安倍政権が、この国のアニメーションや食文化や、サブ・カルチャー的文化をも含む諸々を海外に売り出そうと、海外需要開拓支援機構(クールジャパン機構)なる官民ファンドをたちあげたのは2013年だった。
しかし設立時から囁かれていた通り、アニメーション会社にもアニメーターさん達にも何も貢献せず、それどころか、国が投資した額面を回収も出来ない大赤字が続々に矢面にたって……、やっとこの前、廃止というニュース。

ところが一方、高市政権内閣府は、今度は新たな法人を作って国産アニメーションやらゲームやらやらに関与したがっているらしい。意地汚い……。
しかも年間1千億円、5年で5千億円を投資という、クールジャパンを上廻るグチャグチャ計画。
「ええ加減にしてちょ~らい」
苦言というより、呆れてメダマが宙に泳ぐ今日この頃なのだった。
週刊文春が報じたクールジャパンのヒドイ内実のごく一部を紹介すると……

いずれも損金だらけ、お金をドブに捨てたアンバイなのに、返金の仕組みなし。誰も責任をとらない仕組み、失敗の原因も検証されない。
こんなコトが続々あり過ぎで540億円が消えたという無茶。これら皆なワタシ達の税金でやってるワケで、腹立たしいを通り越して、アタマの芯まで煮やされるんだった。
このまま高市政権が進めれば、またぞろ同じコトが繰り返されるはず。政府が出すお金に文化っぽい装束をまとった有象無象が喰らいつくだけ……。
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戦後の復興期から高度成長期前まで、ひたすら励んでいたのは数多無数の零細企業で、国の支援も口出しもなかったけど、個々の小さな会社がモノ作りに励みに励んでいた様相は、昭和30年代40年代の輸出玩具1つを例にとってもシミジミ、アイデアと努力と研鑽の痕跡が見え、アタマがさがるような思いに結ばれる。
ここに紹介する玩具もその内の1つ、だろう。

どこにも日本語がない。でもHAJIのロゴとMade in Japanの表記が右隅にある。

HAJIはブランド名。万盛玩具(まんせいがんぐ)という小さなメーカーの製品だ。 戦後の1950年から1960年代半ばまで、ブリキを主材の玩具を造ってた。

紙パッケージの1部分までがパーツ化され、切り取って用いるようになっている。
パッケージ・アートも秀逸だが、このアイデアも素敵だ。
私がこの玩具を入手したのは1970年代。
ブリキ玩具を研究しようとしていた大阪の熊谷信夫氏(『ニホンのブリキ玩具図鑑』の著者)に同行し、彼の車に乗っかって、兵庫や三重の閑散とした地方の模型店を巡って、売れ残っていた昔の玩具を探していたさなかの1つ。
今でこそブリキ玩具は途方もない価格になっちまったが、70年代中頃までは、あちゃこちゃの模型店やらには売れ残ったモノとしてホコリをかぶり、発売された時期のままの値段だった。

展開し組み立てると、こうなっちゃう。すべてブリキのパーツ。米国や英国向けに出荷され、我がクニでも玩具問屋経由で少量が扱われたらしきもの——。

レールの結合部を隠し覆うために、先に紹介のパッケージの切り抜きを使う。(当方はもったいないので切り抜かないまま保存している)

車輌の後ろ側がフタになっており、ここに単1電池を1本いれる。1960年代は単1電池の世界なり。

裏側の機構。4つのコマが細いレールを挟んで回転し、このカラクリがモノレールを動かす。ゆっくり低速かつ定速で前に進む。

カラーリングが素敵。レトロ・フューチャーの典型的カラー。こういった色や形から今に至る流れもまた文化……。

このテーストがそのまま1970年の万国博覧会にも連なるワケだ。
万盛玩具はブリキ加工からプラスチック射出成型への転換について行けずに会社を閉じたようだが、玩具文化の一翼を担ったであろうコトは確かだろう。
今となって、昔は好かった〜、なんて気分はこれっぽちも湧かないが、文化というモノの根幹は辿れるような気が、する。
零細ながら頑張ってるヒトに向けての支援ならいい。
あるいは、名が広くは知られていなくとも貴重な文化財の、その保護や修繕に予算を費やす方向であるならイイ。
だけど、行政が「こんな風に造りましょうよ」みたいなチョッカイは、カルチャーを逆に壊してしまうと当方は思い、あえて昔の玩具をここに引っ張りだし、顧みる。































































