ピンセットが弾く

模型作りでピンセットなりで小パーツを扱っているさいに、それを落とすことがある。
ピンセットがパーツを弾いて、それが床に落ちるんだ。時には、落ちるというより弾かれてピュンと飛んでいく。
これは模型作りにちょっと腰を入れて挑んだ方なら誰でもが経験したことであろうと思う。
そこで100パーセント、誰しもが慌てて床にしゃがみ込む。
もちろん、その時に椅子に座っているならば、椅子はソ〜ッと怖々に後ろにズラさなきゃいけない。
踏んづける可能性もあるから用心用心だ。
ところが、落下物は見あたらない。
一応はパーツが飛んださいに、その飛翔の方向を眼に入れてはいるから、当然にその界隈を探すということになるんだけども、姿がない。
数秒で見つけることもあるけれど、2〜3分探しても、敵はどこへ? なアンバイで出てこなかったりする。
「あれ〜?!」
てな風に小首をかしげ、尚も探す。
出てこない。
その小さな小片を作り出すのに何分もかけていたりすると、余計に懸命な救出劇となるんだけど… 往々にしてこういった時、見つからない。
「オ〜マイガッ!」
と、頭をかきむしり、自分に怒りをおぼえるのを懸命にこらえて、テーブル下の探査範囲の輪を広げてみても、出てこない。
それでも尚もて探し…、やがて、この探索の時間と小パーツをもう一度サイショから作ることとを天秤にかけてみたりする。
探すより、作り直した方が早いという次第になるワケだ。
代替えが最初から卓上にあれば、たかが小パーツの一片が失われても平気でございなのだけども… 代替えのないたった1ヶのパーツゆえに困っちゃうワケだ。
悪態をつきながらやむなくも、もう1ヶ、新たなのを作る。
1時間ばかしを費やして、もう一度、作る。
で、今度は用心に用心を貼り合わせ、ソッと、慎重に慎重を積み上げて、ピンセットを用立てる。
成功。
再度作った小パーツは本体と合流し、目的の場所に落ち着いた。
それで小さな安堵がおとずれて、ホッと息をして、タバコを一服。
背伸びして立ち上がり、テーブルから離れて数歩歩んで何気なく視線を我が身に着けたジャージの裾に落とすと、膝のやや斜め辺りの皺の部分に、失われた筈の小パーツが、
「ここだよ〜ん」
と、姿をみせる。
こういうのを"想定外"というんだ。
それで筆者は、タバコをくわえたままではあるけれど、濃い憂愁に囚われて、フッと右手を頬にあてがって、憤怒でも諦観でもない、祝福でも安堵でもない、ただ波が寄せたり退いたりする永劫めいた感覚を体内に知覚するまま…、奈良の中宮寺にある国宝の、かの半跏思惟像のような顔になる。
こんな顔だ。


半跏思惟は、”はんかしゅい”と読む。
右足を左足の膝の上に乗せて、右手は頬のあたりで何か考えている…。
ルーブルモナリザとエジプトのスフィンクスとこの弥勒像をもって、世界の三大微笑像とも云われてる名品だけども、規模がでかい。
半跏というくらいだから、この像は座ってる。
まだ立って歩いてはいけないのだ。立って歩くのは56億7800万年後で、その時、弥勒は仏となって我々の前に現れ、諸々を御救済くださるらしい…。
「おまえの落とした小さなパーツはこれか」
と、共にしゃがみ、探してくれるらしい。
それでボクはまた面白みをおぼえた。
奈良の地に56億7800年も座ってりゃ、弥勒はきっと関西弁だろう。
だから、そんな弥勒は、床からパーツを取り拾うやボクに見せて問う。
金で作られたパーツと紙で作られた同じパーツを手にし、ちょいとイラちなアクセントで、
「どっちやねん?」