アポロの中の16世紀

ギロチン、といえば斬首がためのおぞましい装置だってコトは誰もが知っている。16世紀に考案された執行具で、今の眼でみりゃ、とんでもね〜装置ながらも当時は「人道的見地」でもって多大な苦痛をあたえずに受刑者を処罰出来る、実用新案な装置であったらしい。
それまでは首切り専任の人がいて、その人の刀でもって首をばちょんぎっちゃうワケなれど、一発で見事という次第は確立として低く、何度も首筋に刀が降り下ろされるというコトになる。
こりゃかなわん。
そこで、イッパツ確実にスムーズにというコトで考案されたのがギロチンという次第らしいのだ。
現代においては、そんなモノで斬首というのはご法度だけど、鉄工所にいけば、似通う装置は幾らでもある。それで首を切っちゃうワケではなく、製品としての鉄を切るがためにある。当然にこれはギロチンとはいわない。そんなおぞましい名を使いたくはない。工業界ではこれをシャーリングという。だから、ギロチンという単語は過去の忌まわしきものの代表格としてヒストリー界においてのみ存在する・・ と思いがちなんだけど、実はそうでもない。
こともあろうにアポロ宇宙船にそれがあるのだ。
写真は1/48スケールで製作中のアポロ司令船(CM)と支援船(SM)。
ペーパーモデルだ。市販品ではない(o^_^o) わたくしめのオリジナル。
この司令船と支援船は、CM/SM Umbilicalという装置で結ばれている。
Umbilicalをどう訳したらイイんだろ? へそのオ・・ か?
司令船と支援船を結ぶ電力供給やら諸々いっさいのケーブルが、このCM/SM Umbilicalの中にある。下の写真の黄色い円内の部分が、ソレだ。
司令船と支援船を結ぶ大動脈だ。
この中には大中小おびただしい量のケーブルが這っている。ハードディスク本体とモニターを結ぶケーブルというだけじゃなくって、宇宙船の一切のケーブルがここに集められているワケだ。アポロにとってすこぶる重要な装置といっていい。
で、アポロは月へ行って帰ってくるワケだけど、地球の大気圏に入るために、この支援船は捨てられるコトになる。必然として、結わえられたケーブルは全て切り離さなくちゃいけない。
そこで登場するのがギロチンだ。
膨大なケーブルの束の真上には斬首のそれよろしく、鋭利きわまりない刃が用意されているのだ。
名も、そのまま。
Umbilical Guillotine Assembly、という。
大気圏に入る直前に、このギロチンが作動して全ケーブルを、
「ガチャッ!」
一発で切断する。
強行だ。
スイッチオンで綺麗に分離というワケじゃない。
スイッチオンで真っ二つにブッちぎるのだ。この切断の衝撃でCM/SM Umbilical自体が司令船から離れる事にもなる。(下の写真:ヒンジが開いたように、ギロチンが作動してCM/SM Umbilicalが解放されている状態をペーパーで再現するとこうなりまする)
35年も前のことゆえ、他に方策がなかったのかもと訝しんだけど、機械的にケーブルがうまく切断されなかった場合、これは大変なコトになる。
1本や2本のケーブルじゃなく、数千本のケーブルの束を瞬時に切り離さなくちゃいかん。電気的意味合いで回路を遮断というワケではなく、物理的にケーブルそのものを切り離さなくちゃいかん。
とにもかくにも、絶対に確実に全ケーブルが分離され、支援船と司令船は離れなくちゃいかんワケで、そのためには断固たる装置が必要であって、種々、アレこれ検討された末、ギロチンが採用となったらしい。
アポロのギロチンは火薬が仕込まれていて、爆発の威力で刃を落下させる。自由落下ではない。強猛な勢いで一気に切断する。
この話をボクよりちょい若い人にすると、きまって、
「?」
となる。
なんで、そんな下品な方策を用いるのか、もっとスマートに切り離せないものなのかと訝しむ。
そのギロチンシステムが次世代のNASAによる月旅行でも、採用となるようである。
ついこの前のコトだけど、NASAと時期有人宇宙船オリオンを製造するロッキードマーティン社のスタッフが、ケネディ宇宙センターにある博物館に現存するアポロCM/SMを徹底調査したという。
Umbilical Guillotine Assemblyの部分を解体してチェックしたと、NASAのホームページでもコトを報じている。
Using History to Design the Future
「未来をデザインするために歴史を参考に」とでも訳すか・・ 16世紀の発案が21世紀の科学の先端で呼吸をしているワケだ。
そこが面白い。
逆説的な意味とはなろうけど、赤ん坊がおへその緒を切ってもらって自立するがごとくに、アポロの司令船はギロチンで支援船と切り離されるコトで、"無事に帰還"という『生』を得るのだ。
16世紀のギロチンの発明者はたまげるだろう、ネ。
死への執行具は命をつなぐ道具になっちゃったのだ。