ハッチはなぜ開いたか-01

今になっても、なんでハッチが開いたのかは謎なのだ…。
マーキュリー計画の有人飛行第2弾。
ヴァージル・ガス・グリソムが搭乗のリバティベル7は1961年の7月21日、16分ほどの弾道飛行ののちに無事に戻って来て、打ち上げ地からおよそ500Km離れた大西洋に着水した。
でも、救出のヘリコプターが到着の直後にハッチが開いてしまうのだ。
この顛末は映画「ライトスタッフ」にも描かれている通りで、ハッチが開いた宇宙船には海水がどんどん侵入するから、ヴァージル・ガス・グリソムは自力で船外に出て海に漂った。
ヘリコプターの乗員は懸命になって沈みかけているリバティベル7を回収しようとするけれど、海水が入り込んだ宇宙船は重くて引き揚げられない。
そうこうする内に、すぐそばに浮いてるグリソム飛行士がヘリコプターの風圧で海水に押しつけれて溺れかける…。
それでリバティベル7の回収は諦められた。
グリソムはぶざまな格好でワイヤに吊られてなんとか救出された。
映画「ライトスタッフ」ではその後の顛末をいささか誇張気味に描き出し、飛行士の誤動作なり挙動がハッチを開けたのではないかという感じな匂いを立たせてた。
ご承知の通り、人形劇「サンダーバード」のあの緑色の巨大な2号機のパイロットはヴァージルで、モデルとなったのがこのヴァージル・ガス・グリソムだ。

空軍に属し、朝鮮戦争ではF-86の名パイロットとして100回を超える戦闘に参加しているから飛行機乗りのベテランだ。
創立されたNASAに抜擢され、いわゆる"ライトスタッフ"な7人の宇宙飛行士の1人となったグリソムの評価は、例え映画がどのように描いていようが、意外なほどに高い。
幾つかのドキュメンタリーを眺めると、当時の辛辣な発言を繰り出すジャーナリストでさえ、「あの7人の中でも抜きんでた人」と評している。
だから… 酷烈で苛烈な試験の末に選ばれた、いわばホンモノのハエヌキたる7人の中にあって、さらにチョイと上のランクな人であったという印象を受ける。
かの映画「ライトスタッフ」に観られる着水後に慌てる人物… とは思えない。
なんせ、朝鮮の上空ではもっと過酷な死闘を100回も繰り返してた人なのだ。
ボクは映画「ライトスタッフ」が大好きで、それはもう何度となく繰り返し視聴してはいるのだけども、このグリソムの扱いには小さなさざ波を覚えてる。
映画ゆえにの脚色とは理解しているし、彼を不当に扱っているワケでもなくって、実際、彼が操作してハッチが開いたようには描写はしていない。
けれども、前後の描き方に、ちょっとだけ不当を感じる。
ともあれ、リバティベル7は沈没した。
さ4500mの深海にだ。
これは引き揚げられない。
映画「ライトスタッフ」が公開された1983年の時点においても、それは夢のまた夢だった。
でもだ。
1999年になって、ディスカバリー・チャンネルが資金を出して、NASAと共に引き揚げにトライしたのだから… すごい。
1961年の夏に沈没以来、実に38年が経ってるワケだけども、その38年の合間に技術が飛躍したのだ。
GPSという新技法とコンピュータ解析の能力が70年代にも80年代にもなかった領域を押し開いた。
深海での作業が可能な遠隔操作の深海探査の技術がそれに輪を加わった。
60年代にも70年代にも80年代にも不可能だった回収が実現したのだから、これはすごい。
38年ぶりに引き揚げられたリバティベル7は、意外な状態だった。
ほとんど海水に浸食されていなかった。
深度4500mという深海にあっては酸素濃度が低く、船体はそれで腐食をまぬがれていた。おまけに低温だ。
ちょっとした冷蔵庫で長期保存という感じ。ボデイ表面に描かれたLIBERTY BELL7のロゴすら残っているんだから、驚きだ。
船体上部にはおびただしい量の藻が生息し繁茂していたし、内部にあった酸素タンクやヘリウムタンクはさすがに深海の圧力に屈して破裂していたし、地球上に戻るための耐熱シールドの要めとして使われたフェノール樹脂は溶け出して失せ、船体の背部を形骸化させてはいたけれども、総じて全体の形状は38年前の沈船時のままだった。
ヴァージル・ガス・グリソムが座ったシートの周辺には何枚ものコインが散らばってもいた。
これは映画「ライトスタッフ」にもあるエピソードだ。
グリソムは茶目っ気を出し、小遣い稼ぎとして、『宇宙に行って返って来た硬貨』を用意してた。
それが高値なものになる"おみやげ"というコトを知ってたワケだ。だから、それをこっそり船内に持ち込んでた。
それが事故のために… 船内に残されたワケだ。
だから、38年を経過して海中から引き揚げられると、回収作業に従事した方々は一様に、一種のセンチメンタルな感触と共に、かの映画のクダリが頭をよぎったのではなかろうか… と思う。
残念な事だけど、開いたハッチは回収出来なかった。
ハッチは自爆して吹っ飛んだし、リバティベル7本体は当時回収にあたったヘリコプターによって何度も持ち上げられたり下げられたりで、位置関係が数100mはズレている。
この数100mのズレは、現在の技術をもってしても大きくて、結局、ハッチは発見出来なかったのだ。
なにしろ、1mにも満たない小さなペラペラの鉄板だ…。
今の眼で見ると、とても宇宙で用立てるドアではないように思えるくらい、それは薄くって、チープなものだ。
これがもしも発見されていたら、なんでハッチが開いたのかの究明につながるのだけども、残念。謎は謎のままなのだ。
でも、当時から今に至るも、NASAでのこのハッチ・オープンは「確率は低いがあり得た事故」という事になっているようだ。
交信録にその一端が垣間見える。
大気圏に再突入時にグリソムからの報告として、
「何か小さな鉄板が剥がれた」
というのがあって、そのサイズ、その位置から、それがハッチの外側にあるパネルであろうと想定出来るのだ。

そのパネルは救出のダイバー達が開けるためのもので、内部にバーがある。
左の写真。ロゴのTとAの下部にパネルがあるのがお判りになろうかと思う。
着水後にハッチが内部から開けられない時はダイバーはこのパネルを開け、バーを引く。
次いで、引いた状態でバーを180度回転させるのだ。
それで点火され、数秒後にハッチは自爆して外に吹っ飛ぶ。
そういう仕掛けなのだ、マーキュリーのハッチは。
そのパネルが降下中に剥がれた。
ほぼ同時期には着水用の浮き袋が船外でふくれたりもする。
耐熱シールドの中央に取り付けられた逆噴射装置の3本の"電流ベルト"が、チャンと外れているかどうかは誰にも判らない…。
だから、大気圏に突入してから着水までの間、マーキュリーの外壁には諸々なワイヤーが、それぞれの役割を持って、あるいは役割を終えた後もそこにとどまって… のたくっているというのが実像なのだ。
そのワイヤーの一本が、あるいは複数が、開いたパネルの中のバーにからんで、それを引いてしまう…。
高温に焼けた船体が海水に触れた途端の金属収縮が、さらにこれを追い打つ。
iPodのイヤホンをちょっとカバンの中に入れておいただけなのに、
「なんでこの線… こんなに複雑にからむの?!」
な経験は誰にもあろう。
リバティベル7は、まさにそれではなかったか…。
ともあれ、グリソムが生還した事は喜ばしい事だった。
判断を誤れば、彼は船外に出られず、ほぼマチガイなくリバティベル7と運命を共にしていたろうと思える。
乗り込むにも、出るにも、とにかくマーキュリーは大変な装置だった。
もっとも… 運命は彼はまたハッチに引き寄せる。
アポロ1号では、今度はそのハッチが開かなかったゆえに、彼は亡くなるのだ
が、この経緯を知っているのはヒストリーとしての事実をボクらが知っているからに他ならないワケで、当事者は誰もこんな顛末になろうとは、それこそ夢にも思っていないのだ。皮肉なもんだよな〜。
ちなみに、もしヴァージル・ガス・グリソムさんがアポロ1号で事故に遭わなかったら、彼が月に降り立つ最初の人となる可能性がとっても高かったそうだ。
それほどに信頼厚きの人物なのだったというコトになるね、これは。
今日、1月27日は彼の命日だ。
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※ 写真はいずれも1/10スケールのペーパモデル「LIBERTY BELL 7」。