2004年版 ミス・マープル

 

 数日前から、amazon prime 2004年のTVシリーズ『アガサ・クリスティー  ミス・マープル』を観ている。

 かつてNHK BS1で放送され、福山の友人がDVDに収録したのを送ってくれて、観てはいたけど、ほとんど記憶に残っていないのは、その前、1984年から1992年の長きに渡ってBBCが製作したジョーン・ヒクソン版マープルの印象が濃かったせいだろう。

 二番煎じだろうし……、という思い込みもあって、なのでエエ加減に接したワケだ。

 で、こたび再見したんだけど、第1話、第2話、第3話、第4話……、いずれも素晴らしく、いまさらに驚くんだった。

 岸田今日子の吹き替えじゃなく、オリジナル音声。

 マーブル役のGedaldine McEwan(ジェラルディン・マクイーワン)が何より素晴らしい。

 いまだニホンのウィキペディアに彼女の項目がないのが不思議。

 

 BBC版のジョーン・ヒクソンより若く見えるが、この役についたのが76歳。

 けども、実年齢を感じさせないどころか、逆に引き算してしまいそうな、当方には極上の演劇的御馳走だった。お茶目っぽい色合いの眼で相手を見詰める表情の旨さは、絶品。

 一見は田舎の目立たないおばあちゃんそのものながら、事件の関係者や警官らを巻き込み、気づくやランドマーク的立ち位置に昇っているのが、見所。

 実際にこんなヒトが我が町内にいたら、何もかも見透かされるようで、いささか困るような気もしないではないけど、幸い、いないのでホッ

 ジョーン・ヒクソンと同じく彼女も演技しつつ編み物をこなす。やってるフリじゃなく実際に編み込んでらっしゃって、そこも唸らされたが、BBC版はクリスティの原作に忠実をモットーに製作されたようだけど、こちらグラナダTV版では脚色を加えて、ジェラルディンに新たなマープルの息吹をあたえてる。

 その新たな脚色に彼女の演技がうまく絡んで、女性としてのマープルの輪郭が会を増すごとに凜々と彫られていくようで、ここも好感。このシリーズではマープルが紅茶よりもココアを好んでいるようなトコロもあって、そういった仔細な人物造形も面白い。

 同性愛やらマイノリティのことなども事件にからませ、さらにはマープルが独身を貫いている主因に、彼女が若い時に妻ある男と同棲し、不倫関係になっていた……、という設定もなされ、それで人間としてのマープルの魅惑がいっそう引き立つよう演出されているのも、イイ。

 将校である男は出兵時(第1次世界大戦)に、チャンと離婚して再婚すると言い残すが戦場で命をなくす。同棲じゃ遺族年金も恩給も、なにも入らない

 マープルの以後は慎ましく質素な生活という設定の、金銭面でのバックボーンが、主旋律を邪魔しない背景音として巧妙に練り加えられているのが、イイ。

 

 何より華あるのは、取り巻く共演者達。粒の揃った芸達者が毎回あらたに出て来て、

「おっ!」

「あっ!」

 観る楽しみを、クリープを入れた珈琲でなきゃ、みたいなアンバイにしてくれてるトコロだ、な。

 第1話 書斎の死体 

         ジョンアンナ・ラムリー(女王陛下の007』)

 第2話 牧師舘の殺人 

         ハーバート・ロム(『ピンク・パンサー』シリーズのドレファス警部)

         ジェイソン・フレミング(『タイタンの戦い』『リーグ・オブ・レジェンド』など)

 第3話 パディントン初4時50分 

         ジョン・ハナー(『ハムナプトラ』シリーズ)

         ジェニー・アガター(『2300年未来の旅』『狼男アメリカン

         デヴイッド・ワーナー(『タイム・アフター・タイム』『トロン』など)

 第4話 予告殺人 

         ゾーイ・ワナメーカー(『ハリー・ポッターと賢者の石』)

         エレイン・ペイジ(ロングラン舞台『キャッツ』『エビータ』の主役)

 

 などなどなど、絢爛たる様相で嬉しい悲鳴が毎回あがる。

 舞台は大都ロンドンから離れた田舎。

 時代は第2次大戦終了の5~7年後。劇中では一部の食品がまだ配給制になっているのが判る。

 劇中に登場の当時の車がイイ。スポーツ・カーは都会から田舎にやって来た車だが、たいがいは自分で稼いで所有したのじゃなく、親の遺産でもって購入したらしきで、労働せずに遺産を食い潰す没落イメージが本番組では、濃い。

 戦後英国の労働者階級でない方々の没落を、車を通じて見せているような感もなきにしもあらず。

 

 英国はニホンとは逆に戦勝国だけど、戦争によって従来の社会はやはり壊れている。疲弊し再建される戦後、あらたなカタチが否応なく入って時代が転換しつつある。

 貴族や会社経営の上流階級は戦争への負担に次いで税制も変わって、所有した広大な屋敷などが維持出来なくなって売りに出し、それを戦争特需で潤った米国人が買って住まいとし、メイドや庭師は米国人に仕えるというカタチになって地元住民はよく思っていないし、戦後の混乱で方々からの移民も増えて大小の軋轢が生じているといった、「古き良き時代」が倒壊しつつある時代の空気感を脇を固めるベテランの役者達がうまく見せてくれる。

 中流・上流の家には住み込みや通いで必ずメイドがいたけども、ジワジワと維持できなくなっていく戦後の転換期……。

(ジョーン・ヒクソン版ではマープルも1人雇用してたな)

 メイドさんや家事に関する諸々を担った人物が、新旧の時代をつなぐ、あるいは最後の牙城のように、日常生活に溶け込んでいる姿を映像として見せてくれのも、イイ。

 ニホンじゃお手伝いさんとか家政婦とか、あるいは近年の性的対象としてのメイド喫茶みたいな歪んだ眼差しになってるけど、いっときの英国文化の背骨の1つがメイドという職業だったろうコトはまちがいなく、だからこの番組は英国では、その辺りの時代を懐かしめもするTVシリーズとして人気があったんだろう。だからストーリーの中、ほぼ必ず、大事なポイント附近でメイドさんが出てくる。

      

 カズオ・イシグロの着眼点素晴らしき原作をジェームズ・アイヴォリーが映画化した『日の名残り』での、アンソニー・ホプキンズ演じる執事とエマ・トンプソン演じるメイドがその職務を愛し最善を尽くそうとするけれど、時代の変容に否応もなく流されざるを得ない、その戦後英国の文化的転換の悲哀や昂揚が、このTVシリーズにも反映されているようで、鑑賞としてではなく観察みたいにシーンを眼に入れるコトも可能なような感じも、しなくはない。

 現状、amazon primeでは第1シーズン4本のみが無料視聴可能。シーズン2以後は有料レンタルか購入というカタチになるけど、レンタルは視聴時間がひどく限定されているから、これは買うっきゃ~ない。でも1シーズン4話が1300円ほどだから、DVDセットを買うよりはるかに廉価。

 という次第で今は第2シーズンの『スリーピング・マーダー』、『動く指』を連続鑑賞中。

 見覚えある顔だぞと思って調べたら、『サンダーバード』や『アンダーワールド』に出てたソフィア・マルソーや、『エイリアン3』でお菓子ばっかり食べてるケッタイな囚人役をやってたポール・マッギャンや、チャップリンの娘さんジェラルディン・チャップリンが出てた。

 第6話『動く指』では、映画監督ケン・ラッセが牧師役で出ていて、けどもテッテ的に脇役してるんで、ずっこけるホドびっくらこいた。

 しかし、イチバンに着目したのは、ニホンじゃ無名の脇をかためる役者さん達。どのヒトもこのヒトも素晴らしく……、もう1度観たい、というか、また会いたい気になる。

 ところで、第7話「親指のうずき」では、舞台はサフォーク州のFarrell ST. Edmond(ファレル・セント・エドモンド)という小さな村(アガサ・クリスティの創作)なんだけど、米軍の大型爆撃機が頻繁に低空飛行したりで、その米国空軍の兵士の1人が物語の中央に置かれていた。

  劇中では基地の名は出てこないんだけど、戦後も米軍がいるの?

 それで、

「おやっ?」

 と思って調べたら、英国にも、沖縄や横須賀同様に米国空軍の基地が置かれているんだった。

 サフォーク州に隣接のノーフォークにはレイクンヒース空軍基地というのが第2次大戦中に置かれて、ここからB-29爆撃機がドイツに向けて飛んでるんだった。

 以後、現在も米軍は駐屯し続け、名目は英国空軍というコトながら、米国管理の米軍基地として存在する。

 物語の中では、駐屯している米兵を「乱暴者たち」と、こころよく思っていない人達も出て来るんだけど、現在のレイクンヒース空軍基地では、ロシアのウクライナ侵攻後、核兵器を配備した基地とするプランが進行中で、宿舎などの整備に英国は70億円ほどを負担するらしく、反対運動が起きているそうで、ミス・マープル観て……、思わぬベンキョウさせられた。 

 沖縄では駐屯兵による女性への暴行が幾度も報じられ、そのたびに本来なら断固毅然とした処置が必要であるのにニホン政府は穏便に済まそうと弱腰に終始なんだけど、ここではどうなんだろう? 

 過去、ニュースとしてニホンでは報じられたコトがないから、そういう事件は皆無なんだろうか? 消息、まったく不明……。