったダイコンが酸味緩和の立役者というコトは了解してたし、焼きサンマのフレンドであることも承知之助だった。

 

 焼いたサンマほど孤高な存在はない。キャベツもハクサイもその孤高に寄り添えない。

 けど一点、ダイコンだけは、「スリ寄れる」。

 両者チョビッとだけお醤油シャワーを浴びせりゃ、しっかり親和しちゃって睦まじい。

 

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 そんな次第で、夏場に見ないダイコンがスーパーに並んでると、何だか嬉しいのだった。

 

 黒澤明『用心棒』には、東野英治郞扮する親父経営の煮売り屋が出てきて、主演の三船演じる桑畑三十郎が、囲炉裏鍋をのぞき込み、イモの煮えたのだかを箸に指して頬張るシーンがあるけど、イモと一緒にダイコンも、その鍋には入っているハズ……、とボクは思って久しい。

 それがイモであるならサトイモだ。この時代にシャガイモはない。

 

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 三船の表情には、「美味い~」という色は出てないけど、ホクホクと口を動かすその動作には、三十郎が馴染みきった日常的味覚たる煮やした鍋の滋味がうまく表現されているようで、このシーンこそが日本映画界における最高の鍋シーンだとボクはやはり思って、これまた久しい。

 ひどく美味くはないから顔に表情として出ないけど、親しんだ熱々な味を口にはこぶ安堵という点で、このシーンはまことに”うまい映像”だ。

 願わくばダイコンであって欲しいが、映像でみる限り、イモっぽい。

 

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『用心棒』は、冬になりきらないがもはや寒い、秋の終わりの物語と思えるが、煮売り屋内のその食の光景が季節の空気をよくよく醸してくれていて、

「ぁぁ、この映画じゃまもなく本格の冬なんだろなぁ」

「いよいよ鍋がうまくなるだろなぁ」

 そういう感想もまた、ダイコンと共にぷっくりと浮くのだった。

 ちなみに三四郎はいつも一人鍋の『孤独のグルメ』状態だけど、ま~、群れない、その一人っぷりがイイのだね。

 遠回しに想えば、鍋の中のダイコンやらイモが彼の心おきないフレンズだ。それだけで三四郎には、充分に賑やかなんだろう。

 

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