おそい初詣

 

 腰痛の具合がヤヤよろしい感じなので、最上稲荷に詣でてみた。

 今年は岡山神社にも近所の神社に出向けずだったので、リハビリ兼ねてチョイと歩こうか……、そうであるなら駐車場から本堂までの参道が長めがヨロシイかも、参道沿いの店もまだ多少は営業しているだろうし……、といった物見遊山っぽい初詣。

 とはいえ腰痛ベルトは外せない。患部にホッカイロもくっつけての遅い初詣。インフルエンザが猛威ゆえマスクも着けて。

 しかし、この神仏習合のお寺さんに詣でるのはメッチャクチャに久しぶり。毎年どえらいヒトが参るから敬遠しっぱなしで今に至ってた。

 でも元旦から2週間近く経ってるんだからヒトも少なかろうと予測して出向いた次第ながら、あらま~、大はずれ。どえらいヒトデじゃないか。

 180号線から大鳥居に抜ける箇所で20分前後の渋滞。5000台収容という駐車場はほぼ満車。誘導員の指示で空きが出るのをしばし待つ。

 参道沿いは旧来の店よりも露店の出店が多く、縁日最前線の賑やかさ。

 駐車場の1部分も露店街みたいになっちゃって、たこ焼きやらハシマキ(箸に巻きつけたお好みやきだけど肉は入ってない)やタイ焼きの店々が競合する。

 毎年ここに参ってる方にはあたりまえっぽい様子だろうけど、久しぶりの身にはもの珍しく、大勢の参拝客の流れのままに歩まずをえずで、それが新鮮でもあった。

          おばさんが何だか困った顔になってるような左上空の雲

 トランプというヤッカイなヒトが統領になると決まるや、ネコもシャクシもが彼に額づいて、悪しきかもと感じつつもドイツ国民の誰も彼もがヒットラーに右へならえした時代がまた来たような感じ悪さじゃ~あるけれど、最上稲荷の賑わいに身を置くと、チョイっとそういうコトなんぞを忘れ、

「ぁあ、めでて~ぇ」

 奇妙な喜色も浮くのだった。

 神社(ここはお寺だけど)という空間は束の間の消去作用があって不思議だな。ま~、それゆえの祝祭空間なのであって、神社に出向くと暗~い気分になるようではイカンわけだし、ニンゲンはオモシロイ空間というか装置を発明したもんだと改めて感心する。

 

 神仏習合の施設として明治の廃仏毀釈から逃れ、それゆえに興隆し、今となっては嘘みたいだけど、明治44年から昭和19年までは、現在の備中高松駅稲荷山駅(現在の稲荷のおみやげセンターの場所)とが線路で結ばれ(中国鉄吉備線 - 現在は自転車道になってる)、さらには昭和4年から19年にかけて、境内の要所、龍王山に登るケーブルカー(中国稲荷山鋼索鉄道があって、今とは違う参拝の様相だったコトやら、両鉄道とも戦争のために鉄材を供出せよとの命令で鉄路を奪われて廃線となったコトやらやら、いささか遠い昔の話じゃあるけど、ともあれ多くのヒトが今も参拝するんだから、たいしたもんだ……。

 

 龍王山頂上附近でのケーブルカー。奥側にもう1両みえる。昭和19年までは、まずは頂上に登って奥の院にあるお堂に参拝し、それから徐々に降りて本堂に向かうというコースだったらしいから、今とはかなり違う参拝だった……。

 さてと現在は……、本堂そばの絵馬の販売所。800円 以上 というトコロが、あらま〜ま〜。800円は帳簿に収入として記すが、それ以上はウッフッフって〜なアンバイかな。

 懐かしい名前。ロマンポルノ時代より前の吉永小百合浜田光夫石原裕次郎時代のモノだろうな、きっと

 参拝後、参道沿いで昔から営業している大黒屋で天ぷらうどんをチュルチュルし、ま~、ここに来たからにはと柚せんべいも買う。     

         

                どんぶりの上の白い線は割り箸の袋

 その昔、学生の頃、奈良に出向いたさい、鹿の餌せんべいを囓ったことを想い出す。

 醤油っけも塩っけもなく、まったく味のない代物だったので、鹿はこんなので喜んでるのか? 舌具合をいぶかしんだっけ。

 柚せんべいはどうだろう? 常盤屋のいっちゃん安い350円のを買ったけど、まだ、食べていない。鹿じゃなく、自分用茶菓子なんだから不味いはずはないハズ、くわえて腰痛のリハビリにもなった参拝のはずと……、はず3段構えのハズ詣。

                 

※ 以上を書いたあと、チョビっと食べる。柚の砕片が埋まっていて、風味豊か。かみ砕いて飲み込んでも柚が歯と葉の間で踊り、香りが口内に残る。コーヒーよりもビールが欲しくなる——。