英国王のスピーチ(でも模型の話)

ボクより少し若い柔道家の友人に貸していたDVD「英国王のスピーチ」が帰ってきた。
友人いわく、
「あの時代にプラモがあるのはおかしい。プラモデルは戦後のもんでしょ」
「組み立ててもイイよとセリフで云ってるのに、画面では塗装してるのもおかしい」
とのコトなのだが… うむむむ。

実は、それ、違うのだ。
でっかい体躯の友達には口答で返答したけど、ここにも書いておこう。
プラモデルというカタチが日本で普及したのは昭和30年代というのが我が国での定説ゆえ、また事実そうだから、だから友人もチョット間違ったのだとは思うけど、英国では、日本のそれを遡る40年近い前に、プラスチック・モデルは既に販売されているのだ。
原材料はセルロース。だからいさささ火に弱いという欠点があるけれども、プラスチックという系譜のスタートには違いない。
これの登場は1936年。
英国王のスピーチ」に登場のプラモデル・シーンは、まさにその1936年だ。
映画では、いわば、この年の最新の「ホビー事情」が描かれているワケだ。
プラスチック模型を売り出したのはFROGという会社で、第2次大戦がはじまるまでには、30種ほどの飛行機模型を販売してる。
フロッグ・ペンギンというブランド名で出していたらしい。
劇中に登場の複葉機がそれだ。
登場のそれが当時のホンモノかどうかは判らないけれども… この映画は小道具の設定がチャンとしてる。
試しにと、ヒトコマ抜いて確認して見るに、塗料やらタコ糸も置かれてる。
タコ糸は、作っているものが複葉機だから、そのディティールアップに使うという設定なのだ。

塗料は、テーブルの端にある。
小さな缶製品がそれだ。

当時の模型塗料といえば、ハンブロール社のものだ。(むろんに英国製)
今はタミヤの水溶性のアクリル系塗料が幅をきかせているけれど、エナメル系の塗料(だから筆は水洗いできないよ。石油などのアルコールが要る)として、ヨーロッパ圏では流通してる。
発色の良さがアクリルよりも良いのだね…。
でだ… ヨーク候が細筆を使って、しかも何だか丹念に何度も"塗っている"から、友人は、「ペイントしてるじゃん」と見たのだけども… 実は塗装してるワケではなく、このシーンでは溶剤をパーツにつけているのだ。

当時、小さなチューブにセメダインが入ってるというワケではないから、接着剤は購入者が自前で用立てなきゃいけない。
セルロイドアセテートという素材をちょっと溶かすコトで接着させるワケで、そのために自分で接着剤としての"液"を調合して、その硬さや粘性を作り出す…。
それを筆でパーツにつける。
なので、いっけん、塗装しているように見えちゃうのだね。
この場合、ヨーク候が何度も塗っているのは、その溶剤がかなり薄めなのだというコトを示してる。
よ〜く見ると、そうやって溶剤をつけた後、上側の翼を本体にヨーク候が接着しようとしてる場面が、一瞬だけどもチャ〜ンとある。
この映画は、その辺りの仔細をかなりキチリと撮っているのが、素晴らしいのだ。
完全に見落とされそうだけども、タコ糸のロールを卓上に置いているトコロは、とてもいい。
映画製作者がその辺りの"模型造りの実態"をよく掌握しているという、これは証拠だ。

『本質は細部に宿る』とはいうけれど、こんなキメ細かい演出は、今の日本映画じゃ、あんまり見られない。
このシーンを友人は間違って捉えてしまったけども、シーンに着目していたのは褒めなきゃいけない。
これを書くために映画を再見したけども、やはり、いい映画だ。皇室を材料に、このような映画が撮れないであろう日本というカタチの不自由さも痛感できるし、仮りに撮れたとしても、何やら過剰な感情移入を強いられる構成になるんではなかろうかとも思う…。
その辺りの押さえっぷりを見習うべき手本が、この映画には随所にある。
ヨーク候と奥方をふいに紹介された主役たるローグの夫人が、「夕食はすでに先約がある」と云われた時のあの口元の安堵による笑みの演出は、この映画の最高に美味しい部分であろうかと… 感じてる。
音楽もセリフもないシーンなれども、その微かな笑みでこの映画は宝石の価値を縦横に放っていると、思える。
未見の方は、どうぞ。