その昔、智恵子さんは虚ろになりかけた眼を天にむけて、「東京に空はない」といって光太郎さんを驚愕させたのだけど、その空は… 夏の匂いがする。
かの『あどけない話』中には"桜若葉"とあるからこれは春の詩篇なのだし、あくまでも智恵子さんと光太郎さんの関係の中での空なんだけど、そして、ふいに震撼すべきな哄笑でもって詩人を凍らせた虚ろの響きは、きっと雲のない蒼色に溶けて、彼にジョークとしてでない"ブルー"な気分の蔓延を働かせたろうと感じるのだけども、この前の… 東京の空は、なにか空という感触の持てない色に染まって、ひたすらな熱気に満ちて、ただただ暑かった。
燃ゆる、というには大袈裟だけど… 大気全体、すなわち空が、感情すら蒸発する空虚な熱狂にくるまれて、それで高村光太郎の一節を思い出してしまった。
『船の科学館』に足を運んだのははじめての事。
何年も気にはなっていたのだけど機会はないし、ある人物を顕彰しての、その財団がお金を出している施設という事も承知だったから、いつも、車の場合なら橋上で、ゆりかもめの場合は窓越しに、在処を遠目に見ていただけだった… んだけど、今回はその近場でイベントをやってて都合よしゆえ、そこから徒歩で向かってみたのだった。
が、これが躓き。
お台場は空間が広い。
建物が大きいゆえに直ぐそばと思ってしまいがち。
建物Aのそばにみえる建物Bは、そばじゃなかった。
というワケでこのトホ・ホな移動で大汗。
でもって、知らなかったワ・ショックだわ。
歩み寄りつつ奇妙にヒトの気配がないな、駐車場もガラ〜ンとしてるな、空いてんかな〜、などと汗を拭いつつやっと接近したら、
「ガビョ〜ン!」
『船の科学館』は休館中なのだった。
大改装を予定してただいま休館。
かろうじて仮設の小さな"小屋"で小さな展示物が、みられるだけだった。
これは無料。
無料は嬉しいけど、さほど興味をひかれるモノもない。
北朝鮮工作船との銃撃シーンのVTRとその模型など、あんのじょう、国防の必要を暗に指示する内容にウエイトが置かれてる。
ま〜、それはよろしい。
ここはお台場。江川太郎左衛門指揮の江戸末期の砲台設置の場。
意外とボクは、この江戸末期の代官にスーパースター的なチャーミングをおぼえて久しく、たとえば勝海舟や江川にタイムスリップしてもらって、今の日本の現状をちょっとお見せして、忌憚なきご意見をば賜りたいような夢想を時々、する。
江川は砲台建造半ばで倒れるけど国と国の交わりを極めて真摯に見詰めてた。砲によって国を維持し続けるのは不可能と見極めてもいた。
さてと"小屋"での展示。あくまで仮設。小さな模型がメイン。
見学は10分とかからない。
身体を休める所がちょっとない。
あとは外に出るだけ。
屋外に灰皿設置のイスが複数あるけど、炎天の熱気から逃れられない。
ましてや海のそば。湿気が高い。
眼の前の、海水に浮いてはいるものの不動の、南極観測船「宗谷」。
舷側で揺らぐ波を唯一の"涼"と感じるしかない。
夏は好きだけど、暑さへの耐性がボクは稀薄なので、汗ベベチャのガマン大会は好まない。
休館ゆえ見学出来るのは先の仮設と、炎天下に置かれた幾つかの小さな船に限られるし、それとて、あくまでも外から眺めるというだけなのだから、この空を空と感じさせない平坦でベベチャな湿気たっぷりな熱射とひたすらにお付き合いするだけ。
鎮座して長大な戦艦陸奥の主砲に触れたら、焼けるように熱かった。
こういう極暑かつ湿潤な環境が狂気を産むのかしら? と、そのように咄嗟に思いもするが、一方で、周到に計画された狂気だってある…。
かの夏の日の広島と長崎の空で炸裂した熱射。
石橋に人の姿のみを刻印させ、人を蒸発させたその苛烈兇猛を、台場の上空に幻視すると… たちくらむ。
瞬間、東京には空がない……。
それでボクはまた… 逃避ではないけど… 海中世界の青い色を思ったりする。
いつものパターン。
思考がまたぞろ『海底二万里』に向かうのをボクは自身のことながらニガ笑う。
ペンキ塗り立ての映画の書き割りセットのような空の色を眺めるでなく感じつつ、思考というよりこれは嗜好なのか… と、また苦笑する。
岡山へ戻ったら、なんぞ、海洋もののDVDを観たいなと思い立つ。
出来たら、平穏なのがいい。海を肯定的に描いた、出来たら人間の尺度ではない見方の映画がいいな、などと。
※ 実は「宗谷」は船内見学可能だったんだけど… おかしな事にエンジンの熱さとかがアタマに浮いて見学しなかったのだ。きっと船内に入れば冷房が効いてたんじゃないかとアトになって思ったけど、もうオソイ。貧すれば鈍する、というけど暑さにホントにやられてたね。
先程のニュースで知ったけど、高地県じゃ41度を越えたそうだ。うわわわ〜。お台場は何度だったんだろ?
※ 結局、帰って… 観たのは『ディープ・ブルー』。
DNAを加工されて知能アップなでっかいサメがワヤをするという… のだった。(^_^;
お化け屋敷感覚満載。それもかなり経費を費やして、『JAWS』のオマージュをやり、『ジェラシック・パーク』的速度と展開のエンターティメント。
納涼という意味で、これはお奨めかな… どこにも平穏がないけど、束の間、この映画で暑さは忘れる。