Macintosh Plus

 近頃、複数の我が友が、Maclockを買っているようで、ニヤリ北叟笑むのだった。

 Facebookの広告だかで当方も、この小さな置き時計、一瞬買おうかしら? とも思ったけど、ま~、購買しなかった。

 でも懐かしくもあったので、倉庫から、元ネタたるMacintosh Plusを取り出し、久々に眺めるのだった。

 9インチのモノクロ・ブラウン管CRT。フロッピーでの読み書き……

 圧倒的にコンパクト。

 ブラウン管特有の彎曲ゆえ画面に映り込みがあるので、当方、早い時期でサードパーティ製の画面フィルターを取りつけ、今もそのままだ。取りつけたコトでデザイン・バランスが崩れ、サングラス着けたマックになってしまったけど、当時の当方はコレを許認した……。

  しっかり貼り付いてたフィルターを剥がして本来のカタチに戻す。

 経年ですっかり色褪せというか色づいて、フィルター外した部分の元の色クッキリ。

 私のコンピュータ史はこれを買った1987年に始まる。

 搭載されたハイパーカードに夢中になったもんだ。

 メモ帖にもなればお絵かきも出来る。現在のKindleやAdobeのアクロバットみたいに長文テキストをページめくって眺めるコトも出来た。それを造るコトも容易だった。

 搭載されたMac PaintMacDrawで描いたものをハイパーカードで加工すればアニメーションも創れた。簡易なゲームを自分で構築出来もした。

 

 その頃にはNECPC-6001だかを持ってたけど、マシン語の打ち込みというヤッカイ極まるコトでしかロクに仕えない代物だったから、Macintosh Plusとソフトウェアの自在度には圧倒された。

 BASICとかCOBOLやらのコンピュータ言語を学びたいワケじゃなく、自分の創作欲を補佐してくれる道具を欲していたワケで、そのドアを開いてくれたのがこのマッキントッシュだった。

 我が模型工房TVC-15に出入りの若い仲間達に伝搬し、皆な、Macを買ったよう思い出す。

 安くない。高額なので皆さんローンを組んでの購入だったよう思い返すが、

「なんか未来、来てるなぁ~」

 という感触に心底ワクワクさせられたもんだ。

 マックを抱えているのがハイパーカードを産んだビル・アトキンソン。惜しいかな昨年に亡くなった。

『サンダーバード』の版権を取得し、限定品として販売した1号と3号の大型模型の取扱い説明書は、故・河原賢一が担当し、すべてMacintosh Plusだけで造った。

 依頼した翌日に初稿が出来上がっていて、

「は、早や~!」

 腰が抜ける程にビックラこいた。

 ImageWriter IIというアップル純正のドット・インパクト式プリンターでの出力だが、その大中小の点々描写に自分達の創作が凝縮されていると驚喜したもんだ。

 当時彼は大学4年だった。模型の原型を造ったのもやはり大学生だったハタ坊だ。

 本作をモデルカステンと組んでソフトビニール化したさいの取説は、Macintosh Plusではなく、当時発売されたばかりのMacintosh IIciを用い、カラー化した。

 ドットではなく、インク吹きつけのインクジェット式ゆえ表現の幅が激烈にあがって、これまた舞い上がるホドに感じいったもんだ。

 模型業界で最初のデスクトップ・パブリッシングがコレなのだけど、業界の誰も着目してくれなかった。後年に岡田斗司夫氏が「模型界初は自分だ」みたいな発言をされたようだけど、そんなコトはもはやどうでもイイのだ。

 小さなマッキントッシュ・プラスが、我が身にでっかく寄り添ってくれたコトに、ただただ感謝の念をおく。ビジネス・ツールとしての計算機の親玉じゃなく、創作意欲のブースターとして強靱なチカラを出してくれていたコトに。

 片手で運べるのも喜ばしい。

  ツタンカーメン王墓に侵入するみたいな探検気分で、内部を開けて基板を外すと、本体ボディ最背面に「壁画」がある。

 正しくは、金型にエッチングされた本機の開発チームの「寄せ書きサイン群」。

 ジョブスも小文字のみで構成のサインを入れている。ウォズニアックやアンデイ・ハーツフェルドなどのサインもみえる。

 一方で、ハイパーカードを創ったビル・アトキンソンや基板設計のスティーブ・キャブスの名がないのは、サインが用意されたのが1982年で、Macの販売は同年を予定していたものの、アレコレ遅れて1984年にようやく販売に至るという経緯ゆえのもの。

 サイン入り金型はとても高額ゆえ、造り直す金銭ユトリなく、後からスタッフにくわわったアトキンソン達を追加出来ないままの製品化だったようだ。

 温度計みたいなモールドの部分、上から4番目がジョブス。小さい文字で意外なホドあつかましさがない。

 

 誰も内部を開けてみるコトはないし、コンピュータとしての要点でもない。

 されども、このサインが示しているのは、これがただの製品ではなく、ニンゲンがニンゲンのために創造したモノとしての『作品という、強い意識だ。

 世界をこれで変えちゃろ〜、これを使って変えてくれ〜、とする強い意志と希望と自負でもって、あえて内部に署名している点だ。

 これはまったく驚くべきコトだと、今も思う。

    

 コンピュータ雑誌「MACWORLD」の1984年創刊号(上写真)のインタビュー記事で29歳のスティーブ・ジョブスはこう云う。

Macintoshの原動力は、実際に仕事をしている人たちです。私の仕事は、彼らのための場を作り、組織の他の部分を整理し、彼らの邪魔にならないようにすることです。

 このチームは、おそらく製品の最終バージョン開発まで一緒に活動し、その後はそれぞれ別の道を歩むことになるでしょう。

 私たちがこのMacintoshのために集結したのは、本当に特別な瞬間でした。これは、私たちの人生で最高の出来事になるかもしれないと感じています」

 開発後の別れまで予測し、見事なもんだ。

 ジョブスの念頭には「成長」という過程がしっかり織り込まれているようで、なるほど、やがて大企業となるべくなパワーがこのインタビューに滲んでいるが、ヒトがヒトのために創るコンピュータの内部に署名した気分の在処こそが要め。

 1984年頃の小さな会社アップルコンピュータのスタッフ集合写真。中央がジョブスだけど、赤ん坊抱いて座ってるのは誰かしらん? とても良い写真だ

 TVC-15の小さなアップル製品模型。右は13インチ・カラーモニターを含めたマッキントッシュIIciの完成品。左はマッキントッシュSE/30の未塗装未組み立ての模型。下部に外部HDを置いてるんで背が高くみえる。

 1/6スケール。初代iMacのボンダイブルー・カラーとストロベリー・カラー。背後はシネマ・ディスプレー。

 

 ジョブス達がMacintoshを創った時代には、『コンピュターで夢をつむぐ』という良性な創造意欲が炯々と光ってたよう思う。

 それが今や、尋常でないIT技術を持ちながら、それをゼニ儲けのための道具として悪用……、AIフル活用で捏造、誹謗、中傷を大量に垂れ流すヤカラがコトもあろうに首相のそばにいたりで……、それをしっかり報道しないNHKや大手新聞社などなど、坂道転げ落ちてるヒドイ衰退世界。

 だからそれゆえに、Macintosh Plusが世に出て来た頃のカタチというか気分のありようが、汚染されていない時代を顧みる価値ある牙城として愛おしく思えるんだ、きっと。