老舎

 

 ついこの前のような感触があるのに、「9/11」から、もう20年が過ぎる。衝撃が大き過ぎて記憶が乾かないゆえ、ついこの前という感が抜けない。

 ごく最近になって当時の情勢情報の一部が公開され、サウジアラビアの関与が浮上というようなコトも伝聞し、

「は~~」

 溜息がこぼれる。ケネディ暗殺の真相やら御巣鷹山でクラッシュした日航機やら同様、謎が謎のまま横たわって、どうにもよろしくない。鍋に具はいっぱい入っているのに火力が弱く、いつまでたっても煮えない……、といったもどかしさだけが積もる。

 

 人間のヒストリーを顧みると、ハッピー期間はごく短くってアンハッピーな期間が多く長いというのは誰もが承知のことだろう。

 だからそれゆえ、すぐれたアート、ムーヴィ、ノベル、ミュージックが産まれ続けているともいえる。不幸のはての幸を描こうとする。その逆もあるし、乾燥もあれば粘っとりお湿めりもある。わけのわからない世界の一部を切りとって作家なりの解釈でもって再見をこころみる。

 

 老舎という作家を知ったのは、開高健の短編『玉、砕ける』を読んだ時だ。

 開高がこの作品を発表したのは1978年で、単行本『ロマネ・コンティ一九三五年』に収録され、3年後の1981年に文庫化されている。

 

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 といって、ボクは老舎を直に読んだことはない。『四世同堂』も『駱駝祥子(ロートシャンツ)』も『茶館』も、いまだ読んでいない。

 けども開高の小説でもって、奇妙なほどに悼みを伴う親近をおぼえ続ける作家として、老舎は体内に刻まれている。

 とっとと読めばいいのだろうけど、既に40年を超えていまだ読むエネルギーが出てこないのは、老舎の栄光の末の不幸を知っているがゆえに……、だろうか。

 

 清朝の末期に北京に生まれ、19歳で小学校の校長をつとめた老舎。渡英してロンドン大学で中国語を教えるころから創作活動をはじめ、『帳さんの哲学』で作家デビューする。

 数多の作品を産み続けて中国を代表する作家となった。がその栄光と裏腹に中国では毛沢東率いる文化大革命が生じる。

 

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                       老舎

 

 文化大革命はメチャでハチャで一方通行なグッチャグチャの激烈だった。毛沢東の権力願望の業火が若者を感化させ、業火は熱狂を伴って苛烈を増大させた。映画『ラスト・エンペラー』を眺めると、ラストでその凄まじい片鱗が覗えて、おぞましさに戦慄する。

『玉、砕ける』はその文化大革命初期頃の話。開高らしき主人公と香港人の旧友・張とが香港で会合し、湯屋で垢を流したりしつつ、老舎の話で盛り上がる。主人公も張も老舎を恭敬し、希望に近い導(しるべ)として敬愛やまぬ様子。

 政治的不穏の中、書くに書けない状況下に置かれたその老舎の言動を開高は、張の体験話としてデッサンしてみせる。

 

 ずっと以前のことになるが文学代表団の団長として老舎は日本を訪れたが、その帰路に香港に立ち寄ったことがある。張はある新聞にインタヴュー記事を書くようたのまれてホテルへ出かけた。老舎は張に会うことは会ってくれたが、何も記事になるようなことは語ってくれなかった。革命後の知識人の生活はどうですかと、しつこくたずねたのだけれど、そのたびにはぐらかされた。あまりそれが度重なるので、張は、老舎はもう作家として衰退してしまったのではないかとさえ考えはじめた。ところがそのうちに老舎は田舎料理の話をはじめ、三時間にわたって滔々とよどみなく描写しつづけた。重慶か、成都か、どこかそのあたりの古い町には何百年と火を絶やしたことのない巨大な鉄釜があり、ネギ、白菜、芋、牛の頭、豚の足、何でもかでもかたっぱしからほうりこんでぐらぐらと煮たてる。客はそのまわりに群がって柄杓で汲みだし、椀に盛って食べ、料金は椀の数できめることになっている。ただそれだけのことを、老舎は、何を煮るか、どんな泡がたつか、汁はどんな味がするか、一人あたり何杯くらい食べられるものか、徹底的に、三時間にわたって、微細、生彩をきわめて語り、語り終わると部屋に消えた。

 

 

 やがて開高らしき主人公が日本に帰国しようとする時、老舎の死が伝わる。

「漠談国事(ばくだんこくじ)」、政治の話をするなと注意書きのある茶館を舞台にした劇『茶館』の作者である老舎が、中国本土でもって死んだ。殺された、いや、それを嫌がって自死したという話が伝わって2人が愕然として気落ちするところで話は閉じられる。

 

 史実の中の老舎は、近衛兵の少年らに嬲られ、入水自殺した。

 自死は1966年のことだから、開高健はその12年後に『玉、砕ける』を発表したことになる。

 温めていたか、あるいは、難儀したか、あるいは、死の真相を12年経っても掴みきれなかったからか、またはコンラッドの『闇の奥』のように、会えてはいないが思慕する巨人の生死を通じて”嗚呼・無情”を描こうとして囚われるままに苦闘したかもしれないが、この作品創出に悶々の日々を費やしたのはマチガイないだろう。

 

 1966年当時、香港は英国領ながら本土中国の影響も大きく、文化大革命の洗礼を受けた中国共産党系の人達が暴動をおこしたりもして、街角でも路地裏でも緊張の糸が慄えてた。表層は英国風味ながら水の流れには「漠談国事」な泡立ちもまた濃厚のようだった。

 1997年に中国に返還されて既に久しい香港だけど、ジワジワよろしくない方向に向かっているのは誰もが知る通り。香港だけでなく本土としての中国そのものも……。

 

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                老舎の代表作

 

 2019年に日本財団が世界9カ国の17~19歳各1000人に、『自分の国は良くなるか悪くなるか』を聞いたところ、米国や英国や仏蘭西といった国々では概ね30%の若者が良くなると答え、同じく30%ほどが悪くなると回答したが、中国では96%のヤングが中国は良くなると回答したという。

 同国を外から眺めて顔をしかめるのとは裏腹、あまりに違うパーセンテージ。

 32年前の天安門事件で大いに反撥した若者はすでに中年になり、その子供たちが今の中国のヤングなのだけれど、かつての近衛兵同様、強壮な体制の足下で集団として硬化しつつあるのか、あるいは一党独裁ゆえの封じの徹底がもたらしたやむなき96%肯定なのか……、いささか妙な気配。水は濁りつつあるのか、そうでないのか?

 

 『玉、砕ける』は、まるで何だか、現在の到来を見通した作品だと、云えないこともない。

 開高はベトナム戦争を体験し、アイヒマン裁判を見聞し、アフリカの紛争地を歩きしつつ、腐臭をしっかり味わって、倦んで疲弊し、やがて、食のこと、酒のこと、釣りのこと、アンテナの方向をガラリ変えて名文の数々を残すことになるけど(厳密にいえば開高は戦争をルポタージュしつつ早い時期より釣りの世界に足を踏み入れている)、そのおびただしい華麗な文章の奥底には、死した老舎のカタチが潜んでいるよう思えなくもない。

 だから老舎を読まずして開高を読んでいるボクというわけじゃないけど、ミャンマーベラルーシアフガニスタン、香港などの難儀なニュースに接するたび、あわせてこの国のアカンタレを見聞きするたび……、諸々の刃の突きつけに気持ちを拮抗するには、老舎のように、開高健のように、油を知りつつ水を汲み、澄明な水の旨味を謳歌するに専念するがごとき振る舞いは、方便として大事かもと常々薄々におもいもするのだった。逃げてくワケでなく、ヒトとして、ニュートラルな立ち位置として、あるいはギアをローに入れてアクセルを踏むさい、どう腰をすわらせるのかという点で。

 が、そうであって結局に老舎は少年達に敗れ、入水した。自らに終止符をうった。うたざるをえなかった。

 その重みがたえがたく、いまだ老舎を読めない自分は、やはり卑怯なトコロに腰を据えているのかしら?  

 ストレートに解答がえられない。

 けども、そのコトよりも今は、ミルクコーヒーサンドにソーセージを挟んで食うか食うまいか、そっちの悩みがでっかい。

 

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 ただ挟むだけじゃ2つの素材を合わすだけ。敷布団と掛布団に過ぎないワケで、そこにさらに毛布を加えて初めて寝所としての暖かみが出るのと同様、この場合、魚肉ソーセージゆえ、ここは醤油をたらすべきか、しかし醤油はミルクコーヒーサンドにマッチするか、いや、いっそジャンクにお好み焼きソースをかけちゃうか、いやいや、そうやって、マッチしようが近藤であろうが、混同ご一緒する意義があるんか? 

 意義はなくとも今手元にある食品がこの2つゆえ、どう食らうか考えてアタリマエなのじゃなかろうか、けど、こんな組み合わせを他者に披露して恥ずかしくないのか、そういうことを三時間話し続ける能力と気力があるのか……。

 諸々堂々巡ってきぜわしい。

 

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警察署とケンタッキー’

 

 久々に自転車に乗り、久々に中区の中央署に出向く。

 自転車に乗るのは実に2カ月ぶり。

 中央署は2年ぶり。

「ちゅうぎんまえジャスナイト2021」ではステージ用に電源車を使う。路上駐車となるので、そのための「道路使用許可証」が必要なわけだ。

 2通の申請書を2部作り、電源車の検査証や関連資料それぞれ2部をまとめ、窓口に提出。

 手数料は2千数百円。

 後日、審査されて「許可証」がでるので、また取りに行く。

 

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 本イベントのたび、この10数年、毎年繰り返す、いわばルーチン化した仕事。

 距離は5.1㎞。往復10.2㎞。

 べつだん、たいしたことはない。ないけど、久しく乗っていないので足は嫌がる。

 百間川を渡るさいは特に、嫌がる。

 橋というのはたいがい坂になっている。登坂時、

「やだよ~、しんどいよ~」

 足は、泣いて苦情を申し立てる。

 

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 苦情といえば、警察署の窓口係が若い警察官だと、たいがい何かと、こちらの書類に難癖をつける。

 受付係としての責任感ゆえか、厳密であろうとし、重箱のスミを突くようにしてモノ申される。

 しかし毎年のことゆえ、書類に不備はない。

 なのでベテランの、市街での定例イベントの存在に慣れた警察官が窓口対応すると、

「ぁあ、あのコンサートですね~」

 スムーズにことが運ぶ。

 2年ぶりの窓口は前者と後者の中間くらい。警察官になって既に7~8年という感じか、応対無難。ごくごく事務的にコトが運ぶ。

 ともあれ「許可証」は必要ゆえ、警察署に行くのもまた必需。

 

 手続きを終え、自転車を転がし、近場のケンタッキーで4ピース・セットのチキンをば買う。

 なんだかこれもルーチン化している。警察署とKFCが、セットになっているわけだ。

 昨年はコロナ禍でイベントが出来なかったから、なので2年ぶりのケンタッキー。

 

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 ヨタヨタとペダルを廻して帰りの5.1㎞を足が味わい、うっすら汗ばんで帰宅。

 即、缶ビール、しゅっぽ~~ん。(正しくは発泡酒だね)

 チキンの熱い肉汁に唇と舌が、キャ~キャ~云うのをそれで冷ましつつ、流し込む。

 まだ昼前じゃあるけど、かまわん構わん。

 両手の指をば脂でベタベタにしつつ、久々のケンタッキー味に、頬がゆるむ。

 

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 という次第。

 来たる10/2の土曜、中国銀行本店ぎわの道路で電源車が唸ってるのを目撃したら、

「ぁあ~、あのケンタッキーやね……」

 と思ってくださって問題なし。

 ステージ裏の電源車にもごくごく小さなエピソード有りというハナシ。パブリックなイベントながら、背後ではパーソナルなフライドチキンが沁み沁みしてるって~ハナシ。

 

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来月ジャズフェス

 うまく事が運べば、来月2日と28日、ジャズのイベント開催だ。

 いま、その準備で何かとせわしない。

 

 『ちゅうぎんまえジャズナイト2021』

 10月2日 土曜  中国銀行本店前広場 無料

 第1部 15:00~16:00  出演:ハードバップ研究会

 第2部 17:00~18:00        出演:QuareGats(Latin Session feat. Yacel Sagarra)

                 ※ QuareGatsはカトレガッツと読みます

 詳細情報はこちら

 

 岡山国際音楽祭の一環として、今回で19回目となる『ちゅぎんまえジャズナイト』。

 昨年10月頃はコロナウィルスの性質がよく判っていなくって、やむなく中止したけど、今はやや性質が浮き彫りになっている。唾液飛沫による感染が主な要因と知れ、その対策をしっかり行えばイベント開催は可能。常滑市での大型イベントが悪しき例として喧伝され、野外での音楽イベントにきつい眼差しが注がれているけれど、全てをそれと同類と思わないでいただきたい。

 

 中銀前は、いつもなら18時あたりから21時にかけ飲食を伴うラフでフリーな環境でもってステージを楽しんでもらっていたのだけど、こたびは通りがかりで立ち見されるお客様を回避のため、あえて、お昼に変更。

 飲食ブースなし。お酒の持ち込み不可。ステージ前のお席も通常の半分以下……。

 あれこれ制約を設けた。むろんスタッフは全員ワクチン接種済み。

 

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                 ハードバップ研究会

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        QuareGats(Latin Session feat. Yacel Sagarra)

 

 制約ありのイベントなんて本来、つまんない

 けど、コロナ禍だ、しかたない。

 雨、それゆえカサを指すという次第。

 当日会場に来られない方にステージの様子をネット配信の予定だったけど、諸々な都合でこれも今回は、なし。(ただしまだ最終決定じゃないんで、実施の可能性もあります)

 諸条件が厳しい中ながら、開催し、音楽に包まれる喜びをば味わっていただきたい、

 どちらのバンドも今、関西圏で赤丸急上昇中の熱々。そのホットを岡山で味わっていただきたい。

 今回、QuareGats(カトレガッツ)のゲストとしてジャマイカの人、ヤエル・サガラYacel Sagarra)さんも参加予定だ。どんな歌声か……、必聴だよ。ルックスもスペシャルに良さげ、ネ。

 

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 「ちゅうぎんまえジャズナイト」は昨年でホントは19回目になり、こたびは20回目になるハズだった……。

 個人的なコトで恐縮だけど、もう20年、たずさわっきたワケだ。

 なのでこれを節目に、引退を考えていた。20周年でもって一歩下がり、以後は1ボランティア・スタッフとして、あるいは、観客席から“愉しませて”もらお~と思ってた。ロートルがいつまでも最前線じゃイベントそのものが老化するだろう。

 けど、それが1年伸びちゃった。

 いや、べつだん、今回この19回目をファイナルに引退したってイイのだけど、コロナと共に去るというのも嬉しくないコロなワケで。

 

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『ジャズと癒やしの夕べ One Heart Under Music

 海野雅威ジャズ&メッセージ』

 10月28日 木曜 開場18:00  開演19:00

 ルネスホール 前売り3500円 当日4000円

 詳細はこちら特設サイト

 

 岡山国際音楽祭とは関係なく、OJF(岡山ジャズフェスティバル実行委員会の略称)の単独イベント。

 海野雅威(うんの・ただたか)氏はニューヨークで活躍のピアニストだけど、昨年、アジア人に対するヘイト・クライムで重傷を負った。

 

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              事件を報じたNYの情報誌の一部

 

 地下鉄の暗がりで、

「おまえ、コロナ振りまく中国人だろ」

 ひどい暴力を受け、事後に発見され救急車で運ばれた……。ピアノマンとしての生命をたたれかけたけど、懸命に奮闘し、こたび復帰。

 その彼をあえて岡山に招く。

 復帰復活しようとする氏に声援したいんだ。

 と同時に、OJFも、復帰をこのイベントに託す……。

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 というのが、昨年まったくイベントを行えず、団体としてのOJFの維持が難しくなっているんだ。

 ベチャっといえば事務所家賃の捻出もできないワケで。

 基本の基本としてOJFは利益を出してく営利団体じゃない。音楽を通じて公共的文化に貢献したいと願って20年近く踏ん張ってきた非営利団体

 とはいえ自明ながら経費はかかる。行政とのコラボレーションではその事業に関して助成をいただけるけど、家賃やらの団体維持費は出ない。

 そこを埋めるべくイベントのたび飲食ブースなどを設け、生じた利益でもって家賃などの年間経費にあてていたんだけど、コロナ禍だ。

 なのでジリ貧。独自イベント開催でもってそこを何とか捻出したいという次第もある。

 だから、2重2層の“復活”という感じでもあるのだけど、ニューヨークでの悲劇を、激痛の苦悶から懸命に抜け出している海野雅威氏を声援し、かつ直にお会いしたいとの願望もまた濃ゆい。あえて彼が味わった痛苦を共有したい。泥水に沈んだ茎から蓮は花を開く。その花の光彩を皆さんと共に見たいんだ……。

 

 そういう次第もあり、初めてクラウドファンディングも利用する。

 会場に来られなくとも、このイベント企画に賛同してくださるなら、1000円からの支援金も可能……。

 クラウドファンディングでの詳細は下記へ。後日に動画配信も予定だ。

 

 

 OJFは、地方都市岡山での音楽シーンを導く……、というような大それた気分など毛頭ない。ミュージック・カルチャーをクリエィトしてます~、なんてぇ横文字エエカッコも好まない。

 あるのは常にそよ風みたいな爽やかさを送り出すコト。

 そう書いてしまうと、空気洗浄機みたいでツマンナイけど、1種の空調機としてOJFが機能していけるなら本望とも思ってる。

 ご支援とご賛同の程を願うかぎりです。

 

 繰り返すようでこれまた恐縮だけど、OJFの運営においてはスタッフ全員、誰も1円も私腹を肥やさない。給料も日給もない。

 たずさわったからといって誰も出世しない。イベント時、お弁当1つ無償で提供しない。スタッフがパクパクしちゃえるワケでない。あくまで手弁当……。

 ま~、お弁当に関しては悩ましく思えるコトもあり、せめてそれっくらいの支給をすべきという気分もなくはない。が、実現できない。ミュージシャンやステージ環境にちょっとでもお金を廻したいから、結局、スタッフお弁当まで手が廻らない。なので東京オリンピックでスタッフ用お弁当が何万食も廃棄されたというのを聞いたさいには、ズサンな運営に煮えるような思いにさせられた……。

 ボランティアというカタチの根幹をどう意識し、どう定義するのか、20年もやってきて未だによく判らないトコロもあるにはあるんだけど、ともあれ、日常ではほぼまったく交流のないスタッフがイベント当日うち揃い、チカラをあわせてミュージシャンを観客席の皆様にご披露できるのは、とにかく嬉しい次第。ゼニカネじゃ~ないのよ。

 けど一方、事務所とかの経費は支出として常にあるワケでもあって、そこの整合性がこたびのコロナ禍が崩したワケだね。

 だからやむなくもクラウドファンディングといった新たな形態に一縷の希望を託すというようなアンバイなのにゃ。

 ま~、グダグダいうまい。

「May the force be with you」

 かの『スターウォーズ』の名フレーズ、“フォースと共にあらん事を”をもじって云えば、

「良き音楽と共にあらん事を」

 という次第になるのでしょう。

 ヨーダレイア姫やハン・ソロたち同様、OJFも少数スタッフでグァンバッておりやす。

 ど・う・か・よ・ろ・し・く・お・ね・が・い・し・ま・す

訪問看護がやってきた ヤ〜!ヤ〜!ヤ〜!

 

 マイ・マザ~。

 97歳。

 この半年ほどで急速に衰え、立てなくなり、それと同時に、ボケが進行……。

 すでに数年前からマザ~の介護をしていたけど、まったくの歩行困難となるや、食事もトイレも風呂も、お世話する側としてはドッド~ンとヤッカイ度が増す。

 自力で腰を持ち上げてくれないから、オシメ交換の難易度がひどくあがった。

 認知力もひどく衰え、接しているボクを息子と理解しない。1カ月ほど前は「お父さん。お父さん」と誰もいない部屋で窓辺に向かって呼んだりして、さてさて、お父さんって、誰のコトなのかと訝しみ、マザ~の父親か、あるいは既に没した我が父か……、とも思ったけど、どうも彼女自身、そうやって言葉を発しながらも、そのお父さんが何であるか、混乱しているようでもあった。

 

 けどもボケはさらに進行。今はもう「お父さん」の単語を口にもしない。

 言葉そのものを忘れつつあるようで……、こちらがアレコレ声をかけても、ウロンとした眼をそよがせはしても、半開きにした口からは声がこぼれない。それでこちらはかなり衝撃を受けた。

 手芸をやってるつもりなのか、ベッド・サイドのフスマを破ってみたり、毛布の端の縫い目をほどいて解体したり、何かと、眼が離せない。

 モノを飲み込む力も衰え、既に固形物はダメ。痴呆化進行と共に、飲み込むという行為そのものを忘れているような時が往々にあり、スプーンで口に入れてあげても、首を垂れるやドロリこぼしてしまう。

 なにより怖いのが、誤嚥

 口に含み入れたものが食道に落ちず、気管に向かう。

 当然、咳き込む。ひどく苦しげに咳く。

 己のが唾液の飲み込みでも、その傾向が高まって、何度か逼迫され、救急車を呼ぼうかと慌てたこともある。

 高齢になると、ゴエンにより肺炎が生じ、それで死亡する例が多い。少し前に亡くなった『ウルトラマン』でお馴染みだった二瓶正也氏もゴエンが原因ときく。

 

 ま~、そんな次第あって、家族としての限界……、介護補助を願うべく、しかるべき所に連絡してみたのだった。

 施設に入れようかとも思うのだが、コロナ禍の今、施設入所すると面会も出来ない。率先してお別れを告げるみたいなもんだ……。

 可能であれば自宅で介護と看護を継続という形が望ましい。

 

 連絡した翌日に、この地域担当の女性がやってきて、状況を見、たちまちに、しかるべき施設へと連絡をとってくれ、さらに翌日には、その施設よりケアマネージャーがやって来た。

 なんせこちらは、そういう施設の利用は初めてだし、システムもまったく知らないから、ケアマネージャーという存在も知らずで、いささか困惑もしたけど、親切極まった対応とその速度には、感服させられた。

 こういう場合、介護認定の「審査」が必需としてあるのだけど、ケアマネージャーさんはマイ・マザ~の状況を掌握するや、自己判断でもってそれを前倒し、アレコレを指示してくれるのだった。

 

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 翌日には介護のための各種道具を扱う業者が、ベッドを運んできた。

 電動で高さと角度調整が出来るベッド。痩せ衰えて骨ばった背中の負担を軽減する専用マット。

 

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 マザ~を新たなベッドに移し、それまでのベッドとマットは廃棄。市の粗大ゴミ収集を依頼。折りたたんだベッドは500円、マットは2500円もとられる……。マッ、しかたない。

 

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 でもってさらに翌日には、訪問専門の医師と看護師がやって来た。

 訪問専門の医師がいるというのも、これで初めて知った。

 

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 同日にはさらに、今後、マザーの世話をしてくれる介護施設(ケアマネージャーがいる施設とは別施設から)のスタッフもやって来て、さっそくにプロフェッショナルなオシメ交換やらを実演してくれた……。

 後日に来たさいは、マザーの爪を、まるでネールサロンみたいに綺麗にしてくれた。

 

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 採血の結果、点滴をば1週間おこなうコトに。注入後の取り外しとそれに伴う薬剤注入は家族がおこなう。ヤヤ面倒だけど、しかたない。作業手順を学ぶためiPhone訪問看護の方の手先をば撮影させてもらう。

 

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 そういう次第が8月後半にあり、まだ数週しか経ってはいないけど、医師訪問が週に2度、訪問看護も週に2度、というアリガタイ状況。(点滴中は毎日ね)

 介護の度合いを審査する保健所の審査の方も来られ、ただし……、審査結果は1カ月後に出るとのノロノロ亀っぷりには、密かに顔をしかめたけど、そのノロノロを承知した上でテキパキ対応してくれたケアマネージャーさんには大いに感謝であった。

 上記の通り、入院させるなり老人施設に入れるなりすれば、コロナ禍、家族は見舞いにも行けない現状なんだから困ったもんで、姥捨てじゃあるまいし、それだけは回避したいというこちらの要望をしっかり掌握してくれ、

「おうちでお母様を介護していきましょう」

 との介護プランを描いてくれたワケで、実に、ありがたい。

 

 ともあれマザ~介護に関し、状況が変わった今日この頃。

 安堵しているワケでない。相変わらず“親の面倒をみる”子としての負担は抱えるし、週に4回の医師や訪問介護者の来訪がゆえ、逆に時間が制約されちまう不自由もあるのだけど、レッド・アラートな警告灯がイエローあたりの色合いに薄まったのは、よろこばしい。

 老々介護のストレスと腰の痛みを味わうナンギがヤヤ軽減したのも、ありがたい。

 

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 まっ、そういう経緯ゆえ、ケアマネージャーが勤める施設をばひそかに見学しようじゃないか……。

 けっこう大きめな施設を見上げつつ、

「ここから来てるのね、彼女っ」

 ありがたいな~、とまた呟く。

 

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 この施設前の道路を東に駆ければ、長船(おさふね・地名)に出るはず。

 ちょいと束の間ドライブ。その長船の中心あたり(?)、「おさふね珈琲」という瀟洒な店があるとMichiko妃殿下(おっ友達ね)が書いてたので、彼女が云うならマチガイあるまい、行ってみる。

 そこでランチをば食べる。

 ゴーヤの漬物がうまく、デザートのスイカも気が効いてら。

 今年スイカを食べるのはこれがファイナルだろなぁ。子供の頃は種がジャマでしかたなかったけど、今はこれぞスイカの特性、アクセントとなる障害物としてそのカタチをば大いに認めてる。食べつつプップッと口から飛ばし出すのは同じだけど。

 種としてはたぶん、心外だろなぁ、ふき飛ばされ優しく接してもらえないのは。

 

8月の映画よもやま ~ヒルコ/妖怪ハンター~

 

 朝の4時前頃に外に出ると、南東の空にオリオン座が昇ってる。

 この冬の星座を歓迎するように、庭のどこかで鈴虫がないている。

 ヒトが寝静まった夜中に、季節の変わり目ギアが動いてる。

 不確定要素だらけの地表のドタバタに比し、天体は確実に運行し続けているワケで、そこを確認のために朝の4時頃外に出てみるのもイイもんだ。広大で茫漠とした寂寥をおぼえると共に、揺らぎのない悠々堂々に安堵に近い気分が味わえる。

 

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 R・ストーンズのメンバーでは、いつもヤヤ右方向に顔を向けてドラムを叩いてるように見えるチャーリー・ワッツが1番に好きだった。

 98年の東京ドーム、03年の武道館と、2度、R・ストーンズは眺めたけど、しかし……、不思議な程にライブ体感の記憶が薄い。

 眼は常にワッツの動きを追っていたよう思い返すけど、シーンとして頭の中に復元できない。

 

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 けど一方で、そのステージ見学の外郭での光景は幾つかしっかり記憶する。

 その頃、単独で上京したさいにはいつも泊まったフェアーモント・ホテル(英国大使館のお隣・今はない)旧館の、即座に湯の出ないバスタブや、桜が咲きかけた(たしか3月末頃だったな、どちらのステージも)ホテルそばの千鳥ヶ淵を早朝に散歩してるいるさなか、ベンチ横に座ってたアウトドア生活のヒトと眼があって、なぜか互いにニヤリと笑ったことやらが、昨日の事のように思い出せる。

 

 98年のさいは、ステージが終わって、チョイと手前、席を立つ高田純次に気づき、いかにも日焼けサロンで焼きましたみたいな茶黒いその顔が照明に浮いて妙に印象に残ったし、帰り、九段坂に抜ける田安門までの1本道が武道館から出てきた人で埋まりに埋まり、1歩進んで30秒止まり、また1歩進んで20秒止まるというカメの大渋滞やら、その田安門附近の照明の暗さとかも、濃く印象に刻まれているというのに、どうしたワケかステージの事がさっぱり思い出せない。

 

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 今も年に1度くらいは袖を通す会場で買ったツアー・Tシャツに面影があるにはあるけど、「見た・聴いた」の中身を思い出せないのが、口惜しい。

 ともあれ、チャーリー・ワッツに合掌。ここ数日はR・ストーンズを背景に流してる。彼を追悼というよりは、「これからもヨロシク~」という感じが濃い。

 

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 さてと8月の映画。

ヒルコ/妖怪ハンター

 この作品、1990年に作られた。

 当時レンタルShopβ版を借りて、観たと記憶する。(レンタルShopという形態が出来た頃でもあったな)

 なにより、諸星大二郎の漫画が原作なのだから、そこに興味が集中していた。

 傑作とは思わなかったけど、妙に刺さるような印象が残った。

 それを31年ぶりに、観た。

 オリジナル・フィルムがレストアされ、こたび、Blu-rayが出たのだった。

 

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 やはり傑作とは思わない。

 思わないけど、監督塚本晋也の若いパンク感ある不整脈っぽいリズムは、了解した。

 31年が経過し、準主役で出ていた工藤正貴(パパは伊沢八郎で姉は工藤夕貴はすでに引退し、主役の沢田研二はタイト・ボディからルーズむっちりボディに変じてしまったけど、そんなこた~、どうでもいい。とにもかくにも、30年を過ぎてようやく再会再見できた事が、喜ばしい。

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 かつて観たβテープ版画質とこたびのBlu-ray画質とじゃ、雲泥の差。

 ひたすら暗い画面だった……、と印象されたシーンの諸々に諸々な輪郭があり、色彩が駆け、

「おやおやっ!」

 新鮮を味わった。

 そこに、31年ぶりの懐かしみと、31年前の田舎の校舎の良き風情への愛しみがからみあった。

 ゴキブリが出てきて慌てふためき、狂乱の形相でキンチョールをまき散らす沢田研二のオーバー演技も、懐かしい。

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 繰り返すが傑作ではない。けども妙な味が、かつてあった安物の見世物小屋のドクドクしい猥雑と、いやぁ、そう見られちゃ困る、懸命に作ったんだというせめぎ合うエネルギーのぶつかりがあって、この8月に眺めた映画の中じゃ、あえて1番上にあげてイイ。

 要は妙なエネルギーがスパークしてるんだ。

 うまくヨイショして云えば、一人の男子高校生の一夜の悪夢を描いた青春映画、と思ってもイイ。

 大きな話なのに、映画の中じゃ、夏の午後から真夜中にかけての時間しか持っていなくって、その凝縮を凝縮として感じられないのも、イイ。

 インディ・ジョーンズのシリーズやらキャメロンの『アビス』やらカーペンターの『遊星からの物体X』やら金田一耕助の映画やらに着想されたらしき”イメージの代用”も多見するし、諸星の漫画の幾つかを合体させた事で中心核が平凡になっていると思わないでもないけど、ま~、30数年経って、云いたてるのは無粋。

 家で容易に視聴できるようになったことが、何より。

 

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 この8月に観た映画の中、もう1本あげるとなると……、amazon primeで観た『プラン9・フロム・アウタースペース』かしら。

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 1959年の米国製。

 監督エド・ウッドのことはティム・バートンの映画『エド・ウッド』である程度は知っていたけど、こうして実際の作品を眺めみるや、ティム・バートンの“伝記的映画”じゃ伝わらなかったエド・ウッドという人の巨大な『不幸』をば、シミジミ感じるのだった。

 要は、才能がないのだ。

 描こうとしている壮大なテーマに向けての叡智がなく、ストーリー破綻。製作のための予算も劇的に貧弱。

 気の毒を通り越し、ポッカリと口をあけて眺めるしか手立てがない駄作の中の駄作。

 

 けども一方、メチャでハチャなことになっているに関わらず、とにもかくにも映画として大勢の人に観てもらお~という意思が石より硬かったらしいのだ、エドさんは。

 ま~、そこのギャップの法外なでかさが、はるか後年、カルトな人気となってくるワケだけど、しかし、よくよく考えるまでもなく、何かに必死にしがみついているヒトというのは、いつの時代にもいるワケでもあって、たとえば、つげ義春は『無能の人』やら『蒸発』でもって、似通う人物を描いてる。

 

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          『無能の人日本文芸社刊 第6話「蒸発」より

 

 わけても『蒸発』に登場の俳人・井上井月のカタチには唖然とさせられ、滑稽と悲痛が混ざり合った末にもはや黙って凍えて微笑するっきゃ~ないという感触のみが残って、こっちが悶々させられもしたんだけど、エド・ウッドが脚本を書き、製作し、監督もこなしたこの『プラン9・フロム・アウタースペース』にも、ケッタイな悶々身悶えを味わうのだった。

 

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            正しくはエドじゃなくってエドワード。

 

 辻褄の合わない脚本。

 信じがたい程にモタモタした演出。

 墓場のチョ~狭いセット。

 役者総じてイモダイコン。

 幼い子供にもそれと判るオモチャ以前の空飛ぶ円盤のミニチュアと、その飛行。

 その円盤に乗る宇宙人たちの司令室は狭く、背景はカーテン。f:id:yoshibey0219:20210828182221j:plain

円盤目撃の旅客機の操縦室の背景も、カーテン。操縦桿すら用意されない。

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 意外と思える程にカッコいい「決め台詞」の次に、セリフぶち壊しの予想外メチャ展開。

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 何しに来たのか判らない宇宙人と、一方的にブッ放すヤンキー3人の、大人の学芸会みたいな立ちんボ〜演出 ↑。

 でもって、そのピストル1発の発射で空飛ぶ円盤火だるま炎上。宇宙人あえなく爆死のシュール過ぎな安上がり展開。

 あげればキリがない。

 

 1976年に米国で出版された映画評の本で、『史上最低の映画』という烙印が押されたのも頷ける次第だけど、が、そうであって尚、いまこうして白黒であった本作がデジタルで着色され、Amazon Primeでカラー版として公開されているという“ハッピー”をどう咀嚼したがイイか、いささか困惑気味に思ったりもしたのだった。この映画を”愉しむ”というよりは、この映画を作ったエド・ウッドという「無能なる人」が着目されている事実を否応もなく意識させられるんだった。

 で。

 哀れやなぁと同情しているのでなく、エドの映画愛を思うのでもなく、映画作りの才能がないにもかかわらず映画にしがみついてでしか生きていけないという、このヒトの存在に、なにやら怯えにも似た感慨を持つんだった。つげ義春俳人・井上井月に着目したのと同様に。

 よりベッチャリいえば、エド・ウッドに自分を投影出来る……、という怯えだな。映画に特化したハナシじゃなくって、“自己満足と他者の眼”という辺りでの哀しくも大きな乖離に関して。

 なので気持ちのどこかに引っかかり、今月に観た映画の中、上から2番にのし上がってアグラをかいてるのが『プラン9・フロム・アウタースペース』、という次第。

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 唯一の見所、チョ~くびれた腰の吸血女。だけど、血吸わない。セリフ云わない。ただ意味ありげに出てくるだけ。きっと後のシーンで意味出てくるだろうと待ってもダメ。ちゃぶ台ひっくり返して「何じゃこの女!?」と吠えてもダメ。

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 映画巻頭と終わりでの大真面目ナレーターのセリフと中身ハチャメチャが水と油みたいに溶け合わないのも、すごくって……、星空を眺めるのとは別な悲壮な寂寥、ヒシヒシ。

 まずさもまた味なり……、か?

 いやいや。

 

 

 

ちょっと

 

● コロナ禍が続く。

 去年はジャズフェスのイベントを中止した。

 で、季節がめぐり今年のジャズフェスが近い。

 そのために水面下(どれっくらい深いのか浅いのかワカランがぁ)で準備を進めているけれど、あいかわらずコロナの居座りというか、拡大ぎみの蔓延。

 岡山県も緊急事態宣言下に置かれるようで……、どうなることやら、下準備しつつも不安も居座る。

 今回は、おかやま国際音楽祭とはまったく別な単独イベントも、用意しつつある。

 まだ準備中の部分もあるので……、より詳細は9月初旬に。

  

● 「10月か11月にやってもらえないか?」

 亜公園についての講演依頼あり。それも2本立てでお願いとのこと。

 ありがたい。

 が、トヨタのコロナが路上に増えてもいっこうに構わないけど、カ〜はカ〜でも、コロナ禍ァはナンギ。

 諸々な予定を組み入れつつ、やはり先が見えない不安がつきまとう。

「では11月で調整を……」

 と、出来るだけ時期を遅らせる事で了承。

 

 ゆえに、さようならコロナ、とひたすら願うばかり。

 しかしながら問屋は易々と荷をおろさない。

 今朝も早よから柔道家より電話あり、

「会社でコロナ出ちゃったよっ」

 ご機嫌斜めな様子。部署が違い話したコトもない人物が感染したらしきだけど、たちまち何かと仕事に差し障り有りな状況とか。

 しばし遊びに行けんがな、と嘆くコトしきり。

 

 ○○-○○-○○-○○-○○-○○-○○-○○-○○-○○-○○-○○-○○-○○-

 

 さてと。

 近頃気になるのが、「ちょっと」

 会話の中、テレビの中、言葉と言葉の繋ぎに多用ぎみ。

「あれさ~、ひどいよなぁ。ちょっとハラたったわぁ」

 とか、

「首相がア~云ってますけど、アレちょっと、どうかしてるわ~」

 とか、とか。

 何かと、使われる。

 けども言葉の流れとしちゃ、「ちょっと」じゃない事を指してる方が多い。

「かなり」とか「すごく」が妥当と思われる話の流れで……、なぜだか「ちょっと」と口からこぼれてる。

 これが、ちょっと気になる。

「ちょっと」が装飾的接続詞になっていて、本来あるべきな主題を浮き彫りにする言葉の流足を逆に引っ張り、後退させてるように思えてしかたない。

 ま~、テレビとかの街頭インタビューとかのシーンに接したら、聴いてみなはれ。

 かなりの頻度で皆さん、言葉の合間に「ちょっと」を入れちゃってるから。

 

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「ちょっと」は副詞だ。

 数量なり程度が僅かである事をいう。

 副詞というのは、コトバなり文の中でその意味を補強説明するパート。

 だから本来なら、そこは断定的強さが求められるハズなのだ。

 

 けども一方で、

「あの人さ~、この界隈じゃちょっと有名な変人さんなのよ」

 という使い方も出来、聞く側も難なく納得したりもする。

 この場合の「ちょっと」は、「少量」じゃなくって「かなり」という意味で使われているワケで、要は彎曲しているんだ「ちょっと」が。

 そういう表現が日本語は出来てしまうんだ。

 だから活用が難しくって、最初にあげた例、「ちょっとハラだったわぁ」とて、実際の発言者は、

「めっちゃハラたった」

 という意味で使った可能性が充分に、ある。

 が、ハラだったその度合い、怒りの深度までは計れない。

 計れないよう、反語に近いカタチに柔らかに「ちょっと」が覆っているワケで、

「ちょっと有名な変人さんなのよ」

 の場合は、広範囲で有名でなく地域が限定されているというニュアンス含みでおそらくは使われている。意味合いが2重になってるワケだわさ。

 

 だから、『もどかしいコトバ大賞』があれば、筆頭にあげていいのが「ちょっと」だと、思うんだ。

 もどかしいというか、アイマイだぁ。

 イエスとノーがくっきりしない日本って……、と、よく云われるけど、国語としての日本語はハナっから、そんなアイマイ色を含有してるんだね。

 だからアイマイであることを苦にしちゃ〜イケナイ。

 ただ、だからといって「ちょっと」の多用もヨロシクはないでしょうよ。

 なのでボカぁ近頃、意識的に「ちょっと」をチョット使わないよう心がけてんの。

「駄目なものはダメ!」といった硬直も好まないけど、志村けんだか加藤茶がよく云ってたじゃん、「チョットだけよん」って。

 そんなドリフターズ的ドリフト感覚でもって、「ちょっと」使用をちょっと抑止中。

 

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     某日某新聞社の記者さんが集成閣の模型をちょっと撮るのを横からさらにちょっと撮影

25年前のワイン

 みなもと太郎が亡くなった。

 71歳。いささか早過ぎ。

 すこぶる残念……。

 壁にかけている御本人から頂戴したサインと僕宛メッセージをチラッと眺め、黙祷。

 また1本、我が体内の柱がなくなった。

 でも彼の残した漫画はいつまでも活き続ける。

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 さて。

 模型やらやらがドッチャリ詰まった2Fの足の踏み場をなくした1室(倉庫)を、なんとか足が入るよう……、整理していたら、未開封のワインが10数本、出てきた。

 何本かはコルクがダメになって液漏れし、ボトル中身が1/3ほどなくなっている。寝かし置いた場所の床は赤黒く沁み、進行形でベチャっと濡れている。

 液漏れしていない気配の、1本の栓を抜いてみる。

 栓抜きを廻すと、コルクが割れ、上半分はすぐに取れたものの、下半分が瓶の底に沈んでった。

 

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 1996年製造のシェラー・シュワルツ・カッツ。シェル村の黒猫。

 その白。

 グラスに注いでみると、ロゼのような、麦茶のような、色になっている。

 25年間ズ〜っと横たわっていたから、ワインそのものの劣化と一緒に、コルクの色が沁みちゃってるわけだろう。

 

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 飲めるのか?

 むろん飲めるさ。

 ワインは腐らない。

 けど、劣化。風味落ち、本来のものにはるかに遠い。3文字であらわせる。

 ま・ず・い。

 あえて氷で冷やし、飲んだ。

 

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 舌の上に転がしつつ、かつて開高健が『ロマネ・コンティ一九三五年』で描いたのと同様な悲哀をば、味わう。

 深沈たる一滴、また一滴……、が、あろうはずがない。

 高額なロマネ・コンティと違い、この黒猫瓶は安い部類のワイン。

 90年代頃、マイブームとして、黒猫ラベルのシェル村ワインばかりを買っていて、2Fに放置されていた1ダースばかりが全て、それ。

 

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 もう1本。やはりシェル村の黒猫。

 クロックボトルというドイツ古来の陶器を模したボトル。やや珍しいカタチゆえ買ったと記憶するが、こちらは1998年産。

 別の日にこれも開封

 やはり、劣化し、透明な淡い茶色に変じてる。

 味わうというような愉しみにゃ遠い。

 

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 そもそもが長期保存するシロモノじゃない。

 モソモソしている内、模型なんぞの箱で埋まり、見えなくなり、存在を忘れていたワイン達。

 劣化にガックリしたものの、25年前頃にそれらを買っていた自分と対座したような気分には、なる。

 懐かしいわけでもなく、回顧するほどでもないけれど、束の間、タイムマシンの窓際に座って過去が立ち現れた。

 ま~、それだけのことだ。

 いずれも、小さなグラスでボトル半分ほどを飲み、残りは、す・て・た。

   惜しむなかれ古い酒

 

 ところで、うちの近く、北に抜ける道沿いにゃ、猫のカカシ有り。

 明かりがない道端ゆえ、夜はケッコ~怖いのじゃなかろうか、この佇まい。

 

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